学位論文要旨



No 113513
著者(漢字) 李,昶雨
著者(英字)
著者(カナ) イ,チャンウ
標題(和) 模擬根系の土質強度補強効果に関する研究 : 土壌水分制御下における単純せん断試験による解析
標題(洋)
報告番号 113513
報告番号 甲13513
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1872号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 助教授 鈴木,雅一
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨 1.はじめに

 本研究の目的は、降雨を誘因として発生する自然斜面での表層崩壊において、樹木根系が発揮する補強効果を実験的見地から解明することにある。そのために、

 (1)土壌水分変化に応じた土質強度特性の把握,

 (2)表層土内の根系の土質強度補強効果の定量的把握

 (3)土壌水分変化に対応した根系の補強効果メカニズムの把握

 の3点について検討した。降雨を誘因として発生する自然斜面での表層崩壊に関する従来の実験的研究は一面せん断試験によるものを中心として行われてきた。しかしながら、森林土壌の水分変化に応じた土質強度特性を把握する研究は少なく、表層崩壊に対して補強効果を発揮する樹木根系の土壌水分変化による影響に着目した研究は殆どない。一面せん断試験での土質強度は、水平変位-せん断応力(以下とする)関係から求められる最大せん断応力(せん断強度)を各垂直応力(以下とする)毎に測定することで求められる。しかしながら厳密には土のせん断強度特性は、応力条件に応じたせん断歪(以下とする)-せん断応力()関係から求められるべきものである。一面せん断試験においてを把握する場合、せん断層厚さの測定が不可欠であるが、試験機の構造上の問題から、せん断層厚さ(換言すれば、せん断箱内部の土の変形状態)を把握することが極めて困難であるという欠点を有する。-関係からは、土の物性であるせん断弾性係数(以下Gとする。ただしGは接線剛性率の値を用いる。)を求めることが出来る。ここで根系の土質強度補強効果を考えた場合、土質強度補強効果が土のせん断弾性係数G,及び変形状態と無関係に定まるものであれば、補強効果の定量的把握のためには一面せん断試験で充分であると考えられるが、実際には土のG,及び変形状態によって根系の補強効果が大きく異なることが予想され、この点に関する測定手法の開発は未だなされていないのが現状である。

 本研究では、以上に述べた一面せん断試験機の問題点を踏まえ、を制御できる大型の新型単純せん断試験機(図1参照)を製作した。豊浦標準砂を試料とする本試験機の性能評価を行った上で、1)土壌水分条件の変化が土質強度特性に与える影響を応力-変形特性から把握し、2)補強材が土の変形特性に与える影響及び補強効果の水分条件による影響を応力-変形特性から把握したものである。

2.実験材料及び実験方法

 用いた土試料は市販の豊浦標準砂である。今回開発された新型単純せん断試験機は、

 1) せん断ひずみの定義ができること

 2) 表層崩壊に対応した低拘束圧での試験が可能であること

 3) サクションによる土壌水分制御ができること

 などの特徴を有する。

 1)のせん断ひずみは20%以下で試験を行なった。2)の応力範囲に関しては25・50・75gf/cm2の3条件で行なった。3)サクションの制御に関して、せん断箱の最上部を0cmH2Oとしてサクション-15cmH2O刻みで、0から-60cmH2Oの範囲内で実験を行なった。なおサクションの制御はせん断箱に連結された定水位タンクの位置を上下に調整することによって実現した。

 次に、樹木根系による土質強度補強効果を評価するために、2種類の模擬根系を豊浦標準砂の中に鉛直に挿入し、水分条件を制御してせん断試験を行なった。2種類の模擬根系の一つは樹木根系の直根に相当するものとして竹串30本(直径2.6mm,長さ30cm)もう一つは細根に相当するものとしてナイロンネット5枚(厚さ0.5mm,幅10cm,長さ30cm)である。また、補強材の本数と長さの違いによる補強効果を評価するために、模擬根系の挿入本数及び長さを変化させて実験を行なった。

3.結果及び考察1)土壌水分変化が土質強度特性に与える影響

 (1)計測されたせん断応力は水分条件に敏感に反応し、サクションが大きくなるほどせん断応力も高くなる傾向がある。せん断応力はサクション-45cmH2Oでピークせん断応力を示しサクション-60cmH2Oで応力が下がる傾向がある。また、せん断ひずみが1%から20%の間でせん断応力のサクションによる違いが示されるが、ひずみ5%以内で明瞭に現れた。

 (2)土質強度定数中の内部摩擦角(tan)はせん断ひずみとともに増加する傾向があるが、水分条件に対しては影響を受けない傾向があった。一方、粘着力はせん断ひずみとともに増加する傾向があり、水分条件に対してはサクション-45cmH2Oでピークを示す傾向にあった。特に、粘着力も水分条件によってせん断ひずみ1-5%の間で急激に変わる結果が得られた。

 (3)(1)と(2)の結果を土の変形特性から把握するために、応力-ひずみ関係を分数式で近似し、荷重と水分条件が変形過程に与える影響をせん断剛性率で比較した結果、荷重条件による違いは明瞭ではないが、水分条件によっては変形特性が影響されることが分かった(図2参照)。

2)補強材が土の変形特性に与える影響と補強効果の水分条件による影響

 (1)補強材(竹串、ネット)が挿入された標準砂は補強効果があり、ひずみと水分条件の違いによって土の変形特性が敏感に反応する傾向があった。

 (2)補強材として竹串が挿入されている標準砂のひずみによる土質強度定数(見かけの粘着力Cと内部摩擦角tan)の変化傾向は標準砂のみの結果と同様の傾向を示した。Cとtanはひずみとともに増加するが、粘着力Cはサクションに敏感に反応し、サクション-45cmH2Oでピークを示す。一方tanは水分条件に対しては影響を受けない傾向があった(図3参照)。

 (3)竹串による補強効果は粘着力Cの増分として現われ、ひずみが大きくなるほどその増分は大きくなる。粘着力Cの増分は水分条件に影響され、サクション-45cmH2Oでピークを示す。一方tanは砂のみの場合と殆ど一致し、竹串による補強効果は土質強度定数のtanよりも、寧ろ粘着力Cの成分として現れる。

 (4)補強材としてネットが挿入されている標準砂のひずみによる土質強度定数(見かけの粘着力Cと内部摩擦角tan)の変化傾向は標準砂のみと竹串との結果と違う傾向があった。Cはサクションに対して敏感に反応し、サクション-60cmH2Oでピークを示す。一方tanはひずみとともに増加し、サクションにも敏感に反応する傾向があった。特に、ひずみの進行とともに、飽和から不飽和になることに従って、tanが減少する傾向があった(図3参照)。

 (5)ネットによる補強効果は粘着力Cと内部摩擦角tanの両方の増分として現われ、その傾向は水分条件で違う傾向があった。サクション0cmH2Oと-15cmH2Oではtanによる増分が大きく、サクション-45cmH2Oと-60cmH2Oでは粘着力Cの増分が大きい。特に、粘着力による増分はサクション-60cmH2Oで最高を示す。この結果から、補強材の違いによる補強効果の違いがが明らかになった。

 本研究では、以上の結果より、せん断実験の結果を変形過程から解析することができた。土壌水分変化が土質強度定数に与える影響を変形過程毎に明らかにし、せん断剛性率を導入することによってその現象を検証した。

 さらに、土壌水分変化が樹木根系の土質強度補強効果に与える影響に対しては補強材による補強効果が違うこととその違いの水分条件による違いが明らかになった。また、樹木根系の補強メカニズムを理解するための有効な情報を得ることができた。

図1.新型単純せん断試験機図2.荷重条件と水分条件による標準砂の変形特性図3.補強材の違いによる土質強度定数の水分変化による違い
審査要旨

 本論文は、樹木根系が表層崩壊を防止する機能に関して、水分制御が可能な単純せん断試験機を新たに開発し、模擬根系として竹串(直根)又はネット(細根)を挿入してせん断試験を行い、(1)水分変化がそれらの土質強度補強効果に与える影響および、(2)せん断ひずみ変化がそれらの土質強度補強効果に与える影響について検討し、樹木根系による土質強度補強効果のメカニズムを明らかにしたものである。

 第2章では、従来の不飽和土の土質強度特性に関する研究、樹木根系の土質強度補強効果に関する研究をレビューし、表層崩壊発生機構の解明のための土質強度試験では、低拘束圧条件かつ水分制御可能な試験が必要であり、さらに、根系の土質強度補強効果を検討するためには、応力-変形関係を把握できるせん断試験機の開発が不可欠であることを指摘した。

 第3章では、第2章で提示された問題を解決するため、低拘束圧条件下で水分制御が可能であり、かつ、せん断ひずみの定義が可能で応力-変形関係を容易に追跡できる、操作が簡単な「単純せん断試験機」を開発し、豊浦標準砂を用いてせん断試験を行い、従来の一面せん断試験機と同様の試験結果が得られることを示すとともに、サクションが土質強度定数に与える影響は見かけの粘着力として出現することを再確認した。さらに、ひずみ-せん断応力関係をよく反映する新たな近似分数関数式を作成し、その近似パラメータとせん断剛性率を用いて、土の変形過程における応力条件と水分変化の土質強度特性に与える影響を明らかにした。

 第4章では、上記単純せん断試験機を用いて、樹木根系の直根を想定した竹串を豊浦標準砂に挿入してその土質強度補強効果を解析し、(1)竹串による補強効果は土質強度定数の粘着力の増分として出現する、(2)竹串による補強効果は水分条件に影響され、サクションが限界毛管水頭のときピークを示す、(3)この補強効果は竹串の曲げと摩擦によるものであり、それはせん断ひずみとともにせん断初期から増加するが、そのうちの摩擦による補強効果はせん断ひずみが5〜10%を超えてから発揮される、等の結果を見いだした。

 さらに第5章では、樹木根系の細根を想定したネットを用いてその土質強度補強効果を同様に解析し、(1)ネットによる土質強度補強効果は土質強度定数の粘着力の増分として出現し、せん断後期に大きく発揮される、(2)ネットによる補強効果も水分条件に影響され、サクションに比例して大きくなる、(3)ネットによる補強効果は曲げによるものはなく、ネットと土粒子の摩擦によるものとして発揮される、等の知見を得た。

 最後に第6章では、上述の実験結果から、模擬根系の土質強度補強効果を、Mohr-Coulombの破壊基準式を基礎とし補強効果メカニズムを考慮した"評価式"を用いて総合的に考察し、(1)竹串による土質強度定数の粘着力の増分には曲げと摩擦の2成分が作用している、(2)ネットによる増分には摩擦の成分のみが作用している、(3)竹串とネットが示す土質強度補強効果としての粘着力の増分は、それらの挿入状態によって異なるが、それぞれひずみと水分条件の関数となっている、等を明らかにした。

 以上要するに本論文は、新たに開発した単純せん断試験機を用いて、樹木根系による土質強度補強効果を、土壌水分変化と変形条件に対応させて実験的に解析し、補強効果のメカニズムを明らかにしたものであり、試験機の開発を含めて、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。

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