学位論文要旨



No 113553
著者(漢字) 林,信博
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ノブヒロ
標題(和) 原核生物由来のRubisCOの調節機構
標題(洋)
報告番号 113553
報告番号 甲13553
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1912号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨

 Calvinサイクルは植物、藻類や原核生物などの多くの独立栄養性物が持っている炭酸固定経路である。その鍵酵素はRibulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RubisCO)で、実際に炭酸固定を行う酵素である。RubisCOには植物から原核生物まで広く存在しているform I型(L8S8型)と一部の光合成細菌などでみられるform II型(Lx型)が存在する。原核生物ではこのRubisCO遺伝子を含め、Calvinサイクルを構成する酵素遺伝子が遺伝子群を形成していることが知られている。この遺伝子群の中には酵素遺伝子以外にも、cbbX、cbbYという機能不明のタンパク質をコードする遺伝子や、転写レベルの調節を行うタンパク質をコードする遺伝子cbbRが存在する。一方植物や藍藻では、RubisCOの翻訳後の活性調節を行うタンパク質としてRubisco activaseの存在が知られている。Rubisco activaseはCO2、RuBP、ATP濃度に依存してRubisCOを活性化すると考えられている。

 以上のような背景をもとに、本研究では特に当研究室で取得された高温性の水素酸化細菌Hydrogenoluteola thermophilus TH-1株を中心として、炭酸固定遺伝子群の構造を明らかにし、RubisCO発現、活性の調節機構を明らかにすることを目的とした。

第一章Hydrogenoluteola thermophilusの分子系統学的研究

 Pseudomonas hydrogenothermophila TH-1株は当研究室で取得された生育至適温度52℃の高温性の水素酸化細菌であるが、分子系統学的研究はまだされていなかった。そこで、TH-1株の16SrDNAの塩基配列を決定し、近隣結合法により系統樹を作製した。その結果、P.hydrogenothermophilaは新属に属すると考えられ、Hydrogenoluteola thermophilusと命名した。

第二章Hydrogenoluteola thermophilusの炭酸固定遺伝子群とその調節

 TH-1株のRubisCO遺伝子は既にクローニングされ、塩基配列も決定されている。そこで、まずRubisCO遺伝子の周囲の塩基配列を決定し、下流にさらに新たに5個のORFを発見した(cbbQODYA)。cbbQ,cbbDは脱窒遺伝子群中に存在する機能不明の遺伝子nirQ/norQ、norDとそれぞれ有為な相同性を示した。cbbAはFructose 1,6-bisphosphate aldolase(FBA)遺伝子と考えられたが、この遺伝子を大腸菌内で大量発現させた場合、微弱な活性しか発現しなかった。cbbAのさらに下流にはN末側約400残基の比較のみであるが、Pyruvate kinaseと高い相同性をもつ遺伝子が存在した。一方RubisCO遺伝子の上流にはMutTドメインをもつタンパク質をコードする遺伝子が存在し、そのさらに上流にも炭酸固定に関連した遺伝子は存在しなかった。また、RubisCO遺伝子のすぐ上流にはLysR binding siteを含むpromoter配列が存在し、RubisCO遺伝子群はLysR typeのタンパク質CbbRによって調節されていると考えられた。

 多くの原核生物ではRubisCOはLysRタイプの転写レベルの調節タンパク質によって正に調節されており、CO2の存在下で発現する。TH-1株でも培養条件を変化させて、RubisCOの発現量、活性、FBA活性と膜結合型、可溶性の2種のHydrogenase活性を測定した。その結果RubisCOはCO2によって誘導され、膜結合型Hydrogenaseとリンクして活性が調節させていると考えられたが、FBAと可溶性Hydrogenaseはそれぞれ異なる調節機構が存在すると考えられた。

第三章新規タンパク質CbbQ、CbbOの機能

 TH-1株のRubisCO遺伝子(cbbLS)の下流に存在するcbbQ、cbbOの翻訳産物の機能を調べるために、RubisCO遺伝子上流のプロモーター配列を含まないように、cbbLS、cbbLSQ、cbbLSO、cbbLSOQ遺伝子をpUC119にサブクローニングし、大腸菌内で発現させ、その細胞粗抽出液からRubisCOを精製した。cbbLSQ、cbbLSO、cbbLSOQを発現させた大腸菌から精製したRubisCOのほうが、cbbLSのみから精製されたRubisCOよりもVmaxが高く、CbbQ、CbbOが大腸菌内でRubisCOを活性化していると考えられた。また、活性の高いRubisCOは(特にcbbLSOQから精製されたRubisCO)は超音波処理に関しても安定性が高かった。さらに、CDスペクトル等によって、4種類のRubisCO構造が異なることも示した。以上により、CbbQ、CbbOはRubisCOの翻訳後に構造に何らかの変化を起こすことで、活性化、安定化すると考えられた。

 またcbbQはPseudomonas aeruginosaのnirQと高い相同性を示すが。nirQ遺伝子をRubisCO遺伝子とともに大腸菌に発現させ、RubisCO活性を測定したところ、cbbQの場合と同程度の活性の上昇がみられた。CbbQ/NirQはタンパク質を翻訳後に活性化する新しいタンパク質のファミリーと考えられた。

第四章Hydrogenovibrio marinusのcbbQ

 Hydrogenovibrio marinus MH-110株は当研究室で取得された海洋性水素酸化細菌である。本菌は2つのform I型と1つのform II型のRubisCO遺伝子をもつ。これらのRubisCO遺伝子のうちのform II型RubisCOの下流にもcbbQが存在した。このcbbQがTH-1株のRubisCOやMH-110株の3種類のRubisCOを活性化するかどうかも調べた。RubisCO遺伝子のみをpUC119に、cbbQをpACYC184にligationし、それらの遺伝子を発現させた大腸菌の細胞粗抽出液のRubisCO活性を測定した。その結果2種類のcbbQはTH-1株のRubisCO、MH-110株のform II型のRubisCOを活性化した。また、MH-110株のfrom I型のRubisCOの活性化の程度は低かった。よってCbbQにはRubisCOに対する特異性があることが示唆された。またform II型RubisCOがCbbQにより活性化されたことから、CbbQはRubisCOのLサブユニットに働いていると考えられた。

第五章CbbQのATPase活性、CbbOの二酸化炭素結合能

 CbbQはG***GKS/TからなるATP binding siteをもつ。このタイプのATP binding siteをもつタンパク質はATPase活性をもつ場合がある。TH-1株のcbbQを発現させた大腸菌の細胞粗抽出液には50℃でATPase活性が存在した。一方、TH-1株のcbbOを発現させた大腸菌の細胞粗抽出液には微弱ではあるが、二酸化炭素の取り込み活性が存在した。この活性はRubisCOの本来の二酸化炭素の取り込み活性とは異なるものであった。そこでまず、CbbQを大腸菌内で発現させ、細胞粗抽出液から精製し、N末のアミノ酸配列を確認し、ATPase活性をもつことことを示した。また、ゲル濾過により、CbbQは10量体程度の多量体を形成していることが示唆された。

第六章高温性藍藻の単離と培養

 タイ北部と伊豆の温泉付近の土壌から生育至適温度50℃の高温性藍藻を7株取得した。これらは全て、Chroococcidiopsis sp.に属すると同定された。これらの株のうちタイから取得されたTS-821株について培養条件について検討を行ったところ、広い範囲でのpH、高いCO2分圧で生育が可能であった。またCO2分圧0%から20%で培養した菌体を用いてRubisCO活性を測定したところ、CO2分圧5%で最も高い活性を示した。さらに光の強度、培地成分の濃度を変化させて培養し、これらの結果をもとに、高濃度培養を行った。その結果、1.8g/lと藍藻としては高い値を示した。またこの時、培地中に糖類の溶出がみられた。さらに、高濃度培養後の菌体からC-Phycocyaninを精製し、熱に対する安定性が常温菌のものより高いことを示した。

まとめ

 新属に属すると考えられる高温性水素酸化細菌、H.thermophilusはLysR typeの調節タンパク質であるCbbRによって、二酸化炭素の存在下でRubisCOは発現することが示唆された。その後、一般的に知られているGroEによってfolding、assemblyが行われ、L8S8構造になると考えられた。さらに新規のタンパク質CbbQ、CbbOによってRubisCOは構造が変化し、活性化、安定化することが示唆された。また、CbbQはATP、CbbOはCO2をシグナルとして認識し、RubisCOの活性を調節していると考えられた。cbbQは相同遺伝子が脱窒遺伝子群中にも存在し、酵素の活性を調節するタンパク質のファミリーであると考えられた。

 これら、転写レベル、翻訳後の調節タンパク質の機能、調節機構を明らかにすることで、炭酸固定を人為的に調節し、応用的にも役立てていくことが可能になると期待される。

図表
審査要旨

 Calvinサイクルは植物、藻類や原核生物などの多くの独立栄養性物が持っている炭酸固定経路である。その鍵酵素はRibulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RubisCO)で、実際に炭酸固定を行う酵素である。RubisCOには植物から原核生物まで広く存在しているform I型(L8S8型)と一部の光合成細菌などでみられるform II型(Lx型)が存在する。原核生物ではこのRubisCO遺伝子を含め、Calvinサイクルを構成する酵素遺伝子が遺伝子群を形成していることが知られている。この遺伝子群の中には酵素遺伝子以外にも、cbbX、cbbYという機能不明のタンパク質をコードする遺伝子や、転写レベルの調節を行うタンパク質をコードする遺伝子cbbRが存在する。

第一章Hydrogenoluteola thermophilusの分子系統学的研究

 Pseudomonas hydrogenothermophila TH-1株は当研究室で取得された生育至適温度52℃の高温性の水素酸化細菌であるが、分子系統学的研究はまだされていなかった。そこで、TH-1株の16S rDNAの塩基配列を決定し、近隣結合法により系統樹を作製した。その結果、P.hydrogenothermophilaは新属に属すると考えられ、Hydrogenoluteola thermophilusと命名した。

第二章Hydrogenoluteola thermophilusの炭酸固定遺伝子群とその調節

 TH-1株のRubisCO遺伝子は既にクローニングされ、塩基配列も決定されている。そこで、まずRubisCO遺伝子の周囲の塩基配列を決定し、下流にさらに新たに5個のORFを発見した(cbbQODYA)。cbbQ、cbbDは脱窒遺伝子群中に存在する機能不明の遺伝子nirQ/norQ、norDとそれぞれ有為な相同性を示した。cbbAはFructose 1,6-bisphosphate aldolase(FBA)遺伝子と考えられたが、この遺伝子を大腸菌内で大量発現させた場合、微弱な活性しか発現しなかった。RubisCO遺伝子のすぐ上流にはLysR binding siteを含むpromoter配列が存在し、RubisCO遺伝子群はLysR typeのタンパク質CbbRによって調節されていると考えられた。

第三章新規タンパク質CbbQ、CbbOの機能

 TH-1株のRubisCO遺伝子(cbbLS)の下流に存在するcbbQ、cbbOの翻訳産物の機能を調べるために、RubisCO遺伝子上流のプロモーター配列を含まないように、cbbLS、cbbLSQ、cbbLSO、cbbLSQO遺伝子をpUC119にサブクローニングし、大腸菌内で発現させ、その細胞粗抽出液からRubisCOを精製した。その結果、CbbQ、CbbOはRubisCOの翻訳後に構造に何らかの変化を起こすことで、活性化、安定化すると考えられた。

第四章Hydrogenovibrio marinusのcbbQ

 Hydrogenovibrio marinus MH-110株の3種類のRubisCO遺伝子のうちのform II型RubisCOの下流にもcbbQが存在した。このcbbQがTH-1株のRubisCOやMH-110株の3種類のRubisCOを活性化するかどうかも調べた。その結果2種類のcbbQはTH-1株のRubisCO、MH-110株のform II型のRubisCOを活性化した。また、MH-110株のform I型のRubisCOの活性化の程度は低かった。よってCbbQにはRubisCOに対する特異性があることが示唆された。またform II型RubisCOがCbbQにより活性化されたことから、CbbQはRubisCOのLサブユニットに働いていると考えられた。

第五章CbbQのATPase活性、CbbOの二酸化炭素結合能

 TH-1株のcbbQを発現させた大腸菌の細胞粗抽出液には50℃でATPase活性が存在した。一方、TH-1株のcbbOを発現させた大腸菌の細胞粗抽出液には微弱ではあるが、二酸化炭素の取り込み活性が存在した。この活性はRubisCOの本来の二酸化炭素の取り込み活性とは異なるものであった。そこでまず、CbbQを大腸菌内で発現させ、細胞粗抽出液から精製し、N末のアミノ酸配列を碓認し、ATPase活性をもつことことを示した。

第六章高温性藍藻の単離と培養

 タイ北部と伊豆の温泉付近の土壌から生育至適温度50℃の高温性藍藻を7株取得した。これらは全て、Chroococcidiopsis sp.に属すると同定された。これらの株のうちタイから取得されたTS-821株について培養条件について検討を行ったところ、広い範囲でのpH、高いCO2分圧で生育が可能であった。高濃度培養を行った結果、1.8g/lと藍藻としては高い値を示した。

 以上、本論文は炭酸固定経路の鍵酵素であるRubisCOの翻訳後の調節を中心とした調飾機構に関して検討を加えており、学術上貢献するところが少なくない。これら、転写レベル、翻訳後の調節タンパク質の機能、調節機構を明らかにすることで、炭酸固定を人為的に調節し、応用的にも役立てていくことが可能になると期待される。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク