学位論文要旨



No 113539
著者(漢字) 飯田,敏也
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,トシヤ
標題(和) 酵母Yarrowia lipolyticaのn-アルカン誘導型チトクロームP450遺伝子群に関する研究
標題(洋)
報告番号 113539
報告番号 甲13539
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1898号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 太田,明徳
内容要旨

 アルカン資化性酵母はn-paraffinを原材料とした有機酸、有機アルコール発酵生産などに用いられ、それらのアルカン代謝に関して様々な研究がなされてきた。Yarrowia lipolyticaはその様なアルカン資化性酵母の一つであり、有機酸発酵能の他に強力なタンパク質分泌能などが知られており、産業的に注目されている酵母である。

 当研究室ではアルカン資化性酵母Candida maltosaを用い、アルカンのような脂溶性物質による生物応答メカニズムの解明を試みてきたが、C.maltosaが部分二倍体であり変異株の取得といった遺伝学的解析が困難であることから、その解明が遅れていた。そこで本研究では強力なアルカン資化性を有し、一倍体で遺伝学的解析の可能なY.lipolyticaを研究材料として選択した。酵母によるアルカン代謝の第一段階はチトクロームP450(P450ALK)による酸素添加反応で、Candida属酵母においてP450ALK遺伝子はアルカンによる強い転写誘導を受けることが示されている。本研究ではY.lipolyticaよりP450ALK遺伝子の単離を行ないアルカンにより強い転写誘導が見られるP450ALK遺伝子についてプロモーター解析を行った。またアルカンによる転写制御機構の分子レベルでの解明をめざし、アルカン転写誘導能欠損変異株のスクリーニングを行った。

1.宿主ベクター系の構築

 研究の第一段階としてY.lipolyticaの宿主ベクター系の改良を進めた。宿主にはY.lipolyticaのtype culture由来の株であるY.lipolytica CX161-1B株(ade1)を元に3種のウラシル、ロイシン要求性変異株を作製した(CXAU1株;ade1,ura3、CXAL1株;ade1,leu2、CXALU1株;ade1,leu2,ura3)。また松岡らにより取得されたY.lipolytica ATCC44601株由来のCEN/ARS配列を利用してURA3、LEU2、ADE1をマーカーとするシャトルベクター、コスミドベクターを作製し、それらがY.lipolyticaに安定に導入、保持されることを確認した。

2.アルカン代謝に関わる遺伝子の取得

 Y.lipolyticaよりアルカンによる発現調節を受けていると思われるアルカン酸化酵素をコードするP450ALK遺伝子を取得した。P450ALK遺伝子はいくつかのCandida属酵母よりクローン化されていることから、それらの推定アミノ酸配列を元にして4種類のPCRプライマーをデザインした。Y.lipolyticaの染色体DNAをテンプレートとしてPCRを行なった結果、4種のP450ALK-likeなPCR増幅断片を取得し、それらをプローブとしてY.lipolyticaのコスミドゲノムライブラリーよりlow stringency条件でスクリーニングを行った。得られたpositive cloneよりハイブリダイゼーションによってP450ALKを情報化する領域を限定した。最終的にY.lipolyticaより8種類のP450ALK遺伝子を取得し、各々について塩基配列を決定した。新たにクローン化したP450ALK遺伝子の推定アミノ酸配列は互いに38〜78%の、Candida属酵母由来のものと27〜46%の相同性を示した。P450スーパーファミリーに属するタンパク質はその一次構造の相同性を元に分類されるが、今回単離した8種の遺伝子にコードされるP450をCYP52の新たなサブファミリー(F〜I)に分類した。

 8種のP450ALK遺伝子についてノーザン解析を行ない、その転写制御について解析した。テトラデカン誘導培養菌体よりRNAを調製し、各P450ALK遺伝子の5’-末端側の非相同領域をプローブとしてノーザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、ALK1、2がテトラデカンにより強い転写誘導を受けていることが明らかとなった。ALK3、4、5、6は弱い転写誘導が確認されたがALK7、8は今回試みた条件下では全く転写誘導が見られなかった。アルカンによる転写誘導はグリセロール存在下で抑制された。グルコース存在下でも転写抑制が見られたがその抑制レベルはグリセロールと比較して低かった。

 アルカンによる転写誘導が確認されたP450ALKについて遺伝子破壊を行った。アルカンで強い転写誘導が見られたALK1遺伝子破壊株は長鎖アルカン(hexadecane)の資化性に変化はなかったが短鎖長のアルカン資化性の低下がみられ、特にdecaneの資化性は大幅に低下した。その他のP450ALK遺伝子破壊株ではアルカン資化性に大きな差は見られなかった。ALK1遺伝子に次ぐ高い転写誘導レベルを示すALK2遺伝子とALK3遺伝子についてALK1との二重遺伝子破壊を行った。ALK1-ALK3二重遺伝子破壊株はALK1遺伝子破壊株と比較して特に大きな変化は見られなかったが、ALK1-ALK2二重遺伝子破壊株はdecane、dodecaneの資化性が消失し、hexadecaneの資化性も低下した。この結果より本研究で単離した8種のP450ALK遺伝子にコードされたALKのうちアルカン代謝に大きく関わっているものはALK1とALK2の二種類であることが判明した。特にALK1は短鎖、長鎖を問わずアルカン資化に重要であり、短鎖アルカンの代謝にはこのALK1が主に関わっていること、decane以上の鎖長をもつアルカン代謝にはALK2も関与しその他のP450ALKがhexadecaneなど長鎖アルカン資化に多少ながら関わっていることが示唆された。

 本研究ではP450ALKの機能発現に必須であるP450reductase遺伝子の取得も行なった。P450ALK遺伝子群の取得と同様にPCR法によってP450reductase遺伝子断片をクローン化し、ゲノムライブラリーよりスクリーニング、塩基配列の決定を行った。ノーザン解析の結果P450reductase遺伝子もまたアルカンによる強い転写誘導を受けていた。グリセロール、グルコースはアルカンによる転写誘導を抑制したが、アルカン非存在下でも比較的高い転写レベルを示した。

3.アルカンにより制御される遺伝子のプロモーター領域の解析

 アルカンのような脂溶性物質による遺伝子発現調節は、水溶性物質によるものとはそのメカニズムが大きく異なると考えられる。高等真核生物ではステロイドホルモンなどの脂溶性物質による遺伝子発現調節は核内レセプターと呼ばれる一群の転写因子に脂溶性のリガンドが直接結合し、それらの組み合わせにより転写が活性化されるメカニズムが知られている。未だ明らかとなっていないアルカン資化性酵母におけるアルカンによる転写制御機構の解明を進めるにあたり、アルカンによる転写制御に必要なcis-領域の解明を行った。Y.lipolytica由来のP450ALK遺伝子プロモーター領域についてATG直下流に制限酵素サイトを導入し、その下流に大腸菌由来の-galactosidase遺伝子(lacZ)を融合した。クローニングサイト下流にY.lipolytica由来のXPR2(alkaline extracellular protease)遺伝子ターミネーター領域を連結したシャトルベクターであるpSUT4にクローン化し、Y.lipolytica CXAU1株を形質転換した。形質転換株を各種炭素源による誘導培養後細胞破砕し、LacZ活性を測定した。その結果8種のP450ALKプロモーターの中でALK1プロモーターがアルカンにより最も高い転写レベルを示すことを確認した。ALK1プロモーターは脂肪酸による転写誘導はほとんど見られなかったがALK3、ALK5プロモーターは脂肪酸による有意な転写誘導が見られた。ノーザン解析で転写誘導が確認されなかったALK7、8に関してはやはりアルカン、脂肪酸による転写誘導は確認できなかった。

 アルカンで最も強い転写誘導が見られたALK1プロモーターについてアルカン特異的レスポンスに関わるcis-領域の限定を行った。ALK1プロモーターを上流側から段階的に欠失しそれらについて転写誘導レベルを調べた結果、-379から-304bp間の欠失により大きなアルカン転写誘導レベルの低下が見られた。この領域を含む103bpを4コピー並べた組み換え体では1コピー時の約4倍の転写誘導活性を示したことからこの領域をYlARR1(Alkane responsive region)とした。YlARR1中の欠失プロモーターによる解析の結果、CAGCATGTGの9bpを削ることで大きな転写誘導レベルの低下が見られ、YlARR1下流側に存在するCGGGTGTAA(S.cerevisiaeのオレイン酸応答配列様のエレメント)を含む領域の欠損で転写レベルが更に低下した。そこでCAGCATGTG配列に部位特異的変異を導入した変異プロモーターを作製しその転写誘導レベルを調べたところ、そのレベルは大きく低下したことから、この配列をARE1(alkane responsive element 1)とした。CGG配列に部位特異的変異を導入した変異プロモーターは転写レベルの低下を引き起こさなかった。ARE1とその下流域を含む21bpをALK1コアプロモーター(-297bpまで)に連結した組み換えプロモーターではごく弱い転写誘導しか見られず、ARE1の9bp下流にCGG配列を連結したものでも同様であった。この結果は、ALK1プロモーターにおけるアルカンによる転写誘導にはCATGTG配列とその下流66bp中のいずれかのエレメントが協調して機能していることを示唆した。

4.Y.lipolyticaのアルカン誘導能欠損変異株の取得

 Y.lipolyticaよりALK1プロモーターの転写誘導能欠損変異株のスクリーニングを行った。ALK1遺伝子破壊株のdecane資化性がほぼ消失することに注目し、ALK1プロモーターの転写誘導に至るまでのシグナル伝達に関わる因子の変異株がやはりdecane資化性が低下すると仮定して、まずY.lipolyticaよりdecane資化能欠損変異株を取得した。アルカンの細胞内への取り込み能の欠損変異株、アルカノール以降の代謝系の変異株を除去する目的で、decane-、hexadecane+株を更に選択した。それらの変異株にALK1プロモーターとlacZ遺伝子の融合組み換え体を導入し転写誘導が起こらないこと、ALK1遺伝子全領域を導入することによりdecane資化性が相補されないことを確認した。現在これらの変異株を解析中であるが、転写因子を含めたアルカンの取り込みから転写誘導に至るまでの何らかの因子の取得が期待される。

5.Y.lipolyticaのP450ALKのSaccharomyces cerevisiaeにおける高発現

 8種のY.lipolytica由来のP450ALKのS.cerevisiaeにおける高発現を試みた。各P450ALK遺伝子のATG直上流に制限酵素サイトを導入し、ORF領域をS.cerevisiaeのGAL1プロモーター支配下に連結後S.cerevisiae Y PH500株に導入した。ガラクトースによる発現誘導後CO-還元差スペクトルを測定したところ、8種のP450ALKのうちはっきりと発現が確認されたものはALK2、3、7であり、その他のP450ALKについては非常に弱いか全く見られなかった。ALK発現株の粗酵素溶液を調製しC.maltosaのP450Cm1抗体によるウエスタン解析を行った結果、約60kDaの分子量に相当する部位にシグナルを確認した。

 P450ALKのS.cerevisiaeでの高発現はC.maltosaのもので成功している。Y.lipolytica由来のP450ALKの高発現が見られなかった理由として、Y.lipolyticaがS.cerevisiaeやC.maltosaと比較してGC含量が高くコドン利用率も大きく異なっていることが考えらる。高発現を行う宿主について更に検討する必要があると思われる。またP450ALKのN-末端の膜結合ドメインの構造がC.maltosaのものとは若干異なることからその局在性に問題が生じている可能性も考えられる。高発現株のミクロソームの分画を行いP450Cm1抗体によりその局在性を確認する必要があろう。

6.まとめ

 本研究の結果Y.lipolyticaのP450ALKは少なくとも8種の遺伝子より構成される多重遺伝子族として存在していることを明らかにした。そのうちアルカン資化に主に関わっているものはわずか2種類でその他のP450ALKの機能について興味がもたれる。P450ALKの高発現を行ない基質特異性を調べていくことで何らかの示唆が得られるであろう。また本研究で取得したアルカン資化能欠損変異株の解析を進めることで、アルカンのような疎水性物質による転写制御機構の全貌を明らかにすることができると期待される。

審査要旨

 アルカン資化性酵母はn-paraffinを原材料とした有機酸、有機アルコール発酵生産などに用いられ、それらのアルカン代謝に関して様々な研究がなされてきた。Yarrowia lipolyticaはその様なアルカン資化性酵母の一つであり、有機酸発酵能の他に強力なタンパク質分泌能などが知られており、産業的に注目されている酵母である。当研究室ではアルカン資化性酵母Candida maltosaを用い、アルカンのような脂溶性物質による生物応答メカニズムの解明を試みてきたが、C.maltosaが部分二倍体であり変異株の取得といった遺伝学的解析が困難であることから、その解明が遅れていた。そこで本研究では、強力なアルカン資化性を有し、一倍体で遺伝学的解析の可能なY.lipolyticaを研究材料として選択した。酵母によるアルカン代謝の第一段階はチトクロームP450(P450ALK)による酸素添加反応で、Candida属酵母においてP450ALK遺伝子はアルカンによる強い転写誘導を受けることが示されている。本研究ではY.lipolyticaよりP450ALK遺伝子の単離を行ない、アルカンにより強い転写誘導が見られるP450ALK遺伝子についてプロモーター解析を行った。またアルカンによる転写制御機構の分子レベルでの解明を目指し、アルカン転写誘導能欠損変異株のスクリーニングを行った。

1.宿主ベクター系の構築

 研究の第一段階としてY.lipolyticaの宿主ベクター系の改良を進めた。宿主にはY.lipolyticaのtype culture由来の株であるY.lipolytica CX161-1B株(ade1)を元に3種のウラシル、ロイシン要求性変異株を作製した(CXAU1株;ade1,ura3、CXAL1株;ade1,leu2、CXALU1株;ade1,leu2,ura3)。また松岡らにより取得されたY.lipolytica ATCC44601株由来のCEN/ARS配列を利用してURA3、LEU2、ADE1をマーカーとするシャトルベクター、コスミドベクターを作製し、それらがY.lipolyticaに安定に導入、保持されることを確認した。

2.アルカン代謝に関わる遺伝子の取得

 Y.lipolyticaよりアルカンによる発現調節を受けていると思われるアルカン酸化酵素をコードするP450ALK遺伝子を取得した。P450ALK遺伝子はいくつかのCandida属酵母よりクローン化されていることから、それらの推定アミノ酸配列を元にして4種類のPCRプライマーをデザインした。Y.lipolyticaの染色体DNAをテンプレートとしてPCRを行なった結果、4種のP450ALK-likeなPCR増幅断片を取得し、それらをプローブとしてY.lipolyticaのコスミドゲノムライブラリーよりlow stringency条件でスクリーニングを行った。最終的にY.lipolyticaより8種類のP450ALK遺伝子を取得し、各々について塩基配列を決定した。新たにクローン化したP450ALK遺伝子の推定アミノ酸配列は互いに38〜78%の、Candida属酵母由来のものと27〜46%の相同性を示した。今回単離した8種の遺伝子にコードされるP450をCYP52の新たなサブファミリー(F〜J)に分類した。

 8種のP450ALK遺伝子についてノーザン解析を行ない、その転写制御について解析した。その結果、ALK1、2がテトラデカンにより強い転写誘導を受けていることが明らかとなった。ALK3、4、5、6は弱い転写誘導が確認されたがALK7、8は今回試みた条件下では全く転写が見られなかった。アルカンによる転写誘導はグリセロール存在下ではほぼ完全に抑制された。

 アルカンによる転写誘導が確認されたP450ALKについて遺伝子破壊を行った。アルカンで強い転写誘導が見られたALK1遺伝子破壊株は、長鎖アルカン(hexadecane)の資化能に変化はなかったが、短鎖長のアルカン資化能の低下がみられ、特にdecaneの資化能は大幅に低下した。その他のP450ALK遺伝子破壊株ではアルカン資化能に大きな差は見られなかった。ALK1遺伝子に次ぐ高い転写誘導レベルを示すALK2とALK3について、ALK1との二重遺伝子破壊を行ったところ、ALK1-ALK2二重遺伝子破壊株はdecane、dodecaneの資化性が消失し、hexadecaneの資化性も低下した。この結果より、本研究で単離した8種のP450ALK遺伝子にコードされたALKのうち、アルカン代謝に大きく関わっているものはALK1とALK2の二種類であることが判明した。特にALK1は短鎖、長鎖を問わずアルカン資化に重要であり、短鎖アルカンの代謝にはこのALK1が主に関わっていること、decane以上の鎖長をもつアルカン代謝にはALK2も関与し、その他のP450ALKがhexadecaneなど長鎖アルカン資化に多少ながら関わっていることが示唆された。

 また、本研究ではP450ALKの機能発現に必須であるP450reductase遺伝子の取得と塩基配列の決定も行ない、ノーザン解析により、P450reductase遺伝子もまたアルカンによる強い転写誘導とグリセロールによる転写抑制を受けることを示した。

3.アルカンにより制御される遺伝子のプロモーター領域の解析

 アルカンのような脂溶性物質による遺伝子発現調節は、水溶性物質によるものとはそのメカニズムが大きく異なると考えられる。未だ明らかとなっていないアルカン資化性酵母におけるアルカンによる転写制御機構の解明を進めるにあたり、アルカンによる転写制御に必要なcis-領域の解明を行った。Y.lipolytica由来のP450ALK遺伝子プロモーター領域について、ATG直下流に制限酵素サイトを導入し、その下流に大腸菌由来の-galactosidase遺伝子(lacZ)を融合した。各種炭素源による誘導培養後、LacZ活性を測定した結果、8種のP450ALKプロモーターの中でALK1プロモーターがアルカンにより最も高い転写レベルを示すことを確認した。ALK3、ALK5プロモーターは脂肪酸による有意な転写誘導が見られた。ノーザン解析で転写誘導が確認されなかったALK7、8に関してはやはりアルカン、脂肪酸による転写誘導は確認できなかった。

 アルカンで最も強い転写誘導が見られたALK1プロモーターについて、アルカン特異的レスポンスに関わるcis-領域の限定を行った。ALK1プロモーターを上流側から段階的に欠失し、それらについて転写誘導レベルを調べ、アルカン応答に必要な領域(Alkane responsive region;YlARR1)を、-379〜-304bp間に限定した。YlARR1塩基配列中のCATGTG配列に塩基置換を導入したプロモーターでは、アルカンによる転写誘導レベルは大きく低下したことから、この配列をARE1(alkane responsive element 1)とした。しかし、ARE1とその下流域を含む21bpをALK1コアプロモーター(-297bpまで)に連結した組み換えプロモーターでは転写誘導は見られなかった。この結果は、ALK1プロモーターにおけるアルカンによる転写誘導にはCATGTG配列とその下流66bp中のいずれかのエレメントが協調して機能していることを示唆した。

4.Y.lipolyticaのアルカン誘導能欠損変異株の取得

 Y.lipolyticaよりALK1プロモーターの転写誘導能欠損変異株のスクリーニングを行った。ALK1遺伝子破壊株のdecane資化性がほぼ消失することに注目し、ALK1プロモーターの転写誘導に至るまでのシグナル伝達に関わる因子の変異株がやはりdecane資化性が低下すると仮定して、まずY.-lipolyticaよりdecane資化能欠損変異株を取得した。アルカンの細胞内への取り込み能の欠損変異株、アルカノール以降の代謝系の変異株を除去する目的で、decane-、hexadecane株を更に選択した。それらの変異株にALK1プロモーターとlacZ遺伝子の融合組み換え体を導入し転写誘導が起こらないことを確認した。そのような変異株を10株得た。現在そのうちの一株よりdecane資化性を相補する遺伝子を取得し、解析している。

5.Y.lipolyticaのP450ALKのSaccharomyces cerevisiaeにおける高発現

 8種のY.lipolytica由来のP450ALKのS.cerevisiaeにおける高発現を試みた。各P450ALK遺伝子のATG直上流に制限酵素サイトを導入し、ORF領域をS.cerevisiaeのGAL1プロモーター支配下に連結後、S.cerevisiae YPH500株に導入した。低速度振とう条件下でガラクトースによる発現誘導を行い、CO-還元差スペクトルを測定したところ、8種のP450ALKのうちはっきりと発現が確認されたものはALK2、3、5、7であり、その他のP450ALKについては非常に弱いか全く見られなかった。P450ALK発現株のミクロソームを単離し、C.moltosaのP450Cml抗体によるウエスタン解析を行った結果、約60kDaの分子量に相当する部位にシグナルを確認した。Y.lipolytica由来のP450ALKの高発現が見られなかった理由として、Y.lipolyticaがS.cerevisiaeやC.moltosaと比較してGC含量が高くコドン利用率も大きく異なっていることが考えらる。高発現を行う宿主について更に検討する必要があると思われる。またP450ALKのN-末端の膜結合ドメインの構造がC.moltosaのものとは若干異なることから、その局在性に問題が生じている可能性も考えられる。高発現株のミクロソームの分画を行いP450Cml抗体によりその局在性を確認する必要があろう。

6.まとめ

 本研究の結果Y.lipolyticaのP450ALKは少なくとも8種の遺伝子より構成される多重遺伝子族として存在していることを明らかにした。そのうちアルカン資化に主に関わっているものはわずか2種類で、その他のP450ALKの機能について興味がもたれる。P450ALKの高発現を行ない基質特異性を調べていくことで、何らかの示唆が得られるであろう。また本研究で取得したdecane資化能欠損変異株の解析を進めることで、アルカンのような疎水性物質による転写制御機構の全貌を明らかにすることができると期待される。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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