学位論文要旨



No 113531
著者(漢字) オルランド,バルデラマ
著者(英字) Balderama,Orlando
著者(カナ) オルランド,バルデラマ
標題(和) フィリピンにおける小規模貯水潅漑システムの為の栽培計画と水管理モデルの開発
標題(洋) Development of Cropping System and Water Management Model for Small Reservoir Irrigation System in the Philippines
報告番号 113531
報告番号 甲13531
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1890号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 山路,永司
 東京大学 助教授 島田,正志
内容要旨

 本研究は、次の二つの部分から構成されている。

 1)フィリピンにおける貯水潅漑システムに関するフィールド調査による研究

 2)小規模貯水潅漑システムのための栽培計画と水管理モデルの開発

A.フィールド調査による研究

 フィールド調査による研究では、大規模・中規模・小規模の貯水潅漑システムの比較を行った。それによって次の事が明らかになった。

 大規模潅漑システムが要求されているとは言っても、融資団体はあまり資金援助を出したがらない。なぜなら、大規模潅漑事業は建設・運用・メンテナンスのいずれもがコストが大きい割に、黒字転換するのに時間がかかり、環境に対する負荷も大きいからである。

 それに比べると中規模の潅漑システムの場合は、運用とメンテナンス・管理における問題は小さくなるが、(政府が建設コストを肩代わりでもしない限り)資金的な問題が妨げとなってしまう。中規模潅漑システムをより(農民にとって)経済的なものにするには、農民の事業に政府が支援を行う必要がある。

 農業の生産性を向上させる小規模農業用貯水池(SFR:Small Farm Resevoir)と呼ばれるようなタイプの小規模潅漑システムが増える可能性はおおいにある。伝統的な手法であるということと、収益性の高さもあり、数多くの農民が自ら建設することが可能である。そして、潅漑設備が農民の個人的裁量内で出資・利用が行われるのであれば、大規模の事業計画につきまとう社会的・組織的問題は回避できる。それに伴って、政府の側にかかっていた建設事業にかかる莫大なコストも軽減される。しかしながら(小規模の潅漑システムにおいては)水管理手法は未だに経験と勘に頼る旧態依然のやり方であり、乾季の潅漑農業の最適化、つまり限られた用水の中で、いかに作物を選択し、面積的に分配するのが効率的かという点において、大きな課題が残されている。

B.モデルの開発

 開発したモデルは栽培計画と水管理モデル(CSWM:Cropping System and Water Manegement)と呼ばれるもので、エキスパートシステム・シミュレーション・最適化の3つのステップから構成されており、それぞれ作物選択・スケジューリング・水と利用面積の最適化についての検討が行われる。開発言語はPROLOG(述語型のプログラミング言語)とC(宣言型のプログラミング言語)である。このプログラムは「作物選択」「栽培スケジューリング」「水管理の最適化モジュール」という3つのモジュールから構成されている。自然の降雨による潅漑、小規模の貯水池による潅漑、完全潅漑の場合における収量をシミュレートできる。1番目と2番目のモジュールはPROLOGによって記述されており、エキスパートの意見に適合するように作成されたエキスパートシステム。3番目の水管理モジュールはC言語によって記述された水収支シミュレーションの単純化法による最適化。最終的に得られる結果は、シミュレートされたクロッピングパターンに対する収益である。DOSバージョンと、GUIによるユーザーフレンドリーなWindowsバージョンを用意してあり、マニュアルも完備してある。

C.モデルの適用1.栽培日程のシミュレーション

 潅漑要求水量・潅漑範囲面積・収益について、栽培日程(10月1日と20日)の効果についてCSWMによって評価を行った。使用データはルソン島中部のものである。潅漑形態は、自然潅漑(降雨のみ)・潅漑(用水量に限りがある通常の場合)・完全潅漑である。その結果は十分な機能を発揮した。栽培作物の選択、その栽培スケジューリング、水管理形態の最適化による出力は、農民側・政策者側の双方の観点から見て、農業生産の計画策定に現実的な解答と広い選択肢を提供することができる。

2.持続的農業計画への応用

 ここで得られた結果から、2つの重要な発見が明らかになった。

 a.特筆すべき点は、自然潅漑が主たる農業形態である地域で小規模農業用貯水池(SFR:Small Farm Resevoir)を利用すれば、栽培計画と水管理計画に関する弱点を補うだけでなく、このモデルがもともと内包している輪作機能、連作回避機能によって、自然潅漑に基づく農業を営んでいる地域でも、持続的な農業の為の計画を示すことができるということ。

 b.4種類の降雨タイプによって分けられた(フィリピンの)各地域毎の結果。タイプIとIIIはSFRによって補助的な潅漑を行うことにより、主作物の稲作期後に米以外の作物を栽培することが可能になり、増収と(輪作による)土壌の保全を可能とすることができる。タイプIIにおいては、稲の2期作と大豆やマングビーンのような現金収入になる作物を栽培することが十分可能であることが分かる。タイプIVは稲作以外に様々な作物を栽培するにあたって理想的な地域である。年間を通じて降雨があり、選択肢は数多い。

3.乾季作への応用

 ここにおける研究は、フィリピンの自然潅漑地域における乾季の農業における問題を、CSWMを用いて解決の糸口とすることを意図して行った。ここの研究は第一に、フィリピンの気象庁によって出される基本政策(特定の作物のプログラミング、地域別の作物の特定、乾季における潅漑水の農地へ密接した小規模貯水池への誘導のためのネットワークの構築)を元にして行っている。CSWMモデルは広い応用が可能なソフトウェアであり、農業事業計画者の計画策定を支援する機能を持ち、農民の乾季の農業を能率の良いものにして負担を軽減する。このような研究アプローチはフィリピンでは例のないことであり、今後もさらなる研究とデータの蓄積が必要であろう。

 ともあれ、多くの興味深い結果が得られた。以下の点が最も注目すべきものである。

 a.CSWMモデルはその応用が効く特徴ゆえに、潅漑や作物の輪作形態、異なったレベルの降雨が収穫や作付けの動機に大きく影響する乾季の農業でも使うことができる。仮にフィリピンの気象庁が栽培期が始まる前に期待される降水量を予報する能力があれば、CSWMモデルは自然潅漑農業に対する優れた支援を行うことが可能である。

 b.稲以外の作物では、降雨量の違いよりは、潅漑水量の方がより重大な影響を収量に与えるといいう事が分かる。

 c.もし、雨に恵まれる年であることが予想されるのであれば、栽培期を一ヶ月早める事が可能であり、その場合、潅漑水量2000立法メートルでいかなるクロッピングパターンにおいても農地全てに作付けが可能になり、最大の収量を得ることができるようになり、潅漑水量1500立法メートルでもいくつかのクロッピングパターンにおいては、農地全体に作付けをして最大収量を得ることが可能である。

審査要旨

 近年の農業水利事業、それもとくに開発途上国における事業においては、旧来のような大型の事業ではなく、農民が参加しやすく効果の発現も早い小型のプロジェクトを多数行うことが必要とされている傾向である。本論文はこのような状況下において生じている問題点をとくに操作管理の面で現地調査によって明らかにし、それを解決して実際の施設の操作管理の計画指針を得るためのコンピュータモデルを開発し、その実用可能性を示したものである。

 すなわち、その第一章は緒言であり、この種の研究が心要とされる理由、さらに研究全体の枠組みが示されている。第二章では研究の目的と方法が詳細に示される。確かに小規模潅漑では効率がよいことが知られているが、しかし実際には幾多の問題点も生じている。たとえば水利施設が完成した後に農民が施設をいかに管理するかという点である。途上国においては、農民は必ずしも高度な教育を受けているとは限らず、この点からも管理操作には困難な点が生じやすい。それを解決することを念頭においてこの研究が行われることとなった。

 第三章はフィリピンにおける現地調査による小規模潅漑の特徴の分析である。大・中規模の潅漑施設との比較が行われ、これらとの対比において小規模潅漑が格段に有利であることが示される。とくに、この小規模潅漑の中でも小型の貯水池を用いたものがきわめて事業効率がよく有利であり、フィリピン政府によって今後さらに事業化が進められることになっている。

 第四章は第三章の結果から今後の問題点を抽出する章である。確かに小規模潅漑は有利ではあるが、きわめて事業個所数が多数になるためその一つ一つについて政府が有効な指導を行うことは不可能に近い。とくに問題となるのは施設ができた後の管理操作を農民がどのようにするかである。その指導を助けるためにコンピュータ・プログラムが必要であり、次章での開発につなげられる。このコンピュータ・プログラムは指導者が必要とするデータを入力することにより、実際の細かい分析に出かけることなしに概略の指導指針を即座に得られるようなものであることが目標とされる。

 第五章はこの論文の主要部分であり、ここでコンピュータによる計画支援システムとしての「作付け・水管理モデル(CSWMモデル)」の作成が行われる。モデルは基本的には、土地条件、気候条件、作物条件、水資源条件などを入力として与えると、どのような作物を選択して潅漑農業を行ったら最適かを答えとして出力するようなものである。プログラムは三つの部分に分けられている。最初の部分は考えられる可能な範囲の全ての作物の中から、その地域で生育が可能なものを選択する部分であり、一種のエキスパート・システムとなっている。第二の部分は最初の部分で選択された作物を実際に栽培したときの水環境の条件をシミュレーションするものである。これによってどのような作物をどのような時期に裁培するかという幾つもの栽培計画について、どのような水量の補給が必要とされるかが計算される。第三の部分は最適化の部分である。第二の部分で得られた幾つもの作物の栽培計画について、与えられた水条件のもとで得られる作物収量を予測し、それに平均的な各々の農産物価格を掛け合わせて収入を計算し、もっとも収入が多くなることを目標にして最適な作付け計画が選択される。この三部分によってプログラムが作成されている。

 第六章は、このようにして作成されたモデルが実際にどのように使用されるかについて実験したものである。作付けの時期がどのように変化すると収入にどのような影響が出るか、もっとも土地の生産性を持続的にするという条件のもとでの最適作付け計画はどのようなものであるか、さらに旱魃こ対処する必要があるときの最適な作付け計画などが求められることが確かめられている。第七章は結論としてモデルの有効性があらためて確認される。

 以上要するに本論文は現在もっとも必要とされている小規模潅漑事業における最大の問題点である管理操作について必要な情報を提供する有効なコンピュータモデルを開発し、実用の段階までに近づけたもので、水利環境工学、農地環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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