本論文は、好酸好熱性古細菌Sulfolobus sp.strain7由来のフェレドキシン(Fd)に特徴的な亜鉛原子とN末端伸長配列の役割、機能について述べたものであり、7章から構成されている。 第1章では、本研究の背景と目的について述べている。pH3、75℃を最適生育条件とするSulfolobusのFdは2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素(OFOR)の電子伝達体として働く。本Fdは103残基のアミノ酸からなり、N末端部分に他のFdにはない37残基の伸長配列が存在し、この伸長配列の構成するドメインの3つのヒスチジン(His)(16,19,34位)と、鉄硫黄クラスターを保持する66残基のコア・ドメインのアスパラギン酸(Asp)(76位)とによって1原子の亜鉛が結合している。本研究は、本Fd特有の亜鉛原子およびN末端伸長配列の役割を調べることを目的としている。 第2章では、大腸菌内での発現と組み換えFdの性質について検討した。T7プロモーターを持つFd遺伝子発現ベクターとpUC19を組み合わせてベクターのコピー数を増加させ、これを本Fdの発現ベクターとした。精製した組み換えFdのクラスターの安定性を408nmの吸光度によって測定した結果、Sulfolobus Fdと組み換えFdはともに約110℃のTmを示した。また、通常Fdは酸には弱いとされているが、本FdはpH4.5においても同様に安定であった。 第3章では、亜鉛原子に配位するAsp76に着目し、アラニン、アスパラギン、グルタミン酸への置換変異体を作成し、亜鉛原子の有無と、クラスターの安定性を調べた。その結果、すべての変異体に亜鉛原子は結合していたが、クラスターの安定性に差がみられ、アミノ酸の電荷よりも側鎖の大きさによる影響が大きいことが示唆された。 第4章では、亜鉛に配位するHisの変異体の解析を行った。16位と19位のHisをアラニンに置換して、亜鉛が取り除かれたH16/19A変異体を作成し、クラスターの安定性を検討した。その結果、約89℃のTmを示し、野生型組み換えFdに対して約20℃の安定性の低下が見られた。H16/19Aの安定性の低下は亜鉛原子が配位できなくなったためであると考えられた。 第5章では、亜鉛に配位する3つのHisとN末端ドメインの2次構造を考慮して、各種N末端欠損変異体を作成、精製し解析した。すなわち、N末端から順に0,11,16,22,30,37残基を欠失したものをG1,V12,G23,L31,V38と名付けた。G1,V12以外の変異体に亜鉛原子は結合していなかった。各変異体のクラスターの崩壊するTmは、G1では110℃、V12では99℃、S17,G23,L31では89℃、V38では83℃となり、N末端伸長配列の安定性への寄与が認められた。また、その効果は亜鉛原子の存在に依存することが分かった。さらに、S17変異体の2次構造、3次構造の熱安定性を円二色性(CD)、蛍光スペクトルにより検討したところ、遠紫外部(222nm)、近紫外部(370nm)いずれでもTmは約89℃であった。この値はクラスターの崩壊するTmと一致し、本Fdの熱による変性において、クラスターの崩壊と立体構造の崩壊がほぼ同時に起こると結論した。 第6章では、本Fdの5.5M塩酸グアニジンによる変性を、吸光度、蛍光、CD測定によって検討した。クラスター及び2次構造、3次構造の崩壊曲線は極めて類似した変化を示し、また、各崩壊反応の1次反応速度定数はいずれもほぼ同様の値を示した。このことから、塩酸グアニジンによる変性において、熱変性と同様、クラスターの崩壊と2次構造、3次構造の崩壊が同時に起こっていることが示唆された。 第7章では、FdとOFORとの相互作用における、亜鉛原子およびN末端伸長配列欠失の影響を検討した。その結果、N末端37残基をすべて取り除いた変異体Fdにおいても酵素活性が認められ、亜鉛や伸長配列はOFORとの相互作用に必須ではないと考えられた。 以上、本研究は、好酸好熱性古細菌Sulfolobusフェレドキシンに特有な亜鉛原子とN末端伸長配列の役割を種々の方法で検討し、これらがクラスター及びタンパク質立体構造の安定性を多重的に高めていることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判定した。 |