内容要旨 | | 高等植物の伸長生長の制御には,ジベレリン(GA)やオーキシン(IAA)等の植物ホルモンが深く関与している.これまでに,植物ホルモンによる伸長生長の制御については,生理学的,分析化学的あるいは形態学的な研究が行われてきた.しかしながら,植物ホルモンによる刺激とそれに対する応答の間にどのような反応が介在しているかについては,ほとんど明らかにされていない. ところで,微生物から高等生物にいたるまで,それぞれの細胞は種々の刺激に対し特異的な応答を示す.動物や酵母では,このような生理的変化に関与しているタンパク質の多くが,その活性をリン酸化により調節されていることが明らかにされつつある.従って,生理的変化を引き起こす刺激が,何らかの方法によりタンパク質リン酸化酵素(PK)に伝えられ,さらにその情報が伝達された結果,最終的な生理的変化を引き起こすと考えられる.植物の様々な生理現象の制御に関与する植物ホルモンのシグナル伝達においても,タンパク質のリン酸化が重要な役割を担っていると考えられるが,その研究は未だ不十分である. キュウリ(Cucumis sativus L.)幼植物体は,ジベレリンA4(GA4)やIAAを茎頂に投与することにより顕著な伸長生長が観察され,無傷の状態でホルモン応答を示すことから,植物ホルモンによる伸長生長の制御機構解明のための良い実験材料である.本研究では,キュウリ胚軸を植物材料として,伸長生長制御に関与するPK遺伝子のクローニングを試みると共に,その遺伝子の生体内における機能を追究することを目的とした. 1.植物ホルモン応答性タンパク質リン酸化酵素遺伝子のクローニング GA4処理および未処理のキュウリ(C.sativus L.cv.Spacemaster80)胚軸より調製したcDNAを鋳型として,PKの触媒ドメインの中でも保存性の高いサブドメインVIBとVIIIに対する縮重プライマーを用いてpolymerase chain reaction(PCR)を行った.その結果,GA4処理によりmRNAの発現量が増大するPK遺伝子CsPK3のPCR断片を得た.このCsPK3のPCR断片をプローブとして,キュウリ胚軸より調製したcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより,CsPK3のcDNA全長をクローニングした.CsPK3は,その塩基配列から471アミノ酸残基で構成されるserine/threonine PKをコードすると推定された.また,CsPK3は,サブドメインVIIとVIIIの間に挿入配列を持つ植物に特異的なPK遺伝子に相同性を示し,その中でも,エンドウよりクローニングされた光により発現が抑制される遺伝子PsPK3と最も高い相同性(アミノ酸レベルで65%のidentity)を示した. CsPK3cDNAをプローブとして,キュウリのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし,約18kbpのゲノムDNAの断片をクローニングした.CsPK3のコード領域を含む2688 bpの塩基配列を決定した結果,CsPK3はイントロンのないPKであることが明らかとなった.CsPK3のコード領域より上流の塩基配列に対し,転写因子結合部位の検索を行ったところ,MYBタンパク質のDNA結合サイトに含まれるコア配列と類似した配列が存在した.また,ダイズのオーキシン応答性遺伝子GH3のオーキシン応答配列のコア配列と共通の配列が存在した. 2.植物ホルモン応答性タンパク質リン酸化酵素遺伝子CsPK3の発現解析a.ノーザンブロット法による解析 キュウリ幼植物体を植物材料としてノーザン解析を行い,CsPK3 mRNAの発現に対するGA4およびIAAの効果について調べた.その結果,キュウリ胚軸においてGA4処理よりもIAA処理の方が顕著にmRNA量を増大させること,また,IAA処理による発現量の増大は処理後30分で始まること,さらに,IAAの投与量の増加に伴いCsPK3 mRNAの発現量も増大することが明らかとなった.IAA処理後2時間のキュウリの各部位におけるCsPK3mRNAの発現を調べたところ,IAA誘導性の伸長生長を示す胚軸で最も顕著に発現量が増大することが明らかとなった.以上の結果から,CsPK3 mRNAの発現がGA4やIAA.特にIAA誘導性の伸長生長と良い相関を示すことが明らかとなった. CsPK3 mRNAの発現量の増大はIAA処理後30分で始まり,既知のオーキシン応答性遺伝子と比べても比較的早期に発現量が増大することが明らかとなった.このことから,IAAに応答したCsPK3の遺伝子発現が,新規に合成されるタンパク質を介していない可能性が考えられたため,タンパク質合成阻害剤(シクロヘキシミド:CHX)がCsPK3のIAA応答性に影響を与えるか否かについて調べた.キュウリ胚軸切片は無傷植物と同様にIAA処理により伸長生長が促進されることから,CHXの浸透を助けるため胚軸切片を植物材料として用いた.胚軸切片に対し2時間のCHX前処理を行うことにより,タンパク質の合成は80%以上阻害された.このCHX前処理を行った胚軸切片に対しIAA処理を行うことにより,IAAの伸長促進効果は完全に阻害されたが,IAA誘導性のCsPK3 mRNAの発現量の増大はCHX前処理により阻害されなかった.以上の結果から,IAA処理によるCsPK3mRNAの発現量の増大は,新たに合成されるタンパク質を介していない可能性が示唆された. 一般に,暗所で生育させた黄化芽生えに対し光を照射すると,暗所での急速な伸長生長が顕著に抑制される.CsPK3と高い相同性を示したエンドウのPsPK3の遺伝子発現が,脱黄化(deetiolation)の過程において顕著に抑制されることが明らかとなっている.そこで,CsPK3 mRNAの発現に対する光の効果について調べた.その結果,CsPK3 mRNAが黄化芽生えの胚軸において多量に発現していること,また,その発現量は光処理により急速に減少することが明らかとなった. b.In situハイブリダイゼーション法による解析 キュウリ幼植物体に対して,CsPK3のアンチセンスRNAプローブを用いたin situハイブリダイゼーションを行った結果,茎頂分裂組織や葉原基,前形成層,維管束近傍においてシグナルが検出された.また,胚軸表皮において,IAA未処理の植物体では認められないシグナルが,IAA処理により新たに認められるようになった. c.レポーター遺伝子を用いた解析 CsPK3のプロモーターの下流に,レポーター遺伝子として-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子をつないだ融合遺伝子を作製し,これを導入した形質転換タバコ(Nicotiana tabacum L.cv.Petit havana SR1)を作出した.形質転換タバコに対しGUS活性染色を行った結果,T1世代のタバコの茎や葉の維管束近傍および表皮,さらに茎頂において強いGUS活性が認められた.T2世代の幼植物体の茎頂にIAA処理を行うことにより,IAA未処理の植物ではGUS活性の認められない胚軸上部において,新たにGUS活性が認められるようになった.以上のように,形質転換タバコにおけるCsPK3遺伝子の発現パターンは,先のin situハイブリダイゼーションにより認められたCsPK3 mRNAの蓄積パターンとほぼ同様であった. 3.形質転換植物を用いたCsPK3の機能解析 カリフラワーモザイクウィルス(CaMV)35Sプロモーターの下流にCsPK3遺伝子を連結し,CsPK3のセンスまたはアンチセンスRNAを過剰発現するよう構築した融合遺伝子をタバコに導入した.CsPK3のセンスRNAを異所的に過剰発現させることにより,早期に花芽が形成される形質転換体が得られた.また,アンチセンスRNAの発現により内在遺伝子の発現抑制を試みたが,表現型に変化が認められる形質転換体は得られなかった. 次に,CsPK3のタバコ相同遺伝子をクローニングし,同様にタバコの植物体内で過剰発現させることにより機能の解析を試みた.CsPK3とPsPK3の間で保存されているアミノ酸配列に対する縮重プライマーを用いて,タバコより調製したcDNAを鋳型としてPCRを行った.得られたPCR断片の塩基配列に対し,CsPK3のタバコ相同遺伝子に特異的なプライマーを作製し,これらを用いて5’-および3’-RACE(rapid amplification of cDNA ends)を行うことによりcDNA全長をクローニングした.得られたCsPK3のタバコ相同遺伝子を,センスおよびアンチセンス方向に発現するようにCaMV35Sプロモーターの下流に連結し,これらの融合遺伝子をタバコに導入した.タバコ相同遺伝子のセンスRNAまたはアンチセンスRNAを過剰発現させることにより,いずれからも早期に花芽が形成される形質転換体が得られたが,アンチセンスRNAを発現させた形質転換体において,より高い割合でこの形質が認められた. 以上のように,キュウリ胚軸よりクローニングしたPK遺伝子CsPK3のmRNAの発現は,GAやオーキシン,特にオーキシンに対し顕著な応答性を示した.このオーキシン応答性のCsPK3の遺伝子発現が,新たに合成されるタンパク質を介していない可能性が示唆されたことから,オーキシンからその生理作用に至る経路上でCsPK3が機能していると考えられる.CsPK3が植物体内におけるオーキシンのどの生理作用に関連しているかについて明確にすることはできなかったが,伸長生長に密接に関連している可能性は高い.植物に特異的なPKsの一つであるCsPK3が,植物ホルモンに関連して機能していることが示されたことは,植物ホルモンのシグナル伝達系解明のための端緒となり得るものと期待される. |