学位論文要旨



No 113582
著者(漢字) 筒井,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,シゲキ
標題(和) マウスにおけるガラクトサミン誘発肝細胞アポトーシスのメカニズムに関する研究
標題(洋) Studies on the Mechanism of Galactosamine-induced Hepatocyte Apoptosis in Mice
報告番号 113582
報告番号 甲13582
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1941号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 ガラクトサミン(GalN)は、ラットへの単回投与によってuracil nucleotidesの枯渇により肝傷害を誘発する。その際、多くの好酸性小体を伴った激しい炎症像を特徴とする、ヒトのウイルス性および薬剤誘発性肝炎に類似した病変を引き起こすことが知られており、有用な実験モデルとして広く用いられている。一方、アポトーシスは、形態学的および生化学的に古典的な細胞死であるネクローシスとははっきりと区別され、特に免疫系および神経系の形成過程での細胞の増殖・分化や、正常細胞および腫瘍細胞の増殖抑制に重要な役割を果たしていることが知られている。また、最近ではいくつかの細胞傷害性化学物質および毒素(Toxin)によりアポトーシスが誘発されるとの報告がある。しかし、その多くは胸腺細胞や株化細胞に関するもので、本来毒性発現のターゲットとなりやすい肝臓および腎臓等の実質臓器の細胞に関する報告はそれほど多くない。また、これらの物質によって誘発されるアポトーシスの意義およびメカニズムについても未だ明らかにされていないものが多い。

 他方、GalN毒性の予備検討において、本来GalNに対する感受性が低いことが知られているマウスに高濃度のGalNを投与することにより、肝臓に多くの好酸性小体を認め、さらに単細胞壊死(single cell necrosis)として認識されているこれら好酸性小体の少なくとも一部は、形態学的にアポトーシスである可能性が示唆された。この肝病変における好酸性小体の出現は、肝炎および腫瘍病変をはじめとする多くの肝疾患において報告されており、すでにSearleらによりこれらの肝疾患においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものである可能性が示唆されているが、それを証明するには至っていない。

 本論文では、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスのメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行った。第一章では、肝傷害における好酸性小体の出現が、アポトーシスによるものであることをin vitroおよびin vivo両面から確認し、そのアポトーシス発現メカニズムを解明するため、第二章ではCa2+イオン動態、および第三章ではアポトーシス関連遺伝子のGalN誘発肝細胞アポトーシス発現における役割について検索した。

第一章GalNによるマウス肝細胞アポトーシスの誘発

 GalNによりマウス肝細胞に誘発される好酸性小体の分子病理学的特徴についてin vitroおよびin vivo両面から検索した。in vitroにおける実験では、C57BL/6Nマウスから分離し、培養した初代培養肝細胞に5,10あるいは20mMのGalNを添加することによる分子病理学的変化を経時的に検索した。その結果、形態学的観察では、多数の典型的なアポトーシス小体を認め、アガロースゲル電気泳動およびDNA fragmentation assayによって、アポトーシスの特徴であるDNA fragmentationが濃度および時間に依存して生じることを確認した。また、20mM GalN処置後48時間後の肝細胞では、壊死性の変化が強く認められ、同時に細胞膜傷害の指標となるLDHが有意に細胞外に漏出した。In vivoにおける実験では、生理食塩水に0.15g/mlの濃度で溶解したGalNを、NaOHでPH6.8に調整した後、8週齢の雄C57BL/6Nマウスに、1.5あるいは3g/kg腹腔内投与した。対照群には生理食塩水のみを投与した。その結果、H-E染色により断片化した核を持った好酸性小体が多数確認され、それらはTUNEL陽性であった。また、TUNEL陽性細胞数に一致し、アガロースゲル電気泳動によりDNAラダーパターンが確認されたが、それらはin vitroによる結果と同様、肝傷害の指標となるsGOTおよびsGPT値の上昇に先行して認められた。

 これらの検索結果から、GalNによりC57BLマウスの肝細胞にアポトーシスが誘発されることが、in vitroおよびin vivoともに証明された。また、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおいては、LDH値の上昇に先立ってかなり早い時期からDNA fragmentationが発現し、高用量GalN処理では、アポトーシスの誘発とともにネクローシスによる細胞死が確認された。さらに、in vivoにおいては、高頻度でみられる好酸性小体のほとんど全てがアポトーシス小体であることも確認された。

第二章GalN誘発肝細胞アポトーシスにおけるCa2+の役割

 アポトーシスの特徴であるDNA fragmentationの発現には、Ca/Mg依存性エンドヌクレアーゼが深く関与していることが知られている。本章では、GalN誘発肝アポトーシスのメカニズムを明らかにするため、Ca2+-カルモジュリンのアンタゴニストであるクロルプロマジン(CPZ)およびCa2+-チャンネルブロッカーであるベラパミル(VR)で前処置することにより、GalN誘発アポトーシスの発現にどのような影響があるかについて検討した。

 まず、in vivoにおけるCPZおよびVRの影響について調べたところ、5mg/kg CPZあるいは10m/kg VRの前処置によって、ともに3g/kg GalN 24時間後のTUNEL陽性細胞の発現を阻害し、同様にラダーパターンの発現も抑制することを確認した。しかし、細胞傷害の指標となる血清中GPT濃度を測定したところ、顕著な抑制はみられず、DNAラダーおよびTUNEL陽性細胞の発現ほど強くは抑制されなかった。次に、初代培養肝細胞におけるCPZおよびVRの影響について調べたところ、20M CPZあるいは30M VRの前処置のいずれによっても20mM GalN添加6時間後でのラダーパターン発現はほぼ完全に阻害された。さらに、Ca2+-結合性蛍光色素を用いて、初代培養肝細胞内での細胞内遊離Ca2+レベル([Ca2+]i)の動きを経時的に調べたところ、[Ca2+]iは20mM GalN添加直後から1時間まで緩やかに上昇し、1時間から2時間の間は変化は認められなかったが、2時間以降に再び急激に上昇し、3時間半後にはピークに達した。また、共焦点レーザー顕微鏡を用いた検索では、20mM GalN添加1時間後から核の周囲に限局した[Ca2+]iの上昇がみられ、その後細胞質全体に広がっていった。

 以上の結果から、GalN誘発肝アポトーシスでは、[Ca2+]iの動きが非常に重要な役割を果たし、[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現は非常に密接な関係を示すことが示唆された。また、細胞外遊離LDH値および血清中GPT値の上昇で示されるネクローシスへの過程はCPZおよびVRの前処置ではほとんど抑制されなかったことから、ネクローシスは[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現という一連の流れとは別の機序で生じている可能性が強いと考えられた。

第三章GalN誘発肝細胞アポトーシスにおけるProto-oncogene発現の経時的変化

 アポトーシスの発生メカニズムには、Proto-oncogeneをはじめとする様々な因子が関与していると考えられている。本章では、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおけるProto-oncogeneの役割を明らかにするため、まず、in vivoにおけるGalN投与後のp53,c-Myc,Fas抗原および Bcl-2 mRNA発現レベルの変化について検索した。その結果、Fasantigenおよび Bcl-2の発現レベルについては有意な変化は認められなかったが、p53およびc-Mycについては著しい変化がみられた。p53はGalN投与30分後に対照群の約180%に上昇したのに対して、c-Mycは投与直後から1時間後までに対照群の約20%にまで減少した。また、in vitroにおけるGalN処置後のp53 mRNA発現レベル、およびそれに対するCPZおよびVRの影響について調べたところ、in vivo同様、GalN処置30分後に対照群の約200%に上昇したp53 mRNAの発現を、CPZおよびVRは有意に抑制した。

 これらの結果から、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53のup-regulationおよびc-Mycのdown-regulationがきっかけとなって惹き起こされ、また、p53 mRNAの発現には、Ca2+が必要とされることが示唆された。

 以上、本研究では、GalN誘発肝傷害においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものであることを確認した。また、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53の発現が肝細胞内での、[Ca2+]iの上昇を惹き起こし、その結果生じることを明らかにした。さらに、GalNによってマウスに誘発される2種類の細胞死、アポトーシスとネクローシスはシグナル伝達および代謝の点で異なった経路を経て惹き起こされることを示唆した。今回、in vivoおよびin vitroにおいてみられたこれらの結果は、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスがアポトーシス発現における共通のメカニズムを解明する上で非常に有用なモデルとなる可能性を示唆している。

審査要旨

 ガラクトサミン(GalN)は、ラットへの単回投与によってuracil nucleotidesの枯渇により多くの好酸性小体を伴った激しい炎症像を特徴とする、ヒトのウイルス性および薬剤誘発性肝炎に類似した病変を引き起こすことが知られており、有用な実験モデルとして広く用いられている。一方、アポトーシスは、特に免疫系および神経系の形成過程での細胞の増殖・分化や、正常細胞および腫瘍細胞の増殖抑制に重要な役割を果たしていることが知られている。また、最近ではいくつかの細胞傷害性化学物質および毒素(Toxin)によりアポトーシスが誘発されるとの報告があるが、その多くは胸腺細胞や株化細胞に関するもので、本来毒性発現のターゲットとなりやすい肝臓および腎臓等の実質臓器の細胞に関する報告はそれほど多くない。また、これらの物質によって誘発されるアポトーシスの意義およびメカニズムについても未だ明らかにされていないものが多い。

 他方、GalN毒性の予備検討において、本来GalNに対する感受性が低いことが知られているマウスに高濃度のGalNを投与することにより、肝臓に多くの好酸性小体を認め、さらに単細胞壊死として認識されているこれら好酸性小体の少なくとも一部は、形態学的にアポトーシスである可能性が示唆された。この肝病変における好酸性小体の出現は、肝炎および腫瘍病変をはじめとする多くの肝疾患において報告されており、すでにSearleらにより、これらの肝疾患においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものである可能性が示唆されているが、それを証明するには至っていない。

 本論文では、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスのメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行っており、3章から構成される。本論文の各章を要約すると以下の通りである。

 第一章ではまず、GalNによりマウス肝細胞に誘発される好酸性小体の分子病理学的特徴についてin vitroおよびin vivo両面から検索したところ、GalNによりC57BLマウスの肝細胞にアポトーシスが誘発されることが、in vitroおよびin vivoともに証明された。また、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおいては、LDH値の上昇に先立ってかなり早い時期からDNA fragmentationが発現し、高用量GalN処理では、アポトーシスの誘発とともにネクローシスによる細胞死が確認された。さらに、in vivoにおいては、高頻度でみられる好酸性小体のほとんど全てがアポトーシス小体であることも確認された。

 第二章では、GalN誘発肝アポトーシスのメカニズムを明らかにするため、Ca2+-カルモジュリンのアンタゴニストであるクロルプロマジン(CPZ)およびCa2+-チャンネルブロッカーであるベラパミル(VR)で前処置することにより、GalN誘発アポトーシスの発現にどのような影響があるかについて検討した。その結果、GalN誘発肝アポトーシスでは、[Ca2+]iの動きが非常に重要な役割を果たし、[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現は非常に密接な関係を示すことが示唆された。また、細胞外遊離LDH値および血清中GPT値の上昇で示されるネクローシスへの過程はCPZおよびVRの前処置ではほとんど抑制されず、ネクローシスは[Ca2+]iの上昇とDNA fragmentationの発現、およびアポトーシス小体の発現という一連の流れとは別の機序で生じている可能性が強いと考えられた。

 第三章では、GalN誘発肝細胞アポトーシスにおけるProto-oncogeneの役割を明らかにするため、まず、in vivoにおけるGalN投与後のp53,c-Myc,Fas抗原およびBcl-2mRNA発現レベルの変化について検索した。その結果、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53のup-regulationおよびc-Mycのdown-regulationがきっかけとなって惹き起こされ、また、p53 mRNAの発現には、Ca2+が必要とされることが示唆された。

 以上、本論文は、GalN誘発肝傷害においてみられる好酸性小体がアポトーシスによるものであることを確認し、GalN誘発肝細胞アポトーシスは、p53の発現が肝細胞内での、[Ca2+]iの上昇を惹き起こし、その結果生じることを明らかにした。また、GalNによってマウスに誘発される2種類の細胞死、アポトーシスとネクローシスはシグナル伝達および代謝の点で異なった経路を経て惹き起こされることを示唆した。本論文においてみられたこれらの結果は、マウスにおけるGalN誘発肝細胞アポトーシスがアポトーシス発現における共通のメカニズムを解明する上で非常に有用なモデルとなる可能性を示唆するもので、獣医学学術上ならびに臨床的にも貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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