学位論文要旨



No 113534
著者(漢字) 藤田,美知子
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ミチコ
標題(和) 天然ゴム系粘着剤における相溶性と粘着特性
標題(洋) Miscibility and performance of natural rubber based pressure sensitive adhesives
報告番号 113534
報告番号 甲13534
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1893号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 教授 佐分,義正
 東京大学 助教授 小野,擴邦
 東京大学 助教授 空閑,重則
 森林総合研究所 複合化研究室長 秦野,恭典
内容要旨 [序論]

 天然ゴム系粘着剤は、工業だけでなく日常生活においても広く使われている。天然ゴムだけでは実用に耐えうる粘着性能を発揮することが出来ないので、低分子量で高軟化点の樹脂(タッキファイヤー)を天然ゴムに混合し、これを粘着剤として用いる。タッキファイヤーには、脂肪族や芳香族の炭化水素、テルペン樹脂、ロジンの誘導体などが用いられる。天然ゴム系粘着剤の歴史は古いが、粘着剤を開発する際のタッキファイヤーの選定は経験と試行錯誤に頼っているのが現状である。剥離強さ、タック、剪断クリープ抵抗などの粘着特性は、粘着剤の粘弾性に依存すると同様に2成分の相溶性にも強く依存することが次第に明らかになってきた。しかし、相溶性が粘着特性に与える影響についての研究は少ない。そこで本研究では、天然ゴムとタッキファイヤーの相溶性が粘着特性に与える影響を解明することを目的とし、体系的な実験を行った。

[実験]

 天然ゴムを29種類のタッキファイヤーとトルエン溶液中でそれぞれ9:1〜1:9の溶質重量比でブレンドした。そのブレンド溶液をスライドガラスに塗り、ホットプレート又はオーブンで20〜120℃の様々な温度に加熱した。それぞれの温度において各ブレンドが透明であるか白濁しているかを観察することにより相溶性を判定し、それを相図に表した。それらのブレンドの中から典型的な相図を示す7つの系を選び、粘着特性(プローブタック、剥離強さ、剪断クリープ抵抗)を測定した。粘着特性試験に用いたタッキファイヤーを表Iに示す。粘着特性測定用の試験片は、粘着剤溶液をPETフィルムに塗工し乾燥することにより調製した。その粘着シートを幅1cmの短冊状に切り、ローラーでアルミ板(被着体)に圧着し、剥離試験に用いた。シリンダータック試験機を用い、180°剥離試験を引っ張り速度0.5〜14000mm/min、20℃で行った。プローブタック試験は、ステンレススチールのプローブを備えたポリケンタック試験機を用いて行った。タックは、20〜100℃の7種類の温度、0.01〜5cm/secの9種類の引き離し速度において測定した。測定直前にプローブと試験片を測定温度に5分間加熱した。接触圧は100gf/cm2、接触時間は1秒である。様々な速度・温度で測定したプローブタックの値を時間-温度換算則を用いて重ね合わせ、マスターカーブを描いた。剪断クリープ抵抗(保持力)試験にはクリープ試験機を用い、アルミ板に粘着テープ試料を2.5cm×2.5cm貼り付け、0.3〜5kgのおもりを付けて30〜60℃で粘着テープがアルミ板から完全に滑り落ちるまでの時間(保持時間)を測定した。ガラス転移温度(Tg)は、示差走査熱量計(DSC)を用い、-120℃から150℃まで昇温速度40℃/分で2回測定した。動的粘弾性は、動力学的分析機(DMA)を用い、3点曲げモードで測定した。

[結果と考察]

 この研究で用いたすべての天然ゴム/タッキファイヤーブレンドの相図は、完全相溶型、下限臨界共溶温度(LCST)型、上限臨界共溶温度(UCST)型、完全相分離型の4つに分類できる。水素化ロジンのエステル及び過水素化ロジンのエステルは、図1に示すように天然ゴムと完全に(実験したすべての組成・温度範囲で)相溶した。不均化ロジンのエステルは天然ゴムとの相溶性がかなり良好だったが、重合ロジンとそのエステルは天然ゴムとの相溶性が悪かった。ほとんどの天然ゴム/石油樹脂ブレンドはLCST型の相図を示したが、純粋な芳香族モノマーを重合して出来たタッキファイヤーは天然ゴムと完全に相分離した。ブレンド系の相溶範囲は、タッキファイヤーの分子量が増加するにつれ狭くなる傾向があった。

 図2に天然ゴム/エステルガムHPブレンドの剥離強さを示す。この系は完全相溶系である(図1)。樹脂濃度が増加するにつれ剥離強さのピークの位置は低速側へシフトしている。これは、樹脂濃度の増加に伴いブレンドのTgが上昇するためである。一般に破壊形態は、引っ張り速度が増加するにつれ、凝集剥離から界面剥離、スリップスティック、ガラス状剥離へと変化する。樹脂濃度の増加に伴い、界面剥離の速度範囲が狭くなる傾向が見られた。天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドの相図を図3に示す。この系の相図は臨界温度61℃のLCST型であるが、相平衡を達成するには数日間の加熱が必要である。つまり、粘着特性試験の条件では相溶系である。図4に天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドのTgを示す。各ブレンドは天然ゴムのTgとクリアロンのTgの中間にただ1つのTgを持ち、そのTgは樹脂濃度の増加に伴い上昇する。これは、これらのブレンドが相溶していることの証拠である。天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドのプローブタックのマスターカーブを図5に示す。樹脂濃度が増加するにつれ、プローブタックのピークの位置は低速側(高温側)へシフトする。樹脂濃度が50%以下の場合ピークのシフトは小さいが、樹脂濃度60%及び70%のピークのシフトは目立つ。これは、樹脂濃度50%を境にTgの上昇が急激になることに対応する。この系では、樹脂濃度が増加するにつれ、プローブタック及び剥離強さの最大値が増加する傾向があったが、これは樹脂濃度の増加(一定限度まで)に伴い粘着剤の見かけの粘度が低下するためだと考えられる。他の相溶系粘着剤についても同様の傾向が見られた。

表I 粘着特性測定に用いたタッキファイヤー図1 天然ゴム/エステルガムHPブレンドの相図○:透明図2 天然ゴム/エステルガムHPブレンドの剥離強さ(20℃)樹脂濃度 □:0%,◇:10%,●:20%,△:30%,■:40%,○:50%,▼:60%,×:70%. 図3 天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドの相図○:透明,●:白濁図4 天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドのTg●:DSCで測定したTg,-:Tgの理論値図5 天然ゴム/クリアロンK-4090ブレンドのプローブタックのマスターカーブ樹脂濃度 □:0%,◇:10%,●:20%,△:30%,■:40%,○:50%,▼:60%,×:70%.

 天然ゴム/クリスタレックス1120の系は、図6に示すように完全相分離系である。この系のすべてのブレンドは2つのTgを持つ(図7)が、これは天然ゴムを多く含む相とタッキファイヤーを多く含む相の2相が存在することを示唆する。図8に示すように、天然ゴム/クリスタレックス1120ブレンドのプローブタックの値は、相溶系粘着剤のそれに比べ格段に小さい。ピークの低速側へのシフトも見られなかった。また、図9に示すように、この系の剥離強さも小さく、ピークは樹脂濃度に関係なく300mm/minに現れた。他の相分離系粘着剤でも同様の傾向が見られた。これらの結果から、タッキファイヤーを多く含む相は単に充填剤として働き、天然ゴムそのもののタックや剥離をほとんど変化させないと結論できる。

 図10に示すように、どの粘着剤系でも剪断荷重が大きくなるにつれ、また温度が高くなるにつれ保持時間が短くなった。完全相溶またはLCSTの相図を持つ粘着剤の保持時間は、樹脂濃度が高くなるにつれ短くなる傾向があった。完全相溶の粘着剤の保持時間は非常に短かった(数十秒〜数時間)が、これはゴム分子鎖の隙間にタッキファイヤー粒子が入り込むことによりゴム分子の絡み合い密度が減少するためだと考えられる。LCST型の相図を持つ系と完全相溶の系とで保持時間が大きく異なる理由は不明である。完全相分離の粘着剤の中には保持時間が非常に長いものもあった(3日〜数十日)。これは、相分離系粘着剤のクリープ試験においては、タッキファイヤーが補強剤の役割を果たすからだと考えられる。

図6 天然ゴム/クリスタレックス1120ブレンドの相図●:白濁図7 天然ゴム/クリスタレックス1120ブレンドのTgDSCで測定図8 天然ゴム/クリスタレックス1120ブレンドのプローブタックのマスターカーブ樹脂濃度 □:0%,◇:10%,●:20%,△:30%,■:40,○:50%,▼:60%.図9 天然ゴム/クリスタレックス1120ブレンドの剥離強さ(20℃)樹脂濃度 □:0%,◇:10%,●:20%,△:30%,■:40%,○:50%.図10 天然ゴム/エスコレッツ5320ブレンドの保持力樹脂濃度 ◇:10%,●:20%,△:30%,■:40%,○:50%,▼:60%.
審査要旨

 粘着剤は接着剤の一種であるが、いわゆる構造用接着剤と違って強い力学的強度の発現が期待されることは少ない。むしろ指圧程度の圧力で何にでもつくという便利さと、これに多様な機能を付与することができることによって我々の目常生活に浸透しているだけでなく、先端技術や医療を含む多くの産業分野にその応用分野を拡大している。その工業規模はその他の接着剤を合計した規模よりも大きくなっている。粘着剤として最も古くから利用されているのは天然ゴムとロジン樹脂、テルペン樹脂のような、樹木から採取されたタッキファイヤー樹脂とのブレンド物である。これらの樹木成分は現在でも最も多量に利用されており、粘着剤工業は林産物の工業的利用を目指す林産学の中で一つの重要な分野を形成している。天然ゴム系粘着剤に関しては技術的な経験則は十分蓄積されているか、粘着のメカニズムに関する科学的研究は極めて不十分であり、とくにブレンド物を扱う際に基本的に重要な、成分同士の相溶性と実用特性との関係に関する系続的な研究は殆ど行われていない。

 本論文は、天然ゴム(シス-1,4-ポリイソプレン)と各種タッキファイヤー樹脂とのブレンドについて熱力学的相図を明らかにするとともに、粘着特性に及ぼす相溶性の影響を詳細に研究したもので、6章よりなっている。

 第1章では、本論文に関する既往の研究について詳述し、本論文の目的と意義を明示した。

 第2章では、天然ゴムとロジン系ならびに石油系タッキファイヤー樹脂からなる約30系のブレンドについて相図を作成し、タッキファイヤーの化学構造と相溶性との関係について以下の事実を見出した。水素化ロジンエステル、過水素化ロジンエステルは天然ゴムと完全に相溶し、不均化ロジンも相溶性が良好である。重合ロジンとそのエステルは相溶性が悪い。大部分の天然ゴム/石油系タッキファイヤー樹脂ブレンドの相図は下限臨界相温度(LCST)型であるが、芳香族のタッキファイヤー樹脂の場合には完全非相溶系となる。タッキファイヤー樹脂の分子量が大きいほど天然ゴムとの相溶範囲が狭くなる傾向がみられる。

 これらのブレンド系の中から典型的な相図を持つ7つの系、即ち、エステルガムHP、スーパーエステルA-75、エスコレッツ5320、クリアロンK-4090、ボリペール、及びクリスタレックス1102を選び、基本的な粘着特性を解明した。

 第3章では、一連の粘着剤についてプローブタックを広い速度・温度範囲にわたって測定し、換算変数法によってマスターカーブを求めた。相溶系のプローブタックのピークの位置は樹脂濃度が増加するにつれて低速側あるいは高温側へシフトする傾向がある。これは樹脂濃度の増加に伴う粘着剤のガラス転移温度の変化と関係づけられることを明らかにした。これに対して、相分離系粘着剤では全体的にプローブタックの絶対値が低く、ピークのシフトは明確でない。これはタッキファイヤー樹脂をブレンドしても粘着剤のマトリックスの物性は変化せず、樹脂が独立に系内に分散しているためであると結論した。

 第4章では、はく離強さの速度依存性について詳細な検討を行った。はく離強さのピークも、均一系粘着剤の場合にはタッキファイヤー樹脂の濃度が増加するにつれて、すなわち粘着剤のガラス転移温度が上昇するにつれて低速側へシフトすることを確認した。また、相分離系粘着剤のはく離強さは非常に低く、速度軸に沿ったシフトはほとんど起こらなかった。

 第5章では、粘着剤の保持力(保持時間)について研究した。これはとくに包装用粘着テープなどでは重要な実用特性である。全ての粘着剤について、せん断荷重が大きくなるにつれて、また温度が高くなるにつれて保持時間が短くなるのは当然であるが、その変化の仕方が相溶性によって異なる。即ち、天然ゴムとタッキファイヤー樹脂が完全に相溶する場合には樹脂濃度が増すほど荷重〜保持時間曲線が系統的に短時間側へシフトするが、完全非相溶系粘着剤の場合には明確な傾向が認められない。これらの挙動は高温域における粘着剤の粘弾性挙動によって説明することができることが明らかになった。ただし、完全相溶系粘着剤と下限臨界相溶温度型相図を示す粘着剤の保持時間の変化の特徴はほぼ同じであるにもかかわらず、その絶対値に有意差が現われる点については破壊のメカニズムに更に深く立入った理論化が必要であることを指摘した。

 第6章では、本研究を総括するとともに、ここで得られた主な知見をまとめた。

 以上、要するに、本論文は天然ゴム系粘着剤における成分間の相溶性を始めて熱力学的に明らかにし、これと粘着剤の粘弾性ならびに粘着特性との関係を系統的に明らかにすることによって、粘着現象のメカニズムに関する新しい知見と新規粘着剤の開発のための貴重な指針を提案したもので、学術的にも応用面においても貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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