学位論文要旨



No 113483
著者(漢字) 鈴木,隆文
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカフミ
標題(和) 神経再生型電極に関する研究
標題(洋)
報告番号 113483
報告番号 甲13483
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4201号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 助教授 石川,正俊
 政策研究大学院大学 教授 藤正,巌
内容要旨

 次世代のマン・マシンインタフェースとして,生体の神経系と外部機器との間で直接情報の入出力を行う神経インタフェースが注目を集めている.これは遠心性の神経信号を利用した義肢や人工臓器等の外部機器制御や,求心性神経への信号入力による人工感覚生成などの応用の基盤となる技術である.こうした神経インタフェースの実現には,良好な生体適合性と,充分なチャンネル数及び解像度を有し,長期の信号入出力が可能なデバイスの開発が必要不可欠であるが,このような条件を同時に満たすデバイスは現状では存在しない.また,神経系と多チャンネルの信号入出力を行うためには,個々のチャンネルが対象とする神経の同定,及び神経信号のコーディング規則の解明が必要不可欠であるが,こうした研究はデバイスの開発を前提とするため,多くの課題が残されている.

 近年,このようなインタフェースを実現するデバイスとして,末梢神経の再生能力を利用した神経再生型電極が注目を集めている.これは,切断した末梢神経束の断端間に,各々が独立した電極として機能する多数の孔の開いた電極を置き,孔を通過した再生軸索に対して信号入出力を行うものである(図1).原理的に神経束を少なくとも部分的に切断する必要があるため,このままの形での応用は対象が限定されてしまうものの,(1)電極と神経束との間の物理的電気的固定が良好で長期間の信号入出力が可能となる,(2)電極孔の径を調整することにより1本〜数本の神経線維に対する信号入出力が可能となる,(3)従来の金属電極では困難な多チャンネル入出力が可能となる,といった特徴を有する.このため,義肢や人工臓器の制御,動物を対象とした多チャンネル神経信号解析といった応用に向けて注目を集めている.しかしながら,これまでの研究においては,電極がシリコン基板上に構成されてきたため.電極の脆弱性が大きな問題となってきた.

図1 神経再生型電極の概念図

 本研究は,このような問題を克服するため,柔軟な構造を有する神経再生型電極を開発し,さらに神経再生型電極を使用して多チャンネル信号入出力を行う際に問題となる対象神経の同定方法を検討することを目的として行われた.電極材料としては,近年その需要の増大と共に技術革新の進むフレキシブル回路基板で用いられるポリイミドフィルムを使用した.ポリイミドはエキシマレーザでの加工性が良好なだけでなく,生体適合性も良好である.

 2枚のポリイミドフィルムで,銅の電極層をはさんだ構造の電極を,設計製作した.タイプA(電極孔数1,孔径2mm),タイプB(電極孔数4,孔径300m),タイプC(電極孔数16,孔径50〜120m)の3種類の電極を製作した.電極孔はエキシマレーザと放電微細加工機を使用することにより,最小30ミクロン程度まで小さくすることが可能であった.

 ラット坐骨神経を対象として,製作した電極の評価実験を行った.埋め込み後62日目に,タイプAの電極で,皮膚刺激に対応した感覚神経信号を計測した.計測実験後,電極を露出して,肉眼及びクリューバーバレラ染色による光顕観察にて,軸索の再生を確認した.また,タイプBの電極においても,自発神経信号を計測した.タイプCの電極においては,埋め込み後120日目までの信号計測実験において,明白な神経信号を確認できなかった.以上の結果から,ポリイミドフィルムを基板として神経再生型電極を構成できることが示された.また個々の電極孔径が小さくなり,総孔面積が小さくなるにつれて,再生が困難となることが明らかとなった.

 また,神経インタフェースを実現する上で重要となる信号同定の問題に対応するために,双極再生型電極を提案し,設計,製作を行った.これは,電極を,フィルム,金属,フィルム,金属,フィルムの5層構造にして,電極孔を通過した個々の再生軸索が2つの電極と接触するような構造としたものである.これによって,個々の神経軸索に対して双極誘導を行うことができ,遠心性か求心性かといった神経信号の方向に応じて計測される波形が異なることになり,信号方向の同定が可能になると考えられる.本研究においては,電極の製作までを行った.

 さらに,神経再生型電極を使用して神経インタフェースシステムを構築する際の詳細な神経同定の問題に対応するために,脳定位法を利用する神経同定方法を提案した.これは,神経再生型電極の埋め込み手術前の段階で,脳定位法を利用して,対象神経の支配域に対応した運動野の詳細なマップを作成しておくものである.神経の再生後に,このマップを参照しながら運動野の電気刺激を行うことにより,個々の電極が計測している神経を同定することができる.この方法は,遠心性の神経の同定にのみ有効であるため,神経信号による外部機器制御のような応用の際に有効である.さらに求心性の神経を同定するためには,生じた感覚に応じた行動を,訓練によって対応づけ,神経再生型電極による電気刺激との対応を調べる方法が考えられる.

 以上のように,本研究においては,神経インタフェースを実現するデバイスとして注目を集めている神経再生型電極の問題点であった電極の脆弱性を改善するため,ポリイミドフィルムを基板とした柔軟な構造の神経再生型電極を提案し,埋め込み実験によって,再生軸索の活動電位を計測し,肉眼と光顕による観察によって再生軸索が電極を通過していることを確認した.さらに,神経信号の方向の同定に有効な,双極再生型電極を提案し,設計製作を行った.また,脳定位法を利用した神経信号同定方法を提案し,有効性について検討を行った.

審査要旨

 本論文は「神経再生型電極に関する研究」と題し、5章からなる。近年、生体の神経系と外部機器との間で直接情報の入出力を行う次世代のインタフェースとして、末梢神経の再生能力を利用した神経再生型電極が注目を集めている。これは、切断した末梢神経束の断端間に、各々が独立した電極として機能する多数の孔の開いた電極を置き、孔を通過した再生軸索に対して信号入出力を行うものである。原理的に、神経束を少なくとも部分的に切断する必要があるため、このままの形での応用は対象が限定されるものの、電極と神経束との間の物理的電気的固定が良好で長期間の信号入出力が可能となり、電極孔の径を調整することにより、1本〜数本の神経線維に対する信号入出力が可能となることに加え、従来の金属電極では困難な多チャンネル入出力が可能となるといった特徴を有するため、義肢や人工臓器の制御、動物を対象とした多チャンネル神経信号解析といった応用に向けて期待を集めている。しかしながら、これまでの研究においては、電極がシリコン基板上に構成されてきたため、電極の脆弱性が問題となってきた。本論文の研究は、このような問題を克服するため、柔軟な構造を有する神経再生型電極を開発し、さらに神経再生型電極を使用して多チャンネル信号入出力を行う際に問題となる対象神経の同定方法を提案して今後の応用への道を拓いたものである。

 第1章は緒言で、神経インターフェースとしての神経再生型電極の特徴を明らかにし、従来の研究の問題点を明確にして、柔軟な構造を有する神経再生型電極を目指す本研究の目的と立場と意義を明らかにしている。

 第2章は、「神経再生型電極の開発」と題し、柔軟な構造を有する神経再生型電極の開発について詳述している。まず神経再生型電極の原理と特徴について述べ、特徴を活かした応用を考察している。先行研究を概観するとともに、理想的な神経再生型電極に要求される条件や設計指針を示すことによって先行研究の問題点を明らかにし、本研究において解決を図る点を明確にした。その結果、電極材料として、エキシマレーザでの加工性と生体適合性が良好なフレキシブル回路基板としても用いられるポリイミドフィルムを選定し、2枚のポリイミドフィルムで、1層の銅の電極層をはさんだ構造の電極を設計して、タイプA(電極孔数1、孔径2mm)、タイプB(電極孔数4、孔径300ミクロン)、タイプC(電極孔数16、孔径50〜120ミクロン)の3種類の電極を製作している。電極孔はエキシマレーザを使用することにより、自作でも最小30ミクロン程度まで小さくすることが可能であった。試作した3種類の電極をラット坐骨神経に埋め込み、製作した電極の評価実験を行った。埋め込み後62日目にタイプAの電極で、皮膚刺激に対応した感覚神経信号が観察され計測された。計測後、電極を露出して肉眼及びクリューバーバレラ染色による光顕観察を行ったところ、神経軸索の再生が明確に確認され実験は成功した。また、タイプBの電極においても、埋め込み後14日目に自発神経信号が計測された。しかしながら、タイプCの電極においては、埋め込み後120日目までの信号計測実験において、明白な神経信号を確認できなかった。以上の埋め込み実験結果から、ポリイミドフィルムを基板として柔軟な神経再生型電極を構成できることを世界で初めて明らかにしている。また個々の電極孔径が小さくなり、総孔面積が小さくなるにつれて、再生が困難となることも同時に示している。

 第3章は「双極再生型電極の開発」と題し、神経インタフェースを実現する上で重要となる信号同定の問題に対応するために提案し、設計、製作を行った双極再生型電極について詳述している。これは、電極を、フィルム、金属、フィルム、金属、フィルムの計5層にして、個々の再生軸索が2つの電極と接触するような構造としたものである。これを用いれば、個々の神経軸索に対して双極誘導を行うことができ、遠心性か求心性かといった神経信号の方向に応じて計測される波形が異なる性質を有することから、信号方向の同定を可能とするものであり、本論文においては、電極の製作までを行っている。

 第4章は「神経信号の同定手法の提案」と題し、神経再生型電極を使用して神経インタフェースシステムを構築する際の神経同定の方法について詳述している。動物実験における同定法としては、神経再生型電極の埋め込み手術前の段階で脳定位法を利用して、対象神経の支配域全域にわたって運動野の詳細なマップを作成しておく「脳定位方式同定法」を提案している。神経の再生後に、このマップを参照しながら脳の電気刺激を行うことにより、個々の電極チャンネルが計測している神経を同定することができる。この方法は、遠心性の神経の同定にのみ有効であるため、神経信号による外部機器制御のような応用に際して有効である。さらに、求心性の神経を同定するためには、生じた感覚に応じた行動を、訓練によって対応づけ、神経再生型電極による電気刺激との対応を調べる方法が考えられる。人間での同定法としては、対象神経の支配域の筋肉の動作を指示することによって、運動神経の同定を行うことができ、感覚神経に関しては、神経再生型電極による電気刺激に応じて生じた感覚を調べる方法が考えられるとしている。

 第5章は「結論」で、本論文の結論をまとめ、今後を展望している。

 以上これを要するに、本論文は従来の神経再生型電極の問題点であった電極の脆弱性を改善するため、ポリイミドフィルムを基板とした柔軟な構造の神経再生型電極を提案し、埋め込み実験によって、再生軸索の活動電位を計測し、肉眼と光顕による観察によって再生が電極を通過していることを確認するとともに、神経信号の方向の同定に有効な双極再生型電極を提案し、設計製作を行い、脳定位法を利用した神経信号同定方法を提案し、その有効性について検討を行うことにより今後の応用への道を拓いたものであって、計測工学及び医用生体工学に貢献するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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