学位論文要旨



No 113486
著者(漢字) 和田,昭久
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,アキヒサ
標題(和) 時区間論理を用いた処理タイミングに関する定性的設計手法 : 事象駆動型プログラム設計への適用
標題(洋)
報告番号 113486
報告番号 甲13486
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4204号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 村上,存
 東京大学 助教授 桐山,孝司
内容要旨

 データ処理システムの基本設計において,時間に関する制約が課せられた処理の順序と起動条件(以下、併せて処理タイミングという)とを決定する作業は,設計経験に依存した定性的かつ非定型な設計作業となっている.この基本設計における処理タイミングの決定作業を定型化する設計手法の開発は,設計結果の正当性を検証し,設計の後工程における処理タイミングに起因する装置障害を防止するという観点から設計技術上の重要な課題である.

 本研究では,定量的な設計情報が少ない基本設計において,データ処理システムの処理タイミングを定性的に決定することができる定型的な設計手法(以下,本手法という)を開発することを目的としている.また本手法が主に対象とする設計作業は,計測機器や制御装置等のデータ処理システムにおける,時間に関する制約が課せられた制御用ソフトウェアの処理タイミングについての基本設計である.制御用ソフトウェアの処理タイミングは,制御対象となる事象(例えば信号の入力)が発生する時間的関係の変化に対して,処理の競合等を回避するように設計を行わなければならない.そのため,特に時間的関係の変化が著しい非同期に発生する事象に対して動作する複数の処理に関する処理タイミングの基本設計は,従来の設計手法(例えばデータフローダイアグラムやスケジューリング手法等)によっては困難なものとなっている.その理由として従来の設計手法においては,定性的な設計情報を定量化する過程において設計者が陰的に課した時間に関する定性的な制約条件が設計情報から失われるためである.その結果,処理に要する時間に関する設計変更等の際に,当初設計者が課した制約条件を維持できないことに気付かずに変更を行い,処理の競合等の障害を引き起こす場合がある.

 本研究においては,定性的な設計情報から処理順序と時間に関する制約条件とを陽に導くことができる手法を開発し,先の処理タイミングに関する基本設計における問題を解決した.本手法においてはデータ処理システムに対して要求される複数の処理を各々有限の時間長を有する時間の区間(時区間)と見なし,定性的な順序関係に関する時間的な整合性を維持するために時区間論理における推移律を利用した.また,本手法の開発に当たっては,設計者が付与した制約条件のみでは設計解が存在しない場合と複数の設計解候補を有効な時間範囲毎にグループ化して設計解として統合しなければならない場合とを想定した.そして各々の場合に対して設計解を得るために必要な設計作業を,時区間論理を用いた2つのアルゴリズムとして手法中に組み込むことにより,基本設計における設計情報に基づく設計解の導出を定型的に行うことができる設計手法を開発した.

 具体的な事例として,非同期な入出力を有する計測用データコントローラに組み込む制御プログラムの処理タイミングに関する基本設計に本手法を適用し,本手法の有効性を示した.対象としたデータコントローラは,計測器およびデータレコーダから入力したデータを,入力とは非同期かつ限られた時間内に液晶表示器に出力する機能を要求されるデータ処理システムである.

 本研究において得られた成果は次の通りである.

 (1)時間に関する定性的な設計情報を定式化できることを示した.処理タイミングの基本設計における時間に関する定性的な設計情報は,時間に関する要求仕様と,その要求仕様を実現するために設計者が付与する時間に関する制約条件として,時区間論理における13通りの順序関係を用いた積和形式によって定式化できる.本手法の特徴は,定性的な設計情報を定式化することにより,設計対象に対して発生しうる入出力または処理の時間的関係を,定性的な順序関係として全て網羅できることである.

 (2)定式化した要求仕様から制約条件を満足する処理タイミングを探索するためのアルゴリズムを考案し,そのアルゴリズムを実装した設計支援プログラム(以下,支援プログラムという)を開発した.

 この支援プログラムの第1の特徴は,設計解候補となる処理タイミングを制約条件の範囲内から定型的に選択することであり,設計解候補となる処理タイミングについて網羅的に探索できることである.

 第2の特徴は,結果として得られた処理タイミングは制約条件を満足すると共に,推移律によりすべての処理の間の時間的な整合が取れたものとなっていることである.

 また第3の特徴は,処理タイミングを得るために必要な処理の時間長に関する条件を導くことができることである.支援プログラムは制約条件と探索結果との順序関係に関する差集合を解析し,設計者に対して設計要求を満たす処理タイミングを得るために必要な処理に対する時間的な条件を提示することができる.

 この支援プログラムを用いて,事例における要求仕様を構成する非同期な入出力に関する全ての順序関係に対して,制約条件を満足する処理タイミングと,その処理タイミングを得るために必要な時間的な条件とを求め,支援プログラムの実用性を確認した.

 (3)制約条件を満たす処理タイミングとその処理タイミングが有効となる時間的条件とを設計解として決定するためのアルゴリズムを示した.このアルゴリズムの特徴は,時区間の定性的な順序関係の類似度を表す尺度として距離を導入したことである.距離の導入により要求の間の処理タイミングの相違を比較し,設計解となる処理タイミングが有効となる時間的条件を定型的に導くことができた.

 (4)本手法によって得られた設計解となる処理タイミングは,定性的なタイミングチャートとして定型的に記述できることを示し,処理タイミングに対する設計者の視覚的理解を可能にした.

 以上の結果,本研究では,データ処理システムの基本設計を対象として,定性的な時間情報を用いて処理タイミングを導出する手法を開発し,その効果を確認した.本研究は,データ処理システムの処理タイミングに関する設計過程に対して,定型化した手法を提供するものであり,設計手法として有効であると考える.

審査要旨

 計測機器や制御装置等のデータ処理システムの設計においては、処理の順序と起動条件(以下、処理タイミングという)を正しく決定することが究めて重要であるが、これまでは設計経験に依存し、非定型的な設計作業に頼っていたために、設計結果の正当性を合理的に検証することが難しく、設計終了後に後工程が発生することが多かった。

 本論文はこの問題を解決するために、定量的な設計情報が十分に与えらていないデータ処理システムの基本設計を対象として、処理タイミングを定型的方法で合理的に定性的に決定できる設計手法を確立することを目的としている。

 データ処理システムの処理タイミング設計において重要なことは、信号入力等の事象が発生する時間的関係の変化に対して処理の競合等が回避できるようにすることであるが、従来からの設計手法であるデータフローダイアグラムやスケジューリング手法等では、非同期事象を含む処理タイミングを設計対象とすることに限界があり、問題とされていた。

 本論文の設計手法においては、要求される複数の処理を各々有限の時間長を有する時区間と見なし、時区間論理における推移律を利用していることが特徴であり、これにより定性的な順序関係に関する時間的な整合性を維持することが可能になった。本論文では、非同期な入出力を有する計測用データコントローラの制御プログラムを具体的な事例として取り上げ、処理タイミングに関する基本設計に本設計手法適用してその有効性を確認している。

 本論文において得られた主要な成果をまとめると次のとおりである。

 (1)時間に関する定性的な設計情報を定式化する方法を示したこと。すなわち、処理タイミングの時間に関する定性的な設計情報である、時間に関する要求仕様とそれを実現するために設計者が付与する時間に関する制約条件は、時区間論理における13通りの順序関係を用いた積和形式によって定式化した。この設計情報の定式化により、設計対象に対して発生しうる入出力または処理の時間的関係を、定性的な順序関係として全て網羅することが可能になった。

 (2)定式化した要求仕様から制約条件を満足する処理タイミングを探索するためのアルゴリズムを考案し、実用的な設計支援プログラムを開発したこと。この支援プログラムより、設計解候補となる処理タイミングを制約条件の範囲内から定型的に網羅的に探索することが可能になり、結果として得られた処理タイミングは制約条件を満足し、処理の間の時間的な整合が取れたものとなっている。また、目的とする処理タイミングを実現するための処理の時間長に関する条件を導くことができる。

 (3)制約条件を満たす処理タイミングとその処理タイミングが有効となる時間的条件を決定するためのアルゴリズムを示したこと。このアルゴリズムには時区間の定性的な順序関係の類似度を表す尺度として距離が導入されている。

 (4)設計解となる処理タイミングを定性的なタイミングチャートとして定型的に記述し、処理タイミングに対する設計者の視覚的理解を可能にしたこと。

 以上のように本設計手法はデータ処理システムの設計において、これまで技術者の熟練や経験に依存してきた処理タイミングに関する基本設計を定型化し、設計結果に対して合理的な検証を可能とし、設計ミスの防止に役立つものであり、有効性と新規性の両面から高く評価できるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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