ガラクトサミン(GalN)は、ラットへの単回投与によってuracil nucleotidesの枯渇により多くの好酸性小体を伴った激しい炎症像を特徴とする、ヒトのウイルス性および薬剤誘発性肝炎に類似した病変を引き起こすことが知られており、有用な実験モデルとして広く用いられている。一方、アポトーシスは、特に免疫系および神経系の形成過程での細胞の増殖・分化や、正常細胞および腫瘍細胞の増殖抑制に重要な役割を果たしていることが知られている。また、最近ではいくつかの細胞傷害性化学物質および毒素(Toxin)によりアポトーシスが誘発されるとの報告があるが、その多くは胸腺細胞や株化細胞に関するもので、本来毒性発現のターゲットとなりやすい肝臓および腎臓等の実質臓器の細胞に関する報告はそれほど多くない。また、これらの物質によって誘発されるアポトーシスの意義およびメカニズムについても未だ明らかにされていないものが多い。 他方、GalN毒性の予備検討において、本来GalNに対する感受性が低いことが知られているマウスに高濃度のGalNを投与することにより、肝臓に多くの好酸性小体を認め、さらに単細胞壊死として認識されているこれら好酸性小体の少なくとも一部は、形態学的にアポトーシスである可能性が示唆された。この肝病変における好酸性小体の出現は、肝炎および腫瘍病変をはじめとする多くの肝疾患において報告されており、すでにSearleらにより、これらの肝疾患においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものである可能性が示唆されているが、それを証明するには至っていない。 本論文では、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスのメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行っており、3章から構成される。本論文の各章を要約すると以下の通りである。 第一章ではまず、GalNによりマウス肝細胞に誘発される好酸性小体の分子病理学的特徴についてin vitroおよびin vivo両面から検索したところ、GalNによりC57BLマウスの肝細胞にアポトーシスが誘発されることが、in vitroおよびin vivoともに証明された。また、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおいては、LDH値の上昇に先立ってかなり早い時期からDNA fragmentationが発現し、高用量GalN処理では、アポトーシスの誘発とともにネクローシスによる細胞死が確認された。さらに、in vivoにおいては、高頻度でみられる好酸性小体のほとんど全てがアポトーシス小体であることも確認された。 第二章では、GalN誘発肝アポトーシスのメカニズムを明らかにするため、Ca2+-カルモジュリンのアンタゴニストであるクロルプロマジン(CPZ)およびCa2+-チャンネルブロッカーであるベラパミル(VR)で前処置することにより、GalN誘発アポトーシスの発現にどのような影響があるかについて検討した。その結果、GalN誘発肝アポトーシスでは、[Ca2+]iの動きが非常に重要な役割を果たし、[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現は非常に密接な関係を示すことが示唆された。また、細胞外遊離LDH値および血清中GPT値の上昇で示されるネクローシスへの過程はCPZおよびVRの前処置ではほとんど抑制されず、ネクローシスは[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現という一連の流れとは別の機序で生じている可能性が強いと考えられた。 第三章では、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおけるProto-oncogeneの役割を明らかにするため、まず、in vivoにおけるGalN投与後のp53,c-Myc,Fas抗原およびBcl-2mRNA発現レベルの変化について検索した。その結果、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53のup-regulationおよびc-Mycのdown-regulationがきっかけとなって惹き起こされ、また、p53 mRNAの発現には、Ca2+が必要とされることが示唆された。 以上、本論文は、GalN誘発肝傷害においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものであることを確認し、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53の発現が肝細胞内での、[Ca2+]iの上昇を惹き起こし、その結果生じることを明らかにした。また、GalNによってマウスに誘発される2種類の細胞死、アポトーシスとネクローシスはシグナル伝達および代謝の点で異なった経路を経て惹き起こされることを示唆した。本論文においてみられたこれらの結果は、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスがアポトーシス発現における共通のメカニズムを解明する上で非常に有用なモデルとなる可能性を示唆するもので、獣医学学術上ならびに臨床的にも貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |