学位論文要旨



No 113530
著者(漢字) 関,勝寿
著者(英字)
著者(カナ) セキ,カツトシ
標題(和) 土壌微生物による土壌の透水性変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 113530
報告番号 甲13530
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1889号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 土に長期的に栄養水が侵入すると、土壌微生物の作用により、土の透水性が低下する。土壌微生物の作用とは、細菌や糸状菌の増殖による、微生物細胞および代謝生成物質による土壌間隙の目詰まり(clogging)、微生物が発生するガスによる間隙の目詰まり(occlusion)である。本研究では、微生物の作用による透水係数の低下の原因を明らかにすることを目的としている。

 そのために、2種類の実験を行った。第一の実験を長カラム実験と名づける。供試土は、東京大学付属田無農場(関東ローム)の水田の深さ30cm付近の耕盤層から採取したもので、直径7.5cm,高さ12cmのアクリルのカラムに乾燥密度0.65g/cm3で充填した。カラムには、圧力測定用のポーラスカップを6地点、酸化還元電位測定用の白金電極を4箇所挿入した。なお、ポーラスカップには1地点に3本を3方向から挿入し、圧力の平均的な測定を心がけた。実験は、飽和条件下で、試料表面から50ppmグルコース水溶液の栄養水を浸透させた実験、およびアジ化ナトリウムで殺菌した殺菌水を浸透させた実験の2種類を行った。なお、殺菌水実験では、試料はオートクレーブで120℃、1.2気圧、2時間殺菌したものを用いた。測定は、圧力、下端からの排水量、酸化還元電位、土壌溶液中のグルコース濃度、細菌数および糸状菌数について行った。グルコース濃度は、ポーラスカップ挿入用の注射針につけた三方コックを切り替えて間隙水を採取し、ヘキソキナーゼ・グルコース-6-りん酸脱水素酵素法を用いて測定した。細菌および糸状菌数は、エッグアルブミン寒天培地(細菌用)および、ローズベンガル寒天培地(糸状菌用)を用い、希釈平板法によって数えた。なお、装置全体は、黒のビニル布で覆い光の影響をなくし、30℃の下においた。

 殺菌水を流したときには、どの位置も透水係数の時間変化はほとんどなかった。栄養水を流したとき(栄養水実験A)には、図1のように深さ0-1cmの層において、118日間でほぼ2オーダー透水係数が低下した。その後、殺菌水を流したところ、急激に透水係数が上昇した。

図1 透水係数の変化

 栄養水実験Aにおいて、11日後に採取した間隙水中のグルコース濃度は、グルコースの消費が激しいのは深さ0-1cmの層で、この層より下では、グルコースの濃度はほぼ等しい。すなわち、透水係数の低下が起きたカラム上端で、微生物の代謝が激しく行われていた。別のカラム(栄養水実験B)で栄養水を18日間流したとき、図2のように細菌は下層で減少した。しかし、糸状菌は表層で大きく増加し、下層ではあまり変化しなかった。そのため、糸状菌の増殖が透水係数を下げる役割を果たしていると考えられる。これは、糸状菌の作る長い菌糸が間隙を閉塞するためであると説明出来る。

図2 微生物の数

 カラム上端1cmで消費されたグルコースの一部は微生物および代謝生成物として間隙中に蓄えられ、一部は二酸化炭素およびメタンガスとなる。酸化還元電位は39日後には全層で-150mV(還元状態)となり、メタン発生が十分に起こり得る条件下にあった。つまり、118日までの透水係数低下はメタンによる表層1cmにおける間隙の閉塞、118日以降の透水係数回復過程は発生したメタンの溶解によるものと考えられた。透水係数が実験開始時の値まで回復しなかった原因は、間隙中に死菌体や微生物による代謝生成物質が残っているためであると考えられる。

 第二の実験を短カラム実験と名づける。この実験では、長カラム実験で得られた、細菌と糸状菌によるclogging、さらにメタンガスの発生による透水係数の低下について、各々の要因が透水係数の低下にどの程度寄与しているかを明らかにすることを目的とし透水係数と気相率を同時に測定した。細菌殺菌剤、糸状菌殺菌剤を添加して、細菌と糸状菌がそれぞれ単独でcloggingを起こしたときの効果も調べた。

 長カラム実験にて透水係数の低下が表層の1cmで起こることが確認されたので、高さ1cmのカラムを用いて実験した。供試土および充填乾燥密度、室温は長カラム実験と同じにした。実験は、飽和条件下で、試料表面から50ppmグルコース水溶液を浸透させた実験を3回行った。そのうちの2回は、浸透水中に0.2% chloramphenicol(細菌殺菌剤)および0.1% cycloheximide(糸状菌殺菌剤)をそれぞれ加えた。測定は、給水圧力と排水圧力、下端からの排水量、カラムの質量について行った。カラムの質量から計算した湿潤密度と、土粒子密度、充填乾燥密度より、気相率を求めた。

 図3に、透水係数と気相率の変化を示す。いずれのカラムにおいても、試料充填時の気相率は15%程度であったが、浸透開始後、封入空気の溶解により急激に気相率が低下し、同時に透水係数が上昇した。実験開始直後の封入空気の溶解過程では、一定量の浸透水に一定量の封入空気が溶解した。その後透水係数が低下したが、特に糸状菌殺菌剤を加えたときの低下速度が大きかった。気相率は、殺菌剤無添加の50日から100日までにおいてのみ、著しい増加が観察された。

 細菌殺菌剤、糸状菌殺菌剤を添加した実験では、いずれも気泡による間隙の閉塞はなかったため、cloggingによる透水係数低下のみを測定することができた。殺菌剤を添加しなかったときには細菌よりも糸状菌が優先的に増加して、糸状菌によるcloggingが起きたが、糸状菌殺菌剤を添加したときには、糸状菌の増殖に使われるべき栄養が細菌の増殖に使われ、細菌によるcloggingが起きたと考えられる。

 細菌殺菌剤を加えた時の気相率の低下は、湿潤密度の増加から計算されたものであるが、気泡の溶解反応が100日以上継続したとは考えにくい。湿潤密度増加の原因は、気相率の低下ではなく、乾燥密度の増加によると考えられる。試料体積は一定であるため、乾燥密度の増加は試料の圧縮によるものではなく、糸状菌と代謝生成物質の間隙中への蓄積によるものである。実験開始後15日以降の気相率が一定と仮定すると、乾燥密度は103日後には0.73g/cm3まで増加した計算になる。乾燥密度0.08g/cm3相当の固体によるcloggingが、透水係数の低下を引き起こしたと考えられる。このことは、質量の収支計算によれば、浸透水中のグルコースだけでなく、chloramphenicolも、代謝に用いられたことを意味する。しかし、殺菌剤無添加実験においては乾燥密度の増加はグルコースの質量以上には起こり得ず、実験開始後40日間の透水係数の低下は、厚さ数mmの非常に薄い層に、cloggingの物質が蓄積したと説明される。

図3 透水係数と気相率の変化

 殺菌剤無添加実験の50日以降、浸透水中のグルコースが分解されたことによるメタンガスの発生によって、気相率が増加したと考えられる。気相率30%相当の気泡によるocclusionが、透水係数低下の一因となった。気泡の増加量から、メタンの浸透水中への溶解を考慮してメタンの発生量の上限値と下限値を計算したところ、Wang et al.(1993)の値とよく一致した。

 以上の2種類の実験とは別に、cloggingによる透水係数の低下を数学的に記述するモデルを構築し、既往の文献のデータを図4のように的確に回帰することができた。図4によれば、細菌細胞の体積の粒子体積に対する割合、すなわちbiovolume ratio の増加とともに、透水係数は低下するが、その低下の割合は、粒径の小さい試料の方が激しい。これは、粒子表面の細菌のコロニーが、粒径が大きいときは粒子表面を一様に覆うバイオフィルムを形成するが、粒径が小さいときは不連続なミクロコロニーを形成するためである。従来のクロッギングのモデルは、いずれも細菌がバイオフィルムを形成するという仮定の下に構築されている。そこで、コロニーがバイオフィルムを形成しようとミクロコロニーを形成しようと、微生物の棲息形態に依存しないモデルを作成した。すなわち、微生物の棲息形態を数学的に表現することによりモデルに取り込み、バイオマスと透水係数の低下の関係式を導くことに成功した。土粒子のまわりを、厚さが最大コロニー圧のフィルムで覆った空間を「バイオフィルム空間」と名付け、この空間の中にバイオマスがしめる体積の割合を「コロニー形状係数」と名付けた。図4の回帰曲線は、と透水係数変化の関係を最大コロニー圧とコロニー形状係数に変換し、その間の関係を回帰した後に、と透水係数変化との関係式に再び変換したものである。

図4 バイオマスの増加による透水係数の低下
審査要旨

 土壌の透水性は、自然界の水循環を支配し土地の乾湿を決定している因子の一つであり、汚水の土壌浄化機能を左右し、また灌漑や排水の計画、実施にあたって必ず用いられる因子の一つであり、物理的に見ると土壌の組成や構造に大きく依存するものである。しかるに近年になって、土壌の透水性は、土壌微生物の生息様態によって変化することが注目されてきた。そこで、本論文は、水田土壌におけるカラム実験ならびにモデル土壌構造に基づく解析を行い、土壌微生物が透水性におよぼす影響や理由を明らかにしようとしたものであり、5章から構成されている。

 第1章は、既往の研究を総括し、課題を整理し、問題点をえぐりだして研究の方向を整理している。

 第2章では、水田の耕盤層を形成する土壌を長さ12cmのカラムに充填し、50ppmのグルコース水溶液を浸潤させながら飽和透水係数を測定したところ、100日を経過すると酸化還元電位が全層にわたり-150mV以下の還元状態になって、表面の0-1cmの土層において飽和透水係数がほぼ2オーダーも低下し、グルコースの消費も表層0-1cmの層で激しく行われる。また、細菌は表層では変化しなかったが、下層では大きく減少した。糸状菌は、反対に表層で大きな増殖を示し、下層では変化しなかった。その後、50ppmのアジ化ナトリウム水溶液を浸潤させると、透水係数は1オーダーは回復することを見つけた。

 このようなことから、微生物の生息による飽和透水係数の減少の原因は、第1にメタンガスの生成が気泡を作り通水間隙を閉塞することによるもの、第2に主に糸状菌の増殖にともなう代謝生成物質や死菌体の増加によるものと指摘した。また、飽和透水係数の回復の原因は発生したメタンガスが土壌水に溶解して減少したことによるものと述べている。

 第3章では、長さ1cmの薄い土壌カラムを使い、グルコース水溶液に糸状菌殺菌剤であるcycloheximide 0.1%を加えたもの、ならびに細菌殺菌剤であるchloramphenicol 0.1%を加えたものを浸潤させ、飽和透水係数変化を測定しながらカラム質量を経時的に測定し気相率変化を調べたところ、飽和透水係数は、cycloheximideを加えた場合で最も大きく低下し、chloramphenicolを加えた場合は無添加の場合とあまり変わらなかった。気相率は、無添加の場合に約30%近くも大きくなるにもかかわらず、cycloheximideを加えた場合は約5-10%前後の増加であり、chloramphenicolを加えた場合はほとんど増加しないことを明らかにした。

 さらに、このような結果に基づいて、土壌間隙中に気-液平衡が成立しているものとしてメタンガスの生成速度を算出したところ、上限値として約30g/g.dayの生成速度、下限値として約10g/g.dayの生成速度があると示している。また、土壌に流入したグルコース量から生成された微生物の代謝生成物質や死菌体の増加量を試算して、それは0.01〜0.02g/cm3程度の乾燥密度の増加に過ぎず、これが飽和透水係数の減少に寄与するには、土粒子の接合部への集積あるいは土粒子表面への付着による間隙径の縮小によるものであると解析している。

 第4章は、土壌のモデルとして均一径粒子層を設定し、微生物の生息がコロニー形成による場合もあればバイオフィルム形成による場合もあることを想定して、生息様態による飽和透水係数の減少を予測する解析を行っている。すなわち、コロニーの最大厚さをもとにバイオフィルム厚さを定義し、この空間の中に占めるコロニーの体積割合をコロニー形状係数とする斬新な物理量を提案し、この概念を使うと飽和透水係数がバイオフィルムの厚さ、土粒子の平均粒径および形状係数、土壌の間隙率等によって表せることを示した。そして、各要因の感度解析を行った後、既往のデータを解析し、誘導した理論関数が1.0mmの粒径を持つ粒子層から0.095mmの粒径の粒子層にわたって観察される種々のタイプの実測値を極めて良く表現することを確かめ、微生物による土壌中の通水間隙変化への影響を解明している。第5章は、結論であり今後の研究の発展方向を推察している。

 以上要するに、本論文は土壌中の微生物の生息様態による飽和透水係数の変化を物理生物的な考察により明らかにし、地表水の管理や土壌の工学に有用な知見を与えたものであり、農地環境工学、水利環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54645