本研究は真核生物であり分裂酵母の増殖と分化の制御において重要な役割を演じていると考えられる新規遺伝子を探索しpat1の多コーピー抑制遺伝子としてrsv1の機能を解析し下記の結果を得た。 1。温度感受性変異株pat1-114に数種類のゲノムライブラリーを導入し制限温度でこの変異株の致死を抑制する遺伝子を探索した結果、数種類の新規遺伝子を単離した。その中の一つが、rsv1遺伝子である。rsv1は428アミノ酸からなるタンパク質をコードし、N末に二つのzinc fingerモチーフを持つ。既存の遺伝子バンクをサーチをした結果、主にZinc finger領域で、CreA,MIG1EGR-1とホモロジーを示した。 2。rsv1欠損株は、増殖や接合や胞子形成では野生株と変わりないが、グルコース枯渇による静止期に進入後急速に生存が低下することが判明した。この時の細胞は3単糖のトレハロースを蓄積し、細胞壁が酵素消化耐性となり静止期の細胞の特徴を示すが、熱やエタノル処理に敏感であった。さらに調べた結果、rsv1破壊株の静止期における生存率の低下が、静止期進入部位(G1、G2)や他の栄養源とは関係なくグルコース枯渇だけに限って起こることが判明した。 3。rsv1mRNAの発現は培地中のグルコースが消耗し始めると発現が開始し、静止期に入る時とその直後に一番高いレベルに達した。このことから、rsv1がcAMP-Pka1経路を介してグルコースにより抑制的に制御されている可能性が考えられる。そこでpka1遺伝子とアデニールシクラーゼをコードするcyr1遺伝子のそれぞれの変異株についてrsv1 mRNAの発現を検討したところ、いずれの変異株もグルコース枯渇がない状態ですでに強く発現していた。従ってrsv1の発現はcAMP-Pka1経路によって負に制御されている。 4。Pka1が持続的に活性化されているホスホジエステラーゼやPka1の調節サブユニットの変異株では、グルコース飢餓後細胞の急速な生存率の低下が見られることが知られている。この生存率低下は、静止期に進入できないためと考えられるが、その一因は、rsv1の発現誘導が起きないためであることが分かった。事実、これらの変異株pde1/cgs2,rak1/cgs2にrsv1を過剰発現し静止期における生存率を調べたところ、著しい生存率の回復が見られた。 5。Rsv1とホモロジーをもつCreAがAsperigillus nidulanでadhの発現を制御することとadhは培地中のグルコースがなくなった後のエネルギー供給に関与している可能性を考え、adhの発現変化をrsv1変異株と野生株比較したところrsv1変異株にadhの発現異常が見られた。野生株は静止期に入ってからlog phaseと同じサイズのadh転写産物が徐々に消失するとともにそれより長い産物が大量に誘導される。一方rsv1変異株では、短い転写産物が大幅に減少するが長い転写産物は誘導されなかった。PCRを用いて転写開始点をマップしたところ、通常グルコース飢餓によっておこる転写開始点より1.2Kb上流から開始していた。以上の結果からadh遺伝子はrsv1の標的に一つであると考えられる。 以上、本論文は分裂酵母新規遺伝子rsv1がグルコース飢餓後静止期に入って生存に不可欠な因子であることを明らかにした。まだ従来Pka1が持続的に活性化されている時細胞が静止期で死ぬメカニーズムは不明であったが今回rsv1の解析によりそのメカニーズムを少なくとも一部明らかにした。本研究はこれまで未知だった。分化と増殖に重要な役割を果たしている、Aキナーゼによって負に制御される新規のpathwayを発見したことは重要な貢献をなすものであり、学位の授予に値するものと考えられる。 |