学位論文要旨



No 113547
著者(漢字) 金原,加代子
著者(英字)
著者(カナ) キンバラ,カヨコ
標題(和) 組織特異的カルパインの解析
標題(洋)
報告番号 113547
報告番号 甲13547
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1906号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 加藤,茂明
内容要旨

 カルパインは細胞内Ca2+依存性システインプロテアーゼで、基質蛋白質を限定分解することによりその性質、機能を変化させる一種のバイオモジュレーターとして機能している。カルパインもしくはカルパイン様分子はヒトから酵母に至るまで広く見い出されており、カルパインがシステインプロテアーゼの1つの群としてスーパーファミリーを形成していることが近年明らかになりつつある。このことはカルパインが生命維持に基本的な役割を担っていることを示唆していると考えられるが、その生理的な機能については不明な部分が多い。哺乳類のカルパインは各種組織に普遍的に発現する分子種と特定の組織に特異的に発現する分子種とに大別される。組織普遍的カルパインとしては2種類のアイソザイム、-及びm-カルパインが同定されており、活性化に必要なCa2+濃度が各々、MあるいはmMと異なる。これらはいずれも分子量80kDaの大サブユニット(CL)と分子量30kDaの小サブユニット(30K)からなるヘテロ2量体として存在し、CLは4つのドメインから、30Kは2つのドメインから構成されている。CLの第IIドメインがプロテアーゼドメイン、そしてCLの第IVドメインと30Kの第VIドメインがCa2+結合ドメインと考えられている。30Kは-及びm-カルパインに共通なサブユニットで、CLの制御因子であると考えられている。一方、組織特異的カルパインは構造的に組織普遍的カルパインのCLと類似しており、骨格筋に主に発現しているp94(nCL-1あるいはCalpain3)、胃に発現しているnCL-2、そしてその選択的スプライシング産物であるnCL-2’、胎盤特異的分子種であるCAPN5(nCL-3)、消化器管に主に発現しているnCL-4、水晶体特異的分子種であるLp82、精巣に主に発現しているCAPN6などが同定されている。これらの分子種が30Kと相互作用するという報告はこれまでになく、活性化機構は普遍的分子種と異なると予想されている。私は、組織特異的カルパインは発現している組織の特異的な機能と相関させて機能解析を行うことができるため、組織普遍的分子種よりも解析が容易であると考え、骨格筋に主に発現しているp94に着目し、解析を行った。

 p94の構造は基本的に組織普遍的カルパインの大サブユニットと類似しており、4つのドメインから構成されているが、他のカルパイン分子種には認められない3つの特異的挿入配列、NS、IS1、IS2を各々、N末側、ドメインII内、ドメインIIIとIVの間に有している。p94の大きな特徴としては2つのこと、すなわちp94は他のカルパイン分子種には見られない速い自己消化活性を有するということ、肢帯型筋ジストロフィー2A型(LGMD2A)の原因遺伝子であるということが挙げられる。LGMD2A患者におけるp94はその変異の様子からプロテアーゼ活性が減少もしくは欠失していると考えられるが、これまでにp94が骨格筋から同定されたという報告はないため、p94の生理的及び病的状態における役割は不明である。蛋白質レベルの解析が立ち後れている原因として、速い自己消化活性を有するためにp94蛋白質の精製が不可能であったことが挙げられる。そこで我々はこの問題を打破するために、酵母Two-hybrid systemを使用し、p94結合蛋白質のスクリーニングをヒト骨格筋cDNAライブラリーを用いて行った。その結果、p94が筋原繊維に存在する巨大蛋白質、コネクチンと相互作用することを見出した。

 本研究ではp94の骨格筋における生理的役割を明らかにすることを目的とし、p94とコネクチンの結合の詳細な解析、ウサギ骨格筋からのp94の精製、p94と組織普遍的カルパインの関係について解析した。

1.p94とコネクチンの結合に関する詳細な解析

 コネクチンは分子量約3,000kDaの巨大弾性蛋白質で、フィブロネクチンとイムノブロブリンC2モチーフの繰り返し構造を持つだけでなく、いくつかの特徴的な部位、例えばキナーゼ部位やリン酸化部位などを有する。p94が結合する領域はN2A領域とC端側であることが判明したが、両領域は共に選択的スプライシングを受ける。その結果、N2領域は骨格筋においてはN2Aのみしか存在しないのに対し、心筋においてはN2A及びN2B領域が存在することが明らかになっている。N2A領域内のp94が結合する部位はN2Bには存在しない部位であることが確認された。一方、C末側についてはMis7領域が選択的スプライシングを受け、結果的にMis7領域が存在するコネクチンと存在しないコネクチンが生じ、両コネクチンの存在比は筋肉の種類によって異なる。p94は詳細な解析の結果、Mis7領域を認識してコネクチンと結合することが判明した。さらにp94の欠失変異体を用いた実験から、コネクチンのC末側とはp94全体が、N2A領域とはIS2領域を介して結合することが判明し、両者の結合は異なる機構で起こることが示唆された。

2.p94の骨格筋からの精製

 先にも述べたようにp94蛋白質はこれまで骨格筋において検出されたことはなく、速い自己消化がその原因であると考えられていた。しかしながら、上記の結果をふまえ、コネクチンの精製過程におけるp94の挙動を解析したところ、筋原繊維分画において全長p94が初めて検出された。さらにp94は低イオン強度のバッファーを用いることにより筋原繊維からアクチン結合蛋白と共に比較的安定に抽出されることが明らかとなり、筋肉においてp94は翻訳直後に自己消化しているのでないこと、そしてp94の自己消化を防ぐ制御因子が存在することが示唆された。私はまずカラムを用いた精製法を確立するために、活性中心のシステインをセリンに変えた活性変異体p94(C129S)を培養細胞の一種であるCOS細胞に一過性に発現させ、精製することによりp94のカラムにおける挙動を調べる事にした。その過程で興味深いことにp94はホモ2量体を形成していることが明らかとなり、30Kと結合しないp94がホモ2量体の活性体として生体内に存在することが示唆された。確立された方法をもとに筋肉から可溶化されたp94の精製を行ったが、陰イオン交換カラムであるDEAE-Toyopearlカラムで分画を行った後、p94は急激な分解を起こし、わずか5分で分子量55kDaの断片になることが判明した。この分解はあらゆる阻害剤およびEDTAによって抑制されることはなく、in vitroで翻訳されたp94の分解の様子と類似していたことなどから自己消化によるものであると判断した。p94の速い自己消化にはIS2領域が必須であること、p94はこの領域を介してコネクチンN2A領域と結合することを考え合わせた場合、p94の速い自己消化はコネクチンのN2A領域と結合することによって抑制されることが考えられた。そこで野生型p94とコネクチンN2A領域をCOS細胞に共発現させ、自己消化の変化を解析したが、コネクチン存在下でもp94は自己消化を起こす事が判明した。結果的に可逆的な阻害剤は見つからず、p94(C129S)で確立された方法では精製は不可能であると考え、p94抗体固定化カラムを用いてp94粗抽出画分からワンステップでp94を精製することを試みた。その結果、全長p94が3つの自己消化断片と共に精製された。これら断片のアミノ酸シークエンスの結果、自己消化部位は全てIS1領域に含まれることが明らかとなり、さらにIS1領域を欠失した変異体は自己消化を起こさなくなったことから、この領域もIS2同様、自己消化に必須であることが明らかとなった。最終的にp94は精製されたが、強酸性下で溶出しているため活性はなく可逆的阻害剤の検索等が今後の課題であると考えられた。

3.p94と組織普遍的カルパインの相関関係

 最後に私はp94と組織普遍的カルパインの相互関係について解析を行った。精製されたp94(C129S)をCa2+存在下で組織普遍的カルパイン分子種とアッセイすることにより、p94が組織普遍的カルパインの基質となるかについて検討を行った。その結果、p94は組織普遍的カルパインの基質にはならず、逆に-及びm-カルパインの活性をCa2+存在下で制御することが明らかとなった。組織普遍的カルパインはこれまでに筋ジストロフィー患者の筋肉において通常よりも活性化レベルが上昇していることが報告されており、その二次的作用により筋蛋白質の分解が起こると考えられている。先に述べたように、LGMD2A患者の筋肉においてp94は正常に機能していないと考えられ、上記の結果から通常、組織普遍的カルパインを制御しているp94が変異によりその機能を失うことによって普遍的カルパイン分子種の活性化レベルが異常に上昇し、筋蛋白質の分解が起こるというメカニズムが予想された。

審査要旨

 カルパインは細胞内Ca2-依存性システインプロテアーゼで、ヒトから酵母に至るまで広く見い出されており、生命維持に基本的な役割を担っていると考えられている。しかしながらその生理的な機能については不明な部分が多い。哺乳類のカルパインは各種組織に普遍的に発現する分子種とある組織に特異的に発現する分子種とに大別される。本論文では組織特異的カルパインは発現している組織の機能と相関させて機能解析を行うことができるため、組織普遍的分子種より解析が容易であると考え、骨格筋に主に発現しているp94に着目し、解析を行った。

 p94の大きな特徴としては他のカルパイン分子種には見られない速い自己消化活性を有するということ、肢帯型筋ジストロフィー2A型(LGMD2A)の原因遺伝子であるということが挙げられる。LGMD2A患者におけるp94はその変異の様子からプロテアーゼ活性が減少もしくは欠失していると考えられるが、これまでにp94が骨格筋から同定されたという報告はないため、p94の生理的及び病的状態における役割は不明である。本論文は三章から成り、速い自己消化活性を有するため立ち後れていたp94のタンパク質レベルでの解析を多方面から行っている。

 第一章では酵母Two-hybrid systemを用いてp94が分子量約3,000kDaの巨大弾性蛋白質、コネクチンと相互作用することを明らかにした。p94が結合するコネクチンの領域はN2A領域とC末端に存在するM-is7領域であることが判明した。このM-is7領域は選択的スプライシングを受け、結果的にM-is7領域が存在するコネクチンと存在しないコネクチンが生じるのでp94はM-is7を有するコネクチンと選択的に結合することが明らかとなった。さらにp94の欠失変異体を用いた実験から、コネクチンのM-is7領域とはp94全体が、N2A領域とはIS2領域を介して結合することが判明し、2つの結合の生理的意義は異なっていることが示唆された。

 第二章ではこれまでに骨格筋から検出されたことがなかったp94がコネクチン精製過程で筋原繊維に存在することを見出し、それを手がかりにp94の精製を行った。まず精製法を確立するためにp94(C129S)を培養細胞の一種であるCOS細胞に一過性に発現させ、精製を行ったがその過程でp94がホモ2量体を形成していることが判明した。その後、確立した方法に基づき、筋原繊維からp94を可溶化した画分を陰イオン交換カラムで分画を行ったが、その直後、p94は急激な分解を起こし、わずか5分で分子量55kDaの断片になることが判明した。この分解は阻害剤の実験から自己消化によるものであると判断したが結果的に自己消化に対する可逆的な阻害剤は見つからず、p94(C129S)で確立した方法では精製は不可能であると考え、p94抗体固定化カラムを用いてp94粗抽出画分からワンステップでp94を精製することを試みた。その結果、全長p94が3つの自己消化断片と共に精製され、これら断片のアミノ酸配列解析の結果、自己消化部位は全てIS1領域に含まれることが明らかとなった。さらにIS1欠失変異体は自己消化を起こさなくなったことから、この領域もIS2同様、自己消化に必須であることが明らかとなった。最終的にp94は蛋白質としては均一に精製されたが、精製に用いた条件下で不可逆的に失活したため、可逆的阻害剤の検索等が今後の課題である。

 第三章ではp94と組織普遍的カルパインの関係について解析した。その結果、p94は組織普遍的カルパインの基質にはならず、逆に-及びm-カルパインの活性をCa2+存在下で制御することが明らかとなった。組織普遍的カルパインはこれまでに筋ジストロフィー患者の筋肉において通常よりも活性化レベルが上昇していることが報告されており、その二次的作用により筋蛋白質の分解が起こると考えられている。先に述べたように、LGMD2A患者の筋肉においてp94は正常に機能していないと考えられ、上記の結果から通常、組織普遍的カルパインを制御しているp94が変異によりその機能を失うことによって普遍的カルパイン分子種の活性化レベルが異常に上昇し、筋蛋白質の分解が起こるというメカニズムが予想された。

 以上、本論文は骨格筋に主に発現しているカルパイン分子、p94に着目し、速い自己消化活性のため困難であったタンパク質レベルでの解析を多方面から行っただけでなく、筋ジストロフィー症とp94の関連についても解析し、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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