学位論文要旨



No 113577
著者(漢字) 緒方,聖也
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,セイヤ
標題(和) 四塩化炭素投与ラットにおける肝性糸球体腎症の病理学的検索
標題(洋) Pathological Studies of Hepatic Glomerulopathy in CCl4-treated rats
報告番号 113577
報告番号 甲13577
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1936号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 肝疾患と腎疾患がしばしば併発することが昔から知られている。そのような腎疾患には腎臓の機能的な障害と,病理組織学的な傷害があり,前者のうちの一つ,肝腎症候群(hepatorenal syndrome)においては,臨床症状が顕著であるものの肝機能が正常に復すれば腎機能も回復する。これに対し,後者の疾患には肝性糸球体腎症(hepatic glomerulonephropathy,以降,HGNと略)がある。病理組織学的にメサンギウム領域の拡張を呈し,タンパク尿や腎機能の血清生化学的パラメーターに異常を示さないことが知られている。本疾患はhepatic(cirrhotic)glomerulonephritis(glomerulosclerosis)やglomerulopathy with liver disease(WHO分類)などと呼ばれている。非ウイルス性肝硬変の患者の剖検例の約半数に糸球体の異常がみとめられている。疫学的には,アルコール性肝硬変,ウイルス性肝炎,代謝性肝硬変,先天性肝硬変など様々な肝疾患においてHGNが生じることが知られている。

 慢性肝疾患の患者では血中のIgAが増加し,腎糸球体にIgAの沈着が高頻度に認められることから,肝障害によって肝臓による血中のIgA免疫複合体の除去能が大幅に低下し,血中で増加したIgA免疫複合体が腎糸球体に沈着し,腎糸球体硬化性病変を惹起しているという仮説が提唱されている。同様に腎糸球体にIgAの沈着を生じる疾患としてIgA腎症があり,精力的に研究がおこなわれているが,いまだその病理発生についてはHGN同様不明な点が多い。

 ところで,HGNの予後についてはほとんど知られていないが,それは肝障害の治療が最優先されること,腎の生検の繰り返しが腎臓に負担をかける等の理由による。近年,慢性肝疾患の治療技術が進展し,肝移植による治療が可能になり,ますますHGNの予後が重要になると思われ,この点について深く研究する必要が生じてきた。

 一方,腎糸球体疾患のメディエーターとしてサイトカインが重要な役割を果たしていることが判明している。Transforming growth factor(TGF-)はその細胞外基質合成促進および分解抑制作用により,腎糸球体硬化症への関与が注目されている。また,platelet derived growth factor(PDGF)やinterleukin-1(IL-1)等が様々な腎糸球体疾患において重要な役割を果たしていることが示されている。HGNにおいて,このようなサイトカインとそれらのレセプターの発現を調べることはHGNのメカニズムを考えるうえで有益である。

 本論文の第一章では,HGNの病理発生のメカニズムの解明を目的とし,まず肝硬変およびHGNのモデル作出に多用されている四塩化炭素(CCl4)をラットに12週間反復投与して肝硬変と腎糸球体病変を作出し,糸球体病変と免疫グロブリン,肝障害との関連について検討した。さらに糸球体病変を修飾する可能性のあるマクロファージの増加,硬化性病変の主体となる細胞外基質の構成要素の蓄積について検索した。糸球体病変の形成に先行して,糸球体にIgA,IgM,IgGおよびC3の沈着が生じ,これらの沈着が糸球体病変の病理発生に関わっている可能性が示唆された。また,糸球体において明らかにマクロファージ数が増加し,それらが病変の修飾に関わっている可能性が示された。さらに,細胞外基質のうち,IV型コラーゲンとラミニン,ファイブロネクチンの増加,およびヘパラン硫酸プロテオグリカンの減少が観察された。糸球体病変の程度と肝機能,糸球体への免疫グロブリンの沈着の相関について検討した結果,病変の程度とIgM,IgG,C3との間に正の相関が示された。以上,本腎疾患の病理発生にはIgAの沈着のみならず,IgM,IgG,C3の沈着,マクロファージの浸潤が腎糸球体病変の発生に深くかかわっている可能性が示唆された。

 第2章では,これまで不明な点の多いHGNの予後について検討した。12週間のCCl4投与終了後,経時的な病変の変化を検索した。肝機能及び肝臓の組織像は休薬4週後には大幅に回復したのに対し,腎臓の組織像には個体差が顕著であった。4回の実験から腎糸球体病変の進展の傾向を検索し,それぞれの実験群に3つのパターンが存在することが示唆された。(1)投与終了時にすでに組織病変が存在し,病変が進展する。(2)実験期間中,ほとんど病変が生じない。(3)ばらつきが激しく,傾向がみとめられない。(1)の群では腎糸球体病変が急激に悪化し,休薬12週目には糸球体硬化の像を呈していた。本章ではCCl4によるHGNの予後についてはじめて光顕的および電顕的観察をおこない,投与終了後12週目の動物では詳細な組織所見を記述した。また,血清中の免疫グロブリン濃度はIgA,IgM,IgGともCCl412週間投与の時点で高値を示た。休薬4週後にはIgAとIgGが対照群と同程度の値に回復したのに対し,IgMは依然高い値を示していた。また,この時点でも著しいIgA,IgM,IgG,C3の沈着がみられた。このことから,休薬4週目にも依然として増加している血清中のIgMが腎糸球体に沈着を引き起こしている可能性が示された。IgA,IgM,IgG,C3の沈着は休薬24週目にもわずかではあるが残存していた。以上より,12週のCCl4投与により免疫グロブリン・C3の沈着が生じ,これに加えて血清中の免疫グロブリンの増加がCCl4投与終了後も持続し,糸球体病変の悪化要因となっている可能性が示された。

 第三章では,腎糸球体でのサイトカインの発現を主としてRT-PCR法を用いて検索した。TGF-の増加はみとめられなかったもののTGF-のレセプターが増加していたことから,その増加がTGF-の情報伝達を促し,糸球体の硬化性病変の素因となっている可能性が考えらた。また,IL-1,IL-1 type I receptor,TNF-の増加が認められたことから,免疫グロブリンの沈着のみならず,第一章で示したマクロファージの増加もHGNの病態に関わっている可能性が示された。

 以上により,CCl4投与ラットにおけるHGNの病理発生,およびその予後の経過には,これまでに重視されてきたIgAのみならずIgM,IgG,C3の沈着が深く関わっている可能性が示された。本実験モデルは病変にばらつきがあるものの,比較的短期間でヒトのHGN類似の病変作出が可能なことから未だ治療法が確立していないHGNの実験モデルとして有用であると思われる。

審査要旨

 肝疾患と腎疾患がしばしば併発することが昔から知られている。その一つの疾患として肝性糸球体腎症(HGN)があり,メサンギウム領域の拡張を呈すが,臨床的にはあまり検出されないが,様々な肝疾患において高頻度に生じる。慢性肝疾患の患者では肝障害によって肝臓による血中のIgA免疫複合体の除去能が大幅に低下し,血中で増加したIgA免疫複合体が腎糸球体に沈着し,腎糸球体硬化性病変を惹起しているという仮説が提唱されているが,不明な点が多い。さらに,HGNの予後についてはあまり知られていない。近年慢性肝疾患の治療技術が進展し,肝移植による治療が可能になり,ますますHGNの予後が重要になると思われ,この点について深く研究する必要が生じてきた。一方,腎糸球体疾患のメディエーターとしてサイトカインが重要な役割を果たしていることが判明しているが,肝傷害時の糸球体でのサイトカインの発現についてはヒトの場合を含めて不明であり,サイトカインとそれらのレセプターの発現を調べることはHGNのメカニズムを考える上で有益である。

 本論文の第一章では,HGNの病理発生メカニズムの解明を目的とし,まず肝硬変およびHGNのモデル作出に多用されている四塩化炭素(CCl4)をラットに反復投与して肝硬変と腎糸球体病変を作出し,以下の点を示している。(1)糸球体病変の形成に先行して,糸球体にIgA,IgM,IgGおよびC3の沈着が生じ,これらの沈着が糸球体病変の病理発生に関わっている可能性がある。(2)糸球体内マクロファージ数が増加し,それらが病変の修飾に関わっている可能性がある。(3)細胞外基質のうち,IV型コラーゲンとラミニン,ファイプロネクチンの増加,およびヘパラン硫酸プロテオグリカンの減少がみられた。(4)糸球体病変の程度とIgM,IgG,C3との間に正の相関があった。以上,これらの因子がHGNの発生および進展に深くかかわっている可能性を示している。

 第2章では,これまで不明な点の多いHGNの予後について検討している。12週間のCCl4投与終了後,経時的な病変の変化を検索し,肝機能及び肝臓の組織像は休薬4週後には大幅に回復したのに対し,腎臓の組織像には個体差が顕著であることを示している。4回の実験から腎糸球体病変の進展の傾向を検索し,実験群に以下のパターンが観察されたことを示している。(1)投与終了時に既にある程度の組織病変が存在し,病変が進展する。(2)実験期間中,ほとんど病変が生じない。(3)ばらつきが激しく,傾向がみとめられない。(1)の群では腎糸球体病変が急激に悪化し,休薬12週目には糸球体硬化の像を呈していた。本章ではCCl4によるHGNの予後についてはじめて光顕および電顕観察をおこない詳細な組織所見を記述している。また,血清中の免疫グロブリン濃度はIgA,IgM,IgGともCCl4の投与終了直後の時点で高値を示しており,休薬4週後にはIgAとIgGが対照群と同程度の値に回復したのに対し,IgMは依然高い値を示していたこと,この時点でも著しいIgA,IgM,IgG,C3の沈着がみられたこと,IgA,IgM,IgG,C3の沈着は休薬24週目にもわずかではあるが残存していたことから,CCl4投与により免疫グロブリン・補体の沈着が生じ,これに加えて血清中の免疫グロブリンの増加がCCl4投与終了後も持続し,糸球体病変の悪化要因となっている可能性について示している。

 第三章では,腎糸球体でのサイトカインの発現を主としてRT-PCR法を用いて検索し,TGF-の増加はみとめられなかったもののTGF-のレセプターが増加していたことから,その増加がTGF-の情報伝達を促し,糸球体の硬化性病変の素因となっている可能性を示している。また,インターロイキン-1とそのレセプター,腫瘍壊死因子の増加も認められたことから,免疫グロブリンの沈着や補体の活性化がこれらの発現をひきおこし,糸球体病変の病態に関わっている可能性を示している。

 以上,本論文はCCl4投与ラットにおいて免疫グロブリンの沈着がHGNの病理発生および予後の経過に深く関わっていることを示すとともに,分子生物学的機序について明らかにしたもので,獣医学学術上ならびに臨床的にも貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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