学位論文要旨



No 113548
著者(漢字) 古城,周久
著者(英字)
著者(カナ) コジョウ,カネヒサ
標題(和) 好酸好熱性古細菌の亜鉛結合フェレドキシンの構造・安定性・機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 113548
報告番号 甲13548
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1907号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 1.背景と目的

 pH3、75℃を最適生育条件とする好酸好熱性古細菌Sulfolobus sp.strain7のフェレドキシンは解糖系やTCAサイクル内で2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素の電子伝達体として働く。これまでに(1)本フェレドキシンは[3Fe-4S]と[4Fe-4S]の2つのクラスターを持ち、酸化還元電位は-280mV、-530mVであること。(2)103残基のアミノ酸からなり、N末端部分に他のフェレドキシンには見られない37残基の伸長配列と、2つのクラスター結合モチーフ(CysXXCysXXCysXXXCysPro)の間に約10残基の挿入配列が存在すること。(3)X線結晶構造解析の結果から、このフェレドキシンは2つのドメインからなり、N末端側37残基の構成するドメインの中の3残基のヒスチジン(第16、19、34位)と、鉄硫黄クラスターを保持する66残基のコア・ドメインのアスパラギン酸(第76位)とによって1原子の亜鉛が結合していること(図1)が明らかにされている。この亜鉛原子はEDTA処理では遊離せず、クラスターを壊さずに亜鉛のみを除くことは今のところ不可能である。

 本研究は、このような本フェレドキシン特有の亜鉛原子およびN末端伸長配列の役割を調べることを目的として、蛋白質工学的手法によって主に安定性を中心とした解析を行った。また、2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素との相互作用についても検討した。

図1好酸好熱性古細菌Sulfolobusの亜鉛結合フェレドキシンの2次構造のトポロジーシート(A’+A)はZnを介してシートBと相互作用がある。Iは[3Fe-4S]クラスター,IIは[4Fe-4S]クラスターを示す。
2.大腸菌内での発現と組換えフェレドキシンの性質

 市販のT7プロモーターを持つ発現ベクターにフェレドキシン遺伝子を組み込み大腸菌BL21(DE3)株を宿主とする発現系を改良してベクターのコピー数を増加させ、プラスミドの取り扱いを容易にした。

 常法に従って精製した組み換えフェレドキシンは天然フェレドキシンと同一の吸収スペクトル、EPR(electron paramagnetic resonance)を示し、大腸菌内で天然型と同じ7Fe8Sクラスターが形成されていることが分かった。

 精製した組み換えフェレドキシンのクラスターの安定性を1℃/minの速度で昇温させたときの408nmにおける吸光度の変化によって測定した結果、Sulfolobusフェレドキシンと組換えフェレドキシンに安定性に差は見られず、ともに約110℃のTmを示した。また、通常フェレドキシンは酸には弱いとされているが、本フェレドキシンはpH4.5においても高い安定性を示した(Tm約110℃)。

3.76位のアスパラギン酸変異体の解析

 本フェレドキシンにおいて、亜鉛原子はN末端ドメインとコア・ドメインのちょうど中間に位置し、それらの相互作用に大きく関与している。よって、この亜鉛原子に配位する4つのアミノ酸残基の中のアスパラギン酸76に着目し、アラニン(D76A)、アスパラギン(D76N)、グルタミン酸(D76E)に置換した変異体を作成し、亜鉛原子の有無と、熱に対するクラスターの安定性を調べた。その結果、すべての変異体に亜鉛原子は結合していたが、クラスターの安定性に差がみられた。安定性の順番はD76N>D76A>D76Eとなり、クラスターの安定性には、置換したアミノ酸の電荷よりも側鎖の大きさによる影響の方が大きいことが示唆された。つまり、アスパラギン酸と同じ極性アミノ酸であるグルタミン酸への置換は最も安定性の低下が見られ、アスパラギン酸とほぼ同じ大きさのアスパラギンへの置換は最も安定であった。変異がクラスターに結合するシステインに影響する場合に不安定化が起こると考えられる。

4.亜鉛に配位する2つのヒスチジン(16,19位)変異体の解析

 本章は、N末端ドメインの亜鉛に配位する16位と19位のヒスチジンをアラニンに置換して、亜鉛原子が取り除かれたフェレドキシンH16/19A変異体を作成し、クラスターの安定性を検討した。その結果、H16/19Aは約89℃のTmを示し、組み換えフェレドキシンに対して約20℃の安定性の低下が見られた。つまり、H16/19Aの安定性の低下は亜鉛原子が配位できなくなったためであると考えられ、その効果は、亜鉛がシートA’+Aとその対極に位置するシートBに挟まれるように結合しており、この亜鉛原子が結合できなくなったことによって、この2つのシートの相互作用が弱くなり、全体の構造に影響が及んでクラスターが不安定になったと考えられる。

5.各種N末端欠損変異体の解析

 本章ではN末端ドメインの3つのヒスチジンおよび2次構造を考慮して各種N末端欠損変異体フェレドキシンを作成し、それらのクラスターの安定性を調べ、安定化機構を考察した。つまり、G1は1残基の欠失もないもの、V12はN末端からヘリックス1を含む11残基を除いたもの、S17はヒスチジン16を含むストランド1をV12から除いたもの、G23はヒスチジン19を含むストランド2までをS17から除いたもの、L31はストランド2と3の間に存在する1本の長いループ構造をG23から除いたもの、最後にV38はヒスチジン34を含むストランド3をL31から除いたもので、真正細菌に通常見られるジクラスター型フェレドキシンと同じサイズになっている。

 V38を除く各変異体は大腸菌内で良好に発現したが、V38は大きく発現量の低下が見られた。また、ICP(inductively coupled plasma)による亜鉛原子の定量を行った結果、G1とV12以外の変異体に亜鉛は結合していなかった。クラスターの変性実験において、各変異体のTmはV12では約99℃、S17,G23,L31では約89℃、V38では約83℃であった。

 これらの結果より、亜鉛を結合しているV12のTmは約99℃で、G1に対して約10℃の安定性の低下が見られたが、これは除かれたN末端11残基(1つのヘリックスを含む)の効果によるものと思われる。つまり、ヘリックス1はストランド2、3、4の後ろに位置し、これらが形成しているシートA’+Aの安定性を高めていることが考えられる。

 S17、G23はそれぞれストランド1、2を取り除いているにもかかわらず、Tmはいずれも約89℃と同程度の安定性を示した。この値はH16/19AのTmと一致し、これらの変異体もいずれにも亜鉛は結合していないため、G1に対する約20℃の安定性の低下はこの亜鉛の効果によるものと思われる。

 L31はストランド2とストランド3の間に存在する1本の長いループ(23〜30位)をG23から取り除いたものであるが、このループはストランド5とストランド6の間の長いループ(65〜72位)の隣に位置する。このコア・ドメイン側のループはSulfolobusのフェレドキシンに特徴的な挿入配列の部分であり、この2本のループの何らかの相互作用が考えられたが、L31のTmは約89℃でS17、G23と同じ値を示した。このことより2つのループ間の相互作用はクラスターの安定性にさほど影響しないと考えられる。

 N末端ドメインをすべて取り除いて、通常のフェレドキシンと同じサイズになったV38は最も安定性の低下が見られ、Tmは約83℃となった。これはシートA’+AとシートBとの相互作用がさらに弱まり、約6℃安定性が低下したものと思われる。また、N末端ドメインとコア・ドメインの接触面は非常に高い疎水的環境にある。よって、ストランド3が除かれて、コア・ドメイン側の接面が完全に溶媒にさらされたことによる影響も考えられる。

 さらに、S17変異体の2次構造、3次構造の熱安定性をCD、蛍光スペクトルにより検討したところ、遠紫外部(222nm)、近紫外部(370nm)ともにTm約89℃の相転移を示した。この値はクラスターの崩壊するTmと一致し、本フェレドキシンの熱による変性はクラスターの崩壊と立体構造の崩壊がほぼ同時に起こると結論した。

6.変性剤に対する安定性の解析

 本フェレドキシンのグアニジウム塩による変性を、クラスターの安定性、蛍光、CD測定による構造変化によって検討した。S17変異体において、塩酸グアニジンによってクラスターは約40分後にはほぼ完全に崩壊した。しかし、2次構造、3次構造は塩酸グアニジンを加えた直後から60分たった後も一定の速度で緩やかに下降した。つまり、立体構造の崩壊よりもクラスターの崩壊の方がより強く塩酸グアニジンによる影響を受けたことになり、クラスター周辺の水素結合の重要性が示唆された。

7.2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素との相互作用における、亜鉛原子およびその周辺配列の影響

 本フェレドキシンはSulfolobus内で2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素の電子伝達体として働く。それゆえ、本フェレドキシンの亜鉛原子およびN末端伸長配列に関する変異体の酵素に対する相互作用を酵素活性によって調べた。その結果、N末端が欠失するに従って、VmaxとKmは高くなった。しかし、Vmax/Kmは一定であり、反応の効率は変化しなかった。よって、N末端伸長配列が酵素との相互作用にも大きく関わっていることが確認された。

8.まとめ

 本フェレドキシンに特徴的な亜鉛原子とN末端伸長配列の役割を種々の方法で検討した結果、これらがクラスター及び立体構造の安定性を多重的に高めていると結論した。また、酵素との相互作用においても、何らかの影響を及ぼしていることが分かった。

審査要旨

 本論文は、好酸好熱性古細菌Sulfolobus sp.strain7由来のフェレドキシン(Fd)に特徴的な亜鉛原子とN末端伸長配列の役割、機能について述べたものであり、7章から構成されている。

 第1章では、本研究の背景と目的について述べている。pH3、75℃を最適生育条件とするSulfolobusのFdは2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素(OFOR)の電子伝達体として働く。本Fdは103残基のアミノ酸からなり、N末端部分に他のFdにはない37残基の伸長配列が存在し、この伸長配列の構成するドメインの3つのヒスチジン(His)(16,19,34位)と、鉄硫黄クラスターを保持する66残基のコア・ドメインのアスパラギン酸(Asp)(76位)とによって1原子の亜鉛が結合している。本研究は、本Fd特有の亜鉛原子およびN末端伸長配列の役割を調べることを目的としている。

 第2章では、大腸菌内での発現と組み換えFdの性質について検討した。T7プロモーターを持つFd遺伝子発現ベクターとpUC19を組み合わせてベクターのコピー数を増加させ、これを本Fdの発現ベクターとした。精製した組み換えFdのクラスターの安定性を408nmの吸光度によって測定した結果、Sulfolobus Fdと組み換えFdはともに約110℃のTmを示した。また、通常Fdは酸には弱いとされているが、本FdはpH4.5においても同様に安定であった。

 第3章では、亜鉛原子に配位するAsp76に着目し、アラニン、アスパラギン、グルタミン酸への置換変異体を作成し、亜鉛原子の有無と、クラスターの安定性を調べた。その結果、すべての変異体に亜鉛原子は結合していたが、クラスターの安定性に差がみられ、アミノ酸の電荷よりも側鎖の大きさによる影響が大きいことが示唆された。

 第4章では、亜鉛に配位するHisの変異体の解析を行った。16位と19位のHisをアラニンに置換して、亜鉛が取り除かれたH16/19A変異体を作成し、クラスターの安定性を検討した。その結果、約89℃のTmを示し、野生型組み換えFdに対して約20℃の安定性の低下が見られた。H16/19Aの安定性の低下は亜鉛原子が配位できなくなったためであると考えられた。

 第5章では、亜鉛に配位する3つのHisとN末端ドメインの2次構造を考慮して、各種N末端欠損変異体を作成、精製し解析した。すなわち、N末端から順に0,11,16,22,30,37残基を欠失したものをG1,V12,G23,L31,V38と名付けた。G1,V12以外の変異体に亜鉛原子は結合していなかった。各変異体のクラスターの崩壊するTmは、G1では110℃、V12では99℃、S17,G23,L31では89℃、V38では83℃となり、N末端伸長配列の安定性への寄与が認められた。また、その効果は亜鉛原子の存在に依存することが分かった。さらに、S17変異体の2次構造、3次構造の熱安定性を円二色性(CD)、蛍光スペクトルにより検討したところ、遠紫外部(222nm)、近紫外部(370nm)いずれでもTmは約89℃であった。この値はクラスターの崩壊するTmと一致し、本Fdの熱による変性において、クラスターの崩壊と立体構造の崩壊がほぼ同時に起こると結論した。

 第6章では、本Fdの5.5M塩酸グアニジンによる変性を、吸光度、蛍光、CD測定によって検討した。クラスター及び2次構造、3次構造の崩壊曲線は極めて類似した変化を示し、また、各崩壊反応の1次反応速度定数はいずれもほぼ同様の値を示した。このことから、塩酸グアニジンによる変性において、熱変性と同様、クラスターの崩壊と2次構造、3次構造の崩壊が同時に起こっていることが示唆された。

 第7章では、FdとOFORとの相互作用における、亜鉛原子およびN末端伸長配列欠失の影響を検討した。その結果、N末端37残基をすべて取り除いた変異体Fdにおいても酵素活性が認められ、亜鉛や伸長配列はOFORとの相互作用に必須ではないと考えられた。

 以上、本研究は、好酸好熱性古細菌Sulfolobusフェレドキシンに特有な亜鉛原子とN末端伸長配列の役割を種々の方法で検討し、これらがクラスター及びタンパク質立体構造の安定性を多重的に高めていることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判定した。

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