学位論文要旨



No 113527
著者(漢字) アタウダ・ムデイヤンセラゲ・タマラ・パデュマラタ・アタウダ
著者(英字) Athauda Mudiyansclage Tamara Padmalata Athauda
著者(カナ) アタウダ・ムデイヤンセラゲ・タマラ・パデュマラタ・アタウダ
標題(和) スリランカにおけるプランテーション小経営のための適正会計方式の確立
標題(洋) Establishment of an Appropriate Accounting System for Plantation Smallholdings in Sri Lanka
報告番号 113527
報告番号 甲13527
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1886号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 藤田,幸一
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨

 本論文の主目的は、スリランカのプランテーション小経営に業績評価の手助けとなる会計システムを提供することである。従ってこの会計システムは、プランテーション小経営の必要を満たすものでなければならない。さらにこれはプランテーション小経営の性格や会計実態に対応するものでなければならず、スリランカで行われたプランテーション小経営を対象にした農家調査の結果を踏まえて、会計システムを構築するものである。この会計システムは、財務諸表作成目的のみにとどまらず、管理目的に利用することを考慮して構築した。そのため、自己資源(Own resources)を機会費用概念を用いて表した。この会計システムは、会計の専門家でない者が利用できるように簡便化が図られているが、複式簿記の取扱ができるように構築されている。従って、この会計システムは、Simplified Double-Entry Management Accounting System(SDMA)と呼ぶ。

 スリランカの農業は、主に茶、ゴム、ココナッツなどの輸出志向のプランテーション部門と、米と副食となる作物を生産する農家部門で構成される。プランテーション部門は、スリランカの国内総生産の26%(Ministry of Finance and Planning,1995)を占めており、スリランカ経済に重要な貢献を果たしている。プランテーション部門は、国有企業、私的企業、小経営に分けられる。スリランカでは、1990年からIMFの勧告に基づき、収益性の低い国有プランテーション企業の民営化が行われ、プランテーション部門の構造的変化が起こった。また、プランテーションのスリランカ経済に占める重要性から、私的企業はもちろん、プランテーション小経営の生産性の向上を目指したプロジェクトが政府の主導のもとで積極的に行われた。プランテーション小経営は、各作物の耕地面積において茶は28%、ゴムは67%、ココナッツは75%を占めており、生産に重要な貢献を果たしている(Ministry of Plantation Industries,1993)。

 プランテーション小経営は、市場の動きに非常に敏感で、時には論理的な意思決定なしに魅力的に映る作物を過剰に生産することもある。

 プランテーション小経営は、自家労働及び低賃金の臨時雇用労働力を用いて、生産費を低くおさえている。ゴムにおけるプランテーション小経営の平均生産費は、1992年においてエステート(国有企業および私的企業)部門に比べて、38%も低かった(Ministry of Plantation Industries,1993)。しかしながら、エステート部門と比較した場合、管理効率は低い水準にある。茶の1ha当たりの平均生産量は、私的企業で960kg、プランテーション小経営で928kgとなっている(Ministry of Plantation Industries,1993)。

 様々な政府系団体により、スリランカのプランテーション小経営を発展させようとする努力が行われてきた。それらは、小規模農家に技術指導および補助金の支給されるプログラムに参加するよう呼びかけている(Karunatilake,1987)が、明らかにこれらのプログラムは技術的、財政的支援にのみ限定される傾向にあり、情報システムを使ってプランテーション小経営の管理技術の向上を図るという視点は見過ごされてきた。この部門を発展させるためには、すべての側面からプランテーション小経営の経済的な業績を向上させることを目的として、会計記録などを基にした適切かつ論理的意思決定の方法を指導、奨励することが必要である。

 農家調査はプランテーション小経営の意思決定に役立つ情報を提供する会計システムを構築することを念頭において行われ、プランテーション小経営の一般的な特徴と会計実態を明らかにした。

 まず一般的な特徴としては、第一に、プランテーション小経営は、何れの経営において所有地をもっており、第二に、通常雇用労働は使われているものの、自家労働力の投入もみられていることが分かった。農業外収入は主要な財源として使われている。これらの特徴は、プランテーション小経営が主に自己資源に依存して経営をおこなっていること、また、小規模プランテーションは私的企業と区別して考えられることを示している。さらにプランテーション小経営は商業的プランテーション作物については自家消費は限られているが、それ以外の消費可能な作物については自家消費が行われている。企業のような経営と所有の分離を明確にすることが困難であり、会計システムを構築する際には自己資源を用いて経営を行っていることを考慮すべきことがわかる。

 農家調査では、プランテーション小経営の経営している耕地の規模が会計を行わさせる要因となっていることが示された。さらに、納税者は非納税者に比べ、会計記録をつけることを意識していることが分かった。経営耕地の規模が大きい農家は小さい農家に比べて収入は大きく、また納税者は非納税者に比べ収入が大きいと考えられるので、収入の大きい農家ほど会計記録を利用する傾向にあることをこれらの要因は示している。会計記録は、意思決定のためではなく、課税をできるだけ押さえることを目的として利用されてきたと考えられる。

 農家調査では、いくらかのプランテーション小経営は会計をつけていることを示したが、その使っている会計システムは、キャッシュフローや単式または複式簿記などの既存の会計システムで必要とされる条件を満たしておらず、既存の会計システムの影響は受けていながらも独自のものであることが分かった。会計記録につけられた数値は一貫した会計システムではないため、あまり利用されず、また意思決定に役立つものでもなかった。

 SDMAシステムは、農家調査で明らかにされた会計実態の欠陥を除くよう構築されている。プランテーション小経営のわずか21%しか会計記録をつけていないことを考慮すると、プランテーション小経営の多数は会計知識に乏しいと考えられるため、SDMAシステムは可能な限り簡便化し、会計の専門家でない者にも使えるようにした。

 SDMAシステムは財務諸表の有益性を考慮して構築した。家族経営である農家に会計記録の開示義務はなく、意思決定のためだけに作成することができる。しかしながら、SDMAシステムは可能なかぎりGAAP(Generally Accepted Accounting Principles)によって述べられた基礎的な会計原則を乱さないようにつくられている。また、このシステムは、現金、土地、労働、自家消費作物などの自己資源を農業に用いることを評価し、生産活動から利益あるいは損失がでているかを明らかにする。

 自己資源を評価することは、家族経営である農家の会計を考える上で顕著な問題である。日本では、伝統的に農業は家族経営形態をとっており、政府当局は農家の自己資源を評価するために多くの会計方針を実行してきた。これらの会計原則を発展させてきた政府当局は会計原則の基礎をなす概念に言及していないが、機会費用という概念を基礎に考慮していた。機会費用はプランテーション小経営に用いられる費用を決定するための最も現実的な基礎概念である。しかしながら、各資源の機会費用を決定する会計方針はその組織がおかれた環境を基礎とすべきである。

 各資源の機会費用を決定するためにふさわしい会計方針を構築する際にスリランカのプランテーションに関連した公の会計方針、一般的会計基準であるSLAS(Sri Lanka Accounting Standards)や社会・経済要因を考慮しなければならない。

 SDMAシステムは、プランテーション小経営の特徴、特に収益、費用、資産、負債の性質を考慮してつくられている。しかしながら、このシステムは米と副食となる作物を生産する家族経営にも収益、費用、資産、負債の項目を変更することによって適用することができる。

 過去10年間にわたる様々な支援プログラムを通じて、プランテーション小経営の生産性を改善したり、プランテーション部門へ新規参入者を奨励する政府の努力を考慮すると、プランテーション部門への小規模農家の貢献はこれからも増大していくであろう。

 Department of Agricultural Export Cropsは最近、茶、ゴム、ココナッツ以外の輸出作物を生産する農家の収益性改善プロジェクトを推進している。Department of Agricultural Export Cropsが将来このプロジェクトを評価するとき、小規模農家の会計データは疑いなく有益であろう。実際に、他の政府系団体も小規模農家の管理技術の改善の重要性及び意思決定における会計データの使用の重要性を認識しており、プランテーション小経営の会計システムは今後ますます必要とされてくると思われる。

審査要旨

 本論文は、スリランカにおけるプランテーション小経営の実態に適合し、その経営評価を可能とする会計システムの理論の解明とその理論に基づいた実用可能な会計システムの提案をおこなったものである。

 スリランカの農業は、主に茶、ゴム、ココナッツなどの輸出志向のプランテーション部門と、米と副食となる作物を生産する自給的農家部門で構成されている。このうちプランテーション部門は、スリランカの国内総生産の26%を占め、スリランカ経済に重要な貢献を果たしている。プランテーション部門は、国有企業、私的企業、小経営に分けられるが、1990年からIMFの勧告に基づき、収益性の低い国有プランテーション企業の民営化が次々に行われている。

 このような動きを背景に、スリランカでは耕地面積では茶の28%、ゴムの67%、ココナッツの75%を占めているプランテーション小経営の生産性の向上を目指した、様々なプロジェクトが政府主導のもとで積極的に行われてきた。しかし、それらの多くは技術的、財政的支援にのみ限定される傾向にあり、情報システムを使ってプランテーション小経営の管理技術の向上を図るという視点は見過ごされてきた。この部門を発展させるためには、適切な会計記録などを基にした実態に対応しかつ論理的な経営の意思決定の方法を指導、奨励することが必要とされている。

 本論文で研究されている会計システムは、プランテーション小経営の性格や会計実態に対応するものとして吟味されており、申請者がスリランカで実施したプランテーション小経営を対象にした農家調査の結果を踏まえた設計がなされている。また、この会計システムは、財務諸表作成目的のみにとどまらず、管理目的に利用することを考慮しているため、自己資源を機会費用概念を用いて評価するなど、家族経営に適用可能な理論をもとに設計されている。さらにこの会計システムは、会計の専門家でない者が利用できるように簡便化が図られているが、農家調査で明らかにされた現状の会計実態の欠陥を除くような考慮がなされているほかに、結果として経営管理に必要とされる複式簿記の取扱いができるような工夫もこらされている。

 申請者はこの会計システムを、Simplified Double-Entry Management Accounting System(SDMA)と呼んでいるが、プランテーション小経営のわずか21%しか会計記録をつけていない実態を考慮し、プランテーション小経営の経営者の多数が会計知識に乏しいことを前提にして、SDMAシステムは可能な限り簡便化し、会計の専門家でない者にも使えるように考慮されている。

 また、この研究では、従来擬制的に扱われてきた自己資金、自作地、自家労働力、自家消費作物などの自己資源の適正評価方法についても理論的に吟味するとともに、家族経営という自己の生産活動から利益あるいは損失を正確に計測するための整合的な評価方法の検討もなされている。自己資源を評価することは、家族経営である農家の会計を考える上で、極めて重要かつ難しい問題である。例えば日本では、伝統的に農業は家族経営形態をとってきたこともあり、多くの研究者や政府は農家の自己資源を評価するための様々な会計方法の吟味を行ってきた。これらのわが国の諸会計原則をレビューするとともに、この中から機会費用という概念を導き出し、申請者はこの機会費用こそがプランテーション小経営に用いられる費用を決定するための最も現実的な基礎概念であるとしている。

 また、各資源の機会費用を決定するためにふさわしい会計方針を構築する際に、スリランカのプランテーションに関連した公の会計方針、一般的会計基準であるSLAS(Sri Lanka Accounting Standards)や社会・経済要因を考慮する必要があるとしている。

 スリランカの政府および政府関係団体は、最近、茶、ゴム、ココナッツ以外でも輸出作物を生産する農家の収益性改善プロジェクトを推進しているが、将来このプロジェクトを評価するとき、小規模農家の会計データは疑いなく有益になるであろう。実際、他の政府系団体も小規模農家の経営管理技術の改善の重要性および意思決定における会計データの使用の重要性を認識してきており、申請者のプランテーション小経営の会計システムに関わる理論的かつ実践的な研究は、スリランカにおいて今後ますます重要性を増すものと確信される。

 以上、本論文は学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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