学位論文要旨



No 113576
著者(漢字) 大谷,功
著者(英字)
著者(カナ) オオタニ,イサオ
標題(和) サル免疫不全ウイルス感染マカク属サルにおけるリンパ節の病理学的解析
標題(洋) Studies on Pathologic Manifestations of Lymph Node in Macaque Monkeys Infected with Simian Immunodeficiency Virus
報告番号 113576
報告番号 甲13576
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1935号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 辻本,元
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 後天性免疫不全症候群(AIDS)は、1981年に米国防疫センターによって初めて報告された後、1983年にMontagnierらが、その病原体がレトロウイルスであることを発見し、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と命名した。HIV感染症は、発熱、発疹などを主症状とする急性期、特異抗体が検出されるが自覚症状がない無症状キャリア期(AC期)、リンパ節の腫大、上部気道炎などが認められるエイズ関連症候群期(ARC期)、重度の削痩、貧血、日和見感染、腫瘍を特徴とするAIDS期を経て、高率に感染者を死に致らしめる。感染者の数は世界的規模で増加しているが、未だ決定的な予防・治療方法が開発されていない。HIV感染症では末梢血中のCD4陽性T細胞の減少を特徴とする免疫担当細胞及び組織の機能的異常がAIDSにつながる原因であるが、その病態形成機序の全容は明らかにされていない。本研究は、HIV感染症では報告が少ない急性期のリンパ節の病理組織像について、およびAC期からARC期に認められるリンパ瀘胞活性化の機序について、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染マカク属サル(カニクイザル[Macaca fascicularis]およびアカゲザル[Macaca mulatta])を用いて解析を行なった。

 論文は4章から成り、第1章では、病原性SIV(SIVmac239)感染直後からAIDS発症までのリンパ節組織像と非病原性SIV(SIVmacnef)感染ザルのリンパ節組織像との比較をおこなった。第2章では、急性期のリンパ節病変について免疫組織化学的に解析し、第3章では、急性期における末梢血単球の数的変動と、表面抗原の変化について解析を行なった。第4章では、AC期に特異的にみられるリンパ瀘胞の活性化とウイルス量との関係を調べるために、脂溶性を高めた逆転写阻害剤6-chloro-2’,3’-dideoxyguanosine(6-Cl-ddG)をSIVmac239慢性感染アカゲザルに投与し、リンパ節の組織像の変化を解析した。

 病原性SIV感染初期のリンパ節では、傍皮質領域の過形成が著明に認められ、さらにリンパ瀘胞直下の傍皮質には、単核円形細胞の集積が認められた(第1章)。この集積を構成する主な細胞は、MAC387陽性単球/マクロファージ系細胞(MAC387陽性細胞)であり、T細胞を活性化させている所見が得られた(第2章)。また、MAC387陽性細胞は、高円柱状内皮小静脈(HEV)を介して、感染後7-14日の感染初期ウイルス血症のピーク時に、リンパ節傍皮質領域に浸潤することが判明した(第2章)。これらの結果からMAC387陽性細胞は末梢血単球に由来することが強く示唆された。SIV、およびHIV感染初期の末梢血単球については詳細な報告が少ないため、病原性SIV感染後の末梢血単球の性状をフローサイトメトリー法を用いて調べた。その結果、感染後7-10日目に一過性にCD14lowCD16+単球が出現し、感染35日目にはほとんど検出されなくなった。これらの単球の多くはcostimulatory moleculeであるCD80を発現していた(第3章)。またCD14lowCD16+単球はリンパ節へのhoming receptorであるCD62Lを発現しており、HEVを介してリンパ節に移行する潜在力があると考えられた。(第3章)。以上の結果から、末梢血単球中にCD14lowCD16+単球が現われ、それがHEVからリンパ節に入り、CD80を介してT細胞を刺激するという仮説が立てられた。また、末梢血中のCD14lowCD16+単球およびリンパ節中のMAC387細胞の出現直後に、血中ウイルス量が急激に減少するため、感染初期のSIV増殖を抑制する免疫作用に単球/マクロファージ系細胞が重要な働きを持っていることが示唆された。

 病原性SIV感染後1年を経過するころから、リンパ節において、瀘胞の拡張、および融合、胚中心の暗部の拡張などが観察された(第1、4章)。この時期のアカゲザル2頭に抗ウイルス効果が知られている6-Cl-ddGを投与し、リンパ節中のウイルス量を減少させたところ、胚中心暗調部が縮小化するなど、慢性期の特徴であるリンパ瀘胞の過度の活性化が消失した(第4章)。しかし、6-Cl-ddG投与中止後4週目にはリンパ節中のウイルス量が増加し、リンパ瀘胞も活性化し、胚中心の融合などが認められるようになった(第4章)。このことは、免疫不全ウイルス慢性感染期に認められるリンパ瀘胞の過度の活性化は、リンパ組織でのウイルス量に直接相関するものであり、ウイルス量の増減により容易に変化するものであることが証明された。また、これは第1章でみられたような感染に伴うリンパ組織崩壊の過程が、不可逆的なものではないことの証明にもなった。非病原性SIVmacnef接種個体や病原性株接種群中で感染70週を経過して末梢血CD4陽性T細胞の減少が認められないlong term non progressorでは、SIV感染特有のリンパ組織崩壊像は認められなかった(第1章)。SIVmacnef接種個体あるいはlong term non progressorは体内ウイルス量が少ないと報告されているため、これらの個体のリンパ節の観察により、ウイルス量とリンパ組織像には緊密な関係があることが示唆された。

 本研究のようにSIV感染マカク属サルを用いてその病態および病因を検索することは、HIV感染の予防、治療方法の確立のために極めて重要な基礎知識を与えるとものと考えられる。

審査要旨

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は、発熱、発疹などを主症状とする急性期、特異抗体が検出されるが自覚症状がない無症状キャリア期(AC期)、リンパ節の腫大、上部気道炎などが認められるエイズ関連症候群期(ARC期)、重度の削痩、貧血、日和見感染、腫瘍を特徴とするAIDS期を経て、高率に感染者を死に致らしめる。HIV感染症では末梢血中のCD4陽性T細胞の減少を特徴とする免疫担当細胞及び組織の機能的異常がAIDSにつながる原因であるが、その病態形成機序の全容は明らかにされていない。申請者の研究の目的は、HIV感染症では報告が少ない急性期のリンパ節の病理組織像について、およびAC期からARC期に認められるリンパ瀘胞活性化の機序について、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染マカク属サル(カニクイザルおよびアカゲザル)を用いて解析を行なうことである。論文は以下の4章からなる。

 第1章では、病原性SIV(SIVmac239)感染直後からAIDS発症までのリンパ節組織像を、非病原性SIV(SIVmacnef)感染ザルのリンパ節組織像と比較しながら観察した。病原性SIV感染初期のリンパ節では、傍皮質領域の過形成が著明に認められ、さらにリンパ瀘胞直下の傍皮質には、単核円形細胞の集積が認められた。この集積を構成する主な細胞は、MAC387陽性単球/マクロファージ系細胞(MAC387陽性細胞)であり、T細胞を活性化させている所見が得られた。また、MAC387陽性細胞は、高円柱状内皮小静脈(HEV)を介して、感染後7〜14日の感染初期ウイルス血症のピーク時に、リンパ節傍皮質領域に浸潤することが判明し、MAC387陽性細胞は末梢血単球に由来することが示唆された。

 第2章では、病原性SIV感染急性期における末梢血単球の数的変動と、表面抗原の変化についてフローサイトメトリー法を用いて調べた。その結果、感染後7〜10日に一過性にCD14lowCD16+単球が出現し、35日にはほとんど検出されなくなった。これらの単球の多くはcostimulatory moleculeであるCD80を発現していた。またCD14lowCD16+単球はリンパ節へのhoming receptorであるCD62Lを発現しており、HEVを介してリンパ節に移行する潜在力があると考えられた。以上の結果から、末梢血中にCD14lowCD16+単球が現われ、それがHEVからリンパ節に入り、CD80を介してT細胞を刺激するという仮説が立てられた。また、末梢血中のCD14lowCD16+単球およびリンパ節中のMAC387細胞の出現直後に、血中ウイルス量が急激に減少するため、感染初期のSIV増殖を抑制する免疫作用に単球/マクロファージ系細胞が重要な働きをすることが示唆された。

 第3章では、特異的なリンパ節の瀘胞の拡張、融合、胚中心暗部の拡張などが観察される病原性SIV感染後1年目(AC期)に、リンパ瀘胞の活性化とウイルス量との関係を調べるために、抗ウイルス効果が知られている逆転写阻害剤6-chloro-2’,3’-dideoxyguanosine(6-Cl-ddG)をSIVmac239慢性感染アカゲザルに投与し、リンパ節の組織像の変化を解析した。その結果、胚中心暗調部が縮小化するなど、慢性期の特徴であるリンパ瀘胞の過度の活性化が消失した。しかし、6-Cl-ddG投与中止後4週目にはリンパ節中のウイルス量が増加し、リンパ瀘胞も活性化し、胚中心の融合なども認められるようになった。このことは、免疫不全ウイルス慢性感染期に認められるリンパ瀘胞の過度の活性化は、リンパ組織でのウイルス量に直接相関するものであり、ウイルス量の増減により容易に変化するものであることを示している。

 第4章では、非病原性SIVmacnef接種個体や病原性株接種群中で感染70週を経過して末梢血CD4陽性T細胞の減少が認められないlong term non progressorでは、SIV感染特有のリンパ組織崩壊像は認められなかった。これらの個体は体内ウイルス量が少ないと報告されているため、ウイルス量とリンパ組織像には緊密な関係があることが示唆された。

 本研究のようにSIV感染マカク属サルを用いてその病態および病因を検索することは、HIV感染の予防、治療方法の確立のために極めて重要な基礎知識を与え、HIV研究の推進に寄与するところが大きいと考えられる。したがって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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