高温環境下における施設内での養液栽培は、作物が高い養液温度にさらされやすく、高温障害の発生によって収量、品質が低下する問題点がある。また、既往の研究では葉菜類に関する養液冷却の研究例が少なく基礎データが乏しいのが現状である。本論文は、高温環境下におけるホウレンソウの養液栽培の問題点である高温障害発生のメカニズムを明らかにし、養液温度制御に有効な栽培方法を探ることを目的として行った研究で、6章よりなる。 1章は、序論にあてられ、研究背景を明らかにし、本論文の目的について述べている。 2章では本研究で使用する実験装置について説明した。 3章では、高温環境下における養液温度がホウレンソウの生育に対する効果を明らかにすることを目的とし、広範囲の養液温度(16〜33℃)において調べた。生体重は養液温度16℃〜26℃までの試験区が28℃以上の区に比べて顕著に大きくなった。26℃以上の養液温度処理区での生体重は急に低下し,33℃ではほとんど生長しなかった。20〜28℃試験区における明期の葉温は気温+1℃以内であり、養液冷却により効果的な蒸散が行われ、葉の活動が維持されたと考えられた。以上のことから、高温環境下における養液冷却は根圏環境を改善し地上部および根の生長に効果があること、また養液温度を一定とする場合には、20〜22℃が適温であることを明らかにした。 4章では、生理的に回復可能な範囲の明期の高い養液温度およびその遭遇時間を調べるため,養液温度を適温から高温に変える処理、および明期に数段階の高い養液温度を設定し暗期のみ養液を冷却する処理を試み、養液温度と根の生育の関係について考察を行った。第一の実験では、養液温度20℃一定で栽培した後に養液を更新し、養液温度を20,26,30,34℃に設定して栽培した。20℃と26℃試験区の根は健全であったが、34℃試験区の根は24時間後に生長が停止し、30℃試験区の根の成長は48時間以後やや抑制された。20と26℃試験区の根ではほとんど存在しなかったラフィノースが、30℃と34℃の試験区には高い濃度で蓄積されており、このラフィノースは高温ストレスにより生合成された貯蔵型の糖と考えられた。第二の実験では、養液温度を明/暗期別に変温処理した20/20、26/20、30/20、34/20℃とする4試験区を比較した。20/20、26/20、30/20℃の3試験区はほぼ同じ生育量が得られたが、34/20℃試験区は根の生長が停止した。本章の結果から、明期に養液温度が34℃を越えると暗期に養液冷却しても根の成長は回復しないこと、また養液の変温管理では、明期の養液温度は30℃まで上昇しても暗期の養液温度を20℃に維持すれば、生長、収量は変わらないことを明らかにした。 5章では、NaClの養液添加により根の高温ストレスを緩和する効果の可能性を検討した。第一の実験では養液温度20℃でNaCl無添加、20℃でNaCl43mMと30℃でNaCl無添加、および30℃でNaCl43mMの4試験区を比較した。30℃NaCl無添加の試験区の根は深刻なダメージを受け褐変したが、30℃NaCl43mM試験区では一部に正常の根が観察された。両区の地上部生長量には大きな差が見られないが、地下部の根量は30℃NaCl43mM試験区で1.5倍になった。このことからNaClの養液添加はホウレンソウの高温障害を軽減する効果のあることを明らかにした。第二の実験ではNaCl処理の浸透圧の効果を調べるために、NaCl区および等浸透圧のPEG1500添加区を比較した。NaCl43mM添加の試験区の根が健全な成長を示すのと対照的にPEG試験区では、高温処理後は一部の葉が萎れる現象が現れ、根の成長も遅れた。このことから、NaClが高温障害を緩和する役割は浸透圧だけでなく、濃度には適値が存在することを明らかにした。 6章では、本研究で得られた成果をまとめ、全体の討論を行った。 以上、本論文は、高温環境下におけるホウレンソウの養液栽培の問題点である高温障害の発生機構を明らかにし、養液温度制御に有効な栽培方法を提案したもので、学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |