学位論文要旨



No 113572
著者(漢字) 石村,隆太
著者(英字)
著者(カナ) イシムラ,リュウタ
標題(和) 胎盤細胞膜タンパク質の生化学的研究 : Gタンパク質サブユニットの分子修飾
標題(洋)
報告番号 113572
報告番号 甲13572
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1931号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
内容要旨

 胎盤は、代謝・免疫・内分泌等の多岐にわたる機能を有し、母子双方の妊娠期特有な生体環境をつくりだしている。胎盤の多彩な機能は、胎仔の成長に伴い、時期特異的な調節をうけ変化していると考えられる。胎盤の時期特異的な変化を調べるため、ラット胎盤の細胞膜タンパク質をPercoll密度勾配遠心法で高度に精製し、二次元電気泳動で展開し、発現量の変化する膜タンパク質を検出した[Ishimura et al,1995]。約800種の膜タンパク質が検出され、妊娠中期に発現量の多い119種類の、また妊娠後期に特異的な31種の膜タンパク質が検出された。これら発現量の変化する150種の膜タンパク質には、胎盤の機能調節に関わる分子や、ある特定の細胞種に発現しているハウスキーピング遺伝子産物等も含むと考えられる。本研究では、第一章にて、150種の中から更に時期特異的な機能に関わる膜タンパク質を探索し、第二章では、妊娠中期特異的な細胞膜タンパク質の解析を行い、第三、四章で、後期特異的な細胞膜タンパク質について解析を行い、胎盤の時期特異的な機能の調節機構について考察した。

第一章:

 妊娠ラットにPMSGとhCGの投与により排卵を誘起し、卵巣に新たに黄体を導入し、妊娠期間を延長させたラット(NCラット)では、妊娠後期にも関わらず、正常妊娠ラットの妊娠中期特異的な機能を回復する。つまり、正常妊娠ラット妊娠20日目とNCラット妊娠20日目の細胞膜タンパク質を比較することによって、時期特異的な機能に同期して発現する分子を検出することが可能となる。正常妊娠ラット妊娠12日目(妊娠中期に相当)と20日目、NCラット妊娠20日目の胎盤細胞膜タンパク質を二次元電気泳動で展開し、比較を行った。その結果、妊娠中期の機能と同期して発現を示す、3種類の膜タンパク質が検出され、psM-I(MW 76.4k,pI5.8)、psM-II(68.4k,5.5)、psM-III(44.2k,5.6)と命名した。また、妊娠後期特異的な機能と同期して発現を示す、3種類の膜タンパク質が検出され、psL-I(MW 36.2k,pI5,3)、psL-II(35.9k,5.3)、psL-III(27.0k,5.1)と命名した。妊娠期間中、発現量の変化する150種の膜タンパク質から、時期特異的な機能に関連した6種の膜タンパク質を選びだすことに成功した。

第二章:

 妊娠中期特異的なpsM-IIIの解析を行った。psM-IIIは、胎盤では妊娠18日目までほぼ一定のレベルで発現されており、妊娠20日目に検出限界以下となる。妊娠末期に突如として消失することから、psM-IIIは、分娩機構にも関与している可能性が考えられた。また、ラット胎盤の絨毛膜由来の培養細胞であるRcho-1細胞での発現を調べたところ、Rcho-1細胞が未分化な状態では発現しているが、分化を誘導すると検出限界以下となる。これから、細胞の増殖と分化の調節にも関与している可能性が考えられた。Rcho-1未分化細胞の細胞膜画分では、psM-IIIは、タンパク質構造解析を行うに充分な発現量を有していたため、同画分を調製用二次元電気泳動で展開し、psM-IIIを分離・精製した(合計50から100pmol)。それを、リジン残基特異的な酵素Achromobacter lyticus protease I(API)を用いて切断した後、得られた断片化ペプチドを逆相HPLC(C8カラム)で分離し、明瞭なピークである#18と#19のフラクションをアミノ酸配列分析に処した。#18について、GESITGLLQEFDVQEの配列が、#19について、XXYNPLFNSの配列が得られた。上記配列のデーターベース検索を行った結果、高い相同性を有する分子として、4種の遺伝子、TDD5、Ndr1、Drg1、RTPが検出された。これらは、いずれも1996、7年に報告された新しい分子である。今後、Rcho-1細胞を用いて、psM-IIIの分子機能、特に細胞の増殖・分化において解析を進めることが必要と考えられた。分娩機構を含めた胎盤の時期特異的な機能調節に関わる未知の分子の単離に成功した。

第三章:

 妊娠後期特異的に発現される胎盤細胞膜タンパク質、psL-IとpsL-IIの解析を行った。二次元電気泳動像において、psL-Iに対しpsC-I、またpsL-IIに対しpsC-IIと、アイソフォーム様の分子が存在していることに気付き、これらを含め解析した。psC-IとpsC-IIは、妊娠期全般にわたり発現しており、psL-IとpsL-IIは妊娠16日目以降に発現する。

 二次元電気泳動で分離精製した4種のタンパク質を、それぞれAPIを用いて処理した後、断片化ペプチドを逆相HPLC(C18カラム)で分離した。クロマトグラムを比較した結果、psL-IとpsC-Iは、ペプチドピークの出現が全て一致しており、同一のタンパク質部位を有する分子であることがわかった。同様に、psL-IIとpsC-IIについてもクロマトグラムを比較したところ、同一のタンパク質部位を有する分子であることがわかった。また、psL-IとpsL-IIおよびpsC-IとpsC-IIのクロマトグラムを比較した結果、類似したタンパク質一次構造次を有する分子であることがわかった。次に、psC-Iのペプチド断片をアミノ酸配列分析機に供して中間配列を決定した結果、psL-IとpsC-Iは、Gタンパク質1サブユニットであることがわかった。ペプチドマッピングの結果から、psL-IIとpsC-IIは他のサブユニットと予測されたが、逆相HPLCで得られた全てのペプチドピークを質量分析系で解析した結果、2サブユニットであることがわかった。これから、胎盤では、1および2サブユニットには、翻訳後修飾がおきていることが考えられた。サブユニットには生体内細胞では翻訳後修飾されていることは知られていない。唯一、サブユニットは、in vitroでヒスチジン残基がリン酸化されることが報告されている。この修飾は不安定で、熱処理や酸性処理で容易に脱結合することが知られており、追試を行ったところ同修飾ではないことが解った。胎盤細胞で起きているサブユニットの修飾機構は、全く知られていない現象である。

第四章:

 Gタンパク質は細胞内情報伝達系の最も上流に位置する。サブユニットの三量体から構成され、受容体刺激によりサブユニットとサブユニットに解離する。近年、サブユニットは、膜の脱分極、受容体タンパク質の脱感作、セカンドメッセンジャーの合成調節、細胞増殖シグナルの調節等に関与することが明らかになってきており、細胞内機能調節において重要な役割を果たしていると考えられてきている。興味深いことにヒト、ウシ、ラット、マウスでは1、2サブユニットのアミノ酸配列は、それぞれ100%、99.7%保存されており、種を超えて同分子の高次構造維持が重要であると推察される。逆に、サブユニットに修飾付加がおこれば、高次構造に変化をもたらし、他の分子との会合性も大きく変わってくることが容易に推察される。

 妊娠後期の胎盤で起きているサブユニット修飾は、胎盤特異的なのであろうか?修飾されたサブユニットが他の臓器で発現されているならば、哺乳動物細胞において新たなGタンパク質調節系が存在する可能性を提示することになる。二次元電気泳動を用い、他の臓器(胎盤、脳、卵巣、肝臓、腎臓)でのサブユニットの修飾の有無を調べたところ、胎盤ばかりでなく、脳にもおきていた。従って、サブユニット修飾は、上記以外の臓器でもおきている可能性が考えられ、サブユニット修飾機構の普遍性が考えられた。

 また、有用なin vitroモデル系の存在は今後の有力な解析手段となる。Rcho-1細胞でのサブユニットの修飾を二次元電気泳動で調べたところ、未分化から最終分化に向かう過程で修飾されたサブユニットの発現が増加することがわかった。Rcho-1細胞は、同修飾機構と修飾されたサブユニットの分子機能について解析を進める上で、有用なin vitroのモデルになると考えられる。また、今後のRcho-1細胞を用いた解析は、脳細胞等におけるGタンパク質機能調節機構にも還元できる可能性を含み、その意義も大きいと考えられた。

 本研究では、胎盤の時期特異的な機能に関わる細胞膜タンパク質の一次構造と発現の解析を行った。psM-IIIは、分娩機構を含めた胎盤の機能調節に関わっていると考えられ、また、細胞の増殖・分化の調節にも関与している可能性が考えられた。また、後期特異的であるpsL-I、-IIを解析し、これらが新規修飾をうけたGタンパク質1、2サブユニットであることを明らかにした。種を超え高次構造が保存されていること、また、会合する分子が多種存在することから、サブユニットの修飾基付加により、下流の情報伝達経路が大きく歪められても不思議ではない。現在まで、サブユニットの修飾は無いとされているが、新たな細胞内シグナル伝達調節系の存在が示唆された。また、同修飾機構が、胎盤と脳にも存在しており、普遍性のある現象であると考えられた。本研究により、胎盤の妊娠中期から後期特異的な機能の変化が、サブユニットに分子修飾がおきることにより、調節されていることを明らかにした。

審査要旨

 胎盤は、代謝・免疫・内分泌等の多岐にわたる機能を有し、これらの機能は時期特異的に調節されている。本研究論文は胎盤機能の時期特異的な調節機構を調べることを目的とし、ラット胎盤の細胞膜タンパク質に着目し、主に二次元電気泳動法とタンパク質のアミノ酸配列を決定する手法を用いて解析を行っている。

 約800種の膜タンパク質について二次元電気泳動にて検出し、これらより、妊娠の進行に伴い発現量の変化する150種の膜タンパク質を選びだした。これら150種には、ハウスキーピング遺伝子産物等も含むと考えられ、胎盤の時期特異的な機能に関わる分子の探索を行う必要性が考えられた。そこで、ホルモン処置により卵巣に新たに黄体を導入し、妊娠期間を延長させたラット(NCラット)では、妊娠後期にも関わらず、正常妊娠ラットの妊娠中期特異的な機能を回復することを利用し、正常妊娠ラットとNCラット妊娠20日目を比較し、時期特異的な機能に同期して発現する膜タンパク質の検出を試み、妊娠中期の機能に関わるpsM-I(MW76.4k,pI5.8)、psM-II(68.4k,5.5)、psM-III(44.2k,5.6)、および、妊娠後期特異的な機能に関わるpsL-I(MW36.2k,pI5.3)、psL-II(35.9k,5.3)、psL-III(27.0k,5.1)を検出した。

 まず、妊娠中期特異的なpsM-IIIの解析を行った。psM-IIIは、妊娠18日目までほぼ一定のレベルで発現されており、妊娠20日目に検出限界以下となる。ラット胎盤由来の培養細胞であるRcho-1細胞では未分化な状態では発現しているが、分化すると消失し、細胞の増殖と分化の調節にも関与していると考えられた。Rcho-1未分化細胞を用い二次元電気泳動法でpsM-IIIを分離精製し、リジン残基特異的な酵素Achromobacterlyticus protease I(API)を用いて切断した後、得られた断片化ペプチドを逆相HPLC(C8カラム)で分離した。2種の明瞭なピークをアミノ酸配列分析に処した。得られたアミノ酸配列を基にデーターベース検索を行った結果、4種の高い相同性を有する分子(TDD5,Ndr1,Drg1,RTP)が検出された。これらは、いずれも近年報告された未知機能分子である。胎盤の時期特異的な機能調節に関わる未知な機能の分子の同定に成功した。

 次に、psL-IとpsL-IIの解析を行った。二次元電気泳動像において、psL-Iに対しpsC-I、またpsL-IIに対しpsC-IIと、アイソフォーム様の分子の存在に気付き、これらを含め解析した。psC-I、-IIは、妊娠期全般にわたり発現しており、psL-I、-IIは妊娠16日目以降に発現していた。二次元電気泳動で分離精製した4種のタンパク質をAPIで処理した後、逆相HPLC(C18カラム)で分離した。ペプチドマップの結果、psL-IとpsC-I、およびpsL-IIとpsC-IIは、同一のタンパク質部位を有し、また、psL-IとpsL-IIおよびpsC-IとpsC-IIは、類似した一次構造を有する分子であることがわかった。これに加え、アミノ酸配列分析、質量分析の結果から、psL-IとpsC-Iは、Gタンパク質1サブユニット、またpsL-IIとpsC-IIは2サブユニットであることがわかった。これから、胎盤では、1,2サブユニットに翻訳後修飾がおきていることが考えられた。

 サブユニットの翻訳後修飾としては唯一、ヒスチジン残基がリン酸化されることが報告されているが、追試を行ったところ同修飾ではないことが解った。胎盤細胞で見られたサブユニットの修飾は、新規のものである。サブユニットの分子修飾は、胎盤以外の臓器(脳、卵巣、肝臓、腎臓)で調べたところ、脳でも見られた。従って、同修飾は上記以外の臓器でもおきている可能性が考えられた。Gタンパク質サブユニットは、近年、会合する多様な分子群が知られ、細胞内機能調節において重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。サブユニットのアミノ酸配列は、ヒト、ウシ、ラット、マウスで100%保存されており、種を超え同分子の高次構造維持が重要であると推察される。

 以上、本論文では、三量体Gタンパク質のサブユニットの分子修飾が妊娠後期胎盤に発現していること、妊娠中期に一連の特異遺伝子の発現のあることが明らかにされ、胎盤の機能調節に関する新たな知見が加わった。特にGタンパク質の分子修飾については他の組織での重要性も推定され重要な発見である。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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