本研究は血球前駆細胞の分化の方向性に対するサイトカインの役割を明らかにするために、ヒト(h)GM-CSFレセプタートランスジェニックマウス(Tgマウス)を作製し、hGM-CSF存在下における血液前駆細胞の増殖分化能の解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.hGM-CSFレセプター(hGM-CSFR)鎖と鎖のcDNAをそれぞれマウスMHCクラスI遺伝子(H2-Ld)プロモーター下流に連結し、両者をマウス受精卵に導入した。H2-Ldプロモーターは組織特異性が少なく、各血球細胞系列に分化段階を通して発現することが期待された。遺伝子導入を確認した13系統のトランスジェニックマウスの骨髄細胞のhGM-CSFRの発現をFlow cytometry法により解析したところ、2系統(H2-71,H2-81)で鎖鎖両遺伝子産物の発現が確認された。以下の実験はH2-71を用いたが、H2-81系統でも同様の実験を行った。 2.Tgマウスの骨髄細胞を半固形のメチルセルロース培地中でhGM-CSF存在下で培養したところ、hGM-CSF依存的にコロニーが形成された。形成されたコロニーには顆粒球、マクロファージの他に従来マウス(m)GM-CSF存在下では形成されない芽球や巨核球、赤芽球、肥満細胞が単独あるいは混合して含まれていた。hGM-CSFの効果が血清中の他の因子との相互作用によるものではないことを検証するためにhGM-CSF存在下で無血清培養を行ったが、コロニー組成に変化は現れなかった。hGM-CSFの刺激により、2次的に赤芽球コロニーの形成に必須と考えられているエリスロポエチン(EPO)が産生された可能性を検証するために、hGM-CSFと抗EPO中和抗体との共添加培養を行ったが、赤芽球コロニー数に変化が現れなかった。この結果は赤芽球分化においてEPO特有な誘導シグナルが存在するという説を否定する結果であり、シグナル伝達経路はGM-CSFなど他のサイトカインとも共通である可能性を示唆した。 3.TgマウスにhGM-CSFを個体投与し、血球細胞並びに非血球細胞へのhGM-CSFの及ぼす影響について解析した。方法としてTgマウスにhGM-CSFを1回に0,20,100,500.2500ngの要領で1日2回12時間置きに1週間皮下投与し、8日目に血液学的及び組織学的な解析を行った。この結果、末梢血において白血球(リンパ球、好中球、好酸球、単球)数と幼若な赤血球である網状赤血球数が著しく増加した。また脾臓が肥大し、赤芽球をはじめとする造血の亢進が観察された。一方、胸腺では臓器の萎縮が観察され、Flow cytometry解析からCD4+CD8+T細胞の減少が明らかになった。しかし、末梢血ではリンパ球が増加し、その中にNK細胞が高い比率で増えていた。NK細胞の分化機構はT細胞B細胞に比べて不明な点が多く、Tgマウスにおいてどのような機構でNK細胞が分化増殖してきたのか興味が持たれる。 以上のTgマウスのコロニー形成能解析及び個体投与実験の結果から血球前駆細胞の分化の方向性に対するサイトカインの役割はサイトカインからの刺激が特異的な血球細胞への分化を誘導している(インストラクティブモデル)というよりもむしろ、分化の方向性は内因性に決まっていて、サイトカインとマッチするレセプターを有する前駆細胞が選択的に生存、増殖する(セレクションモデル或いはストカスティックモデル)と考えることができる。この結果はより未熟な段階の血液幹細胞の自己増殖能および分化能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。 |