本論文は、大腸菌の殺菌タンパク質であるコリシンE6のRNaseドメイン(E6-CRD)とそのインヒビターImmE6からなるE6-CRD/ImmE6複合体を対象に、NMRによる構造解析を行ったものであり、序章及び本論六章からなっている。 序章には本論文の背景となる知見及び、本論文において解明を目指した事柄について記述している。 第一章では、E6-CRD/ImmE6複合体を、少ない手順で高度に精製する方法を確立して精製した。また、それぞれのサブユニットへの尿素による分離とその後のリフォールディングは、"カラムリフォールディング"、"グラジェント透析法"という手法により達成しているが、この方法は他のタンパク質への応用が可能であり、利用価値が高いものである。 第二章では、E6-CRD、E3-CRD、E6、E3、ImmE3、ImmE6の六種のタンパク質を高度に精製し、様々な組み合わせで結合特性についてnative PAGEにより検討した。コリシンとImmの結合特異性がCRDとImm間において顕著であることを、本論文で初めて明らかにするとともに、この事実と過去の分子生物学的なデータを基に、新たなモデルを提唱している。 第三章では、E6-CRDの高次構造をNMRにより決定した。E6-CRDはRNase活性を示すが既報のRNaseと相同性が無く、本章の解析結果は新規RNase構造ファミリーを提唱するものである。過去に分子生物学的研究により推定されていたE6-CRDの活性中心候補E508、D510、H513、E517について立体配置を解明し、その妥当性について論じている。また分子表面の表面荷電などの検討から新たな活性中心候補R545を推定している。 第四章では、ImmE6のNMRによる高次構造解析について論じている。ImmE6は相同性の高いタンパク質であるE6とE3を識別するが、この分子識別に重要であると過去に同定された"特異性決定基"同士が互いに相互作用する事を初めて明らかにしている。また、ImmE3の構造と比較検討し、僅かのアミノ酸の違いが立体構造に大きく影響を与える可能性を示唆している。 第五章では、E6-CRD/ImmE6複合体の主鎖のシグナルを帰属し、遊離の状態のE6-CRD、ImmE6の帰属結果からchemical shift perturbationを求めて相互作用領域を明らかにし、両サブユニットの特異性決定基近傍と、E6-CRDの活性中心近傍に大きなperturbationが見られる事を、前二章で解明した立体構造上に示している。タンパク質同士の結合によるchemical shift perturbationが双方の立体構造上に完全に示されたこと、そして相互作用面がいずれのサブユニットについてもループ領域とその付け根であったことは、蛋白質間相互作用を考える上で非常に興味深い知見である。 また、分子間相互作用の直接観測を行い、ImmE6の特異性決定基であるW47の側鎖とE6の特異性決定基であるA496の側鎖との相互作用を示している。分子生物学的に追究された特異性決定基同士が直接に相互作用している事が原子レベルで解明されたことは、分子認識の原子レベルでの解釈に新たな知見を加えた点で有意義である。更に、原子間距離の検討から、E6-CRDの活性中心の一つH513と相互作用するのはImmE6のD10近傍ではないかと予想しており、これは更なる研究に指針を与えるものである。第六章は総合討論と考察である。 以上、本論文では、他に相同性の高い蛋白質が存在しないE6-CRDとImmE6の構造を明らかにし、蛋白質間の相互作用を原子レベルで検討するための構造生物学的基礎を築いた。さらに、両タンパク質の複合体の解析結果を基に、長年の研究課題であつた"特異性決定基"と"活性中心"に構造生物学的な知見を加え、直接の相互作用の存在などを解明した事は、コリシン研究において意義があるだけでなく、より一般に水溶液中における蛋白質間相互作用の数少ない解析例として学術的にも意義ぶかいものである。 よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |