学位論文要旨



No 113497
著者(漢字) 木下,義晴
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ヨシハル
標題(和) 生物活性を有する複素環式化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 113497
報告番号 甲13497
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1856号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 抗ガン剤として注目を浴びているタキソール(oxetane:含有複素環、以下同様)、昆虫摂食阻害物質であるアザジラクチン(oxirane、dihydrofuranなど)、あるいはNa+チャンネル阻害剤であるフグ毒のテトロドトキシン(pyrimidine)、鎮静作用を有すモルヒネ、コデイン(piperidine)のように酸素、窒素等の複素環を有する化合物は強力な生物活性を有しており、医薬、農薬、生化学用試薬として生物が関わる現場において重要な役割を担っている。またこれらの物質は特異な構造を有しており、新しい反応や手法の開拓のきっかけとなるため有機合成化学者の格好のターゲットとなっている。そこで近年新たに発見され新薬のリード化合物となり得る興味深い生物活性と、特異な構造を有する複素環式化合物に絞って合成研究を行った。

(1)N-アルキル置換基を有するフェナジン系化合物の構築法の開発

 1937年にpyocyanin(1)が発見されて以来80種類以上のフェナジン系化合物が単離されているが、その多くが骨格炭素が種々の官能基で置換されたものであった。しかし広汎なスクリーニングの結果、1989年以降、酵素阻害活性および抗腫瘍活性を有するlavanducyanin(2)、抗腫瘍活性を有するphenazinomycin(3)、さらには活性酸素除去作用を示すbenthocyanin A(4)などのフェナジン骨格の窒素にテルペン側鎖を有する化合物が単離、構造決定された。

 

 そこで、その特異な構造に興味を抱くと共に、これらの化合物のさらなる可能性を追求するべく活性試験に供与することを目的として合成を開始した。

 複雑な側鎖にも対応出来る一般的な方法を確立する必要があったため、文献既知の1-hydroxyphenazineから容易に調製可能なAから出発して以下に示すような反応様式に沿って条件検討を行った。

 

 他の条件も試みたが再現性、汎用性がある、反応系内で発生させたアリルトリフラートをアルキル化剤に用いる方法(A法)、高圧下(15 kbar)でハロゲン化アリルをアルキル化剤に用いる方法(B法)の二法で天然物の合成を行うことにした。なお分子軌道計算を行った結果、実験結果と同様に5位窒素に選択的にアルキル化が進行することが示唆された。

 新たに見出したこれらの手法はbenthocyanin A(4)の合成にも応用可能であると考えられる。

(2)lavanducyanin(WS-9659A、ハマトシアニン)の全合成

 lavanducyanin(2)は、東京大学の今井、瀬戸らにより、山之内製薬(株)の佐藤らにより抗腫瘍活性を有する化合物として、また、藤沢薬品工業(株)の中山らによりテストステロン5-レダクターゼの阻害剤としてそれぞれ放線菌Streptomyces sp.CL190、S.sp.YP-02978L、S.sp.No.9659から単離された。以下に合成経路を示す。酸無水物5を出発原料として、五工程40%でアルコール6を得た。さらにStorkらの方法に従い臭化物7とした。6、7を対応するA法およびB法で反応にふしたところ、それぞれ二工程8.4%、三工程30%の収率で初めてlavanducyanin(2)を得ることが出来た。

 

(3)phenazinomycinのラセミ体、両鏡像体の全合成

 phenazinomycin(3)は、北里大学の船山、大村らにより放線菌Streptomyces sp.WK-2057より抗腫瘍性抗生物質として単離され、絶対立体配置も含めて構造決定された化合物である。

 ラセミ体は、rac-13をdihy dro--ion oneから二工程で得た後、臭素化、高圧反応、フッ素アニオン処理を順次行い三工程、収率35%で合成することが出来た。次に光学活性体について述べる。まず酵母還元によって97.3%eeの光学純度で得られた8を出発原料として当研究室の鈴木らの方法に従い、八工程でエステル9、10とした。次に、当研究室の田村らの方法に従い9から六工程でトシラート11へ導いた。順次増炭反応を行い12とした後、クロスカップリングなどを経て位置選択的にメチル基を導入した。還元、臭素化、高圧反応により天然体phenazinomycin(3)をアルコール13から収率20%で合成することができた。同様にしてent-3も合成し、比旋光度から天然体の構造は図の通りであることが確認できた。また側鎖部分をより効率的に合成するため種々検討したところ、若干ではあるが収率を向上することが出来た。

 

 こうして得られた一連のフェナジノン系化合物は、現在生物活性スクリーニングを行なっている最中である。

(4)zaragozic acids/squalestatinsの新規骨格構築法の開発に関する研究

 zaragozic acids/squalestatinsは、スクアレンシンターゼ阻害活性、およびタンパク質ファルネシルトランスフェラーゼ阻害活性を有する化合物として、菌類(Phoma sp.C2932、Sporormiella intermediaなど)から5つのグループにより単離、構造決定された物質群である。

 

 酸素占有度の高い2.8-dioxabicyclo[3.2.1]octane-3,4,5-tricarboxylic acids骨格を有しており構造的に、また抗高脂血症剤および抗ガン剤として生物活性的にも非常に興味深い物質である。現在までにzaragozic acid A(squaleatatin S1)(15)とzaragozic acid C(16)の全合成が計5例、そして骨格合成が4例ほど報告されているが、いずれも必要な官能基あるいは対応する官能基をそろえた後、最終段階において分子内でアセタール化して骨格合成を行っている。そこで著者はこれまでなされていない、分子の対称性を活かすとともに、類縁体の合成に適した骨格構築法を開発することを目的として実験を行った。

 

 種々検討した結果、第一の鍵中間体20を得るためにアドニトール17を出発原料とした。保護の工程を二回行った後、アルコールを酸化して18を選択性良く得ることが出来た。続いてGrignard反応の後、酸化的開裂を行うことにより一炭素単位を立体選択的に導入した。20の立体については図中の矢印で示す水素間でNOEが観測されたことにより決定した。脱ベンジリデンは通常の水素添加の条件ではなし得なかったが検討の結果、ルイス酸存在下エタンチオールでアセタール交換することにより効率よくジオール21を得ることが出来た。続いて第二の鍵中間体であるアセタール化生成物を得る検討を行った。21のように立体的にこんだ系及び共役系で有効な野依法を行うためトリメチルシリル体とした後に、数種類のケトンでアセタール化を行ったが、良好な結果が得られなかった。最終的にシクロペンテノンの等価体であるケトン22を用い、減圧下で反応を行うことによりアセタール化物を得ることが出来た。続いて酸化的に脱離を行い23とした。

 現在、酸素官能基を順次導入した後、環化反応により基本骨格26を得るべく検討中である。

 

審査要旨

 本研究は生物活性を有する複素環式化合物の合成に関するものであり4章からなる。

 著者は、興味深い生物活性と特異な構造を有する複素環式化合物について生物学的、化学的に大きく貢献できると考え合成研究を行った。

 まず第1章において、N-アルキル置換基を有するフェナジノン系化合物の構築法の開発に関する研究について述べている。

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 2,3のように複雑な側鎖を有する化合物にも対応出来る一般的な方法を確立するべく、以下の検討を行なった。

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 再現性、汎用性がある、反応系内で発生させたアリルトリフラートをアルキル化剤に用いる方法(A法)、高圧下(15kbar)でハロゲン化アリルをアルキル化剤に用いる方法(B法)の二法で天然物の合成を行うことにした。なお分子軌道計算を行った結果、実験結果と同様に5位窒素に選択的にアルキル化が進行することが示唆された。

 第2章において抗腫瘍活性、酵素(テストステロン5-レダクターゼ)阻害活性を有するlavanducyanin(WS-9659A、ハマトシアニン)の全合成について述べている。

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 図示の経路により調製した側鎖を用いてA法、B法で反応を行いそれぞれ2工程8.4%、3工程30%の収率で初めてlavanducyanin(2)を得ることが出来た。

 第3章において抗腫瘍性抗生物質であるphenazinomycinのラセミ体、両鏡像体の全合成について述べている。酵母還元によって得たヒドロキシケトン8(97.3%ee)を出発原料として21工程でアルコール9へと導いた。臭素化、高圧反応により天然体phenazinomycin(3)をアルコールから収率20%で合成した。同様にしてent-3を3工程20%で、rac-3を3工程35%で合成した。

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 こうして得られた一連のフェナジノン系化合物は、現在生物活性試験を行なっている最中である。

 第4章においてスクアレンシンターゼ阻害活性、およびタンパク質ファルネシルトランスフェラーゼ阻害活性を有するzaragozic acids/squalestatinsの新規骨格構築法の開発に関する研究について述べている。

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 そこで著者はこれまでなされていない、分子の対称性を活かすとともに、類縁体の合成に適した骨格構築法を開発することを目的として実験を行った。

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 アドニトールから位置および立体選択性を高度に制御しつつ鍵中間体14を得た。脱ベンジリデンをルイス酸存在下エタンチオールでアセタール交換で行った後、減圧下で反応を行うことにより鍵となるアセタール化物(16および17)を得ることが出来、現在骨格合成の検討を行っているところである。

 以上本論文は、N-アルキル置換基を有するフェナジノン系化合物の一般的な手法を確立し各種天然物および誘導体の合成を初めて成功するとともに、zaragozic acids/squalestatinsの合成研究において立体障害のある系での脱ベンジリデンおよびアセタール化の方法を確立し、有機合成化学における方法論に広がりをもたせたものであって、学術的に貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文に値するものと認めた。

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