土壌中の重金属は、土壌特性の影響により様々な形態をとるため、重金属の生態系への影響を調べるには、重金属の形態および土壌特性を考慮する必要がある。 本論文は、土壌中における重金属の形態を調べ、重金属汚染土壌中の微生物バイオマス炭素、酵素活性、耐性細菌数の全細菌数に占める割合、重金属耐性細菌の特徴、分類、および耐性機構について調べることにより、重金属の土壌微生物生態系への影響を述べたもので、序章と総合考察を含め、4章から構成されている。 まず、重金属汚染土壌中における重金属耐性細菌と非耐性細菌の競合を検討した。 野外から採取したCu汚染土壌中においては、Cuの毒性の高いと思われる土壌ほど、全細菌数が非常に低く、かつCu耐性細菌数が若干増加することにより、全細菌数に占めるCu耐性細菌数の比率は高くなった。栄養条件、Cu毒性のどちらが全細菌数に対してより大きな影響力を持つのかは明らかではないため、土壌にCuを添加し全細菌数およびCu耐性細菌数の変動を測定した。この結果は野外の結果とは異なり、Cuの毒性の高い土壌における耐性細菌の高い比率は、全細菌数の減少よりは耐性細菌数の大幅な増加によるものであった。この結果より、野外における全細菌数の非常に少ない土壌ではもともと細菌にとって生育に不利な条件であったため全細菌数が制限されており、かつ有機物量およびpHの低い土壌であったため、Cu毒性が高くなったものと考えられた。 ついで、連続抽出法による土壌中のCuの画分と重金属汚染の生物指標との関連を調べた。 Cu汚染土壌を採取し、土壌中でのCuの形態を連続抽出法により調べた。分析の結果、Cmic/Org-CはpH、Pyro-Cu量に影響され、また、IC50はEx-Cu、およびHOAc-Cuにより影響されていることが明らかになった。主成分分析の結果からも、IC50は生態系へのCuの毒性の指標として有効であることが示唆された。しかしながらこの解析においても、Cmic/Org-Cの場合はCu毒性の直接的な指標とは考えられなかった。さらに、IC50と土壌飽和抽出液中のCu濃度度(Cus)およびCu2-の活性(pCu)との関連を調べた。pCuの測定には、コンピュータープログラムSOILCHEMを用いた。SOILCHEMによる計算では、飽和抽出液中でCuは主に有機物と結合しており、Znの場合は大部分がZn2-の形態であった。IC50-Cuは、CusおよびpCuと同じ程度に高い相関を示し、Znの場合も同様であった。しかしながら、H+の多い土壌ほど重金属の毒性は緩和されているという傾向がみられた。このことから、重金属とH+が生物の取り込み口で競合し、H+によって重金属の毒性が緩和されている可能性が示された。 さらに、活性汚泥連用圃場における重金属の形態と微生物活性への影響を調べた。 東京大学植物栄養・肥料学研究室が田無農場において長期間、汚泥を施用している土壌を採取し、その土壌中における重金属の形態と、微生物バイオマス炭素および土壌中の各種酵素活性の関連を調べた。これらの土壌では、CuとZnの濃度が対照区に比べ高かった。連続抽出法を用いて分析したところ、Cuは有機物と結合した画分が多く、ZnはCuに比べ土壌中で安定している画分の割合が非常に高かった。各酵素間で重金属の影響の受け方は大きく異なった。全体としてCuよりZnの方が酵素活性に大きな影響を与えていた。 重金属耐性細菌の分類およびその耐性機構についても検討した。 長崎県対馬のCd汚染土壌から、Cd、Znに非常に高い耐性能を持つ細菌が分離できた。そこで、この細菌の分類およびその耐性機構について調べた。16SrDNAの解読により、この細菌はRalstonia属のグループであることが分かった。この株の耐性遺伝子を解析した結果、Ralstonia eutrophe CH34株のものとほぼ同一のものであることがわかった。 また非汚染土壊から分離できるZn耐性細菌を分離し、その16SrDNA配列を解読し系統樹を作成した。その結果、これらの細菌は全てMethylobacterium radiotoleransに近いグループを形成した。さらに菌株保存機関よりMethylobacterium属細菌を取り寄せZn耐性能を調べたところ、ほぼ全ての細菌が中程度あるいは非常に強いZn耐性を示した。これらの結果より、Zn耐性はMethylobacterium属細菌に共通した特徴であることが予想された。 以上を要するに本論文は、重金属の土壌微生物生態系への影響を、土壌中の全重金属量よりも、重金属の形態別に調べ、そのことが土壌中の微生物バイオマス炭素、酵素活性、重金属耐性細菌数に直接関与することを明らかにしたもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |