学位論文要旨



No 113505
著者(漢字) 古内,剛
著者(英字)
著者(カナ) フルウチ,タケシ
標題(和) 生物活性を有する天然有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 113505
報告番号 甲13505
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1864号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 生物活性物質は、生物の生命現象に関与し影響を与える物質で、自然界の様々な生物より単離され、一部では医薬品や農薬のように我々の日常生活に役立てられている。それ故、生物活性物質に関する化学的、生物学的研究を行うことは、それらの自然界における役割を解明するのみならず、人間が自然と良い関係を保ち、その恵みを受けていくためにも非常に重要である。

 このような研究は多くの分野の人々の協力がなければ成り立たないものである。その中で合成化学者は、生物活性物質を高純度で大量に合成して生物学者に提供するという役割を担っており、それは自然界における生物現象を分子レベルで解明する上で意義のあることと思われる。筆者は有機合成化学者という立場からそれらの研究に寄与、貢献したいと考え、いくつかの生物活性物質を取り上げ、その合成研究を行った。

1.(3S,7R,8E,10E)-3,7,9-トリメチル-8,10-ドデカジエン-6-オンの新規合成

 マツモグリカイガラムシ(Pine Bast Scale)は、世界各地に分布しているマツに寄生する害虫である。この害虫は小型でしかもマツの樹皮内に寄生するため、被害が大きくなるまでその存在が分からないことが多い。近年、マツを守る手段として従来の農薬の他にフェロモントラップを利用したモニタリングや防除が注目され、フェロモンの構造活性相関の追求のみならず、実用的な目的も含め世界各地でフェロモン研究が行われている。

 1990年、Einhornらは、Maritime Pine Scale(Matsucoccus feytaudi)の雌が生産する性フェロモンの主成分を単離構造決定した。

 

 その後、相対立体配置の決定がなされ、さらに当研究室で4種すべてのジアステレオマーの合成が行われ、それらの生物活性試験の結果、天然物は(3S,7R)-1であると判明し、絶対立体配置が明らかとなった。

 このようなフェロモンの実用的な利用研究のためには生物活性試験等に高純度のサンプルを充分な量供給することが必要となってくる。そこで筆者は、従来よりも大量スケールでの(3S,7R)-1の合成法を確立するため、以下の研究を行った。

 出発原料として光学的にほぼ純粋なエポキシアルコール4を用いた。これは、当研究室で開発された有用な合成原料で、ジアセタート3より酵素(PPL)を用いた不斉加水分解物2を経由して調製できる。4より鍵中間体であるエポキシド5を得、これとGrignard試薬6とをカップリングさせ左の側鎖部分を形成し、アルコール7とした。この後Wittig反応によりジエン部分を構築して8に導き、その水酸基を除去してジエン9を得た。このものはジエンの幾何異性に由来する不純物を含んでいるため、以下のような精製を行った。9の脱シリル化後、10で硝酸銀担持シリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーを行い、さらにDNBエステル11として再結精製した。こうして得られた純粋なアルコール10をSwern酸化し、目的物(3S,7R)-1へと導いた。

 

2.(2E,4E,6R,10R)-4,6,10,12-テトラメチル-2,4-トリデカジエン-7-オン(Matsuone)の新規合成

 1989年、Lanierらは3種のマツモグリカイガラムシ(Matsucoccus matsumurae,M.resinosae,M.thumbergianae)が生産する性フェロモンの主成分を単離構造決定し、Matsuoneと命名した。

 その後相対立体配置が決定され、さらに当研究室において(6R,10R)-12及びその鏡像体の合成がなされ、それらの生物活性試験の結果、天然物が(6R,10R)-12であると判明した。

 

 筆者は第一章と同様に、(6R,10R)-12の大量供給により適した合成法を確立するため、以下の研究を開始した。

 鍵中間体には(3S,7R)-1の合成と同様、エポキシド5を用いた。光学的にほぼ純粋な(R)-3-ヒドロキシ-2-メチルペンタン酸メチル(R)-13より導いたGrignard試薬15をエポキシド5とカップリングさせ、アルコール16を得た。16よりジエン部分を構築後17へと導き、その脱酸素はメシラートへ変換後、ヒドリド還元により達成した。18からは(3S,7R)-1の合成と同様の精製を行い、目的物(6R,10R)-12へ導いた。

 

3.エポキシアルコール4のメチル化の際の異常反応

 (6R,10R)-12の合成の初期段階において、エポキシアルコール4の開環を伴うメチル化を行ったところ、従来では見られなかった異常反応が認められたのでここで述べる。

 

 エポキシアルコール4のメチル化は、当研究室で過去に開発された反応で二つの方法があり、ジメチル銅リチウム(方法a)を用いた場合1,2-ジオール19と1,3-ジオール20で後者が主生成物として得られてくる。また、トリメチルアルミニウム(方法b)を用いた場合、副生成物20(24%)と共に、19(62%)が主に生成してくる。

 今回、筆者がトリメチルアルミニウム(方法b)を用いて反応を追試したところ、副生成物は純粋な20ではなく20と21の混合物で、その比率は、3/2から2/3であった。

 この異常反応の機構については詳しく追究していないが、TBDPS保護基からのフェニル基の転移とトリメチルアルミニウム上のメチル基のケイ素原子への攻撃によるものと考えられる。

4.Fudecaloneの合成研究

 原生動物のEimeria亜目の約半数は脊椎動物を宿主とし、その諸臓器の上皮細胞に寄生して、ヒトや家畜に大きな被害を与えることがある。そのなかでもEimeria属とIsospora属は多くの家畜に寄生し、コクシジウム症の病原となっており、我が国でも生産量の著しい低下を招いた例がある。抗コクシジウム剤としてはポリエーテル系の化合物が知られてきたが、1995年にユニークなnaphthofuran骨格を有する新しい抗コクシジウム剤Fudecalone(22)がPenicillium sp.FO-2030より単離構造決定された。筆者は、Fudecaloneの活性と化学構造に興味を持ち合成研究を開始した。

 

 合成中間体フタリド25は既知化合物であったが、ピロン23及びアセチレンジカルボキシラート24より従来より簡便な方法で合成した。25をBirch還元し、生じたアニオンをラクトン27より導いたヨウ化物26でトラップして28を得た。このものを環化前駆体である29へと導き、カチオニックな環化を行ったところ、環化体であるケトラクトン30を得ることが出来た。今後は目的物Fudecalone(22)への変換を行う予定である。

 

5.まとめ

 以上筆者は、マツモグリカイガラムシの性フェロモン(3S,7R)-1及び(6R,10R)-12(Matsuone)の合成に成功し、エポキシド4のメチル化の際の異常反応を見い出した。また、Fudecalone(22)の骨格構築に成功し、今後目的物22への変換を行う予定である。

審査要旨

 本論文は生物活性物質に関する有機化学的研究に関するもので、三章よりなる。

 著者は有機合成化学者という立場から、生物活性物質に関する化学的、生物学的研究に寄与、貢献したいという観点で、様々な生物活性物質の合成研究を行った。

 第一章においてはマツの害虫であるマツモグリカイガラムシの一種Maritime Pine Scale(Matsucoccus feytaudi)の雌が生産する性フェロモン主成分(3S,7R,8E,10E)-3,7,9-トリメチル-8,10-ドデカジエン-6-オン(1)の新規合成について述べている。

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 ジアセタート3より酵素(PPL)を用いた不斉加水分解物2を経由して調製できるエポキシド4とGrignard試薬5とをカップリングさせ、アルコール6とした。この後、右側のジエン部分を構築し、目的物1の合成に成功した。

 第二章においては、3種のマツモグリカイガラムシ(Matsucoccus matsumurae,M.resinosae,M.thumbergianae)が生産する性フェロモン主成分(2E,4E,6R,10R)-4,6,10,12-テトラメチル-2,4-トリデカジエン-7-オン[Matsuone(7)]の新規合成について述べている。

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 光学的にほぼ純粋な(R)-3-ヒドロキシ-2-メチルプロパン酸メチル[(R)-8]より導いたGrignard試薬9をエポキシド4とカップリングさせ、アルコール10を得た。10よりジエン部分を構築後、目的物であるMatsuone(7)の合成に成功した。

 以上、第一章及び第二章で述べられた合成研究は、マツモグリカイガラムシの性フェロモンの生物学的研究の他に、マツモグリカイガラムシの防除法の探索にも役立てられている。

 第三章においてはPenicillium sp.FO-2030が生産する抗コクシジウム剤Fudecalone(11)の合成研究について述べている。

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 ピロン12及びアセチレンジカルボン酸ジメチル(13)から従来よりも簡便な方法でフタリド14を合成した。14をBirch還元後、アルキル化し15を経て環化前駆体である16へと導いた。このもののルイス酸触媒環化反応により、既知化合物14からわずか4工程でFudecalone(11)の骨格合成に成功した。

 現在、目的物Fudecalone(11)への変換を検討中である。

 この研究によって家畜、家禽などをコクシジウム症から守ることができ、それによるその生産量の増加が期待される。

 以上、本論文では三種の生物活性物質を取り上げ、それらの合成研究を行っている。これは、有機合成化学の分野において学術上貢献するところが多く、それと同時に、農学分野における実用面でもそれらの応用が期待される。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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