学位論文要旨



No 113573
著者(漢字) 伊東,輝夫
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,テルオ
標題(和) 犬におけるヒト組換えBone Morphogenetic Protein-2の骨修復作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 113573
報告番号 甲13573
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1932号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 西村,亮平
内容要旨

 癒合不全骨折あるいは大きな骨欠損を伴う骨折は、小動物獣医学領域においてもしばしば遭遇する疾患である。これらの症例では、しばしば骨の短縮、線維化、骨の大欠損のため治療が困難である。従来、これらに対する治療法としては自家骨、あるいは同種骨、異種骨の移植が用いられてきたが、自家骨採取部位あるいは骨量に限界のあること、移植骨の処理が煩雑であること、時に移植により何らかの疾患を伝染させる可能性のあること等の問題があった。骨移植に代わる方法として骨形成能のある成長因子が研究されてきた。それらのひとつにBone Morphogenetic Protein(BMP)がある。BMPは、脱灰骨基質をげっ歯類の皮下や筋肉内に移植すると短期間に骨形成が生じることから発見された。その後ヒトのBMPをコードする遺伝子が発見され、現在までに12種のヒト組換えBMPが合成されている。それらの中でもヒト組換えBMP-2(rhBMP-2)は最も骨形成能が高く、新しい骨修復法としての臨床応用が期待されている。

 BMPの臨床応用のためにはいくつかの課題が残されている。その第一は、従来の研究からrhBMP-2はマウス、ラット等ではきわめて骨形成効果が高いが、犬、サルといった高等動物ではその効果が低いことが示唆されている点である。第二に、BMPに骨誘導作用を発揮させるためにはBMPを徐々に放出するための何らかの担体が必要である。しかし、現在のところ実用的な担体は確立されていない。第三に、BMPの高等動物における骨形成機序についても明確ではなく、かつ移植に伴う副作用に関しても明らかではない。

 本研究では、rhBMPの中で最も作用の強いrhBMP-2を用い、これをポリグリコール酸・ポリ乳酸重合体をコーティングしたゼラチンフォームの担体(PGS)に吸着させて犬に移植し、その骨形成効果、安全性、およびその作用機序について検討した。

 第一に、rhBMP-2の犬における骨形成能を検討した。1〜7歳の成熟したビーグル犬の皮下および筋肉内(異所性)、および肋骨欠損部(同所性)にrhBMP-2/PGSを移植し、骨形成効果、担体の機能、および病理学的変化を観察した。その結果、いずれの部位においても用量依存的に新生骨が形成された。異所では皮下より筋肉内でより強い骨形成が見られたが、これらはその後速やかに吸収された。これに反し、肋骨では形成された骨組織は吸収されず、治癒過程へと移行した。また、PGSはいずれの部位においても骨形成と並行して吸収され、優れた担体であることが示された。これらの結果から、rhBMPは犬においても有効な骨修復法になり得ると考えられた。

 第二に、同様に成熟したビーグル犬を用い、尺骨中央部に2cmの欠損部を作成し、その近位で橈骨と尺骨をスクリューで固定した。この欠損部にrhBMP-2/PGSを移植し、その骨形成能を16週および32週までX線写真およびCTによって観察した。また、実験終了後に動物を安楽死し、移植部の骨塩量ならびに強度試験を行うと同時に組織学的にも検索した。

 その結果、16週後の欠損部の骨癒合率はrhBMP-2の用量、0、25、100、400g/cm3PGSの各群で、それぞれ0、25、87.5、100%であり、用量依存性の骨癒合効果が認められた。また、この間の副作用は臨床的にも血液検査上も軽微であった。CT画像ではこの間の石灰化領域の形態的ならびに量的変化を解析した。初期の石灰化骨は、隣接する骨断端組織とは無関係に担体周囲の軟部組織に環状に出現した。その後は、周囲からの骨吸収を伴いながら石灰化が中心部へ進行した。高用量の移植群ではより大きな環状の石灰化領域が現れ、結果的に大きな断面積を持つ骨が形成された。石灰化領域の総面積は、6週まで急速に増加した後徐々に減少し、16週以後はほぼ一定の値を示す3相性の変化を示した。

 移植部位の骨塩量は、高用量の群ではいずれも16週でほぼ正常骨と有意差はなく、十分な骨形成が見られた。しかし、骨強度はその時点でも正常の50%程度であり、構造上は不完全であると考えられた。組織学的には、層板構造を持つ皮質骨の形成が認められた。以上の結果から、rhBMP/PGSによる骨形成は、BMPの用量依存性に移植部周囲の軟部組織から始まり、内部へと進行すること、かつ新生骨誘導後は再構築が徐々に進行することが示された。

 第三に、尺骨欠損部の初期の治癒過程を組織学的に検索した。すなわち、前章と同様にビーグル犬を用いて尺骨欠損を作成し、rhBMP/PGSを移植した。移植後5日目にbromodeoxyuridine(BrDU)を8時間おきに3回投与し、移植6週まで経時的に動物を安楽死し、組織学的ならびに免疫組織化学的に検索した。

 その結果、移植7日後にはPGS周囲に未分化細胞の厚い層が形成され、その細胞の多くにBrDU陽性像が認められた。移植10日目には、膜性骨化による新生骨形成が担体の周囲に見られ、骨化進行と血管新生がほぼ平行して認められたことから、外部からの血管新生が骨形成に関与することが推察された。また、骨芽細胞および骨細胞にもBrDU陽性像が認められ、これらが7日目にみられた未分化細胞に由来することが示された。移植3週目には、PGSは吸収されて未熟骨に置換されており、誘導骨周囲には多数の破骨細胞による骨吸収像がみられた。6週後の組織では、辺縁部の骨はより緻密な形態を呈し、破骨細胞の数は減少していた。

 以上の結果から、BMPを移植すると初期には未分化細胞の分裂促進作用と骨芽細胞への誘導作用を示し、さらに血管新生に依存した周囲からの膜性骨化を誘導し、誘導された未熟骨は周辺部からの吸収を伴いながら成熟していくことが示唆された。これらは、従来げっ歯類で報告された内軟骨骨化過程とは大きく異なるものであり、BMP感受性の低い高等動物では、高用量のBMPを作用させた場合、げっ歯類とは異なる機序で作用を発現するものと考えられた。

 最後に、rhBMP-2の標的組織を明らかにするために、骨誘導時のBMPレセプターの局在を免疫組織化学的に検索した。すなわち、前章までの実験で得られたrhBMP-2移植部位の組織に対し、抗BMPレセプター抗体としてヒトBMP R-IAおよびマウスBMP R-IBを用いて免疫染色を行った。その結果、BMP移植部位では遊走細胞、分裂増殖する細胞、骨基質産生細胞のいずれにもこれらのレセプターの発現があり、これら一連の過程のすべてにrhBMP-2のシグナルが関与していると考えられ、その多機能性が示唆された。さらに、血管内皮細胞には恒常的にレセプターの発現がみられ、骨形成時の血管新生・侵入にもrhBMP-2のシグナルが直接関与することが示唆された。なお、移植3日目の組織では、筋肉や筋膜に分布する多数の幼若細胞にレセプターの発現がみられ、これらが初期の分裂増殖促進作用の標的になっていることが推測された。このことが、第一の実験で皮下よりも筋肉に移植した場合により多くの骨形成が生じた理由のひとつと考えられた。

 これらの成績をまとめると、rhBMP-2の作用はまず周囲の筋肉ないし筋膜の幼若細胞を分裂増殖させ、同時に周囲からの血管新生が促され、これらが骨芽細胞への分化、成熟および類骨産生を促進し、膜性骨化様式で骨形成を誘導するものと思われる。その後PGSは未熟骨に置換され、周囲では破骨細胞による骨吸収が進行するものと考えられた。

 以上の結果から、rhBMP-2/PGSは犬の実験的な骨欠損を確実に、きわめて短期間に修復することが明らかとなった。しかも副作用はきわめて軽微であり、その作用機序を考慮して応用すれば、骨移植に代わるきわめて有力かつ実際的な骨修復法になると考えられた。

審査要旨

 小動物の癒合不全骨折あるいは大きな骨欠損を伴う骨折に対しては、従来、自家骨、同種骨、異種骨などの移植が用いられてきたが、それには様々な問題点が存在する。一方、骨形成能のある成長因子の一つであるBone Morphogenetic Protein(BMP)はその強力な骨形成能から、新しい骨修復法としての臨床応用が期待されている。

 BMPの臨床応用のための課題の第一は、従来の研究からマウス、ラット等ではきわめて骨形成効果が高いが、犬、サルといった高等動物ではその効果が低いことが示唆されている点である。第二に、BMPに骨誘導作用を発揮させるための実用的な担体が確立されていないこと、第三に、BMPの高等動物における骨形成機序は必ずしも明確ではなく、かつ副作用についても明らかではないことである。

 本研究では、ヒト組換えBMP(rhBMP)の中でも最も作用の強いrhBMP-2を用い、これをポリグリコール酸・ポリ乳酸重合体をコーティングしたゼラチンフォームの担体(PGS)に吸着させて犬に移植し、その骨形成効果、安全性、およびその作用機序について検討した。

 第一に、1〜7歳の成熟したビーグル犬の皮下および筋肉内(異所性)、および肋骨欠損部(同所性)にrhBMP-2/PGSを移植し、骨形成効果、担体の機能、および病理学的変化を観察した。その結果、いずれの部位においても用量依存的に新生骨が形成された。異所性骨はその後速やかに吸収されたが、肋骨では形成された骨組織は吸収されず、治癒過程へと移行した。

 第二に、同様に成熟したビーグル犬を用い、尺骨中央部に2cmに欠損部を作成し、この欠損部にrhBMP-2/PGSを移植した。その結果、16週後の欠損部には用量依存性の骨癒合効果が認められた。また、この間の副作用は臨床的にも血液検査上も軽微であった。CT画像では、初期の石灰化骨は担体周囲の軟部組織に環状に出現し、その後は、周囲から骨吸収を伴いながら石灰化が欠損中心部へ進行した。石灰化領域の総面積は、6週まで急速に増加した後徐々に減少し、16週以後はほぼ一定の値を示す3相性の変化を示した。移植部位の骨塩量は、高用量の群ではいずれも16週でほぼ正常骨と有意差がなく、十分な骨形成が見られた。しかし、骨強度はその時点でも正常の50%程度であり、構造上は不完全であると考えられた。組織学的には、層板構造を持つ皮質骨の形成が認められた。

 第三に、前章と同様に尺骨欠損部を処置し、その初期の治癒過程を組織学的検査およびBrdUの免疫組織化学的検査によって検索した。その結果、移植7日後にはPGS周囲に未分化細胞の厚い層が形成され、その細胞の多くにBrdU陽性像が認められた。移植10日目には、膜性骨化による新生骨形成が担体の周囲に見られ、骨化進行と血管新生がほぼ平行して認められたことから、外部からの血管新生が骨形成に関与することが推察された。また、骨芽細胞および骨細胞にもBrdU陽性像が認められ、これらが7日目にみられた未分化細胞に由来することが示された。以上の結果から、BMPは初期には未分化細胞の分裂促進作用と骨芽細胞への誘導作用を示し、さらに血管新生に依存した担体周囲からの膜性骨化を誘導し、誘導された未熟骨は周辺部からの吸収を伴いながら成熟していくことが示唆された。これらは、従来げっ歯類で報告された内軟骨骨化過程とは大きく異なるものであり、BMP感受性の低い高等動物では、高用量のBMPを作用させた場合、げっ歯類とは異なる機序で作用を発現するものと考えられた。

 最後に、rhBMP-2の標的組織を明らかにするために、骨誘導時のBMPレセプターの局在をヒトBMP R-IAおよびマウスBMP R-IBを用いて免疫組織化学的に検索した。その結果、BMP移植部位では遊走細胞、分裂増殖する細胞、骨基質産生細胞のいずれにもこれらのレセプターの発現があり、これら一連の過程のすべてにrhBMP-2のシグナルが関与していると考えられ、その多機能性が示唆された。さらに、血管内皮細胞には恒常的にレセプターの発現がみられ、骨形成時の血管新生・侵入にもrhBMP-2のシグナルが直接関与することが示唆された。

 これらの成績から、rhBMP-2/PGSは犬の実験的な骨欠損を確実に、きわめて短時間に修復することが明らかとなった。しかも副作用はきわめて軽微であり、その作用基序を考慮して応用すれば、骨移植に代わるきわめて有力かつ実際的な骨修復法になると考えられた。

 以上要するに、本論文はrhBMP-2の移植が従来の骨移植に代わる新しい骨修復法になり得ることを証明したものであり、獣医学領域および医学領域において、その臨床応用上の価値はきわめて高い。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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