内容要旨 | | 日本では,地すべり対策工(抑制工)の一つとして,すべり面付近の間隙水圧を低下させて地すべり地を安定させる「集水井を用いた地下水排除工」が広く普及している。しかし地すべり地内の地下水系は極めて複雑であり,その挙動と地すべり移動との関係や地下水排除工の有効性の検証等についての知見はまだ極めて貧弱である。そこで森林総合研究所地すべり研究室では,埼玉県下のいわゆる結晶片岩系破砕帯地すべり地帯にある平沢地すべり地において,部分ストレーナ加工やバルブ装着等,集水ボーリング孔に工夫をこらすことにより,すべり面付近の間隙水圧や集水量を精度よく測定することが可能な地すべり試験地を設置し,10年間にわたって観測を行った。 本論文では,そこで得られたすべての観測データを用いて,1)集水井及び横集水ボーリング施工前後におけるすべり面付近の間隙水圧の低下状況の評価,2)集水井内の集水バルブ開閉操作による間隙水圧の上昇及び低下実験で得られた,すべり面付近に働く圧力水頭変化と他の有圧層への影響の解析,さらに,3)間隙水圧を上昇させ,実験的に地すべり移動を再現することにより,集水井の施工効果の地すべり移動時における検証等を行い,地下水排除工と地すべり移動との関係をより精密に解析し,対策工の施工効果の向上に寄与しようとするものである。 第2章では,これまでの地すべりの発生実態より観察されたすべり面の地質的特徴やすべり面での間隙水圧の性質を整理することより,地すべりすべり面の一般的特性を明らかにした。また,地すべり地で地下水を排除するために広く用いられている集水井による地下水排除工法の効果評価に関する既往の研究を整理して問題点を検討した。一般に集水井を用いた地下水排除工法が実際に有効であったかどうかは,必ずしも簡単に検証することはできず,それはすべり面付近での間隙水圧や集水量の観測方法に問題があることがわかった。すなわち,集水井の設置により期待される効果は,地下水を排除することによるすべり面付近の間隙水圧の低下である。その効果を明確に評価するためには, (1)調査ボーリング孔内のすべり面付近のみに部分ストレーナを入れ,そこに間隙水圧計を設置して間隙水圧の変化を観測する。 (2)横集水ボーリングはすべり面のみに部分ストレーナを行い,地下水を集水し測定をする 等の観測方法が必要であることを提示した。 第3章では,第2章で提示した問題点を解決するための地下水排除工試験地として選んだ平沢地すべり地の概要を示した。すなわち,すべり面付近や土層別にそれぞれ部分ストレーナ区間を設け,水位計を用いて圧力水頭(間隙水圧)を測定した。一方では,それに対応する深度に部分ストレーナをもつ集水ボーリングを施工し,実際にすべり面付近や土層別集水量の測定を実施できるようにした経緯を説明した。 第4章では,平沢地すべり地における集水井施工前後の間隙水圧の観測結果から集水井の掘削に伴うすべり面付近の地下水の変動の解析を行い,井戸掘削そのものの効果を明らかにした。本章で取り上げる観測期間は1983年から1985年までで(1)施工前の調査(1983年)及び(2)集水井施工後の調査(1984年から1985年まで)の二期に分けられる。施工前の調査では降雨や間隙水圧などの季節変化データが得られ,その結果と施工後のデータとを比較して集水井の地下水排除効果を定量的に明らかにした。さらに,集水井の集水ボーリング孔掘削中のすべり面付近に作用する間隙水圧の低下特性を捉えるため,掘削の前進深度と湧水の影響,また掘削方向と圧力水頭の変動関係や降雨の影響などの解析を行い,以下の結果が得られた。 (1)集水井施工前後における圧力水頭の低下状況は,異なる深度のすべり面付近に設置された水頭観測孔により,圧力水頭の低下効果が違うことがわかった。深層(深さ25m)の圧力水頭が浅層(深さ15m)のものより低下の割合が大きいことを示した。 (2)集水井の横集水ボーリング孔の掘削に伴い,すべり面付近に作用する圧力水頭の低下効果は,水頭観測孔に近いところで掘削した横集水ボーリング孔が大きく影響をした。 (3)掘削中の孔内状況からみると,掘削の前進深度と湧水は,圧力水頭の低下時間と一致することがわかった。 第5章では,集水井の部分ストレーナ集水ボーリング孔を利用し,集水井内の集水バルブ開閉操作を行ってすべり面付近に作用する圧力水頭の挙動及び被圧地下水量の流量変化を測定し,その圧力水頭の挙動に対して,地すべり地の地質構造がどのように寄与しているかについて,降雨とすべり面付近のき裂帯に排除された被圧地下水との間の関連性を調べることによって検討した。この実験の利点は,集水バルブ操作によって任意の時期に施工前の環境に近いデータを得ることができるので集水井の施工効果の判定が容易で確実に行うことができる点である。つまり降雨による圧力水頭の上昇・低下を自由にバルブの開閉操作によってコントロールすることができる。実験期間は1985年から1989年までで,(1)降雨量,(2)圧力水頭,(3)集水ボーリングからの集水量,(4)集水バルブの開閉操作の相互関係について検討を行い,次のような知見が得られた。 (1)集水井内の集水バルブの開閉操作によって圧力水頭の上昇及び低下をコントロールすることができた。そして,集水バルブを開放する状態において,降雨変化に応じてすべり面付近に伝達される地下水圧の変化によってすべり面付近から排出される集水量が異なっていることがわかった。特に浅層からの集水量が最も多い。 (2)地すべり斜面に存在する浅層(深さ15m)と深層(深さ25m)の二つのすべり面付近に存在する有圧層間への影響は,浅層の地下水排除により深層の地下水流動層が比較的鋭敏に変化することが明らかになった。 (3)多層地盤中の地下水の浸透流速は,岩層の風化程度によって大きく違う値を示した。特に,風化が進行している強風化岩層では地下水が流れ易いき裂に存在しているので地下水の浸透流速も速い。 (4)集水井の横集水ボーリングで地下水を集めて集水量を測定することによる,集水井1号は上・中・下段別から集水割合の高い孔は偏る傾向が見られ,上・中・下段間で比べると段によって集水割合の高い孔の方向が異なっている。一方,集水井2号ではいずれにしても集水割合の高い孔は少なく,しかもそれらは各段で同一方向に集まる傾向が認められた。 最後に地すべり斜面に設置された2基の集水井の排水機能を集水バルブ閉止により長期間停止させて地すべりを発生させた。その結果,降雨に伴う間隙水圧の上昇が地すべり発生の原因となっていることを実際に確認した。第6章では,この実験中のすべり面付近の間隙水圧の変動と地表変動の測定結果から集水井の施工効果に対するさらに詳しい検討を行った。実験期間は1990年である。その期間中の(1)降雨量,(2)圧力水頭,(3)地表移動量の関係の解析から得た主な結論を以下に列記する。 (1)集水井1号と集水井2号の集水バルブを閉止したことにより間隙水圧を上昇させ,実験的に地すべり移動を再現することができた。再度集水井の施工効果を地すべり移動時の検証より確認した。特に地すべりの滑落崖の一部と推定された位置に設置した伸縮計の観測より大幅な変動が認められた。 (2)集水井1号(斜面上部)と集水井2号(斜面中部)の効果をみると,集水井1号の三段集水バルブ閉止による影響よりも,集水井2号の二段集水バルブを閉止したことが大きく影響を示した。 以上より本論文では,地すべりの移動特性と間隙水圧の関係を部分ストレーナの横集水ボーリングを用いた集水井の地下水排除工から得られたデータをもとに,実証的知見から明らかにしたものである。地すべり安定性を評価する安定解析には重要な意味を持つと考えられる。 |