近年の農業水利事業、それもとくに開発途上国における事業においては、旧来のような大型の事業ではなく、農民が参加しやすく効果の発現も早い小型のプロジェクトを多数行うことが必要とされている傾向である。本論文はこのような状況下において生じている問題点をとくに操作管理の面で現地調査によって明らかにし、それを解決して実際の施設の操作管理の計画指針を得るためのコンピュータモデルを開発し、その実用可能性を示したものである。 すなわち、その第一章は緒言であり、この種の研究が心要とされる理由、さらに研究全体の枠組みが示されている。第二章では研究の目的と方法が詳細に示される。確かに小規模潅漑では効率がよいことが知られているが、しかし実際には幾多の問題点も生じている。たとえば水利施設が完成した後に農民が施設をいかに管理するかという点である。途上国においては、農民は必ずしも高度な教育を受けているとは限らず、この点からも管理操作には困難な点が生じやすい。それを解決することを念頭においてこの研究が行われることとなった。 第三章はフィリピンにおける現地調査による小規模潅漑の特徴の分析である。大・中規模の潅漑施設との比較が行われ、これらとの対比において小規模潅漑が格段に有利であることが示される。とくに、この小規模潅漑の中でも小型の貯水池を用いたものがきわめて事業効率がよく有利であり、フィリピン政府によって今後さらに事業化が進められることになっている。 第四章は第三章の結果から今後の問題点を抽出する章である。確かに小規模潅漑は有利ではあるが、きわめて事業個所数が多数になるためその一つ一つについて政府が有効な指導を行うことは不可能に近い。とくに問題となるのは施設ができた後の管理操作を農民がどのようにするかである。その指導を助けるためにコンピュータ・プログラムが必要であり、次章での開発につなげられる。このコンピュータ・プログラムは指導者が必要とするデータを入力することにより、実際の細かい分析に出かけることなしに概略の指導指針を即座に得られるようなものであることが目標とされる。 第五章はこの論文の主要部分であり、ここでコンピュータによる計画支援システムとしての「作付け・水管理モデル(CSWMモデル)」の作成が行われる。モデルは基本的には、土地条件、気候条件、作物条件、水資源条件などを入力として与えると、どのような作物を選択して潅漑農業を行ったら最適かを答えとして出力するようなものである。プログラムは三つの部分に分けられている。最初の部分は考えられる可能な範囲の全ての作物の中から、その地域で生育が可能なものを選択する部分であり、一種のエキスパート・システムとなっている。第二の部分は最初の部分で選択された作物を実際に栽培したときの水環境の条件をシミュレーションするものである。これによってどのような作物をどのような時期に裁培するかという幾つもの栽培計画について、どのような水量の補給が必要とされるかが計算される。第三の部分は最適化の部分である。第二の部分で得られた幾つもの作物の栽培計画について、与えられた水条件のもとで得られる作物収量を予測し、それに平均的な各々の農産物価格を掛け合わせて収入を計算し、もっとも収入が多くなることを目標にして最適な作付け計画が選択される。この三部分によってプログラムが作成されている。 第六章は、このようにして作成されたモデルが実際にどのように使用されるかについて実験したものである。作付けの時期がどのように変化すると収入にどのような影響が出るか、もっとも土地の生産性を持続的にするという条件のもとでの最適作付け計画はどのようなものであるか、さらに旱魃こ対処する必要があるときの最適な作付け計画などが求められることが確かめられている。第七章は結論としてモデルの有効性があらためて確認される。 以上要するに本論文は現在もっとも必要とされている小規模潅漑事業における最大の問題点である管理操作について必要な情報を提供する有効なコンピュータモデルを開発し、実用の段階までに近づけたもので、水利環境工学、農地環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |