学位論文要旨



No 113551
著者(漢字) 荷村,かおり
著者(英字)
著者(カナ) ニムラ,カオリ
標題(和) シアノバクテリアにおけるdnaKマルチジーンファミリーの解析
標題(洋)
報告番号 113551
報告番号 甲13551
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1910号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 田中,寛
内容要旨

 ストレス蛋白質は、ストレスによって生じた変性蛋白質に一過的に結合し、その凝集を防ぎ再生を促進することにより細胞防御において中心的役割を果たす一群の蛋白質である。しかし、その多くはストレス応答時だけでなく、通常状態の細胞にも存在しており、新生ポリペプチド鎖の折り畳みや会合を通した高次構造の形成や、蛋白質の細胞内輸送を介添えする分子シャペロンとして機能し、細胞内の様々な作用に関与していることが知られている。分子シャペロンの機能は、この他にも蛋白質の品質管理、シグナル伝達や転写因子の調節、さらには蛋白質分解まで、極めて多様であることが明らかになってきている。Hsp70/DnaKは代表的な分子シャペロンで、調べられたあらゆる生物に存在する極めて保存性の高い蛋白質である。シアノバクテリア(ラン藻)は、細胞内小器官であるチラコイド膜を発達させており、高等植物と同じ酸素発生型の光合成を行う原核生物であるが、葉緑体の起源であるともいわれ、遺伝子操作の容易さから葉緑体のモデル系として多くの研究がなされている。細胞内の多様な機構に関与する分子シャペロンが、膜系を発達させ、光合成能を持ちながら、一個の細胞として独立して生きるシアノバクテリアにおいてどのような機能を果たしているのか、その機能に特異性があるのかは興味深いところである。本研究では単細胞性シアノバクテリア(Synechococcus sp.PCC7942)におけるDnaKの機能を解析することを目的とした。

[I]dnaK相同遺伝子の同定

 Synechococcus7942株においてはdnaK相同遺伝子についてはまだ報告がなかったので、その単離を試みた。その結果、3つのdnaK相同遺伝子が存在することが分かり、これをdnaK1、dnaK2、dnaK3と命名した。3つのDnaKは保存性の高いN末端側のATP結合領域と保存性の低いC末端側のペプチド結合領域から成るが、中でもDnaK3は顕著に長いC末端非保存領域を持っており、分子量も84kDaとHsp70としては例のない大きさであるのが特徴的である。また、DnaK2とDnaK3には葉緑体や他のラン藻由来のHsp70に特徴的な配列が存在しており、系統樹を作成した結果からも、この2つが葉緑体型と近いことが明かとなった。Hsp70は真核生物ではマルチジーンファミリーを形成し、細胞質、核、ミトコンドリア、小胞体、葉緑体といった様々な細胞小器官に分布し、多様な機能を発揮していることが知られている。しかし、同一空間に複数個存在するシャペロンの機能的特異性についてはまだ明らかになっていない点が多い。

[II]熱ショックによる各DnaK蛋白質量の変化

 3つのDnaK蛋白質の機能の違いを解析するため、C末端側の非保存領域を利用して特異的な抗体を作製し、熱ショックによる3つのDnaK蛋白質量の変化をパルスラベルと、ウェスタンブロットにより調べた。DnaK1は合成量では明確な変化は見られなかったが、蓄積量は減少し、熱ショックにより分解されている可能性が考えられた。DnaK2は熱ショックにより合成量、蓄積量ともに増加し、典型的な熱ショック応答を示した。また、DnaK3は合成量、蓄積量ともに変化は見られず、熱ショック後も一定のレベルが保たれていた。これらの異なる様式での変動は3種のDnaKが異なる発現調節機構、および分解過程を持つことを示唆している。

[III]大腸菌内での発現

 大腸菌ではDnaKの過剰生産により細胞分裂が阻害され、結果として細胞が伸長する現象や、増殖期に依存して生育に阻害的になるなど、興味深い現象が知られており、性質も比較的よく研究されている。そこでSynechococcus 7942株の3つのdnaK相同遺伝子を大腸菌に導入し、機能の比較を行った。大腸菌野生株内で大量発現させるとdnaK1,dnaK2では細胞の伸長が見られた。dnaK3ではあまり伸長はしないが、細胞に異常な形態が見られた。大腸菌dnaK温度感受性変異株において発現させると、dnaK2の発現は非許容温度での増殖を相補した。これに対し、dnaK1,dnaK3の発現では相補できず、逆に過剰発現により許容温度における生育が阻害された。このように、各dnaK相同遺伝子の発現が大腸菌に異なる影響を及ぼすことは、3つのDnaK蛋白質が異なる性質を持つことを示唆している。

[IV]細胞内局在性

 同一空間で合成される3つのDnaK蛋白質が役割分担をしている可能性を調べる手がかりとしてS.7942株の細胞を細胞壁、細胞質膜、チラコイド膜、細胞質、の各画分に分画し、各DnaK蛋白質の細胞内局在性を調べた。その結果、いずれのDnaK蛋白質も細胞質に最も多く存在していたが、DnaK3はDnaK1,DnaK2に比べてチラコイド膜への局在画分が顕著に多かった。アルカリ抽出、プロテアーゼ処理により、局在の形態を調べたところ、DnaK3はチラコイド膜の細胞質側に表在していると考えられた。チラコイド膜に結合しているHsp70は高等植物の葉緑体を含めても初めての例である。DnaK3の長いC末端非保存領域(C-terminal fragment:CTF)は特徴的なランダムコイル構造をとっていることが予測される。CTFとチラコイド膜局在との関係を調べるため、種々のキメラ蛋白質を構築し、その細胞内局在性を調べた。その結果、チラコイド膜局在には、CTFではなく、ペプチド結合ドメインに相当する領域が関与していることが示唆された。

[V]生育への必須性

 各dnaKの生育への必須性を調べるため、構造遺伝子中にカナマイシン耐性遺伝子を挿入することにより遺伝子破壊をこころみた結果、dnaK1は通常の生育には必須ではないが、dnaK2とdnaK3は生育に必須であると考えられた。また、dnaK3の発現量はdnaK1,dnaK2に比べてかなり少ないと考えられたが、過剰に発現させると、生育が阻害される現象も見られ、その発現は微妙に調節されているものと思われる。DnaK3のCTFの欠失による生育への影響は見られなかった。また、ATP結合領域をDnaK1,DnaK2のものに置き換えたキメラ蛋白質は、細胞内局在性においてはDnaK3同様にチラコイド膜への局在が見られたが、DnaK3の必須性を相補することはできず、DnaK3の必須な機能にはATP結合領域とペプチド結合領域の相互作用が必要である可能性が示唆された。

[VI]dnaK3温度感受性変異株

 dnaK2とdnaK3がともに生育に必須であることから、互いに特異的な機能を担っている可能性が考えられる。そこでDnaK3の基質に対する特異性を解析する目的で、C末端側のペプチド結合ドメイン以降にPCRによりランダムに変異を入れ、温度感受性変異株の取得を試みた。その結果、野生株は生育可能な42℃で生育できなくなった株を取得することができた。さらに、それらからは、復帰変異株が得られ、染色体上の単一部位の変異によるサプレッサー変異であることを確認した。また、dnaK3の下流にはHsp70/DnaKの機能に必要不可欠であり、共同して働くことが知られているHsp40/DnaJファミリーをコードする遺伝子(以下dnaJ7942とする)が存在しているが、これについてもHsp40ファミリー間で保存され、Hsp70との相互作用に必須であることが知られているJドメイン内に変異を持つ4つの温度感受性変異株を得た。

[VII]酵母two-hybridシステムを用いたDnaK3-DnaJ7942蛋白質間相互作用の解析

 dnaK3の下流に存在するdnaJ7942は生育に必須でありながらも過剰発現は生育に阻害的であることや、チラコイド膜への局在が顕著であることなど、DnaK3と性質の上でも似ており、両蛋白質が共同して働き、特異的なシャペロン機能を担っている可能性が考えられた。そこで、DnaK3とDnaJ7942との相互作用の可能性を酵母のtwo-hybridシステムを用いて調べた。その結果、DnaK3とDnaJ7942の組み合わせで活性が見られ、両蛋白質が相互作用している可能性が示された。DnaK2とDnaJ7942の組み合わせでも非常に弱い活性が見られたが、DnaK3-DnaJ7942に比べるとあきらかに低く、また、DnaK3と大腸菌のDnaJ、および、大腸菌のDnaKとSynechococcus7942株のDnaJ7942の組み合わせではまったく活性が見られなかった。このことから、DnaK3とDnaJ7942間の相互作用に特異性がある可能性が示唆された。

 以上、本研究により、シアノバクテリアSynechococcus sp.PCC7942に3つのdnaK相同遺伝子(dnaK1,dnaK2,dnaK3)が存在し、各DnaK蛋白質が異なる機能を持つことが示唆された。なかでもDnaK3はDnaK2とともに生育に必須であること、チラコイド膜へ比較的多く局在していることを明らかにした。さらに、オペロンを構成し、やはりチラコイド膜への局在が見られるDnaJ7942と特異的に相互作用している可能性を示唆した。分子シャペロンの機能の多様性と特異性の解析が課題となっている現在、これらがどのような特異的機能を持つのかは大変興味深く、その解析は有意義であると思われる。

参考文献1.Nimura,K.,Yoshikawa,H.,and Takahashi,H.(1994)Biochem.Biophys.Res. Commun.201,466-471.2.Nimura,K.,Yoshikawa,H.,and Takahashi,H.(1994)ibid.201,848-854.[See also author’s correction 205,2016-2017]3.Nimura,K.,Yoshikawa,H.,and Takahashi,H.(1996)ibid.229,334-340.4.Oguchi,K.,Nimura,K.,Yoshikawa,H.,and Takahashi,H.(1997)ibid.236,461-466.
審査要旨

 分子シャペロンは、新生ポリペプチド鎖の折り畳みや会合を通じた高次構造の形成、蛋白質の細胞内輸送の介添え、あるいはシグナル伝達や転写因子の調節、蛋白質分解などにおいて重要な役割を果たしている。代表的な分子シャペロンであるHsp70/DnaK蛋白質は、DnaJ蛋白質との特異的な相互作用によってATPase活性が促進され、蛋白質のfolding系や分解系において、中心的な役割を担っている。シアノバクテリア(ラン藻)は、細胞内小器官であるチラコイド膜を発達させており、高等植物と同じ酸素発生型の光合成を行う原核生物である。植物の光合成小器官である葉緑体は、原始シアノバクテリアが別の真核細胞に共生したことに由来すると考えられている。本研究は、単細胞性のシアノバクテリア、Synechococcus sp.PCC7942株(以下7942株と略記)におけるHsp70/DnaKホモログの機能を解析することを目的に行われたものであり、7章よりなる。

 序章では、研究の背景について述べている。第1章では、7942株のdnaK相同遺伝子の単離と塩基配列の決定について述べている。orf1,orf2,orf3の3つのDNA領域の塩基配列から、それぞれ655aa(71kD),634aa(68kD),749a(84kD)のHsp70/DnaKホモログ蛋白質をコードしていることが明らかになり、dnaK1,dnaK2,dnaK3と命名した。原核細胞において、複数のdnaKホモログ遺伝予の存在がはじめて明らかにされた。

 第2章は、7942株の3つのdnaK相同遺伝子の熱ショックに対する挙動について解析した結果を述べている。そのために、それぞれの非保存領域を含む部分蛋白質を大腸菌で生産する系を構築し、精製した蛋白質に対する抗体を作製した。これらのDnaK1,DnaK2,DnaK3に特異的な抗体を用いたウェスタンブロット解析により、熱ショック後のそれぞれの遺伝子産物の挙動について調べた。その結果、DnaK1は減少、DnaK2は増加、DnaK3量は変化しないことが分かった。

 第3章では、7942株dnaK遺伝子産物の大腸菌細胞への影響について調べた結果について述べている。dnaK1.dnaK3遺伝子を過剰発現させると細胞増殖の阻害(細胞の伸長)が見られた。一方、dnaK2は大腸菌のdnaK変異(ts)を相補できるので、大腸菌dnaK遺伝子の機能的ホモログであることが分かつた。

 第4章は、7942株におけるDnaK相同蛋白質の細胞内局在について述べたものである。細胞を細胞質膜、チラコイド膜、細胞質の各画分に分画し、ウエスタンブロット法により、各DnaK蛋白質の細胞内局在を調べた。その結果、DnaK1,DnaK2は細胞質に大部分が存在するのに対し、DnaK3はチラコイド膜の細胞質側に表在することが示された。チラコイド膜に結合しているDnaKホモログは、葉緑体を含めて初めての例である。DnaK3はC末端側に長い非保存領域(C-terminal fragment: CTF)が存在することから、この領域とチラコイド膜局在との関係について、種々のキメラ蛋白質を構築し、それらの局在を調べた。その結果、チラコイド膜への局在には、CTFではなく、ペプチド結合ドメインに相当する領域が関与していることが示唆された。

 第5章では、7942株の各dnaK遺伝子についてカナマイシンカセットの挿入による遺伝子破壊と細胞機能への影響を調べた結果について述べている。dnaK1は増殖に必須でないのに対し、dnaK2とdnaK3は必須遺伝子であることが明らかにされた。

 第6章は、DnaK3のC未端領域ヘランダムな変異を導入する系を用いたdnaK3の温度感受性変異株の取得と変異部位の解析について述べたものである。アミノ酸436番目のLeuからSerへの変異、アミノ酸587のLeuからProへの変異の2つが同定された。これらのサプレッサーを取得することができた。

 第7章は、酵母two-hybrid系による7942のDnaKホモログと7942株のDnaJとの相互作用について調べたもので、DnaK3とDnaJとの相互作用が示唆された。

 以上、本論文はシアノバクテリアSynechococcus sp.PCC7942株において分子シャペロンDnaKが複数存在することを明らかにするとともに、それらの機能分化と局在性などについて解析したものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク