近年、閉鎖性水域において水質汚濁が進行することにより、水資源や生活環境へ悪影響を与えることが報告されている。そのような流域では、水域の水質を保全する為に水環境保全事業が実施されることになる。この事業を効果的に実施しようとする際、事業によって、将来水質がどのような影響を受けて変動するかが、計画者にとって必要な情報である。 そこで本研究は、水環境保全事業の計画のため、事業効果による水質長期変動への影響を予測するモデルを構築することを試みた。その方法として、人口・土地利用の変動に影響を受ける水質長期変動をシステムダイナミクス(SD)を用いたモデルによって分析すること、および水環境保全事業の事業効果を、エキスパートシステム(ES)を用いたモデルによって分析することを行う。なお考察として、構築したモデルを用いて、水質変動の将来予測について、モデルの感度分析を行う。 すなわち、第1章においては、水環境の保全の必要性について考察し、水質変動の予測モデルを構築するという、この研究の目的を明らかにしている。さらに、本研究の取り上げる問題に対し、既往の研究はどのようなアプローチを行っているかを、水質変動の将来予測、社会変動の予測、水質汚濁の流出機構、事業効果の分析という観点から明らかにしている。 第2章においては、第1章で選択された対象地域(印旛沼流域)についての、現地調査により得られた、基本的なデータが示されている。印旛沼は、水質汚濁が進行していることで有名な湖沼であり、そのため流域において水環境保全事業が計画されている。 第3章では、水質(本研究では全窒素(T-N)を水質指標として取り上げる)の長期変動を分析するためのモデルの構築について述べている。モデルは3つのサブモデルから構成され、それらは人口土地利用サブモデル、負荷量サブモデル、湖サブモデルである。人口土地利用サブモデルでは、流域における人口・土地利用の変化をSDを用いてシミュレーションを行い、実測値と比較し検証を行った。負荷量サブモデルでは、印旛沼に流入する流域からの流量、負荷量の変動をタンクモデル、LQ式等を用いてシミュレーションを行い、実測と比較し検証を行った。負荷量サブモデルの入力は、人口土地利用サブモデルの出力である人口、面積を用いる。湖サブモデルでは、水収支、物質収支により印旛沼の水質変動をシミュレーションを行う。なお、湖サブモデルの入力は、負荷量サブモデルの出力である流域からの流入量、流入負荷量である。上記、3つのサブモデルの出力結果として印旛沼の水質変動を得ることができた。この水質変動に関して、実測値と比較した結果よい再現性を得たので、水質長期変動を分析するためのモデルを構築できたことが検証できた。 モデルの構築によって得られた結果の一つに、印旛沼内の浄化量の設定時に、まきあげ量を仮定する必要があることが判明した。この理由は、印旛沼は、滞留時間が24-25日程度であり、湖沼にしては流入量に対して貯水量が少ないという特徴を持つため,水の移動が頻繁に起こり、まきあげが頻繁に起こるのではないかと考えられる。 第4章では、実際の印旛沼流域において計画されている水環境保全事業を対象に、事業効果を分析するため、ESを適用したモデルの構築について述べている。モデルは、計画担当者の判断過程を表し、対象とする事業計画がどのような事業効果を持つのか、つまり、事業計画者がどのように事業効果を予測しているかを表わす。モデル出力と実際の事業計画者が予測する事業の影響を比較し、モデルの検証を行った。この、第3章と第4章のモデルとで、水質長期変動への影響を予測するモデルを構築することができた。 第5章は、考察として、第3章、第4章で構築したモデルにより水環境保全事業による、水質変動の将来予測を行う。予測は、第4章で取り上げた計画されている事業と、下水道整備事業に関して、雨量等の条件について、様々に設定を変えて行った。これにより、事業の実施に関する水質変動の予測について感度分析を行った。第6章においては、結論としてこれらが総合的に取りまとめられる。 以上要するに、本論文は水環境保全事業の策定のために水質変動の将来予測を行う上で重要な役割を担う、社会的な変動を考慮した水質長期変動分析モデル、および事業効果を予測する策定者の判断過程モデルを作成し、これらモデルにより水質の将来変動を分析することを可能にしたもので、水利環境工学、農地環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |