学位論文要旨



No 113544
著者(漢字) 尾仲,宏康
著者(英字)
著者(カナ) オナカ,ヒロヤス
標題(和) 放線菌の二次代謝・形態分化を制御するA-ファクターレセプターに関する研究
標題(洋)
報告番号 113544
報告番号 甲13544
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1903号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨

 各種の生理活性物質生産菌として工業的に重要な放線菌は、同時に複雑な形態分化をも行う極めて興味深い性質を持つ原核生物である。胞子から発芽した放線菌は固体培地上で菌糸状に基底菌糸を形成し、ある時期を境にして空中に向かって気中菌糸を伸ばし、その先端に単核の連鎖状の胞子を着生する。放線菌の形態分化は真核生物であるカビに酷似しており、進化的にも原核生物の最先端に位置しているものと考えられる。Streptomyces griseusにおいてはこの二大特徴、抗生物質ストレプトマイシン(Sm)生産と複雑な形態分化が、自身が生産する低分子化学調節物質、A-ファクターによって超微量(10-9M)で制御されている。A-ファクターはその特異的受容体蛋白であるA-ファクターレセプター(ArpA)と菌体内で共同で二次代謝、形態分化を制御している。本研究はこのArpAを中心にその信号制御メカニズムの解明を目指したものである。

1、A-ファクターレセプターの精製及び遺伝子クローニング1)

 ArpAを、3HラベルしたA-ファクターとの結合を指標として、硫安沈殿及びDEAE、MonoQ、ゲル濾過、ヘパリンアフィニティー、フェニルスパロースの各カラムクロマトグラフィーで精製し、N末端と内部のアミノ酸配列を決定した。さらに、この配列を基に遺伝子(arpA)のクローニングに成功した。ArpAは276アミノ酸からなり、分子量29kDaでN末端側に、Helix-Turn-Helix(HTH)モチーフのDNA結合配列を有することから、DNA結合蛋白質であることが示唆された。また、T7ポリメラーゼ発現系を用いてArpAの発現を行い、A-ファクター特異的結合活性を確認した。

2、arpA変異株の解析2)

 これまでにA-ファクター欠損のために胞子形成、Sm生産をしない変異株、S.griseus HH1、を出発株としてSm生産、胞子形成を回復する変異株を2つ取得した。このうちKM7株はその粗抽出液にA-ファクター結合活性が見られないことからarpA変異株であることが予想された。クローニングしたarpAをプラスミドで導入するとSm生産、胞子形成は抑制され、出発株と同じ形質に戻ったことからKM7株はArpA欠損変異株であることが明らかになった。したがって、ArpAはこれらの形質に対して負の、つまりリプレッサーとして機能することが示された。またもう一つの変異株であるHO1株はA-ファクター結合活性が見られArpAが発現していたが、arpAを導入すると出発株の形質に戻った。このことよりHO1株のarpAに点変異が入っていることが予想されたため、HO1株のarpAをクローニングし変異点を決定した。結果は115番目のプロリンがセリンに変異しているものであり、これにより、P115SArpAはA-ファクター結合能を維持したまま、DNA結合能のみを失った変異レセプターとなり、A-ファクターシグナルを伝達できないことが明らかになった。さらにこの変異蛋白はArpAがDNAとA-ファクター結合部位がそれぞれ独立したドメイン構造を取っていることも示している。

3、ArpAのDNA結合能について3)

 ArpAはそのアミノ酸配列よりDNA結合蛋白であると予想されたため、ArpAのDNA結合能について合成ミックスプローブを用いてin vitroでの解析を行った。

 ArpA蛋白と24bpのランダム領域を持つ合成オリゴDNAを混合した後、ArpA抗体を使って免疫沈殿を行い、ArpAと共沈してくるDNAを回収しPCRを用いて増幅するという方法で、ArpAと特異的に結合するDNAを取得した。取得したDNAを詳細に解析した結果、この配列は22bpのパリンドローム構造をとっており、片側半分の結合コンセンサス配列は5’-GG(T/C)CGGT(A/T)(T/C)G(T/G)-3’であることが明らかになった。またArpAとDNAとの複合体は微量のA-ファクターの添加によって速やかに解離すること、A-ファクターの存在時にはArpAとDNAとの結合は阻害されることも明らかになった。以上の結果、ArpAはS.griseusにおいて、二次代謝と形態分化に関する未同定の制御蛋白遺伝子の転写をA-ファクター依存的に転写調節するモデルが提出できた。

ArpAとA-ファクターによる発現制御モデル
4、ArpAによる二次代謝・形態分化の制御機構

 前項までで、ArpAがDNAに結合してA-ファクターシグナルを次のステップへ伝達していることが示唆されたため、ArpAのS.griseus染色体DNA上のターゲットDNAの検索を行った。ArpAの結合コンセンサス配列を基にS.griseusの既知の染色体DNA配列のコンピューター上での検索により、ArpA結合領域を検索した結果、adpAのプロモーター領域にコンセンサス配列と非常に相同性の高い配列を発見した。ゲルシフト実験により、この領域がArpAと結合し、A-ファクターの添加によって解離することを証明した。AdpAは、Sm生合成遺伝子クラスター内に存在しSm生合成遺伝子群のpathway-specificな調節因子であるstrRの転写をそのプロモーターに結合することによって正に調節する蛋白であり、A-ファクターの存在時にのみ発現することがこれまでに明らかになっている。本研究でArpAが直接AdpAへ信号伝達することを証明したことより、Sm生産制御におけるA-ファクター信号伝達系の構成員が全て出揃うことになった。これによりSm生合成に至るA-ファクターのシグナルは、ArpAからAdpAへ負の、AdpAからStrRへ正の、StrRから複数のSm生合成遺伝子へ正の転写調節によって伝達されることが明らかになった。現在ArpAによるadpA転写の調節機構について、さらなる解析を行っている。

 また、ArpAからの信号伝達のうちAdpA以外への経路を解明する目的で新規のArpAターゲット遺伝子のクローニングを行った。S.griseus染色体DNAを断片化し、その両端にPCR増幅用のプライマー配列を連結した断片を用いてゲルシフト実験を行い、シフトバンドを回収しPCRによって増幅するというサイクルを繰り返し、新たに1種類の断片をクローニングすることに成功した。塩基配列を調べた結果、その中心部にArpAの結合コンセンサス配列と非常に相同性の高い配列が存在し、そこより、両端に向かって2つの読み取り枠が確認された。現在、さらに周辺のDNAの塩基配列を決定中である。

5、S.coelicolor A3(2)のarpAホモローグに関する解析4)

 これまで、低分子オートレギュレーターによる二次代謝、形態分化の制御は数種の放線菌においてのみ報告されていたが、この様な制御機構は多くの放線菌において普遍的に行われていることが予想される。しかしながら、菌自身のオートレギュレーター生産量は微量であり、その誘導形質も様々であることが予想されるのでリガンドからのアプローチは困難であることが予想された。そこで、オートレギュレーターが未同定の菌よりオートレギュレーターレセプターをクローニングし、その性質を解析することによって、遺伝学的に放線菌のオートレギュレーター制御機構の一般性を明らかにする目的で、最も遺伝学的解析が進んでおり、ゲノムプロジェクトも開始されているS.coelicolor A3(2)よりarpA相同遺伝子をクローニングした。S.coelicolor A3(2)にはサザンハイブリダイゼーション解析の結果、相同性遺伝子が2種存在することがわかり、それぞれを定法に従いクローニングし、cprA、cprBと命名した。2つの蛋白はそれぞれ215a.a.分子量約24kDaの大きさであり、アミノ酸レベルで両者の間は91%、またArpAとの間ではHTHを中心に35%の相同性があった。遺伝子破壊実験及び、プラスミドによる導入実験によりcprAはアクチベーター型、cprBはリプレッサー型の制御を行っており、二次代謝産物であるアクチノロージン、ウンデシルプロディギオシン生産、さらに胞子形成の時期の調節に関与していることが明らかになった。

 この結果は多くの放線菌でarpAとホモロジーのある遺伝子が同定されていることと合わせ、低分子オートレギュレーターによる制御機構が放線菌において普遍的であることを物語っている。

ArpAとCprA、CprBのアミノ酸アライメント
References1)H.Onaka,N.Ando,T.Nihira,Y.Yamada,T.Beppu and S.Horinouchi.Cloning and characterization of the A-factor receptor gene from Streptomyces griseus. Journal of Bacteriology 177,6083-6092(1995)2)H.Onaka,M.Sugiyama and S.Horinouchi.A mutation at proline-115 in the A-factor receptor protein of Streptomyces griseus abolishes DNA-binding ability but not ligand-binding ability. Journal of Bacteriology 179,2748-2752(1997)3)H.Onaka and S.Horinouchi.DNA-binding activity of the A-factor receptor protein and its recognition DNA sequences. Molecular Microbiology 24,991-1000(1997)4)H.Onaka,T.Nakagawa and S.Horinouchi.Involvement of two receptor homologs in Streptomyces coelicolor A3(2)in the regulation of secondary metabolism and morphogenesis.Molecular Microbiology(submitted)
審査要旨

 各種の生理活性物質生産菌として工業的に重要な放線菌は、同時に複雑な形態分化をも行うグラム陽性細菌である。Streptomyces griseusにおいてはこの二大特徴、抗生物質ストレプトマイシン(Sm)生産と複雑な形態分化が、自身が生産する低分子化学調節物質、A-ファクターによって超微量(10-9M)で制御されている。A-ファクターはその特異的受容体蛋白であるA-ファクターレセプター(ArpA)と菌体内で共同で二次代謝、形態分化を制御している。本論文はこのArpAを中心にその信号制御メカニズムを解明した結果をまとめた。

1)ArpAの精製及び遺伝子クローニング

 ArpAを、3HラベルしたA-ファクターとの結合を指標として、5段階のカラム操作で精製し、これを基に遺伝子(arpA)のクローニングに成功した。ArpAは276アミノ酸からなり、分子量29kDaでN末端側に、Helix-Turn-Helix(HTH)モチーフのDNA結合配列を有していた。

2)arpA変異株の解析

 A-ファクター欠損のために胞子形成、Sm生産をしない変異株S.griseus HH1を出発株として両形質を回復する変異株を2株取得した。このうちKM7にarpAを導入すると両形質が抑制されたことから、ArpAは両形質に対して、リプレッサーとして機能することが示された。また、もう一つのHO1株にarpAを導入すると出発株の形質に戻った。HO1株のarpAの変異点を決定した結果、115番目のプロリンがセリンに変異しているものであり、これにより、P115S ArpAはA-ファクター結合能を維持したまま、DNA結合能のみを失っていることが明らかになった。さらにこの蛋白はDNAとA-ファクター結合部位が独立したドメイン構造を取っていることも示している。

3)ArpAのDNA結合能について

 ArpAのDNA結合能について合成ミックスプローブを用いてin vitroで解析を行った。

 ArpA結合配列は22bpのパリンドローム構造をとっており、片側半分の結合コンセンサス配列は5’-GG(T/C)CGGT(A/T)(T/C)G(T/G)-3’であった。またArpAとDNAとの複合体は微量のA-ファクターの添加によって速やかに解離することも明らかになった。以上の結果、ArpAはS.griseusにおいて、二次代謝と形態分化に関する未同定の制御蛋白遺伝子の転写をA-ファクター依存的に転写調節するモデルが提出できた。

4)ArpAによる二次代謝・形態分化の制御機構

 ArpAのS.griseus染色体DNA上のターゲットの検索を行った。ArpAの結合配列を基に検索した結果、adpAのプロモーター領域にそれを発見し、実験的にこの領域がA-ファクター依存的にArpAと結合することを証明した。この結果、Sm生合成に至るA-ファクターのシグナルは、ArpAからAdpAへ負の、AdpAからStrRへ正の、StrRから複数のSm生合成遺伝子へ正の転写調節によって伝達されることが明らかになった。また、この他にArpA結合DNA断片を1種クローニングし、塩基配列を調べた結果、その中心部にArpAの結合コンセンサス配列が存在し、そこより、両端に向かって3つの読み取り枠が確認された。

5)S.coelicolor A3(2)のarpAホモローグに関する解析

 低分子による二次代謝、形態分化の制御機構は放線菌において普遍的に行われていることが予想される。そこで、遺伝学的に放線菌の低分子制御機構の一般性を明らかにする目的で、S.coelicolorA3(2)よりarpA相同遺伝子をクローニングした。この株には相同遺伝子が2種存在し、それぞれをクローニングし、cprA、cprBと命名した。2つの蛋白はそれぞれ215a.a.分子量約24kDaの大きさであり、HTHモチーフが保存されていた。遺伝子破壊実験等によりcprAはアクチベーター型、cprBはリプレッサー型の制御で、二次代謝産物生産、さらに胞子形成の時期の調節に関与していることが明らかになった。この結果は多くの放線菌でarpAとホモロジーのある遺伝子が同定されていることと合わせ、低分子制御機構が放線菌において普遍的であることを物語っている。

 以上、本論文は放線菌の形態分化、二次代謝の制御機構に新しい知見をもたらすものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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