学位論文要旨



No 113517
著者(漢字) 青山,潤
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,ジュン
標題(和) ウナギ属魚類の進化に関する研究
標題(洋)
報告番号 113517
報告番号 甲13517
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1876号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 教授 渡部,終五
 福井県立大学 教授 西田,睦
内容要旨

 ウナギ属魚類には、18種・亜種が知られており、熱帯赤道域を中心に世界中に広く分布する。ウナギ属魚類は、仔魚期にレプトケファルスとして長期間浮遊生活を送るため、その地理分布は地球規模の海流系と密接に関連している。すなわち、それらの分布は原則として、暖流が流れている各大陸の東側に限られる。しかし例外としてユーラシア大陸西側のヨーロッパにも分布し、暖流のブラジル海流があるにもかかわらず、南アメリカ大陸の東側には分布しない。こうした特異な地理分布が、どのように成立したのかは未だ明らかではない。また、ウナギ属魚類はウナギ目15科のなかで唯一降河回遊性の生活史を持ち、数千キロにおよぶ大回遊を行う種も知られている。ウナギ属魚類の特異な地理分布と大産卵回遊の成立の過程を明らかにするためには、ウナギ属魚類の類縁系統関係と種分化の過程を明らかにする必要がある。しかし、ウナギ属魚類はそもそも分類について疑問な点が多く、その類縁系統関係も明らかではない。

 そこで本研究の目的は、まず近年急速に発達してきた分子系統学的手法を用いて、ウナギ属魚類の分類を再検討し、類縁系統関係を明らかにすることである。こうして得られた系統樹を基に、生物地理学、生態学、およびプレートテクトニクス、古環境、化石などの情報をあわせて、ウナギ属魚類の進化と分散の過程を明らかにする。さらに、これまで形態学的には同定の困難であったウナギ属のレプトケファルス幼生について、遺伝子を利用した種査定法を確立することも目的とした。こうして得られた知見を水産資源として重要なウナギ属魚類の保全と持続的利用に資することも本研究のねらいとしている。

ウナギ属魚類のmtDNA塩基配列

 まず、模式産地のスラウェシ島から得たA.celebesensis 5個体と太平洋からインド洋におよぶ分布域を広く網羅するよう選んだA.marmorata 10個体を用いて、ウナギ属魚類のmtDNAの塩基配列における種内変異の程度を検討した。mtDNAの12SrRNA遺伝子(以下12S)719塩基、16SrRNA遺伝子(以下16S)1197塩基およびcytochrome b遺伝子(以下cytb)1140塩基の配列を決定した。得られた塩基配列データを遺伝距離として比較した結果、種内での変異の平均は12SでA.celebesensis、A.mamrorataともに0.001、16SではA.celebesensisで0.003、A.marmorataで0.001、またcytbではA.celebesensisで0.006、A.marmorataで0.005であった。

 次に、ウナギ属18種・亜種各1個体について、12S(848塩基)、16S(1485塩基)、cytb(1140塩基)の合計3473塩基を決定した。その結果、各種間における変異は、先の種内変異の値に比較して12Sで5.1-45.9倍、16Sで8.2-37.8倍、cytbで8.0-20.4倍となり、各種間における遺伝的変異は種内変異に比較して十分に大きかった。これより、ここで扱ったmtDNAの3遺伝子領域の塩基配列を種間で比較する際、1個体でも種を代表することができると考えられた。ただし、A.marmorataとA.nebulosa labiata間およびA.australisの2亜種間では、3つの遺伝子すべてにおいて、種内変異に含まれるわずかな差異(0-1.0倍)しか認められず、本研究で得られた種内変異を同種と別種の境界と仮定すれば、これらはそれぞれ同種とするのが妥当であると考えられた。

 Ege(1939)の検索表ではA.celebesensisと査定されたニューギニア島の5個体を、模式産地のスラウェシ島で採集されたA.celebesensis5個体と比較した。その結果、それぞれの採集地の個体群内の変異は、12Sで0.001、16Sで0.002、cytbで0.006と非常に低い値を示したが、両採集地間で比較すると、12Sで0.013、16Sで0.031、cytbで0.070となり、種間に匹敵する大きな変異が認められた。さらにこれらのニューギニア島の個体を同じくニューギニア島で採集されたA.interiorisと比較したところ、その遺伝的差異は種内変異幅に入るほど小さく(12Sで0.0003、16Sで0.003、cytbで0.005)、両者は同種と考えられた。これはEgeの検索表の作成に用いられたA.interiorisがわずか7個体であったために、形態形質の種内変異の幅が十分網羅されておらず、ニューギニア島に分布するA.interiorisが、誤ってA.celebesensisと査定された結果と考えられた。すなわち、A.celebesensisとA.interiorisは形態的特徴は大きく重複するものの、遺伝的には明らかに別種であり、それぞれスラウェシ島とニューギニア島に分かれて分布するものと考えられた。

mtDNAを用いたウナギ属レプトケファルスの種査定

 1995年7-9月に東京大学海洋研究所研究船白鳳丸により、西部太平洋(北緯30度-南緯30度、東経133度-176度)から得られたウナギ属レプトケファルス標本63個体の16Sの部分領域482-564塩基の配列を決定し、遺伝子による種査定を試みた。先に得られたウナギ属18種・亜種の塩基配列データから太平洋に分布するウナギ属12種の16Sの塩基配列を選び、相互比較することにより変異サイト60塩基を抜き出した。これを種特異的な指標として、レプトケファルスの塩基配列から相同なサイトを抜き出し両者を比較した。その結果、上記のレプトケファルス標本をすべて明確に査定することができた。内訳は、A.japonica 1個体、A.australis 9個体、A.bicolor pacifica 25個体、A.marmorata 14個体、A.megastoma 2個体、A.reinhardti 12個体であった。ここで用いたレプトケファルスのうち23個体は形態による査定も行ったが、このうち形態と遺伝子による結果が一致したものは、約43%の10個体に過ぎなかった。これより、分類形質が未発達の小さな個体や、分類形質の重複する種について、形態のみでは種査定は困難であると考えられた。一方、遺伝子では、卵やふ化仔魚などの極めて初期の発育段階でも種査定が可能であり、本法はウナギ属レプトケファルスの種査定と生態研究に極めて有効であることが示された。またウナギ属レプトケファルスの分布は、それぞれ種ごとによくまとまり、成魚の分布域とそれぞれの種の産卵場を結ぶ海流系の存在が強く示唆された。

mtDNAによるウナギ属魚類の類縁系統関係

 ウナギ属魚類の系統樹を推定するため、まず外群としてアナゴConger japonicusとノコバウナギSerrivomeridae sp.の16Sの塩基配列を決定し、解析に供した。この結果得られた16Sの最尤系統樹、cytbの最節約系統樹、そしてcytbと16Sをあわせた最節約系統樹の3つの樹形は、ほぼ一致した。そこで、16Sとcytbをあわせて得られた樹形をウナギ属魚類の系統樹と考え、16Sの塩基配列を用いて樹長を算出した。これによると、ボルネオ島に分布するA.borneensisが最も古い分岐となり、A.borneensisと分岐した他の種の共通祖先は、その後大きく2つのグループに分かれたことがわかった。すなわちAグループは、今日の大西洋に分布する2種(A.anguillaとA.rostara)とアフリカ大陸東岸に分布するA.mossambicaの系統であり、Bグループはその他計14種・亜種すべてが含まれた。また従来の知見通り、A.anguillaとA.rostrataは単系統となった。しかしながら、Egeが単系統と考えた短鰭型、歯列の状態、斑紋の有無などの形態形質、および今日知られている温帯種の大回遊は、すべて多系統的に派生したものと考えられた。

ウナギ属魚類の進化

 現在のインドネシア付近には、ウナギ属全18種・亜種のうち7種が集中して分布しており、この中には本研究で最も古い分岐となったA.borneensisが含まれている。これよりウナギ属魚類の起源はインドネシア付近であったと推測した。本研究で得られた系統樹では、インド洋西岸の種と北大西洋の2種がひとつの独立した系統群をなし、両者は種分化の過程で直接的なつながりのあったことが示唆された。そこで、このつながりを中生代から始新世にかけてインド洋と北大西洋を結んでいたテーティス海経由に求めた。これに従えば、北大西洋の種がインド洋の種と分岐する時点で、少なくともテーティス海は存在していなければならない。そこで、本研究で得られた系統樹において大西洋の2種の共通祖先がインド洋の種と分岐した時点をテーティス海が閉じた3000万年前と仮定し、各分岐年代の推定を行った。この結果、ウナギ属魚類の起源は、およそ7000万〜1億年前の白亜紀後期であると推定された。この年代推定は、ウナギ属魚類の化石がおよそ5000万年前の始新生の地層から知られていることと矛盾しない。ここで、ウナギ目魚類は唯一ウナギ属を除けばすべてが海産であり、また一様にレプトケファルス幼生期を持つことから、降河回遊性のウナギ属魚類の祖先もまた海起源であり、レプトケファルス幼生期を持っていたと考えられる。ウナギ属魚類が出現した白亜紀後期には、赤道付近の海は陸地によって分断されることなく、西向きに地球を一周する環赤道海流があったことが知られている。レプトケファルス幼生期を持っていたウナギ属魚類の祖先は、この海流によって西へ分布を拡げたと推察される。こうした考察と、得られた系統関係、大陸移動、古海流などの情報をあわせて、ウナギ属魚類の分布拡大の過程を以下のように推測した。すなわち、白亜紀後期にインドネシア付近で派生したウナギ属魚類の祖先は、当時存在した環赤道海流によって西へ向かったAグループと、そのままインドネシア付近に残ったBグループに分かれた。Aグループの中でインド洋にとどまったものが現在アフリカ東岸に分布するA.mossambicaの系統となり、テーティス海を経て大西洋へ侵入したものが今日のA.anguillaとA.rostaraの系統となった。一方、太平洋西部に残っていたBグループからオーストラリアに分布するA.australis、A.dieffenbachi、A.reinhardtiの系統が派生し、A.reinhardtiとの共通祖先からA.japonica、A.celebesensis、A.megastomaの系統が分岐した。さらにA.celebesensisとA.megastomaの共通祖先から、今日インド・太平洋の熱帯域に広く分布するA.marmorata、A.nebulosa、A.interioris、A.obscura、A.bicolorが分化していったと考えられた。

 今後の課題は、本研究で得られたウナギ属魚類の起源と進化に関する仮説を、より豊富な化石資料に基づいて検証することである。また、核DNAの情報による現生種間の遺伝子の交流を把握することも重要である。

審査要旨

 本研究は、降河回遊生態やレプトケファルス幼生期など、特異な生活史特性を有するウナギ属魚類の分類を再検討し、本属の類縁系統関係を明らかにすることを目的としている。また、これを基にウナギ属魚類の進化と分散の過程について、古環境の情報を合わせて考察することも目的とした。さらに、これまで形態学的には査定の困難であったウナギ属のレプトケファルス幼生について、遺伝子を利用した種査定法の確立を目指した。

 第2章では、種査定と分布について再検討した。ウナギ属魚類17種・亜種計378個体の外部形態と脊椎骨数を計測・計数し種査定を行ったところ、11種・亜種56個体においてEge(1939)の記載した種内変異の幅を越える個体が出現した。これを遺伝子の組成より検証するため、第3章では、まずウナギ属魚類のmtDNA塩基配列の種内変異を検討した。A.marmorataとA.celebesensisでは12SrRNA、16SrRNA、cytochromebの3遺伝子いずれにおいてもそれぞれの種内変異は小さく(0-0.010)、両種間の変異(0.013-0.072)の1/10以下であることがわかった。次に、Egeの検索表により査定された18種・亜種間のmtDNA塩基配列の変異は、先の種内変異に比較して12Sで5.1-45.9倍、16Sで8.2-37.8倍(ただしA.bicolorの2亜種間では1.6倍)、cytbで8.0-20.4倍となり、種間の変異は種内変異に比較して十分に大きく、Egeの分類はmtDNAの解析結果からもおおむね支持されるものと考えられた。さらに、ニューギニア島で採集され、形態からA.celebesensisと査定された5個体のmtDNA塩基配列を、同じくニューギニア島で得られたA.interiorisと比較した結果、両者の変異は0-0.007と極めて小さかった。つまり、形態的にA.celebesensisと査定されるニューギニア島の個体は、遺伝子でA.interiorisと査定され、従来の検索表は再検討の余地があると考えられた。

 第4章では、ウナギ属レプトケファルスの遺伝子による種査定法を確立した。16S後半の種特異的な変異サイト60塩基を比較することにより、太平洋西部で得られたレプトケファルス63個体は全て明確に査定でき、A.japonica1個体、A.australis9個体、A.bicolorpacifica25個体、A.marmorata14個体、A.megastoma2個体、A.reinhardti12個体であることがわかった。これより形態で査定できなかった84%のレプトケファルスも本法によると正確に判別できることがわかった。

 第5章では、外群としてクロアナゴConger japonicusとヒメノコバウナギStemonidium hypomelasを用いて、分子系統学的手法により系統樹推定を行った。その結果、ボルネオ島に分布するA.borueensisが最も古い分岐であることが明らかになった。ここで得られた分子系統樹を基に、続く第6章においてはウナギ属魚類の分岐年代と種分化の過程を推察した。ウナギ属魚類はテーティス海を経由して北大西洋へ侵入したと考え、本属の起源はおよそ7000万から1億年前の白亜紀後期であると推定した。これに生物地理学、系統分類学、地史の情報をあわせ、ウナギ属魚類の種分化の過程について以下の仮説を得た。白亜紀後期にインドネシア付近で派生したウナギ属魚類の祖先は、環赤道海流によって西へ向かったAグループと、インドネシア付近に残ったBグループに分かれた。前者の中でインド洋に残ったものが現在のA.mossambicaの系統となり、テーティス海を経て大西洋へ侵入したものが北大西洋の2種の系統となった。一方、インドネシア付近にとどまったBグループは、まず太平洋へ分布を拡げ、後にインド洋へ侵入、今日のインド太平洋に広く分布するようになった。最後に第7章では、以上の結果を総合して魚類の通し回遊現象とウナギ属魚類の大回遊の起源と発達過程について考察した。

 以上、本研究はこれまで不明であったウナギ属魚類の系統関係を分子系統学的手法により明らかにし、本属の進化の過程を推察したものである。さらに、これまでウナギ属魚類の初期生活史研究の障壁となっていた種査定の問題を、遺伝子を用いた査定法を確立することにより解決したもので、これらは、ウナギ資源の管理・保全に多くの示唆を与え、学術上、応用上寄与するところが少なくないと判断された。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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