カルパインは細胞内Ca2-依存性システインプロテアーゼで、ヒトから酵母に至るまで広く見い出されており、生命維持に基本的な役割を担っていると考えられている。しかしながらその生理的な機能については不明な部分が多い。哺乳類のカルパインは各種組織に普遍的に発現する分子種とある組織に特異的に発現する分子種とに大別される。本論文では組織特異的カルパインは発現している組織の機能と相関させて機能解析を行うことができるため、組織普遍的分子種より解析が容易であると考え、骨格筋に主に発現しているp94に着目し、解析を行った。 p94の大きな特徴としては他のカルパイン分子種には見られない速い自己消化活性を有するということ、肢帯型筋ジストロフィー2A型(LGMD2A)の原因遺伝子であるということが挙げられる。LGMD2A患者におけるp94はその変異の様子からプロテアーゼ活性が減少もしくは欠失していると考えられるが、これまでにp94が骨格筋から同定されたという報告はないため、p94の生理的及び病的状態における役割は不明である。本論文は三章から成り、速い自己消化活性を有するため立ち後れていたp94のタンパク質レベルでの解析を多方面から行っている。 第一章では酵母Two-hybrid systemを用いてp94が分子量約3,000kDaの巨大弾性蛋白質、コネクチンと相互作用することを明らかにした。p94が結合するコネクチンの領域はN2A領域とC末端に存在するM-is7領域であることが判明した。このM-is7領域は選択的スプライシングを受け、結果的にM-is7領域が存在するコネクチンと存在しないコネクチンが生じるのでp94はM-is7を有するコネクチンと選択的に結合することが明らかとなった。さらにp94の欠失変異体を用いた実験から、コネクチンのM-is7領域とはp94全体が、N2A領域とはIS2領域を介して結合することが判明し、2つの結合の生理的意義は異なっていることが示唆された。 第二章ではこれまでに骨格筋から検出されたことがなかったp94がコネクチン精製過程で筋原繊維に存在することを見出し、それを手がかりにp94の精製を行った。まず精製法を確立するためにp94(C129S)を培養細胞の一種であるCOS細胞に一過性に発現させ、精製を行ったがその過程でp94がホモ2量体を形成していることが判明した。その後、確立した方法に基づき、筋原繊維からp94を可溶化した画分を陰イオン交換カラムで分画を行ったが、その直後、p94は急激な分解を起こし、わずか5分で分子量55kDaの断片になることが判明した。この分解は阻害剤の実験から自己消化によるものであると判断したが結果的に自己消化に対する可逆的な阻害剤は見つからず、p94(C129S)で確立した方法では精製は不可能であると考え、p94抗体固定化カラムを用いてp94粗抽出画分からワンステップでp94を精製することを試みた。その結果、全長p94が3つの自己消化断片と共に精製され、これら断片のアミノ酸配列解析の結果、自己消化部位は全てIS1領域に含まれることが明らかとなった。さらにIS1欠失変異体は自己消化を起こさなくなったことから、この領域もIS2同様、自己消化に必須であることが明らかとなった。最終的にp94は蛋白質としては均一に精製されたが、精製に用いた条件下で不可逆的に失活したため、可逆的阻害剤の検索等が今後の課題である。 第三章ではp94と組織普遍的カルパインの関係について解析した。その結果、p94は組織普遍的カルパインの基質にはならず、逆に-及びm-カルパインの活性をCa2+存在下で制御することが明らかとなった。組織普遍的カルパインはこれまでに筋ジストロフィー患者の筋肉において通常よりも活性化レベルが上昇していることが報告されており、その二次的作用により筋蛋白質の分解が起こると考えられている。先に述べたように、LGMD2A患者の筋肉においてp94は正常に機能していないと考えられ、上記の結果から通常、組織普遍的カルパインを制御しているp94が変異によりその機能を失うことによって普遍的カルパイン分子種の活性化レベルが異常に上昇し、筋蛋白質の分解が起こるというメカニズムが予想された。 以上、本論文は骨格筋に主に発現しているカルパイン分子、p94に着目し、速い自己消化活性のため困難であったタンパク質レベルでの解析を多方面から行っただけでなく、筋ジストロフィー症とp94の関連についても解析し、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |