分子シャペロンは、新生ポリペプチド鎖の折り畳みや会合を通じた高次構造の形成、蛋白質の細胞内輸送の介添え、あるいはシグナル伝達や転写因子の調節、蛋白質分解などにおいて重要な役割を果たしている。代表的な分子シャペロンであるHsp70/DnaK蛋白質は、DnaJ蛋白質との特異的な相互作用によってATPase活性が促進され、蛋白質のfolding系や分解系において、中心的な役割を担っている。シアノバクテリア(ラン藻)は、細胞内小器官であるチラコイド膜を発達させており、高等植物と同じ酸素発生型の光合成を行う原核生物である。植物の光合成小器官である葉緑体は、原始シアノバクテリアが別の真核細胞に共生したことに由来すると考えられている。本研究は、単細胞性のシアノバクテリア、Synechococcus sp.PCC7942株(以下7942株と略記)におけるHsp70/DnaKホモログの機能を解析することを目的に行われたものであり、7章よりなる。 序章では、研究の背景について述べている。第1章では、7942株のdnaK相同遺伝子の単離と塩基配列の決定について述べている。orf1,orf2,orf3の3つのDNA領域の塩基配列から、それぞれ655aa(71kD),634aa(68kD),749a(84kD)のHsp70/DnaKホモログ蛋白質をコードしていることが明らかになり、dnaK1,dnaK2,dnaK3と命名した。原核細胞において、複数のdnaKホモログ遺伝予の存在がはじめて明らかにされた。 第2章は、7942株の3つのdnaK相同遺伝子の熱ショックに対する挙動について解析した結果を述べている。そのために、それぞれの非保存領域を含む部分蛋白質を大腸菌で生産する系を構築し、精製した蛋白質に対する抗体を作製した。これらのDnaK1,DnaK2,DnaK3に特異的な抗体を用いたウェスタンブロット解析により、熱ショック後のそれぞれの遺伝子産物の挙動について調べた。その結果、DnaK1は減少、DnaK2は増加、DnaK3量は変化しないことが分かった。 第3章では、7942株dnaK遺伝子産物の大腸菌細胞への影響について調べた結果について述べている。dnaK1.dnaK3遺伝子を過剰発現させると細胞増殖の阻害(細胞の伸長)が見られた。一方、dnaK2は大腸菌のdnaK変異(ts)を相補できるので、大腸菌dnaK遺伝子の機能的ホモログであることが分かつた。 第4章は、7942株におけるDnaK相同蛋白質の細胞内局在について述べたものである。細胞を細胞質膜、チラコイド膜、細胞質の各画分に分画し、ウエスタンブロット法により、各DnaK蛋白質の細胞内局在を調べた。その結果、DnaK1,DnaK2は細胞質に大部分が存在するのに対し、DnaK3はチラコイド膜の細胞質側に表在することが示された。チラコイド膜に結合しているDnaKホモログは、葉緑体を含めて初めての例である。DnaK3はC末端側に長い非保存領域(C-terminal fragment: CTF)が存在することから、この領域とチラコイド膜局在との関係について、種々のキメラ蛋白質を構築し、それらの局在を調べた。その結果、チラコイド膜への局在には、CTFではなく、ペプチド結合ドメインに相当する領域が関与していることが示唆された。 第5章では、7942株の各dnaK遺伝子についてカナマイシンカセットの挿入による遺伝子破壊と細胞機能への影響を調べた結果について述べている。dnaK1は増殖に必須でないのに対し、dnaK2とdnaK3は必須遺伝子であることが明らかにされた。 第6章は、DnaK3のC未端領域ヘランダムな変異を導入する系を用いたdnaK3の温度感受性変異株の取得と変異部位の解析について述べたものである。アミノ酸436番目のLeuからSerへの変異、アミノ酸587のLeuからProへの変異の2つが同定された。これらのサプレッサーを取得することができた。 第7章は、酵母two-hybrid系による7942のDnaKホモログと7942株のDnaJとの相互作用について調べたもので、DnaK3とDnaJとの相互作用が示唆された。 以上、本論文はシアノバクテリアSynechococcus sp.PCC7942株において分子シャペロンDnaKが複数存在することを明らかにするとともに、それらの機能分化と局在性などについて解析したものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |