学位論文要旨



No 113499
著者(漢字) 國頭,恭
著者(英字)
著者(カナ) クニトウ,タカシ
標題(和) 土壌中における重金属の形態とその微生物への影響
標題(洋)
報告番号 113499
報告番号 甲13499
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1858号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聡
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 重金属はその使用量の増加に伴い環境中に多く放出されてきたため、現在では、地球的規模で、大気、水圏、土壌中の重金属濃度の上昇が報告されている。これら重金属には、微量元素として生物に必須なZn、Cuなども含まれるが、いずれの種類においても環境中に過剰に存在すると、生態系に大きな影響を与えることが知られている。土壌中の重金属は、その土壌特性の影響により様々な形態をとるため、生物への毒性評価は単なる全重金属濃度の測定のみでは行えない。そのため、重金属の生物への毒性影響を評価するために、幾つかの有効な生物指標が用いられるようになった。このように重金属の生態系への影響を調べるには、重金属の形態および土壌特性を考慮する必要がある。近年、野外の土壌中での重金属の毒性を、幾つかの土壌特性を調べることにより予測する簡易モデルが検討されている。これらの研究は、汚染土壌中での重金属の生物への影響を調べるうえで重要であると同時に、汚染が起きた際の影響を予測する上で有効である。

 本研究では、土壌中における重金属の形態を調べ、重金属の形態と土壌特性との関連を検討した。また、重金属汚染土壌中の微生物バイオマス炭素、酵素活性、耐性細菌数の全細菌数に占める割合、重金属耐性細菌の特徴、分類、および耐性機構について調べることにより、重金属の土壌微生物生態系への影響を検討した。

1.重金属汚染土壌中における重金属耐性細菌と非耐性細菌の競合

 野外から採取したCu汚染土壌中においては、Cuの毒性の高いと思われる土壌ほど、全細菌数が非常に低く、かつCu耐性細菌数が若干増加することにより、全細菌数に占めるCu耐性細菌数の比率は高くなった。このため、土壌中での栄養条件が全細菌数に大きく影響を与えるにも関わらず、全細菌数に対してはCuの毒性がより大きく影響をしていると予想された。しかしながら、これらの要素のどちらが全細菌数に対してより大きな影響力を持つのかは明らかではないため、土壌にCuを添加し全細菌数およびCu耐性細菌数の変動を測定することにより、全細菌数および耐性細菌の比率に与えるCuの影響を検討した。この結果は野外の結果とは異なり、Cuの毒性の高い土壌における耐性細菌の高い比率は、全細菌数の減少よりは耐性細菌数の大幅な増加によるものであった。この結果より、野外における全細菌数の非常に少ない土壌ではもともと細菌にとって生育に不利な条件であったため全細菌数が制限されていたと考えられる。これらの土壌は非常に有機物量およびpHの低い土壌であったため、Cuの土壌への吸着が小さく毒性が高いため、耐性細菌の割合が大きくなったものと考えられた。

2.連続抽出法による土壌中のCuの画分と重金属汚染の生物指標との関連

 Cu汚染土壌を採取し、土壌中でのCuの形態を連続抽出法を用いることにより調べた。連続抽出法には非常に多くの種類があり、それらの抽出画分の土壌中での形態を調べた研究は幾つかあるものの、大部分の方法では検討されていない。これらの方法は、土壌中での重金属の正確な形態を調べるためというよりも、むしろ土壌間での重金属の形態の相対的比較をするために非常に多くの研究者に用いられている。この実験では、生物に利用可能なCuの形態である、0.05M CaCl2で抽出できる水溶性および交換性の画分(Ex-Cu)、Ex-Cuを抽出した土壌から2.5%酢酸で抽出できる特異吸着の画分(HOAc-Cu)、HOAc-Cuを抽出した土壌から0.1M K4P2O7で抽出できる有機物結合の画分(Pyro-Cu)を測定した。これらの各形態のCu量と、重金属汚染の生物指標である、土壌有機炭素に占める微生物バイオマス炭素の比率(Cmic/Org-C)、および土壌細菌群のCu耐性度(IC50)との関連を調べた。ここで用いたIC50は、Cuを添加した培地を用いてコロニー数が半減する添加Cu量を表している。このため測定の条件がどの土壌でも同じであり、各土壌細菌群の相対的な重金属耐性度が分かる。

 分析の結果、Cmic/Org-CはpH、Pyro-Cu量に影響され、また、IC50はEx-Cu、およびHOAc-Cuにより影響されていることが明らかになった。主成分分析の結果からも、IC50は生態系へのCuの毒性の指標として有効であることが示唆された。しかしながらこの解析においても、Cmic/Org-Cの場合はCuの毒性の直接的な指標でとは考えられなかった。これらの結果より、Cuが有機物と結合することにより微生物バイオマスの値を抑えている可能性が考えられた。しかしながらCmic/Org-Cは、生態系の成熟度、CECなどにも影響されると考えられ、これらの影響と重金属の影響を合わせてさらに検討する必要がある。また、毒性が高いと思われるEx-Cuの全Cu量に占める割合はpHと非常に高い相関を示した。

3.土壌飽和抽出液中におけるCu、Znのイオン活動度とIC50との関連、および重金属の溶解度と土壌特性との関連

 一般に生物への毒性を有する重金属の形態は結合していないイオンの形態であるとされており、微生物への重金属の毒性についても同様の結果が報告されている。このためこの実験ではさらに、IC50と土壌飽和抽出液中のCu濃度(Cus)およびCu2+の活性(pCu)との関連を調べた。pCuの測定には、コンピュータープログラムSOILCHEMを用いた。重金属と有機物の結合を考慮するために、2つのMixture model(Mattigod and Sposito 1979,Baham and Sposito 1986)を用いた。このモデルでは、実験値に基づいた有機物上の仮想の結合部位を想定することにより重金属と有機物の結合を予測する。また、Znについても同様に実験を行った。

 SOILCHEMによる計算では、飽和抽出液中でCuは主に有機物と結合しており、次にCu2+が多く、無機物との結合は非常に少なかった。また、Znの場合は大部分がZn2+の形態であった。このことは、Cuの方がZnよりも有機物と結合しやすいという性質と一致し、また、今回用いた方法とは別の方法によって土壌溶液中のCu、Znの形態を調べた研究においても同様の結果が報告されている。なお、2つのモデルによってCuとZnの有機物への結合を予想したが両者とも同様の結果であった。得られた値を用いて相関関係を調べたところ、IC50-Cuは、CusおよびpCuと同じ程度に高い相関を示し、Znの場合も同様であった。しかしながら、pCuとIC50の関係をグラフに表すと、H+の多い土壌ほど重金属の毒性は緩和されているという傾向がみられた。重金属とH+が生物の取り込み口で競合し、H+によって重金属の毒性が緩和されるという報告があり、あるいは同様な原因によりCuの毒性が緩和されている可能性がある。pZnの場合も、似たような傾向は見られたが、Cuの場合ほど顕著ではなかった。

 土壌中の重金属の溶解度は主に、溶解-沈殿反応、および吸着-解離反応によって支配されていると考えられている。そこで鉱物の溶解度と今回調べた飽和抽出液中での重金属のイオン活性の値を比較した。pHが7以上の土壌では、pCuはCuO、CuFe2O4-maghemiteと値が似通っていた。また、pZnは、Zn2SiO4-amorphus-SiとZn2SiO4-soil-Siとの間に位置した。しかしながら、重回帰分析によるとpCu、pZnともに全重金属濃度およびpHによって影響されていることが分かった。これらの結果より今回用いた大部分の土壌においては、Cu、Znともに吸着-解離反応によって溶解度が制御されていると考えられた。

4.活性汚泥連用圃場における重金属の形態と微生物活性への影響

 活性汚泥は高い栄養分を持つため、その肥料としての利用は物質循環、および肥料の節約という観点から重要な意味を持つ。しかしながら活性汚泥は栄養分と同時に重金属量も高い場合が多く、その施用の際には重金属の土壌中での挙動を考慮する必要がある。東京大学植物栄養・肥料学研究室が田無農場において長期間、活性汚泥を施用している土壌を採取させていただき、その土壌中における重金属の形態と、微生物バイオマス炭素および土壌中の各種酵素活性の関連を調べた。通常、汚泥を施用した土壌においては1種類の重金属のみが蓄積するとは考えにくく、数種類の重金属の微生物への影響を考慮する必要がある。これらの土壌では、CuとZnの濃度が対照区に比べ高かった。連続抽出法を用いて分析したところ、Cuは有機物と結合していると思われる画分が多く、ZnはCuに比べ土壌中で安定している画分の割合が非常に高かった。しかしながら、最も土壌と結合の弱い画分ではZnの方が高い値を示した。土壌酵素活性として、arylsulfatase、acid phosphatase、alkaline phosphatase、urease、-D-fructofuranosidase(invertase)、-D-glucosidase、dehydrogenase、protease、cellulase活性を調べた。各酵素間で重金属の影響の受け方は大きく異なった。全体としてCuよりZnの方が酵素活性に大きな影響を与えていた。

5.重金属耐性細菌の分類およびその耐性機構

 当研究室において以前に、長崎県対馬のCd汚染土壌から、Cd、Znに非常に高い耐性能を持つ細菌が分離された。そこで、この細菌の分類およびその耐性機構について調べた。16SrDNAの解読、および系統樹の作成により、この細菌は1995年に新属となったRalstonia属のグループであることが分かった。またこの細菌は重金属を菌体内へ取り込まない、あるいは排出するという耐性機構を持つことが予想されていたため、この細菌と分類学的にも近縁なRalstonia eutropha CH34の保有するプラスミド上に位置するCd、Zn、Co排出型の耐性遺伝子czcの存在を予想し、サザンハイブリダイゼーションにより相同性をしめすDNA断片をクローニングした。塩基配列を解読した結果、Ralstonia eutropha CH34株のものとほぼ同一のもであることがわかった。最近の研究において、様々な地域から分離された多くのHg耐性細菌がほぼ同一のHg耐性遺伝子merの配列を持つことが明らかになり、水平伝達による耐性遺伝子の伝播が予想されている。これと同様に、ベルギーにおいて分離された耐性細菌のczc遺伝子とほぼ同一の遺伝子が日本において見つかったことは、微生物生態学的に非常に興味深い。

 また実験の過程で、非汚染土壌からもZn耐性細菌が多く分離でき、かつそれらの形状がどの土壌においても似通っていることに気がついた。そこで、これらの細菌を東京大学弥生圃場、山形県の水田、鹿児島県の水田から分離し、その16SrDNA配列を解読し系統樹を作成した。その結果、これらの細菌は全てMethylobacterium radiotoleransに近いグループを形成した。さらに、IAM、JCMの菌株保存機関よりMethylobacterium属細菌を取り寄せZn耐性能を調べたところ、ほぼ全ての細菌が中程度あるいは非常に強いZn耐性を示した。これらの結果より、Zn耐性はMethylobacterium属細菌に共通した特徴であることが予想された。

審査要旨

 土壌中の重金属は、土壌特性の影響により様々な形態をとるため、重金属の生態系への影響を調べるには、重金属の形態および土壌特性を考慮する必要がある。

 本論文は、土壌中における重金属の形態を調べ、重金属汚染土壌中の微生物バイオマス炭素、酵素活性、耐性細菌数の全細菌数に占める割合、重金属耐性細菌の特徴、分類、および耐性機構について調べることにより、重金属の土壌微生物生態系への影響を述べたもので、序章と総合考察を含め、4章から構成されている。

 まず、重金属汚染土壌中における重金属耐性細菌と非耐性細菌の競合を検討した。

 野外から採取したCu汚染土壌中においては、Cuの毒性の高いと思われる土壌ほど、全細菌数が非常に低く、かつCu耐性細菌数が若干増加することにより、全細菌数に占めるCu耐性細菌数の比率は高くなった。栄養条件、Cu毒性のどちらが全細菌数に対してより大きな影響力を持つのかは明らかではないため、土壌にCuを添加し全細菌数およびCu耐性細菌数の変動を測定した。この結果は野外の結果とは異なり、Cuの毒性の高い土壌における耐性細菌の高い比率は、全細菌数の減少よりは耐性細菌数の大幅な増加によるものであった。この結果より、野外における全細菌数の非常に少ない土壌ではもともと細菌にとって生育に不利な条件であったため全細菌数が制限されており、かつ有機物量およびpHの低い土壌であったため、Cu毒性が高くなったものと考えられた。

 ついで、連続抽出法による土壌中のCuの画分と重金属汚染の生物指標との関連を調べた。

 Cu汚染土壌を採取し、土壌中でのCuの形態を連続抽出法により調べた。分析の結果、Cmic/Org-CはpH、Pyro-Cu量に影響され、また、IC50はEx-Cu、およびHOAc-Cuにより影響されていることが明らかになった。主成分分析の結果からも、IC50は生態系へのCuの毒性の指標として有効であることが示唆された。しかしながらこの解析においても、Cmic/Org-Cの場合はCu毒性の直接的な指標とは考えられなかった。さらに、IC50と土壌飽和抽出液中のCu濃度度(Cus)およびCu2-の活性(pCu)との関連を調べた。pCuの測定には、コンピュータープログラムSOILCHEMを用いた。SOILCHEMによる計算では、飽和抽出液中でCuは主に有機物と結合しており、Znの場合は大部分がZn2-の形態であった。IC50-Cuは、CusおよびpCuと同じ程度に高い相関を示し、Znの場合も同様であった。しかしながら、H+の多い土壌ほど重金属の毒性は緩和されているという傾向がみられた。このことから、重金属とH+が生物の取り込み口で競合し、H+によって重金属の毒性が緩和されている可能性が示された。

 さらに、活性汚泥連用圃場における重金属の形態と微生物活性への影響を調べた。

 東京大学植物栄養・肥料学研究室が田無農場において長期間、汚泥を施用している土壌を採取し、その土壌中における重金属の形態と、微生物バイオマス炭素および土壌中の各種酵素活性の関連を調べた。これらの土壌では、CuとZnの濃度が対照区に比べ高かった。連続抽出法を用いて分析したところ、Cuは有機物と結合した画分が多く、ZnはCuに比べ土壌中で安定している画分の割合が非常に高かった。各酵素間で重金属の影響の受け方は大きく異なった。全体としてCuよりZnの方が酵素活性に大きな影響を与えていた。

 重金属耐性細菌の分類およびその耐性機構についても検討した。

 長崎県対馬のCd汚染土壌から、Cd、Znに非常に高い耐性能を持つ細菌が分離できた。そこで、この細菌の分類およびその耐性機構について調べた。16SrDNAの解読により、この細菌はRalstonia属のグループであることが分かった。この株の耐性遺伝子を解析した結果、Ralstonia eutrophe CH34株のものとほぼ同一のものであることがわかった。

 また非汚染土壊から分離できるZn耐性細菌を分離し、その16SrDNA配列を解読し系統樹を作成した。その結果、これらの細菌は全てMethylobacterium radiotoleransに近いグループを形成した。さらに菌株保存機関よりMethylobacterium属細菌を取り寄せZn耐性能を調べたところ、ほぼ全ての細菌が中程度あるいは非常に強いZn耐性を示した。これらの結果より、Zn耐性はMethylobacterium属細菌に共通した特徴であることが予想された。

 以上を要するに本論文は、重金属の土壌微生物生態系への影響を、土壌中の全重金属量よりも、重金属の形態別に調べ、そのことが土壌中の微生物バイオマス炭素、酵素活性、重金属耐性細菌数に直接関与することを明らかにしたもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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