学位論文要旨



No 113581
著者(漢字) 島田,雄平
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ユウヘイ
標題(和) ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)による猫の脳機能画像解析
標題(洋)
報告番号 113581
報告番号 甲13581
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1940号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京医科歯科大学 教授 平川,公義
 東京都老人総合研究所ポジトロン医学研究部門 室長 千田,道雄
内容要旨

 ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)は陽電子を放出する放射性同位元素標識物質を投与し、その物質の動態を断層画像として撮影する方法である。従来、脳の機能解析は電気生理学的あるいは生化学的な手法で行われてきたが、脳の機能解析の上で欠かせない脳内の物質動態について観察することは著しく困難であった。PETは物質動態の解析から様々な脳機能情報を得ることのできる機能画像であり、また、同一個体における変化を経時的に測定できる利点を持つ。しかしながら、猫を始め動物では、脳自体が小さいために、画像のノイズが大きく、空間分解能が悪い。このため、動物ではPET画像のみから脳の部位を確定することは著しく困難である。

 そこで、まず猫のPET画像についてその解剖学的位置を明らかにするため、PET画像とMagnetic Resonance lmaging(MRI)画像の重ね合わせ(PET-MRIレジストレーション)について検討した。ついで15Oで標識したH2Oによる局所脳血流量、18Fで標識したフルオロデオキシグルコース(FDG)による局所脳糖代謝率、標識した中枢性ベンゾジアゼピンレセプターリガンド(11C-flumazenil)および標識したアデノシンA1レセプターリガンド(11C-KF26345)の結合動態を解析した。さらに、中大脳動脈閉塞モデルによる虚血に伴う脳機能変化を同一個体で虚血再灌流直後、1週間後ならびに2ヶ月後に測定し、検討した。

1レジストレーション

 ヒトで用いられているSenda法およびArdekani法について猫の脳PET-MRIレジストレーションを比較検討した。MRI画像はT1強調画像では脳内の解剖学的な位置をはっきり区別することができないため、T2強調画像を用いて行った。

 Senda法は、目視により正中矢状線を決定し、またPET画像とMRI画像の回帰平面を一致させることが必要である。従って最も画像が鮮明で、皮質部がよく強調される11C-flumazenilのPET画像についてレジストレーションを行った。ついで、このレジストレーションで得られた設定画像の変換係数を用いて、線条体に取り込まれる11C-nemonaprideのPET画像をレジストレーションしたところ、11C-nemonaprideにより描出される線条体部位はMRI画像で確認される線条体によく一致した。一方、Ardekani法は画像のX,Y軸を設定し、X軸の回転角度を測定して行うレジストレーション法で、15O-H2Oや18F-FDGなど各々の画像についてレジストレーションを行うことができる方法である。Ardekani法を用いた場合でもMRI画像に一致したレジストレーションを行うことが可能であった。そこで11C-flumazenilのPET画像について両者を比較したところ、Ardekani法によるレジストレーション画像ではZ軸方向にズレの生じることが明らかとなった。従って、猫の脳PET画像ではSenda法によるMRI画像とのレジストレーションが優れていると考えられ、以下のPET画像解析ではSenda法を用いて脳部位を確定することとした。

2機能解析脳血流量および脳糖代謝率

 経時的に得られた血中放射能量ならびにPET画像から得られた組織放射能量の変動からコンパートメント解析を行った。

 健常猫5頭で得られた15O-H2OのPET画像をルックアップテーブル法で解析して求めた小脳、大脳皮質、線条体、視床、脳幹における局所脳血流量および全脳の血流量はそれぞれ68.4±22.5、54.7±20.5、62.3±24.1、68.4±24.3、56.3±18.3ならびに50.7±15.0ml/分/100mlで、視床ならびに小脳の血流量の多い傾向が窺われた。また18F-FDGのPET画像を3コンパートメント3パラメータで解析して求めた小脳、大脳皮質、線条体、視床、脳幹および全脳における糖代謝率は24.0±5.1、22.5±7.5、22.4±7.9、23.5±8.4、20.9±5.7ならびに16.6±4.5mol/分/100gで部位による差は認められなかった。また、得られた脳血流量および糖代謝率を比較したところ、大脳皮質を除いて血流量の高い部位は糖代謝率も高い傾向を示した。大脳皮質は求めた5カ所の部位の中で最も低い脳血流量を示したが、糖代謝率は他の部位と差がなく、大脳皮質は相対的に他の部位と比較して糖代謝率が高いものと考えられた。

神経レセプターリガンドの動態

 11C-Flumazenilおよび11C-KF26345を投与して得られたPET画像からベンゾジアゼピンならびにアデノシンA1レセプターリガンドのレセプターへの結合動態について3コンパートメント4パラメーターで解析した。

 ベンゾジアゼピンレセプターリガンドの小脳、大脳皮質、線条体、視床、脳幹および全脳における解析で得られたDistribution Volume(D.V.)値はそれぞれ、3.7±1.0、6.0±1.4、2.3±0.7、3.6±0.9、4.0±1.1ならびに4.0±1.2ml/gであった。アデノシンA1レセプターリガンドの解析で得られたD.V.値はそれぞれ3.5±1.2、4.2±1.7、2.6±0.9、3.8±1.3、3.1±1.2ならびに2.4±1.0ml/gであった。従って、ベンゾジアゼピンレセプターおよびアデノシンA1レセプターはいずれも他の部位に比べ大脳皮質に多く分布することが明らかとなった。またこの結果は、定性的な単純PET画像の結果とも良く一致した。一方、単純PET画像では線条体および小脳にベンゾジアゼピンレセプターは確認出来なかったがベンゾジアゼピンレセプターリガンドの解析から得られたD.V.値はそれぞれ3.8±1.2および3.4±1.2ml/gであり、これらの部位にもレセプターが存在することが明らかとなった。

3中大脳動脈閉塞モデルのPET画像解析

 4頭の猫を用いた虚血(1時間)-再灌流モデルにおけるPET画像をコンパートメント解析し、得られたD.V.値について虚血部位と対照部位(虚血反対側の同一部位)とを比較した。虚血-再灌流に伴った血流量、糖代謝率および神経レセプターとの結合動態は各個体ならびに脳各部位で異なった変化が認められた。すなわちN.o.1およびN.o.2の大脳皮質では虚血再灌流直後に虚血処置前の血流量比に復し、糖代謝率比ならびに神経レセプターとの結合比にも、変化は認められなかった。また、この2例ではMRI画像上にも変化は認められなかった。一方、N.o.3の大脳皮質では、再灌流直後の血流量比は虚血処置前に復したものの、処置後1週間および2ヶ月後に測定した血流量比はいずれも低下していた。また、糖代謝率比は虚血処置後から低下しており、血流量は処置後一時的に復したものの、細胞の糖代謝は回復していなかったと考えられた。またこの例ではMRI画像に浮腫、梗塞などの変化は認められなかった。従って、病変を形成する以前の異常を検出するにはPET画像による解析が優れていると考えられた。

 一方、N.o.3およびN.o.4の大脳皮質には再灌流後の血流量比の低い部位が認められた。この部位では処置直後ならびに1週間後の糖代謝率比は低かったが、2ヶ月後には血流量比および糖代謝率比とも処置前の値に復した。またこのうちN.o.4ではアデノシンA1およびベンゾジアゼピンレセプターとの結合比が著しく低下し、MRI画像では梗塞像が認められた。さらに、N.o.3およびN.o.4で再灌流後に血流量比の増加が3カ所で認められた。この部位のうち、2カ所では糖代謝率比が高かった。また糖代謝率比に変化の認められなかった部位では神経レセプターとの結合比が低下し、さらにMRI画像では梗塞が認められた。従って大脳皮質のMRI画像で梗塞の認められた部位では神経レセプターとの結合比は低下すると推測された。

 N.o.3およびN.o.4の線条体では、MRI画像で梗塞が認められた。N.o.3では、この部位の血流量比は処置2ヶ月後まで低下したままで、また糖代謝率比ならびに神経レセプターとの結合比ともに低下したままであった。N.o.4では再灌流後には、血流量比、糖代謝率比および神経レセプターとの結合比いづれにも異常は認められなかったが、処置1週間後から血流量比、糖代謝率比ならびに神経レセプターとの結合比ともに低下した。従って、MRI画像では同一の梗塞部位であっても糖代謝あるいは神経レセプターとの結合能の変化に差のあることから病変形成に至る過程が異なる可能性があるものと推測された。

 以上の結果、猫のPET画像はMRI画像と重ね合わせることで解剖学的位置を確定でき、またコンパートメント解析を行うことで、脳の各部位における血流、糖代謝および神経レセプターとの結合能を動的に把握することが可能で、脳の機能解析に有用な方法と考えられる。

審査要旨

 ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)は陽電子崩壊核種で標識した物質の動態解析から様々な脳機能情報を得ることのできる機能画像であり、また、同一個体における変化を経時的に測定できる利点を持つ。本研究はPETを用いて、猫の脳機能画像解析を行い、また中大脳閉塞による虚血再潅流モデルへの応用を試みたもので、序、総括を含む5章から構成されている。

 第2章では、猫のPET画像についてその解剖学的位置を明らかにするため、ヒトで用いられているSenda法およびArdekani法についてPET画像とMagnetic Resonance(MR)画像の重ね合わせ(PET-MRIレジストレーション)を比較検討した。Senda法は、目視により正中矢状線を決定し、またPET画像とMR画像の回帰平面を一致させることが必要なことから、皮質部がよく強調される11C-flumazenilのPET画像を用いた。このレジストレーションで得られた変換係数を用いて、線条体に取り込まれる11C-nemonaprideのPET画像をレジストレーションしたところ、11C-nemonaprideにより描出される線条体部位はMR画像で確認される線条体に一致した。一方、Ardekani法はコンピュータで自動的にレジストレーションを行う方法である。11C-flumazenilのPET画像について両者を比較したところ、Ardekani法によるレジストレーション画像はZ軸方向にズレの生じることが明らかとなった。従って、猫の脳PET画像はSenda法によるレジストレーションで解剖学的位置を確定できると考えられた。

 第3章では脳血流量、脳糖代謝率ならびに中枢性ベンゾジアゼピンとアデノシンA1レセプターリガンドのレセプターへの結合動態について検討した。健常猫5頭で得られた15O-H2OのPET画像をルックアップテーブル法で解析して求めた局所脳血流量は視床ならびに小脳で高い傾向が窺われた。また18F-FDGのPET画像から3コンパートメント解析により求めた局所糖代謝率には部位による差は認められなかった。また、得られた脳血流量および糖代謝率から、大脳皮質は相対的に他の部位と比較して糖代謝率が高いものと推測された。また11C-flumazenilおよび11C-KF26345による中枢性ベンゾジアゼピンならびにアデノシンA1レセプターリガンドのレセプターへの結合動態を3コンパートメントで解析し、各脳局所で得たDistribution Volume(D.V.)値から両レセプターとも大脳皮質に多く分布することを見いだした。またPET画像のみでは確認出来ない線条体および小脳の中枢性ベンゾジアゼピンレセプターは、動態解析で得られたD.V.値から、これらの部位にも存在することを明らかにした。

 第4章では4頭の猫を用いて虚血(1時間)/再灌流モデルにおけるPET画像を解析し、対照側と比較した。うち2例の大脳皮質では虚血/再灌流直後に虚血処置前の血流量比に復し、糖代謝率比ならびに両レセプターとの結合比にも、変化は認められなかった。一方、1例の大脳皮質では血流量は再潅流後一時的に復したものの、糖代謝率比は虚血処置後から低下し、糖代謝は回復しなかった。またこの例ではMR画像に梗塞等の変化の観察されないことから、病変形成以前の異常の検出にはPET画像による解析が有用であると考えられた。さらに、MR画像で梗塞の認められた部位では再灌流1週ならびに2ヵ月後に血流量比、糖代謝率比は低値で、また両レセプターとの結合比も低下していた。従って梗塞部位では血流量、糖代謝は低下し、両レセプターの分布も少ないことが明らかとなった。しかしながら、梗塞の認められた部位でも、虚血後の血流量あるいは糖代謝率の変動は様々で、病変形成に至る過程が異なる可能性が考えられた。

 以上のように、本論文は猫のPET画像はMR画像と重ね合わせることで解剖学的位置を確定でき、またコンパートメント解析を行うことで、脳の各部位における血流量、糖代謝および中枢性ベンゾジアゼピンならびにアデノシンA1レセプターとリガンドとの結合能を動的に把握することが可能であることを明らかにしたもので、審査員一同は、本論文が獣医学上貢献するところが少なくなく、博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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