本研究は生理活性脂質の一つであるリゾホスファチジン酸(以下LPA)の中枢神経系における受容体の存在やその生物作用を明らかにするため、以下の二つの研究を行ったものである。(1)LPAをはじめとする種々の生理活性脂質のNMDA受容体のチャネル活性に及ぼす影響をアフリカツメガエル卵母細胞発現系を用いて解析した。(2)ラット脳初代培養系を用いて、LPA受容体の存在を確認し、さらに最も多く発現しているアストロサイトにおけるいくつかの機能について解析した。これらの研究を通して、以下の結果を得た。 1.NMDA受容体電流に及ぼす生理活性脂質の修飾作用を調べたところ、アラキドン酸はNMDA電流に対する直接的な弱い増強作用を示した。また サブタイプによる増強作用の違いが明らかとなった。即ち、 1/ 1チャネルの方が 2/ 1チャネルよりアラキドン酸に対する感受性は高く、1 M前後の濃度域で最も強く増強することがわかった。一方、PAF受容体を共発現させたところ、強いPAF刺激では抑制を、弱いPAF刺激では増強を生じる二相性の作用が認められた。一方LPAでは刺激強度にかかわらず増強作用が認められた。また、PAF,LPAのいずれも 2/ 1チャネルにおいてより顕著な効果が認められた。さらに、これらの修飾作用のメカニズムを探るため、プロテインキナーゼ阻害剤実験を行ったところ、LPAによる増強作用には一部、受容体あるいは関連タンパクのリン酸化が関与していることが示唆された。 2.ラット脳初代培養細胞を用いて細胞内カルシウム濃度を測定した結果、LPA受容体はラット脳において、主としてアストロサイトに豊富に存在していることが判明した。さらにLPAはアストロサイトのチミジン取り込み能を有意に増強し、アストロサイトに対して増殖刺激作用を有することがわかった。この増殖刺激作用は百日咳毒素の処理により用量依存的に抑制された。また、前初期遺伝子(c-fos,c-jun,COX-2)、神経栄養因子(NGF)、サイトカイン(IL-1 ,IL-3,IL-6)などの種々の遺伝子発現をそれぞれ異なる時間経過で増強、誘導することも明らかとなった。なお、これらの作用には、いずれも Mオーダーの濃度が必要であった。最近クローニングされた2種類のLPA受容体(PSP24,vzg-1)のmRNAは、いずれもアストロサイトに多く発現していた。 以上、本論文はアフリカツメガエル発現系の実験より、LPAがNMDA受容体のチャネル活性に影響を与え、神経細胞の機能に対して影響を与えうる可能性を示唆し、ラット脳初代培養系の実験よりLPAの機能性受容体は中枢神経系では主にアストロサイトに発現しており、LPAはグリア細胞に対する増殖因子の一つとして作用しうることを初めて明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、LPAの神経機能や神経疾患への関与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |