RubisCO(Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase)とは、空気中のCO2を固定化する酵素であり、自然界における炭酸固定の大部分はこのRubisCOによって行われている。現在、CO2濃度の急激な上昇に伴う地球温暖化が、大きな環境問題となっており、RubisCOを機能的に改変し、生物によるCO2固定化の向上に応用しようという研究に関心が高まっている。 RubisCOは対立する二つの反応、Carboxylase反応(CO2固定)と、Oxygenase反応(O2消費)を触媒する酵素であり、また、RubisCO反応速度は一般の酵素の1/10〜1/100と非常に効率が悪い酵素である。従って、RubisCOの構造と機能との関係について深く理解し、機能改変を行っていく必要がある。 RubisCOはL2型RubisCOとそれから進化したL8S8型RubisCOの二種類に大きく分類できる。本研究で用いた海洋性水素細菌Hydrogenovibrio marinus MH110は、1種のL2型、2種のL8S8型RubisCOの合計3種のRubisCOをもつ非常にユニークな菌である。これらの違いを詳しく調べることは、学術的に興味深いばかりでなく、機能改変の面からも非常に重要である。本研究では特に2種のL8S8型RubisCO、L1S1及びL2S2について研究を行った。 1.L1S1,L2S2遺伝子の大腸菌内での発現 H.marinusではベクターなどの基礎的な遺伝子工学手法が確立していないため、大腸菌の遺伝子発現系を利用して、H.marinus MH110の持つ2種類のL8S8型RubisCO遺伝子を安定して発現させるための実験を行った。 1-1.プラスミドの構築と大腸菌内での発現確認 L1S1,L2S2をコードする遺伝子cbbL1S1,cbbL2S2を大腸菌プラスミドpUC19に組み込んだpJY1,2を構築し、E.coli JM109内で発現させた。抽出液をWestern Blottingにかけた結果より、MH110由来のL1S1,L2S2いずれのL8S8型RubisCOも、大腸菌内での発現が可能であった。 1-2.酵素の精製及びアセンブリの確認 L8S8型RubisCOは8個ずつのLarge及びSmallサブユニットから形成されている。この様なタンパク質を異種菌株で発現させた場合、例えタンパク質自体は発現していても、アセンブリしていない可能性もある。また、酵素の機能を詳細に調べるためには精製が必要だが、複雑な酵素の場合、精製段階でその構造が崩壊してしまう可能性も考えられる。そこで、2種類のRubisCOを精製すると同時に、アセンブリが正常に行われているかどうかの確認を行った。 RubisCOのアセンブリは、酵素のゲルろ過から得られたフラクションを、溶出時間ごとにSDS-PAGEにかけ、LサブユニットとSサブユニットのバンドが同じフラクションに表れるかどうかで確認した。この結果、大腸菌発現系において、L1S1およびL2S2いずれの精製酵素も酵素活性を保持し、アセンブリも問題なく行われていることが明らかになった。 1-3.酵素パラメーターの検討 RubisCO酵素の機能的指標として、相対的炭酸固定能力を示す値(carboxylase/oxygenase)と、絶対的炭酸固定能力を示すCarboxylaseの最大速度Vcmaxが重要なパラメーターであり、この二つのパラメーターに重点を置いて検討した。 本研究で求めたL1S1,L2S2の精製RubisCOの値とVcmaxをTable1に示す。 Table 1 この結果から、アミノ酸配列の相同性の極めて高いRubisCOでさえ、この様に特性が異なることが明らかとなり、この原因を探るために次の実験を行った。 2.L,Sサブユニット間でのキメラ酵素の活性 RubisCOの酵素活性中心は、Lサブユニットに存在し、シアノバクテリアと高等植物の間においてもLサブユニットのアミノ酸配列の相同性は70%程度と高い。一方、Sサブユニットの相同性が40%程度であることより、生物の進化に伴うRubisCOの進化(値の上昇)には、Lサブユニット以外にも、Sサブユニットが大きな役割を持っているのではないかと考えた。そこで本研究では、特にSサブユニットに注目して実験を行った。 H.marinus MH110のL1S1,L2S2間の相同性は高く、Lサブユニットが77.6%で、Sサブユニットが62.2%である。しかし、L1S1とL2S2の酵素特性には上に述べたような差が見られることより、どのアミノ酸配列の違いが、酵素特性の違いになって表れているかを検証することが機能改変を行う上で重要である。そこで、2種RubisCOを利用し、それぞれのLSサブユニットを交換し、L1S2,L2S1というキメラ酵素を構築し、酵素特性の変化を調べた。 2-1.キメラ酵素(L1-S2,L2-S1 RubisCO)の構築 L1S1-L2S2間でキメラを構築するため、まずcbbL1-cbbS1の間、cbbL2-cbbS2の間、それぞれにPCR法を利用して制限酵素Apa Iサイトを導入した。この制限酵素サイト導入により酵素活性に変化がないことを確認した上で、Apa Iを利用してL1-S2およびL2-S1のキメラRubisCOを構築した。 2-2.酵素パラメーターの検討 酵素精製およびアセンブリ確認の結果、L1S2キメラのアセンブリは確認できたが、L2S1キメラはアセンブリしないことが明らかになった(Table2)。 Table 2 L1S2の値はL1S1とほとんど変わらなかったが、Vcmaxは大きく低下した。この二つの結果より、Sサブユニット交換は、酵素活性やアセンブリに大きく影響を与えることが明らかになった。 3.キメラSサブユニットを利用したRubisCOの酵素活性 Sサブユニットがどの様にL1,L2サブユニットのアセンブリや酵素活性に影響を与えるかをさらに調べるために、新たにS1,S2サブユニット間でキメラSサブユニットを構築し、Lサブユニットと組み合わせたキメラ酵素を構築した。 3-1.Sサブユニット63番目のアミノ酸部位での交換 Sサブユニットは120程度のアミノ酸で構成されるので、そのほぼ中間点で交換したS1-(63)-S2およびS2-(63)-S1のキメラSサブユニットを構築した。 Table 3 この結果、L1-[S2-(63)-S1]のキメラ酵素がアセンブリ不可能であった(Table 3)。L1-S2キメラ酵素がアセンブリ可能であったのに対し、S2サブユニットの後半部分を、本来のパートナーであるS1サブユニットに交換することにより、アセンブリもできなくなってしまった。このことより、単純に特定のアミノ酸部位がLサブユニットとのアセンブリに影響を与えているのではなく、Sサブユニット全体の立体的構造も重要であることが推察される。 3-2.Sサブユニット26番目のアミノ酸部位での交換 さらに詳しくキメラSサブユニットの特性について検討するために、S1-(26)-S2およびS2-(26)-S1のキメラSサブユニットを構築した。 Table 4 この結果、L1-[S1-(26)-S2]は値がL1S1と同程度のまま、VcmaxがL2S2と同程度に高くなり、機能改善に成功した(Table 4)。 4.Sサブユニットに点変異導入したRubisCO酵素の構築 アミノ酸配列の保存性はLサブユニットに比べ、Sサブユニットの方が低いが、Sサブユニットにおいても10〜20番目のアミノ酸の保存性は高く、この領域がLサブユニットの活性中心部分と相互作用することが分かっている。 そこでPCR法により点変異を導入し、この領域のアミノ酸を交換した場合の値の変化を検討した。この際、MH110のS1サブユニットの10〜20番目のアミノ酸配列と、高い値を持つ高等植物RubisCOのSサブユニットの配列とを比較して、高等植物だけに見られるアミノ酸を点変異導入した。 この結果、変異RubisCOの値やVcmaxに変化が見られ、またLサブユニットとのアセンブリにも影響を与える変異も得られた。しかし、現段階では値やVcmaxが元のRubisCOよりも高くなった変異RubisCOは得られていない。 結論 L8S8型RubisCOの機能改変については、多くの研究がなされているが、そのほとんどが活性中心を持つLサブユニットが対象であったのに対し、本研究では、特にSサブユニットに注目して実験を行ってきた。また、H.marinus MH110株が2種類のL8S8型RubisCOを持つことを利用し、さまざまなキメラ酵素を構築した。同一菌体由来の2種RubisCO間でのキメラ酵素や、キメラSサブユニットという概念を取り入れた研究は、世界でも例がなく、非常に有意義な結果が得られたと言える。本研究の結果、キメラの組み合わせによってはアセンブリさえ不可能になったり、値やVcmaxも変化することが明らかになり、Sサブユニットが酵素活性に大きな影響を与えていることが明らかになった。また、一部キメラにおいてはもとのRubisCOよりも機能的に高い酵素活性が得られ、正方向の機能改変に成功した。今後は遺伝子工学的手法を用い、さらに詳しく構造と酵素活性の関係を調べることにより、さらなる機能改善を目指したい。 |