学位論文要旨



No 113536
著者(漢字) 山田,竜彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タツヒコ
標題(和) 木材成分の液化機構の解明と樹脂化
標題(洋)
報告番号 113536
報告番号 甲13536
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1895号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小野,擴邦
 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 磯貝,明
内容要旨

 木材の有効利用法の一つとして、木材を種々の有機溶剤に可溶な物質に変換し、プラスチックや接着剤等の樹脂の原料として利用する技術が検討されている。近年、木材そのものを直接に100%の収率で、しかも簡単な方法で変成する技術が開発され「木材の液化技術」として広く知られるようになった。この技術は、廃材、おがくず、樹皮、古紙等のほとんどすべての木質系資源に応用可能であり、リサイクルの観点からも注目されている。

 木材の液化には主として二つの方法がとられる。一つは耐圧容器中で200〜250℃程度の加熱下で高温高圧処理し液化する「高圧法」である。もう一つは、酸触媒存在下、常圧、150℃程度の中温域で処理し液化する「酸触媒法」である。また、液化試薬には、主としてフェノール類やアルコール類が用いられ、使用する化合物により、「フェノール液化」、「アルコール液化」と呼ばれている。液化物は、樹脂の原料として使用でき、フェノール液化物からは接着剤やノボラック状の成型物等が、アルコール液化物はポリオール原料としてイソシアネートと反応させてウレタン樹脂等が調整できることが報告されている。

 今日までに液化木材の開発に関する研究が多々行われたが、どれも未だ実用化には至っていない。それは技術の実用化に不可欠な液化生成物の組成に不明瞭な点が多いためであった。このような新しい技術を実用化し、さらに付加価値の高いものとするためには、反応機構の解明、反応物の化学構造等についての基本的知見が製品設計上、不可欠と考えられる。よって、本論文では液化技術を実用化のため各液化法における液化物の組成と木材成分の液化機構を解明することを目的に検討を開始した。

 近年、木材の液化機構はオルガノソルブパルピングを過激に行ってセルロースまで溶解させたものであり、反応の律速はセルロースの分解であることが確認された。よって、木材の液化反応を促進させるため、液化物の組成を同定するためにも木材中の50%以上を占めるセルロースの挙動解析が最も必要かつ重要と考えられる。従って、本論文では各種木材の液化処理におけるセルロースの挙動を中心に検討した。さらに、その結果を通じて開発した新規の液化法と液化物の樹脂化についても併せて検討した。

 第2章では、高圧法フェノール液化機構について検討した。液化は反応の律速であるセルロースを用い、フェノール、水と共に耐圧反応管中、250℃で行った。残渣率の対数値と液化時間との関係から、フェノール液化では擬一次反応が成立し、セルロースの分解物を生成することが示唆された。液化物を分離分画し、反応中間体として、5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)、グルコースおよびオリゴ糖を確認した。以上の結果、セルロースからオリゴ糖を経由したグルコースの生成と、グルコールからのHMFの生成という一連の反応が、水存在下フェノール液化反応機構の一つとして存在することが明らかとなった(Scheme 1)。生成したHMFは、フェノールやそれ自体との縮合により、フラン環構造を有する化合物を形成することが考えられる。この反応がさらに進むと、架橋高分子が形成され、これが液化後期でのアセトン不溶解残渣の増大の一因であると考えられる。

 第3章では、酸触媒法フェノール液化生成物について検討した。完全なフェノール液化物をNMR分析したところ、木材成分はフェノールと結合していることが確認された。また、スペクトルには糖のピラノース由来のシグナルが消失しており、完全な液化物は糖骨格をもたないことが確認された。木材中の糖成分の液化機構を解析するため、セルロースの液化反応を初期で中止し、この反応初期生成物をいくつかのフラクションに分別して分析した。生成物にはセロオリゴ糖が確認され、またフェノール配糖体の存在も示唆された。しかし、これら液化初期に残存する糖成分は液化反応が進行すると消失する。さらに、生成物の分離同定により、高度に分解した糖骨格にフェノールが縮合した化合物も確認された。以上の結果、酸触媒法フェノール液化処理ではセルロースは解重合し、セロオリゴマーを経て、さらにその糖骨格も失うほど強度に分解され、フェノールと縮合した形で液化物中に存在すると考えられる(Scheme 2)。

Scheme 1 A cellulose degradation mechanism in phenol liquefaction.Scheme 2 Cellulose degradation mechanism in the acid catalyst method phenol liquefaction.

 第4章では、セルロースのエチレングリコール液化反応について検討した。液化はエチレングリコール(EG)を用いた酸触媒法で行った。残渣率の対数値と液化時間との関係から、EG液化では擬一次反応が成立し、セルロースの分解物を生成することが示唆された。液化物をいくつかのフラクションに分別して分析したところ、糖成分としてはEGの-D-グルコシドのみが存在比、約2:1(:)で確認された。また、クロロホルム層からは糖の高次の分解物であるレブリン酸とEGがエステル結合した化合物が確認された。液化を長時間行うとグルコシドは減少するので、糖骨格は分解され、レブリン酸EGエステルを生じると考えられる(Scheme 3)。したがって、EG液化物から生分解性樹脂等の機能性樹脂を調整する場合は反応条件を調整することが重要と考えられる。

 第5章では、種々のアルコール液化について検討した。木材のエチレングリコール(EG)液化生成物からは、グルコシド等の糖類とレブリン酸エステル類が確認された。反応はセルロースの場合よりも迅速に進行するので、十分に液化した生成物中にも糖骨格が保持されていた。セルロースを種々の分子量のポリエチレングリコール(PEG)を用いて液化した場合、分子量400程度のPEGを用いた場合に液化は最も良好に進行した。さらにPEG400にEG等の低分子量ポリオールを混合すると液化は促進され、PEG400/EG(8/2,w/w)において、液化が迅速に進行した。これらの結果は木材のアルコール液化の結果に準じており、液化反応の律速はセルロースの反応にあることを示唆している。PEGを用いたセルロースの液化物のNMRスペクトルには、モノマーグルコシドに加えてオリゴマー骨格の存在が示唆された。しかし、反応を長時間行うとこれら糖骨格は消失し、レブリン酸エステル類が生成した(Scheme 4)。これらの結果は、反応条件を調整することにより液化物から良好な生分解性樹脂原料が調整し得ることを示している。

Scheme 3 Cellulose degradation mechanism in EG liquefaction.Scheme 4 Cellulose degradation mechanism in PEG liquefaction.

 第6章では、新規の液化試薬として環状炭酸類を用いた液化を行った。炭酸エチレン(EC)や炭酸プロピレン(PC)等の環状炭酸類を用いることによりリグノセルロースの液化は極めて促進された。セルロースのEC液化の反応速度は、エチレングリコール(EG)液化の約28倍、PEG系で最速のPEG400/EG(8/2,w/w)の混合液化と比較しても約10倍速かった(Fig.1)。しかし、針葉樹材のEC液化では、リグニンの縮合物が液化残渣として生じ、完全な液化が達成されなかった。しかしながら、リグニンの縮合はエチレングリコール(EG)を混合することにより抑制され、EG/EC混合系により完全で高速な液化が達成された。液化行程中でECは炭酸ガスを放出しながら分解し、アルコール型となるので生成物はポリオール原料となり、ウレタン樹脂等の原料としての利用が可能である。

 第7章では、液化物の樹脂への応用として、新聞古紙のフェノール液化物からの接着剤とその特性について検討した。フェノール液化反応により新聞古紙はフェノールと反応し、生成物には反応活性なフェノール核が導入された。そのため、生成物はホルムアルデヒドと容易に反応し、メチロール化された。従って新聞古紙のフェノール液化生成物は、樹脂化におけるネットワーク形成に寄与でき、熱硬化性樹脂として利用可能であった。新聞古紙由来の樹脂から調製した接着剤は合板接着において市販のフェノール樹脂接着剤に優るとも劣らない性能を示した。新聞古紙をフェノール液化し、樹脂として利用することは廃棄物のリサイクルの観点からも有効であり、今後期待される有益な技術と考えられる。

Fig.1 Residue rate a function of reaction time during each liquefaction reaction.Legend:△ Cellulose EG liq.,□ Cellulose PEG/EG(80/20,w/w)liq.,○ Cellulose EC liq.,◇ White birch wood EC liq.

 以上の結果、木材成分の液化反応では、液化反応条件の違いで生成物の分子種が大きく異なることが示唆された。例えば、反応中間体としてのHMFの生成は、液化物中のフラン骨格の存在を示唆するものである。フラン骨格を持つ樹脂には、耐熱性や耐薬品性が期待されるため、この構造を多く生成する反応条件で調製した液化物からは、これらの高付加価値を持った機能性樹脂が期待できる。また、条件を調整すれば、糖骨格を比較的保持したまま木材を溶解できることも明らかとなった。樹脂を生分解可能なエコマテリアルとするためにも最適な反応条件があると考えられる。このように、これら各々の液化法における反応条件の設定と生成物の分子種との関係を考慮した上で樹脂化することにより、付加価値の高いマテリアルを創製することも可能になると考えられる。

 また、液化反応を促進させる試みにおいて、炭酸エチレン等の環状炭酸類を用いるとセルロースの分解が強度に促進され、高速な液化反応が可能となることを見いだした。生成物はポリオール原料となるので、容易に樹脂化することが可能である。今後この新規の液化法は、低エネルギーでの木質系バイオマス分解法への展開が期待される。

 地球環境保護の面から見ても、木材の液化技術のようなバイオマス有効利用法に関する重要性は、今後ますます増大すると思われる。木材の液化技術を実用化するためには生成物の特性を考慮した上で開発研究を行うことが必要であろう。

審査要旨

 木材を有機溶剤に可溶な物質に変換する技術を慣例的に「木材の液化」と呼ぶ。近年、木材そのものを比較的簡単な方法でほぼ100%液化する技術が開発され、この生成物を原料として成型物、発泡体などが試作されている。本来、液化物を工業原料として有用樹脂を製造するためには、液化生成物の分子種の把握が必要である。しかし、液化物は多種の化合物を含むことなどから、分離同程や反応機構の検討はほとんどなされていない。申請者は、液化物の製品設計指針を得ることを目的とし、液化試薬としてフェノールおよびグリコール類を用い、「高圧法」と「酸触媒法」の二つの液化法により、セルロースおよび木材を液化し、生成物の単離と同定の結果から反応機構を考察し、さらに応用として生成物の樹脂化を検討している。本研究の成果は以下に要約される。

 1.セルロースの高圧法フェノール液化:反応中間体として、5-ヒドロキシメチル-2-フルアルデヒド(HMF)、グルコースおよびオリゴ糖を同定した。これらから、セルロースの分解とグルコースの生成、グルコースからのHMFの生成という一連の反応が水存在下に起きることを明らかにした。生成したHMFは、さらにフェノールと縮合し、フラン環構造を有する架橋高分子化合物を形成することを示した。以上から、この液化物はフラン骨格を有する耐薬品性樹脂の原料となりうることを示唆した。

 2.酸触媒法フェノール液化:反応初期生成物中にはセロオリゴ糖のフェノール配糖体の生成を、完全に液化すると糖骨格を失ったフェノール縮合体の生成を確認した。以上から、完全液化物はフェノール骨格を持つ化合物であり、接着剤などへの展開が可能であること示唆した。

 3.セルロースおよび木材のエチレングリコール(EG)液化:反応中間体としてEGの-D-グルコシドを同定した。また、完全液化物中にEGのレブリン酸エステルを同定した。液化の進行にともないグルコシド含有量が減少することから、糖の分解を示唆した。木材での液化はセルロースの場合よりも迅速であった。ここでも、グルコシドとレブリン酸エステルを単離同定した。

 4.セルロースおよび木材のポリエチレングリコール(PEG)液化:分子量の異なったPEGを用いてセルロースの液化を検討し、分子400のものが速い液化を促し、PEG400/EG混合系で迅速な液化が起こることを見いだした。PEGではモノマーグルコシドに加えてオリゴマーグルコシドを同定した。さらに、完全液化では糖骨格が消失し、レブリン酸エステル類が生成していることを確認した。ここで、反応初期にグルコシド類のような生分解性樹脂原料を調整し得ること示唆した。

 5.環状炭酸類を用いた液化:以上の知見より、酸分解での良溶媒として炭酸エチレン(EC)等の環状炭酸類を推定し、検討した。セルロース液化でECを用いた場合、液化速度はEGの約28倍、PEG/EG混合系の約10倍であった。針葉樹材のEC液化では、リグニンの縮合物が液化残渣として生じ、完全な液化は達成されなかった。しかし、リグニンの縮合抑制のためEGを混合すると高速で完全な液化が行われることを見いだした。EC類は反応中にグリコール型に開環するので、生成物はウレタン樹脂のポリオール原料となりうることを示唆した。

 6.フェノール酸触媒法液化物の樹脂への応用:以上の結果の応用として、新聞故紙を酸触媒フェノール液化し、これから接着剤を調整し、その特性について検討した。フェノール液化により故紙は分解され、反応活性なフェノール核を持つ生成物が得られた。これとホルムアルデヒドを反応させるとメチロール化物を生成し、樹脂の架橋構造形成成分となることを確認した。接着剤は市販フェノール樹脂接着剤に匹敵する性能を有し、バイオマス系接着剤として有望であった。

 以上、本論文は種々の液化反応生成物の分子種の同定およびこれら分子種の経時変下から反応機構を推定し、今後の液化物利用に対する分子設計指針を提唱し、またこれに従い樹脂化の例を示したことで、生物材料科学上学術的にも実用的にも貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク