学位論文要旨



No 113535
著者(漢字) 園田,里見
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,サトミ
標題(和) 木質複層門型パネルの開発
標題(洋)
報告番号 113535
報告番号 甲13535
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1894号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 信田,聡
内容要旨 [緒言]

 我が国では一般に個人用住宅は極めて狭小な敷地に建設され、この様な低層住宅建築においては、動線・意匠計画上の設計要求から地震力などによる水平せん断力の確保が困難な場合がしばしばみられる。最近の震災被害では無理な開口確保による木造住宅の倒壊事例が多く見受けられる。本研究では、枠組壁工法型の木質門型パネルを複層することで、水平せん断力に対する耐力確保と戸建住宅で設計要求される程度の比較的大きな開口を両立するための工法を開発し、その力学性状を検討した。

[木質複層門型パネル実大面内せん断試験I]

 ((概要))力学的性状を把握するために、実大壁の面内せん断試験を行い検討した。

 ((実験))鉛直荷重下でスパン4mの実大木質門型パネルの面内せん断試験を行った。試験体は2枚複層した試験体、鉛直荷重条件の異なる単層試験体2体であった。

 ((結論))以下の点が確認された。(1)実用的な水平せん断耐力を持つ。(2)2枚複層すると約2倍のせん断剛性・耐力が確保される。(3)脚部回転が見かけのせん断変形の主因である。(4)鉛直荷重は袖壁脚部回転変形に対する拘束効果がある。

 検討課題は以下の通りであった。(1)袖壁部分の面外座屈の防止。(2)脚部回転の抑制。(3)袖壁-マグサ接続部付近の性能向上。(4)加力時具による拘束効果の確認。

[合板の面内せん断弾性係数の測定]

 ((目的))木質門型パネルの構造設計用のデータを得るために、合板の面内せん断弾性係数および面内曲げヤング率の計測と測定方法の検討を行った。

 ((実験))試験体は針葉樹合板(3ply)およびラワン合板(5ply)ともにJAS2級構造用、公称厚さ9mmであった。試験法実大サイズで行うスパン/はり背法(I/h法)、せん断ひずみ-たわみ相殺法(-法)とASTM D2719のTwo-Rail Shear法によった。

 ((結論))各種方法の特徴を比較すると以下のようになる。(1)I/h法は、複数回試験する必要があるが、-法のように面内ひずみを測定する事により1回の試験で近しい値を得られる。(2)I/h法および-法は大きな試験体のGおよびEを測定できる。(3)I/h法および法は面材などの幅/はり背が小さい試験体では強さを測定するのは困難である。(4)Two-Rail Shear試験ではGと強さを測定できる。

 各試験で得られたラワン合板(公称厚さ9mm、5ply)および針葉樹合板(公称厚さ9mm、3ply)の面内曲げヤング率E、面内せん断弾性係数Gおよび強度は、以下の通りであった。(1)ラワン合板および針葉樹合板(CSP合板)のEはそれぞれ約100tonf/cm2、約90tonf/cm2であった。(2)Gは、ラワン合板、針葉樹合板(CSP合板)および針葉樹合板(ラジアータパイン合板)はそれぞれ約6tonf/cm2、約5tonf/cm2、約8tonf/cm2であった。(3)ラワン合板および針葉樹合板(ラジアータパイン合板)の面内せん断強さは約50kgf/cm2、約40kgf/cm2であった。

[部材性能試験]

 ((目的))実大ラッキング試験に供試した木質門型パネル試験体より袖壁とマグサを切り出し、曲げ試験を行い、各剛性を検討した。また、実大ラッキング試験にて袖壁面材の面外座屈などが問題となったので、スチフナを配した新しい仕様の袖壁試験体についても試験・検討した。

 ((実験))試験体のedge wiseに油圧正方向繰り返し荷重を与え、静的中央集中載荷試験を行った。たわみ量と面内せん断ひずみを測定し、曲げ剛性とせん断剛性を求めた。

 ((結論))本章においては、以下の知見を得た。(1)曲げ剛性は袖壁試験体で5〜8×106tonf・cm2、マグサ試験体で8〜10×106tonf・cm2であった。(2)せん断剛性は袖壁試験体で250〜480tonf、マグサ試験体で2500tonf程度であった。(3)袖壁試験体ではせん断たわみが支配的であった。(4)袖壁試験体の曲げ剛性は組立て梁として計算可能である。(5)袖壁試験体のせん断剛性はウェブ面材のせん断剛性として計算可能である。ただし、壁のラッキングにおいては釘スリップを検討する必要がある。

[木質複層門型パネル実大面内せん断試験II]

 ((目的))以下の点について検証するために新仕様木質門型パネルの実大面内せん断試験を行った。(1)新仕様の木質門型パネルの力学的性状。(2)より大きなスパンにおける力学的性状。(3)安定した鉛直荷重下での試験。(4)鉢巻き状冶具の拘束の影響。

 ((実験))試験体はスパン5mの実大木質単層門型パネル2体で、袖壁面外座屈防止のためにスチフナを新たに配した。鉛直荷重下でラッキング試験を行った。

 ((結論))以下のような結論を得た。(1)最大耐力は約2tonfであり、このときの見かけのせん断変形量は1/35〜1/40であり、耐力および変形量とも実用に耐えるレベルにある。(2)終局変形量を最大荷重履歴後の0.8Pmaxまで低下する点とすれば、1/12radである。(3)見かけのせん断変形の主因は袖壁脚部の回転変形であり、この結果は第4章で行った4mスパンの門型パネルの実大試験結果と定性的に一致する。(4)最大荷重に至るまでの脚部水平移動量は1mm程度であり、袖壁脚部中心に配した座金付きボルトはこれを拘束する効果はない。(5)袖壁脚部中心に配した座金付きボルトは袖壁脚部の回転変形の偏りを抑制する効果があり、ホールダウン金物の曲げ変形を均等化するので、部分的にホールダウン金物が極端に曲げ変形を受けることを防止する。(6)木質門型パネルの破壊の主因はP=1.7tonf付近で発生し始める袖壁-マグサ接続部の合板の亀裂であることから、木質門型パネルの崩壊形式は袖壁-マグサ接続部の合板の亀裂によるラーメンの塑性ヒンジ化による。(7)その他の破壊として、圧縮加力側にけおるマグサ-脇柱接合部のマグサの引き抜け、圧縮加力逆側の袖壁における隅柱-上枠接合部の引き抜け、圧縮加力逆側の袖壁におけるマグサ脇柱の破壊、両袖壁におけるマグサ受け上端部の破壊(釘打ち部分の割れ)、両袖壁におけるホールダウン金物のくの字状曲げ変形、両袖壁における脚部浮き上がりとめり込みが観察された。

[木質門型パネルの設計モデル]

 ((目的))木質門型パネルを実際の住宅に適用するためには様々なスパンに対応した構造設計が可能でなければならない。本章では荷重-変形関係をあらわす構造計算モデルを作成し、妥当性を検討した。

 ((方法))曲げ、せん断、接合部スリップによる変位を表現するために、ラーメン・ダイアフラム併用モデルを作成した。曲げ、せん断をラーメンにより評価した。接合部スリップは袖壁部の面材を留めつける釘により発生するものとし、ダイアフラムを適用した。ダイアフラムの計算には杉山らの無開口壁略算式を改良して用いた。想定されたモデルによる計算値と前章の面内せん断試験結果との比較を行った。

 ((結論))以下の結論を導いた。(1)木質門型パネルの荷重-変形関係の予測には、ラーメン・ダイアフラム併用モデルが適用可能である。(2)ラーメンには両端ピン支持門型ラーメンが適用できる。(3)ラーメンの曲げおよびせん断剛性は袖壁部およびマグサ部の曲げ剛性およびせん断剛性が適用し、これらの部材剛性計算には組立て梁モデルを適用した。(4)ダイアフラム計算には袖壁に杉山の無開口壁略算式の変法を適用可能であり、袖壁最外列の釘のみを評価する。(6)ダイアフラムに釘スリップのパワー曲線を適用することで、ラーメン・ダイアフラム併用モデルは木質門型パネルの非線型挙動を予測できる。(7)複層化における剛性計算は単層パネルの剛性和を適用する。

[住宅設計への適用]

 ((目的))実際の住宅に適用した構造計算を行い、木質複層門型パネルシステムが実務的に住宅設計に適用可能であることを確認する。特に、水平力の検討を行った。また、保有耐力設計に必要な値となる構造特性係数の算出を行った。

 ((計算))計算に用いたモデルは枠組壁工法による3階建て戸建住宅で、間口が狭く、奥行きが長い形状であった。1階部分にはビルトインカーポートがあるため、通常の方法では耐力壁を確保できないプランであった。また、構造特性係数の算出には新仕様の5mスパンの実大実験によるデータを用いた。

 ((結論))モデルプランの構造計算からプラン上の設計要求が顕在しながらも従来実現困難であった大開口を含む狭小間口住宅を木質複層門型パネルシステムにより実現可能であることを確認した。また、木質門型パネルの構造特性係数DSは0.3程度であり、通常の木質構造物とほぼ等しい値を示すものであった。

[結言]

 本論文の研究により、従来の工場集約生産的な鉄骨ラーメンなどによる大開口にかわり、より現在の枠組壁工法に近く、実務的に適用し易い大開口システムを開発するに至った。さらに、本システムはパネル複層化の概念により必要耐力を特定壁線内にパネルを必要枚数だけで複層することで実現可能な柔軟なシステムも備えた。実務的に住宅構造設計に適用可能であることを確認した。また、ラーメン・ダイアフラム併用モデルにより木質門型パネルの水平力に対する曲げ・せん断挙動を予測するに至った。

審査要旨

 我が国の都市型個人住宅は比較的狭小な間口の小さい敷地に建設されることが多い。このような低層住宅には前面に車庫などを設けることが多く、動線・意匠計画上の設計要求から耐力壁を配置しにくく、地震力など水平力に抵抗するせん断耐力の確保が困難な場合がしばしば見られる。過去の震災でもこのような住宅の倒壊事例も多く見受けられた。本研究は枠組壁工法の構法システムを生かした木質門型パネルを複層することで、水平せん断耐力を確保し、設計に要求される程度の比較的大きな開口を両立するための構法の開発を行った。

 まず木質複層門型パネルの基本的な力学的性状を把握するために実大壁の面内せん断試験を鉛直荷重下で行った。その結果、木質複層門型パネルを2枚複層するとせん断剛性は2倍になるが、耐力はややそれを下回り、その変形は脚部回転が見掛けせん断変形の主因となった。応力の集中する袖壁部では面材の面外座屈が発生するのでスチフナを設ける必要がある。

 木質門型パネルの構造設計に必要な構成要素の性状を明らかにするために合板の面内せん断弾性係数および面内曲げヤング係数を実大サイズによるスパン/はり背より求める方法、単純支持中央集中曲げ試験法およびTwo-Rail Shear法によって計測した。前2方法ではせん断弾性係数および曲げヤング係数を計測可能であるが、強さを計測することは困難であった。一方Two-Rail Shear法は強さおよびせん断剛性を計測可能であり、代表的な合板の数値が求められた。

 木質複層門型パネルを構成する部位の袖壁部およびマグサ部分の剛性を評価するために単純支持中央集中荷重曲げ試験によるたわみ量と面内ひずみ量を計測した。袖壁部とマグサ部はスパン/はり背が大きく変わらないにも拘らず、その構成によって変形性状が異なった。とくに袖壁部はせん断による変形が支配的であり、曲げ剛性は組み立て梁としての計算、せん断剛性は面材のせん断剛性として計算が可能である。

 以上の結果をもとに袖壁の面外座屈を防止するためのスチフナを配した新しい仕様の5m木質複層門型パネルを作成し、鉛直荷重下で水平加力試験を行った。最大耐力は2tonfで変形1/30〜1/40であり、実用に耐えられるレベルにあった。最大耐力の0.8に相当する荷重までの変形は1/12で、粘りのある構造であった。見掛けのせん断変形の主因は脚部回転変形にあり、前出の結果に定性的に一致した。最大耐力に到るまでの脚部水平移動量は1mm程度であった。袖壁脚部中に座金付きボルトはこれを拘束する効果はなく、回転変形の偏りを抑制する効果があり、ホールダウン金物の曲げ変形を均等化する。木質門型パネルの破壊形態は袖壁とマグサ接合部の合板の亀裂にはじまり、マグサの引き抜け、ホールダウン金物の曲げ変形および両袖壁脚部の浮き上がりとめり込みなどが進展する。

 木質門型パネルを実際の住宅に適合させるため構造設計モデルとして曲げ、せん断および接合部スリップによる変形を表示するためにラーメン・ダイヤフラム併用モデルを作成し、その妥当性を検討した。接合部のスリップは袖壁部の面材を留めつける釘に発生するとしてダイヤフラム計算式で算出した。木質門型パネルの荷重-変形曲線はラーメン・ダイヤフラム併用モデルの適用が可能である。とくにラーメンは両端ピン支持門型ラーメンとみてよく、各部位の曲げ、せん断剛性は前出の組み立て梁とダイヤフラム略算式の適用が可能であった。また釘スリップにはパワー曲線を用いることによって非線型挙動の予測が可能となった。

 実際の住宅設計に本システムの木質複層門型パネルを導入した時の変形性能および保有耐力設計に必要な構造特性係数を算出した。とくに構造特性係数の0.3をはじめて明かにしたが、それは通常の枠組壁工法住宅の耐力壁のそれに近似の数値であった。これらを用いて1階部分にビルトインカーポートのある3階建モデルプランの構造設計を行い、従来実現が困難であった大開口を含む狭小間口住宅を本木質複層門型パネルの適用によって可能になった。これらの結果から従来の工場集約生産的な鉄骨ラーメンに代わり、枠組壁工法の工程実務に適応しやすいシステムを可能とするに到った。

 以上本論文は都市型住宅の動線・意匠計画上の設計要求に対応するために枠組壁工法の構法システムを生かした木質門型パネルの力学性状を明らかにし、設計法を開発したもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54646