学位論文要旨



No 113540
著者(漢字) 梅林,恭平
著者(英字)
著者(カナ) ウメバヤシ,キョウヘイ
標題(和) 酵母小胞体における異常分泌蛋白質の除去機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 113540
報告番号 甲13540
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1899号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 太田,明徳
内容要旨

 真核細胞におけるタンパク質の分泌は、細胞内に膜で区切られて存在するオルガネラ間の輸送により行われる。分泌タンパク質は最初に通過するオルガネラである小胞体の内腔でフォールディングを行うが、小胞体にはフォールディングを促進するために多くの種類の分子シャペロンが局在している。さらに小胞体には分泌タンパク質の品質管理を行う、すなわち正しくフォールディングしたタンパク質とそうでないタンパク質とを識別して前者をゴルジ体へ輸送する一方で後者を小胞体に残留させて分解する機能が備わっていることが知られている。変異が導入された分泌タンパク質や宿主とは異なる生物由来の分泌タンパク質が小胞体に残留する例は多く報告されており、小胞体の品質管理を通過できなかったためであると考えられる。正しくフォールディングしていない分泌タンパク質の小胞体への残留については、小胞体に局在する分子シャペロンとの長期の結合に原因があるとする説が有力であるが、小胞体でのタンパク質分解の機構については不明な点が多く残されていた。

 当研究室で糸状菌Rhizopus niveusより単離された菌体外アスパルティックプロテイナーゼIは出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを宿主とした系で効率よく分泌生産され1)、この際にはN末端側に存在するプロ配列がフォールディングを促進していることが示されている2)。その後の研究から、プロ配列全領域を欠失させた改変体であるproは分泌されず小胞体に残留して分解を受けることが明らかとなった3)。本研究では、S.cerevisiaeでproを発現させる系を用い、小胞体での異常タンパク質の分解について遺伝学的、生化学的、および細胞生物学的に解析を行った。

1.酵母小胞体で形成される異常分泌タンパク質の凝集体(pro凝集体)についての解析4)

 小胞体に正しくフォールディングしていないタンパク質が蓄積するとunfolded protein response(UPR)と呼ばれる現象が起こり、BiP等の小胞体に局在するシャペロンの合成が亢進されることが知られている。proを酵母野生型株で大量発現させるとBiPの合成が増加することがノーザン解析とウエスタン解析から明らかとなり、proは酵母小胞体で正しくフォールディングしていないタンパク質として認識されていることが示された。次にproとシャペロンとの結合をショ糖密度勾配遠心を行って調べたところ、proは小胞体で巨大な凝集体を形成しており、この凝集体(pro凝集体)にはBiPが含まれていることが明らかになった。proを大量発現させた細胞を電子顕微鏡で観察すると、小胞体由来の膜が増殖して新たに形成された膜構造体が認められた。この膜構造体内腔には電子密度の濃い物質が観察され、免疫電顕観察の結果からこの物質がpro凝集体を表していることが示された。proの大量発現によっても細胞の生育はあまり低下せず、液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)が小胞体でフォールディングを行って液胞へ輸送される速度はproを発現しない細胞と大量発現させた細胞との間で差は認められなかった。従って、巨大なタンパク質凝集体が蓄積してもタンパク質のフォールディングおよび分泌に対する小胞体の機能は正常に維持されると考えられた。

2.pro凝集体の蓄積に対する酵母小胞体の機能維持機構についての解析

 UPRは小胞体膜に局在するIre1タンパク質に依存して起こることが知られている。IRE1遺伝子を破壊した株(ire1株)でproを大量発現させると生育が停止したことから、UPRはpro凝集体が小胞体に蓄積した際の生育に必要であることが明らかになった。UPRにより誘導される小胞体シャペロンは現在のところ6種類知られているが、このうちBiPをコードするKAR2遺伝子を単コピーあるいは多コピーでire1株に導入するとproを大量発現させたときの生育が回復した。1.で述べたが一部のBiPは不溶性のpro凝集体に取り込まれており、しかもUPRが起こらないire1株ではBiPの量が増えない。そこで生育が停止した原因として、小胞体内腔で機能できるBiPの量が減りタンパク質のフォールディングに欠陥が生じると考えた。この仮説を検証するためにBiPに依存してフォールディングを行うことが示されているCPYについて調べたところ、ire1株でproを大量発現させると1.で述べた野生型株とは対照的に、CPYは小胞体で正しくフォールディングを行っておらず液胞への輸送が認められなかった。以上の結果から、小胞体にpro凝集体が蓄積した際の細胞の生育にはUPRによる小胞体シャペロン、特にBiPの増加が必要であることが明らかになった。

3.酵母小胞体におけるproの分解機構についての解析3-1.細胞質のタンパク質分解系の関与についての検討

 小胞体で正しくフォールディングを行えず、細胞質へ輸送されてプロテアソームにより分解される異常分泌タンパク質の例が最近報告されている。そこで、proがこの経路で分解されているかどうかを検討した。MG132はプロテアソームのタンパク質分解活性を効果的に阻害する薬剤として知られており、200Mの濃度でプロテアソームのモデル基質である-ガラクトシダーゼ改変体の分解を完全に阻害した。しかし、同じ条件下ではproの分解は阻害されなかった。また、CPYの変異型タンパク質であるCPY*は小胞体から細胞質へと輸送されてプロテアソームで分解され、その細胞質への輸送には小胞体膜に局在するDer1タンパク質の関与が示唆されている。DER1遺伝子を破壊した株ではCPY*の顕著な蓄積が認められたが、proの蓄積および分解は野生型株と変わらなかった。以上の結果から、小胞体にはプロテアソームに依存しないタンパク質分解経路が存在することが示された。

3-2.proの分解に欠陥を示す変異株の単離と解析

 proの分解機構を明らかにするために、proの分解に欠陥を示す変異株の単離を試みた。proを発現させた野生型株について変異原処理を行った後に生育してきたコロニーをニトロセルロースメンブレンに付着させ、クロロホルム蒸気にあてて溶菌させてから菌体内のproをイムノブロッティングにより検出した。約80,000株をスクリーニングした結果、野生型株よりもproの蓄積量が増加したと考えられる変異株を8株単離した。このうち少なくとも1株についてはパルス-チェイス実験でproの分解が遅くなっていること、変異が劣性で1遺伝子に起因すること、が示されたのでedd1(ER degradation defective)変異株と命名した。edd1変異株においてもproを大量発現させるとUPRおよび小胞体膜の増殖が認められた。従って、EDD1遺伝子産物は小胞体への異常タンパク質の蓄積に対する応答ではなく、むしろproの分解そのものの過程で機能していると考えられた。

3-3.EDD1遺伝子のクローニング

 edd1として当初単離した変異株はガラクトースを炭素源とする培地での生育に高温感受性を示したが、その後の解析からこれはedd1変異とは異なる1遺伝子の劣性変異によって起こったことが明らかになり、この変異をtsg1(temperature sensitive in galactose)と命名した。遺伝学的解析からEDD1とTSG1遺伝子座は同じ染色体上で非常に近接している(2.4センチモルガン)ことが明らかになったので、まずTSG1のクローニングを試みた。プラスミドバンクを用いたクローニング法ではTSG1を得ることは出来なかったが、遺伝子座のマッピングと相補性試験の結果から、TSG1は第15番染色体左腕に位置するIRA2(inhibitory regulator of Ras)と同一であることが明らかとなった。IRA2は約3,000アミノ酸からなる巨大なタンパク質をコードし、遺伝子として機能する領域は約10-kbにもおよぶので、ゲノムを約10〜20-kbの長さに切断したプラスミドバンク中にはIRA2全長は含まれていなかったと考えられる。現在、IRA2に隣接したゲノム領域中でEDD1の同定を試みている。

4.まとめ

 本研究によりproが酵母小胞体で巨大な凝集体を形成することが示され、pro凝集体が蓄積した際の小胞体の機能および細胞の生育の維持には小胞体シャペロンであるBiPの増加が必要であることが明らかになった。さらに、proは既知のプロテアソームに依存した経路とは異なる経路で分解されていることが明らかとなり、proの分解に欠陥を示すedd1変異株を単離した。今後、EDD1遺伝子のクローニングを行って遺伝子産物の機能を解析することにより、小胞体におけるタンパク質分解について新たな知見が得られることが期待される。

1)Horiuchi,H.,Ashikari,T.,Amachi,T.,Yoshizumi,H.,Takagi,M.,and Yano,K.Agric.Biol.Chem.54,1771-1779(1990)2)Fukuda,R.,Horiuchi,H.,Ohta,A.,and Takagi,M.J.Biol.Chem.269,9556-9561(1994)3)Fukuda,R.,Umebayashi,K.,Horiuchi,H.,Ohta,A.,and Takagi,M.J.Biol.Chem.271,14252-14255(1996)4)Umebayashi,K.,Hirata,A.,Fukuda,R.,Horiuchi,H.,Ohta,A.,and Takagi,M.YEAST 13,1009-1020(1997)
審査要旨

 真核細胞において、小胞体は分泌タンパク質が最初に通過するオルガネラであり、分泌タンパク質のフォールディングが行われる。フォールディングを促進するために多くの種類の分子シャペロンが小胞体に局在している。小胞体は分泌タンパク質の品質管理を行うことが知られている。すなわち、正しくフォールディングしたタンパク質とそうでないタンパク質とは識別され、前者はゴルジ体へ輸送されるが、後者は小胞体に残留させられて分解を受ける。しかし、小胞体でのタンパク質分解の機構についてはプロテアーゼの同定などを含め、未解決の問題が多く残されている。

 当研究室で糸状菌Rhizopus niveusより単離された菌体外アスパルティックプロテイナーゼIは出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを宿主とした系で効率よく分泌生産され、この際にはN末端側に存在するプロ配列がフォールディングを促進していることが示されている。その後の研究から、プロ配列全領域を欠失させた改変体であるproは分泌されず、小胞体に残留して分解を受けることが明らかとなった。本研究では、S.cerevisiaeでproを発現させる系を用い、小胞体での異常タンパク質の分解について遺伝学的、生化学的、および細胞生物学的に解析を行った。

1.酵母小胞体で形成される異常分泌タンパク質の凝集体(pro凝集体)についての解析

 小胞体に正しくフォールディングしていないタンパク質が蓄積するとunfolded protein response(UPR)と呼ばれる現象が起こり、BiP等の小胞体に局在するシャペロンの合成が亢進されることが知られている。proを酵母野生型株で大量発現させるとBiPの合成が増加することが明らかになり、proは酵母小胞体で正しくフォールディングしていないタンパク質として認識されていることが示された。次にproとシャペロンとの結合を調べたところ、proは小胞体で巨大な凝集体を形成しており、この凝集体(pro凝集体)にはBiPが含まれていることが明らかになった。proを大量発現させた細胞を電子顕微鏡で観察すると、小胞体由来の膜が増殖して新たに形成された膜構造体が認められた。この膜構造体内腔にはpro凝集体を表している電子密度の濃い物質が観察された。pro凝集体が小胞体に畜積しても細胞の生育はあまり低下せず、液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)が小胞体でフォールディングを行って液胞へ輸送される速度に影響はなかった。従って、巨大なタンパク質凝集体が畜積しても、タンパク質のフォールディングおよび分泌に対する小胞体の機能は正常に維持されると考えられた。

2.pro凝集体の蓄積に対する酵母小胞体の機能維持機構についての解析

 UPRは小胞体膜に局在するIre1タンパク質に依存して起こることが知られている。IRE1遺伝子を破壊した株(ire1株)でproを大量発現させると生育が停止したことから、UPRはpro凝集体が小胞体に畜積した際の生育に必要であることが明らかになった。UPRにより誘導される6種類の小胞体シャペロンのうち、BiPをコードするKAR2遺伝子を単コピーあるいは多コピーでire1株に導入するとproを大量発現させたときの生育が回復した。1.で述べたが一部のBiPはpro凝集体に取り込まれており、しかもUPRが起こらないire1株ではBiPの量が増えない。そこで生育が停止した原因として、小胞体内腔で機能できるBiPの量が減りタンパク質のフォールディングに欠陥が生じたことを考えた。これを検証するためにBiPに依存してフォールディングを行うことが示されているCPYについて調べたところ、ire1株でproを大量発現させると1.で述べた野生型株とは対照的に、CPYは小胞体で正しくフォールディングを行っておらず液胞への輸送は認められなかった。以上の結果から、小胞体にpro凝集体が畜積した際の細胞の生育にはUPRによる小胞体シャペロン、特にBiPの増加が必要であることが明らかになった。

3.酵母小胞体におけるproの分解機構についての解析3-1.細胞質のタンパク質分解系の関与についての検討

 小胞体の異常分泌タンパク質を細胞質へ輸送してプロテアソームにより分解する経路が最近報告された。そこで、proがこの経路で分解されているかどうかを検討した。プロテアソームの効果的な阻害剤であるMG132は、200Mの濃度でプロテアソームのモデル基質である-ガラクトシダーゼ改変体の分解を完全に阻害した。しかし、同じ条件下ではproの分解は阻害されなかった。また、CPYの変異型タンパク質であるCPY*は小胞体から細胞質へと輸送されるが、この輸送には小胞体膜に局在するDer1タンパク質の関与が示唆されている。DER1遺伝子を破壊した株ではCPY*の顕著な蓄積が認められたが、proの蓄積および分解は野生型株と変わらなかった。以上の結果から、小胞体にはプロテアソームに依存しないタンパク質分解経路が存在することが示された。

3-2.proの分解に欠陥を示す変異株の単離と解析

 proの分解機構を明らかにするために、proの分解に欠陥を示す変異株の単離を試みた。変異原処理を行った約80,000株をスクリーニングした結果、proの細胞内での蓄積量が野生型株よりも増加したと考えられる8株を単離した。このうち少なくとも1株についてはパルス・チェイス実験でproの分解が遅くなっていること、変異が劣性で1遺伝子に起因すること、が示されたのでedd1(ER degradation defective)変異株と命名した。edd1変異株においてもproを大量発現させるとUPRおよび小胞体膜の増殖が認められた。従って、EDD1遺伝子産物は小胞体への異常タンパク質の蓄積に対する応答ではなく、むしろproの分解そのものの過程で機能していると考えられた。

3-3.EDD1遺伝子のクローニング

 edd1として当初単離した変異株はガラクトースを炭素源とする培地での生育に高温感受性を示したが、その後の解析からこれはedd1変異とは異なる1遺伝子の劣性変異によって起こったことが明らかになり、この変異をtsg1(temperature sensitive in galactose)と命名した。遺伝学的解析からEDD1とTSG1遺伝子座は同じ染色体上で非常に近接している(2.4センチモルガン)ことが明らかになったので、まずTSG1のクローニングを試みた。遺伝子座のマッピングと相補性試験の結果から、TSG1は第15番染色体左腕に位置するIRA2(inhibitory regulator of Ras)と同一であることが明らかとなった。現在、IRA2に隣接したゲノム領域中でEDD1の同定を試みている。

4.まとめ

 本研究によりproが酵母小胞体で巨大な凝集体を形成することが示され、pro凝集体が蓄積した際の小胞体の機能および細胞の生育の維持には小胞体シャペロンであるBiPの増加が必要であることが明らかになった。さらに、proは既知のプロテアソームに依存した経路とは異なる経路で分解されていることが明らかとなり、proの分解に欠陥を示すedd1変異株を単離した。今後、EDD1遺伝子のクローニングを行って遺伝子産物の機能を解析することにより、小胞体におけるタンパク質分解について新たな知見が得られることが期待される。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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