学位論文要旨



No 113594
著者(漢字) 郝,忠林
著者(英字)
著者(カナ) ハオ,ゾンリン
標題(和) 分裂酵母静止期に生存に必須な新規遺伝子rsv1の単離と解析
標題(洋) A zinc finger protein required for stationary phase viability in fission yeast
報告番号 113594
報告番号 甲13594
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1255号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 岩森,正男
内容要旨 背景と目的

 分裂酵母は、栄養源が豊富な環境に存在する時には増殖するが、環境中の栄養源が枯渇すると静止期に入る。静止期の分裂酵母は以下のような特徴を示す。1)通常増殖に必須な遺伝子の転写の遮断と2)栄養源飢餓やストレスに対応し生存維持に必須な遺伝子の転写開始をおこなう。その結果、静止期の分裂酵母は様々なストレス、例えば熱ショック、細胞壁破壊酵素、エタノール、それに栄養源の枯渇に強い。静止期への進入と生存維持は、単細胞生物では増殖するのに不適切な環境下で生存するための極めて重要な細胞機能であり、多細胞動物では発生分化を通じて個体を形成するための不可欠な機能である。

 しかしながら、酵母から哺乳動物細胞に至るまで静止期への進入、静止からの脱出、静止期での生存の維持等の機構に関しては、ほとんど解明されていない。そこで私は、分裂酵母をモデル生物として、増殖と分化の開始制御機構とともに静止期制御機構の解明を試み、静止期の生存に必須な新規因子を同定した。

結果と討論

 分裂酵母は、接合相手が近くにいると窒素源飢餓に際しても静止期に入らず接合を行う。接合した後、減数分裂を開始し胞子を形成する。窒素源飢餓によって接合と減数分裂の開始に必須な遺伝子が共に活性化されるが、接合が起こるまで減数分裂が開始しないのは、pat1遺伝子による。したがって、pat1遺伝子の温度感受性変異株は、非許容温度下で1倍体であるにもかかわらず、減数分裂を起こし致死となる。この致死性の効果は、接合と減数分裂の開始に必須な遺伝子の発現を制御しているStel1転写因子の発現や活性の抑制によって救助される。

 そこで私は、増殖と分化を制御する新規遺伝子の単離を目的として温度感受性変異株pat1-114に数種類のゲノムライブラリーを導入し制限温度でこの変異株の致死を抑制する遺伝子を探索した。その結果、既知遺伝子と異なる数種類の新規遺伝子を単離した。その中の一つが、rsv1遺伝子である。rsv1は428アミノ酸からなるタンパク質をコードし、N末に二つのzinc fingerモチーフを持つ。既存の遺伝子バンクをサーチをした結果、主にzinc finger領域で、CreA,MIG1 EGR-1とホモロジーを示した。次にrsv1の生理機能を知るためにrsv1のnull allele変異を作製した。その結果、rsv1欠損株は、増殖や接合や胞子形成では野生株と変わりないが、グルコース枯渇による静止期に進入後急速に生存が低下することが判明した。この時の細胞は3単糖のトレハロースを蓄積し、細胞壁が酵素消化耐性となり静止期の細胞の特徴を示すが、熱やエタノル処理に敏感であった。さらに調べた結果、rsv1破壊株の静止期における生存率の低下が、静止期進入部位(G1、G2)や他の栄養源とは関係なくグルコース枯渇だけに限って起こることが判明した。以上の結果から、rsv1破壊株は、静止期には進入できるがグルコース飢餓では静止期で長く生存できないものと結論づけられた。

 次にrsv1mRNAの発現を調べた。rsv1 mRNAは培地中のグルコースが消耗し始めると発現が開始し、静止期に入る時とその直後に一番高いレベルに達した。このことから、rsv1がcAMP-Pka1経路を介したグルコース抑制制御を受けている可能性が考えられた。そこでpka1遺伝子とアデニールシクラーゼをコードするcyr1遺伝子のそれぞれの変異株についてrsv1 mRNAの発現を検討したところ、いずれの変異株もグルコース枯渇がない状態ですでに強く発現していた。このことから、rsv1の発現がcAMP-Pka1経路によって負に制御されていると結論づけられた。

 従来から、Pka1が持続的に活性化されているホスホジエステラーゼやPka1の調節サブユニットの変異株では、グルコース飢餓後細胞の急速な生存率の低下が見られることが知られている。この生存率低下は、静止期に進入できないためと考えられていた。しかし、この生存率低下の一因は、rsv1の発現誘導が起きないためであることが分かった。事実、これらの変異株pde1/cgs2,rak1/cgs2にrsv1を過剰発現し静止期における生存率を調べたところ、著しい生存率の回復が見られた。

 最後に、Rsv1とホモロジーがあるCreAがAsperigillus nidulanでadhの発現を制御することとadhは培地中のグルコースがなくなった後のエネルギー供給に関与している可能性を考え、rsv1変異株におけるadhの発現変化を野生株と比較したところrsv1変異株にadhの発現異常が見られた。野生株は静止期に入ってからlog phaseと同じサイズのadh転写産物が徐々に消失するとともにそれより長い産物が大量に誘導される。一方rsv1変異株では、短い転写産物が大幅に減少するが長い転写産物は誘導されなかった。PCRを用いて転写開始点をマップしたところ、通常グルコース飢餓によっておこる転写開始点より1.2Kb上流から開始していた。以上の結果からadhはrsv1の標的の一つであると考えられる。

結論

 以上の結果をまとめると

 1.rsv1は分裂酵母の新規遺伝子でありzinc fingerタンパク質をコードする。

 2.rsv1は静止期の細胞の生存に必須な遺伝子で培地中のグルコース枯渇に特異的に応答する。

 3.培地中の葡萄糖が枯渇し静止期に入る時にrsv1が誘導される。

 4.rsv1は、cAMP-pka1経路によって負に制御されている。

 5.pde1,rak1変異株の静止期における生存率の低下は、少なくとも部分的にrsv1の発現不良が原因と考えられる。

 6.rsv1の作用標的の一つは、adh遺伝子と考えられる。

審査要旨

 本研究は真核生物であり分裂酵母の増殖と分化の制御において重要な役割を演じていると考えられる新規遺伝子を探索しpat1の多コーピー抑制遺伝子としてrsv1の機能を解析し下記の結果を得た。

 1。温度感受性変異株pat1-114に数種類のゲノムライブラリーを導入し制限温度でこの変異株の致死を抑制する遺伝子を探索した結果、数種類の新規遺伝子を単離した。その中の一つが、rsv1遺伝子である。rsv1は428アミノ酸からなるタンパク質をコードし、N末に二つのzinc fingerモチーフを持つ。既存の遺伝子バンクをサーチをした結果、主にZinc finger領域で、CreA,MIG1EGR-1とホモロジーを示した。

 2。rsv1欠損株は、増殖や接合や胞子形成では野生株と変わりないが、グルコース枯渇による静止期に進入後急速に生存が低下することが判明した。この時の細胞は3単糖のトレハロースを蓄積し、細胞壁が酵素消化耐性となり静止期の細胞の特徴を示すが、熱やエタノル処理に敏感であった。さらに調べた結果、rsv1破壊株の静止期における生存率の低下が、静止期進入部位(G1、G2)や他の栄養源とは関係なくグルコース枯渇だけに限って起こることが判明した。

 3。rsv1mRNAの発現は培地中のグルコースが消耗し始めると発現が開始し、静止期に入る時とその直後に一番高いレベルに達した。このことから、rsv1がcAMP-Pka1経路を介してグルコースにより抑制的に制御されている可能性が考えられる。そこでpka1遺伝子とアデニールシクラーゼをコードするcyr1遺伝子のそれぞれの変異株についてrsv1 mRNAの発現を検討したところ、いずれの変異株もグルコース枯渇がない状態ですでに強く発現していた。従ってrsv1の発現はcAMP-Pka1経路によって負に制御されている。

 4。Pka1が持続的に活性化されているホスホジエステラーゼやPka1の調節サブユニットの変異株では、グルコース飢餓後細胞の急速な生存率の低下が見られることが知られている。この生存率低下は、静止期に進入できないためと考えられるが、その一因は、rsv1の発現誘導が起きないためであることが分かった。事実、これらの変異株pde1/cgs2,rak1/cgs2にrsv1を過剰発現し静止期における生存率を調べたところ、著しい生存率の回復が見られた。

 5。Rsv1とホモロジーをもつCreAがAsperigillus nidulanでadhの発現を制御することとadhは培地中のグルコースがなくなった後のエネルギー供給に関与している可能性を考え、adhの発現変化をrsv1変異株と野生株比較したところrsv1変異株にadhの発現異常が見られた。野生株は静止期に入ってからlog phaseと同じサイズのadh転写産物が徐々に消失するとともにそれより長い産物が大量に誘導される。一方rsv1変異株では、短い転写産物が大幅に減少するが長い転写産物は誘導されなかった。PCRを用いて転写開始点をマップしたところ、通常グルコース飢餓によっておこる転写開始点より1.2Kb上流から開始していた。以上の結果からadh遺伝子はrsv1の標的に一つであると考えられる。

 以上、本論文は分裂酵母新規遺伝子rsv1がグルコース飢餓後静止期に入って生存に不可欠な因子であることを明らかにした。まだ従来Pka1が持続的に活性化されている時細胞が静止期で死ぬメカニーズムは不明であったが今回rsv1の解析によりそのメカニーズムを少なくとも一部明らかにした。本研究はこれまで未知だった。分化と増殖に重要な役割を果たしている、Aキナーゼによって負に制御される新規のpathwayを発見したことは重要な貢献をなすものであり、学位の授予に値するものと考えられる。

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