学位論文要旨



No 113596
著者(漢字) 西島,維知子
著者(英字)
著者(カナ) ニシジマ,イチコ
標題(和) ヒトGM-CSFレセプタートランスジェニックマウスを用いた造血細胞の解析
標題(洋) Studies on Hematopoietic Cell Development using Human Granulocyte-Macrophage Colony Stimulating Factor Receptor (hGM-CSFR)
報告番号 113596
報告番号 甲13596
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1257号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 廣澤,一成
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 谷憲,三朗
内容要旨 はじめに

 赤血球や白血球、血小板、リンパ球など全ての血球細胞は単一の造血幹細胞から分化したものと考えられる。血球細胞の恒常性がどのような機序-で維持されているのかという点については不明な点が多く、特に造血幹細胞の起源や自己複製機構及び各細胞系列への分化機構の解明は基礎研究にとどまらず、臨床医学への応用にも直結する重要な課題である。本研究では顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)レセプターをモデル系として、サイトカインレセプターの発現と細胞分化制御の関係についてトランスジェニックマウスの技法を用いて研究を行った。

hGM-CSFRトランスジェニックマウスの作製

 GM-CSFは顆粒球マクロファージ系列細胞の増殖分化を支持するが、赤血球や肥満細胞の増殖分化は支持しない。このサイトカインの作用の標的細胞に対する特異性はどのようにして制御されるのだろうか。第一の可能性として、標的細胞におけるレセプターの発現制御、第二の可能性として、レセプター下流のシグナル伝達分子の寄与が考えられる。GM-CSFと鎖・鎖からなる高親和性GM-CSFレセプター(GM-CSFR)の相互作用は種特異性が高く、リガンドの結合能及び生物活性はマウスとヒトとの間で互換性がない。しかし、マウスProB細胞株BAF3及びマウス線維芽細胞株NIH3T3にヒト(h)GM-CSFRを強制発現させるとhGM-CSF依存的にシグナル伝達及び細胞の増殖が観察される。この結果はGM-CSFの細胞内シグナル伝達分子には種特異性や細胞系列特異性がなく、線維芽細胞のような本来GM-CSFRを発現していない細胞でもレセプターの発現によりhGM-CSFに応答する能力を獲得し得ることを示している。

 この知見をもとに、本研究ではhGM-CSFR鎖・鎖遺伝子をマウス受精卵に導入し、トランスジェニックマウスを作製した。hGM-CSFR鎖・鎖遺伝子の5’上流にマウスMHCクラスI遺伝子のプロモーター配列と-globinイントロン配列、3’下流には-globinpoly A配列を連結し、両遺伝子を混合してマイクロインジェクションを行った。MHCクラスIはマウスの種々の組織に広範囲に発現し、特に血球細胞の分化段階において一定の発現が認められることから、そのプロモーター配列をトランスジェニックマウスでの導入遺伝子発現調節に利用した。鎖両遺伝子の挿入を確認した7系統のトランスジェニックマウスの骨髄細胞をFlowcytometryを用いて細胞表面のhGM-CSFRの発現を解析したところ、2系統で鎖両遺伝子産物の発現を確認した。これらのマウスでは、骨髄以外に脾臓、胸腺、腎臓、肝臓、心臓においてhGM-CSFR mRNAが発現していた。両系統のマウスとも正常に発育した。

hGM-CSFRトランスジェニックマウスにおける血液細胞の解析

 次に発現が確認された2系統の骨髄、脾臓細胞を半固形のメチルセルロース培地上でhGM-CSFを添加して培養すると、hGM-CSF依存的にmGM-CSF存在下では形成されない芽球、巨核球、赤芽球、肥満細胞及びそれらの混合(Mix)コロニーが形成された(表1)。hGM-CSFの最適濃度をコロニー形成数で測定すると、10ng/ml濃度でコロニー数がプラトーに達した。コロニーの組成はマウスインターロイキン3(mIL-3)と類似していたが、Mixコロニーなど幼若な前駆細胞由来のコロニーの数はhGM-CSF添加時の方が2-3倍多かった。またエリスロポエチン(EPO)非存在下でもhGM-CSF添加により赤芽球コロニーが形成された。続いてhGM-CSFの効果が他の因子との相互作用によるものではないことを検証するためにhGM-CSF存在下で無血清培養及び、芽球細胞の二次培養を行ったところ、一次培養と同種のコロニーが形成された。

Table 1.Colony Formation by Bone Marrow Cells of hGM-CSFR Tg-MiceValues are mean ± SD of triplicate plates containing I X 104 bone marrow cells. hGM-CSF 10 ng/ml:mGM-CSF 10U/ml;mlL-3 10 ng/ml;mSCF 100 ng/ml*.* Abbreviations:G:granulocyte colonies.M:macrophage colonies. Eo:eosinophile colonies, GM:granulocyte-macrophage colonies. MK:megakaryocyte colonies.Mast: mast cell colonies, E;erythroeyte colonies,B;erythroid hursts,Mix;mixed hemopoietic colonies, Bl;blast cell colonies.
hGM-CSFRトランスジェニックマウスのhGM-CSF in vivo投与解析

 さらにhGM-CSFRトランスジェニックマウスにhGM-CSFを投与し、各種細胞の増殖分化に及ぼす影響について個体レベルで解析した。hGM-CSFRトランスジェニックマウスに体重30gあたり20から2500ngまでのhGM-CSFを1日2回7日間皮下投与し、8日目に末梢血、骨髄、脾臓、胸腺、肝臓、その他の組織の細胞数並びに細胞組成を解析した。その結果、末梢血では用量依存的に網状赤血球数及び白血球数の著しい増加が観察された。末梢血の白血球分類から好中球、単球と共にLGL(large granular lymphocyte)様のリンパ球が増加していることが明らかになった。脾臓は肥大し、細胞数が500ng投与では6倍、2500ng投与では9倍に増加した。増加した細胞は主に赤芽球であった。肝臓においても造血の亢進が観察された。胸腺では細胞数の減少が見られた。以上の個体レベルの解析は細胞レベルの解析の結果と一致していた。

考察

 本研究ではhGM-CSFRトランスジェニックマウスを作製し、血球細胞分化とサイトカインレセプターの発現との関連性について細胞レベル並びに個体レベルの解析を行った。その結果、hGM-CSFの刺激により、顆粒球マクロファージ系列のみならず、多様な細胞系列の前駆細胞の分化増殖が支持された。さらに、支持された前駆細胞には幼若な分化段階の細胞を多く含んでいた。mIL-3は単独で幼若な前駆細胞の分化増殖を支持するサイトカインであるが、hGM-CSFはmIL-3を上回るコロニー形成能を有していた。このことは幼若な前駆細胞の細胞表面にレセプターを発現させることにより、より多くの幼若な細胞が増殖分化能を獲得し得ることを示唆する。

図表

 また、赤血球の分化増殖をGM-CSFが単独で支持し得ることが明らかになった。IL-3RとIL-5R、GM-CSFRは鎖を共有し、シグナルの共通性が示唆されるが、共同研究者らの研究から、mIL-3R鎖を導入したトランスジェニックマウスにおいても、mIL-3刺激により赤芽球を含む様々なコロニーが形成されることが明らかになった。しかし、mIL-5R鎖トランスジェニックマウスでは、mIL-5刺激により顆粒球、単球、巨核球、肥満細胞および混合細胞コロニーは形成されるものの、赤芽球コロニーは形成されなかった。mIL-5R鎖トランスジェニックマウスでは、赤血球系列において高親和性mIL-5Rが形成されなかったと予測でき、赤芽球コロニーの形成には鎖の発現と共に鎖の発現、即ちシグナル伝達能を持つ高親和性レセプターの形成が必須であることが考えられた。

 従来、赤血球分化において、EPOレセプター(EPOR)からのシグナルが赤血球への分化・成熟を誘導していると考えられてきたが、以上の結果は、赤血球分化においてEPOに特有な誘導シグナルが存在するというよりもむしろ、シグナル伝達経路はGM-CSFやIL-3など他のサイトカインとも共通であることが示唆された。したがってEPOの赤血球系細胞への作用の特異性はサイトカインレセプターの発現が赤芽球系前駆細胞上ではEPORに限局されているためであると推測される。

 以上のhGM-CSFRトランスジェニックマウスの細胞レベル及び個体レベルの解析結果は造血幹細胞の分化においてサイトカインはその分化の方向性を決定する要因ではないことを示唆している。むしろ細胞の分化に伴い発現するレセプターのタイプが決まり、周囲の環境に存在するサイトカインと適合したレセプターを持つ前駆細胞のみが選択的に分化増殖をすると考えることができる。

審査要旨

 本研究は血球前駆細胞の分化の方向性に対するサイトカインの役割を明らかにするために、ヒト(h)GM-CSFレセプタートランスジェニックマウス(Tgマウス)を作製し、hGM-CSF存在下における血液前駆細胞の増殖分化能の解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.hGM-CSFレセプター(hGM-CSFR)鎖と鎖のcDNAをそれぞれマウスMHCクラスI遺伝子(H2-Ld)プロモーター下流に連結し、両者をマウス受精卵に導入した。H2-Ldプロモーターは組織特異性が少なく、各血球細胞系列に分化段階を通して発現することが期待された。遺伝子導入を確認した13系統のトランスジェニックマウスの骨髄細胞のhGM-CSFRの発現をFlow cytometry法により解析したところ、2系統(H2-71,H2-81)で鎖両遺伝子産物の発現が確認された。以下の実験はH2-71を用いたが、H2-81系統でも同様の実験を行った。

 2.Tgマウスの骨髄細胞を半固形のメチルセルロース培地中でhGM-CSF存在下で培養したところ、hGM-CSF依存的にコロニーが形成された。形成されたコロニーには顆粒球、マクロファージの他に従来マウス(m)GM-CSF存在下では形成されない芽球や巨核球、赤芽球、肥満細胞が単独あるいは混合して含まれていた。hGM-CSFの効果が血清中の他の因子との相互作用によるものではないことを検証するためにhGM-CSF存在下で無血清培養を行ったが、コロニー組成に変化は現れなかった。hGM-CSFの刺激により、2次的に赤芽球コロニーの形成に必須と考えられているエリスロポエチン(EPO)が産生された可能性を検証するために、hGM-CSFと抗EPO中和抗体との共添加培養を行ったが、赤芽球コロニー数に変化が現れなかった。この結果は赤芽球分化においてEPO特有な誘導シグナルが存在するという説を否定する結果であり、シグナル伝達経路はGM-CSFなど他のサイトカインとも共通である可能性を示唆した。

 3.TgマウスにhGM-CSFを個体投与し、血球細胞並びに非血球細胞へのhGM-CSFの及ぼす影響について解析した。方法としてTgマウスにhGM-CSFを1回に0,20,100,500.2500ngの要領で1日2回12時間置きに1週間皮下投与し、8日目に血液学的及び組織学的な解析を行った。この結果、末梢血において白血球(リンパ球、好中球、好酸球、単球)数と幼若な赤血球である網状赤血球数が著しく増加した。また脾臓が肥大し、赤芽球をはじめとする造血の亢進が観察された。一方、胸腺では臓器の萎縮が観察され、Flow cytometry解析からCD4+CD8+T細胞の減少が明らかになった。しかし、末梢血ではリンパ球が増加し、その中にNK細胞が高い比率で増えていた。NK細胞の分化機構はT細胞B細胞に比べて不明な点が多く、Tgマウスにおいてどのような機構でNK細胞が分化増殖してきたのか興味が持たれる。

 以上のTgマウスのコロニー形成能解析及び個体投与実験の結果から血球前駆細胞の分化の方向性に対するサイトカインの役割はサイトカインからの刺激が特異的な血球細胞への分化を誘導している(インストラクティブモデル)というよりもむしろ、分化の方向性は内因性に決まっていて、サイトカインとマッチするレセプターを有する前駆細胞が選択的に生存、増殖する(セレクションモデル或いはストカスティックモデル)と考えることができる。この結果はより未熟な段階の血液幹細胞の自己増殖能および分化能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。

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