学位論文要旨



No 113599
著者(漢字) 劉,劼
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ジェ
標題(和) 転写因子マウスNFATx : クローニングとその機能解析
標題(洋) TRANSCRIPTION FACTOR OF MURINE NFATx : Molecular Cloning and Functional Characterization
報告番号 113599
報告番号 甲13599
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1260号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 教授 勝木,元也
内容要旨

 NFAT(nuclear factor of activated T cells)は、T細胞におけるIL-2遺伝子の転写を担う核内因子として同定された。近年、cDNAクローニングによりファミリーの存在が示され、またIL-3/GM-CSF、IL-4、IL-5、TNF-、CD40Lなど、IL-2以外のサイトカイン遺伝子やその他の遺伝子の転写もNFATによる制御を受けることが明らかにされている。

 IL-2遺伝子の発現には、T細胞抗原受容体(TCR)からの刺激を伝える2つの経路が必要とされる。一つは細胞内Ca++濃度の上昇を伴う経路であり、他の一つはPKCを介する経路である。前者はCa++-カルモジュリン依存性のSer/Thrタンパク質脱リン酸化酵素であるカルシニューリン(calcineurin;CN)を活性化し、これに伴いNFATが脱リン酸化を受けて細胞質から核へ移行する。免疫抑制剤サイクロスポリンA(cyclosporin A;CsA)およびFK506はCNの活性を阻害することが知られており、これらの薬剤で処理することによってNFATの機能は阻害される。後者すなわちPKCを介した経路によってAP-1が新たに合成され、NFATと複合体を形成して機能する。IL-2遺伝子と同様NFATによる転写制御を受けることが示唆されているサイトカイン遺伝子の多くについても、その発現に際してNFATはAP-1と複合体を形成して機能するようである。

 NFATファミリーを構成する遺伝子として、現在までにNFATp・NFATc・NFATx(NFAT4)・NFAT3の四つの遺伝子がcDNAのクローニングにより同定されている。これらは相互に類似した構造をもち、大きく三つのドメインに分けられる。Rel相同領域は、NF-BなどのRelファミリー間で保存されているRel相同領域に対し低い相同性を示し、DNA結合やAP-1との相互作用を担い、NFATファミリー間で65%と良く保存されている。さらに、NFATファミリー間で保存されている、二つの核移行シグナル(nuclear localization signal;NLS)のうちの一つがこの領域内に存在する。N末領域も、NFATファミリー相互間で比較的良く保存されており、カルシウムシグナルによる調節に関与している。この領域には、Ser・Proに富んだ反復配列SP boxとSerに富んだ配列SRRモチーフが存在する。SRRモチーフ内の保存されたSer残基は未同定のキナーゼによってリン酸化され、CNによって脱リン酸化されることが示されており、NFATの核移行の制御に重要な役割を果たしていると考えられている。また、もう一つのNLSがこのN末領域に存在する。C末領域は、NFATファミリー間での保存度は低いが、ここには転写活性化ドメインが存在することが示されている。

 NFATファミリーの中で、ヒトNFATxは申請者の属する研究グループが単離したものであるが、この分子についでは、リンパ組織のみならず、胸腺で非常に強い発現が見られ、サイトカイン遺伝子の発現制御に加えてT細胞の分化にも関与していると考えられる。本研究では、マウスにおけるNFATxのホモログ(mNFATx)のcDNAの単離、その発現分布(第一部)、機能(第二部)及びCNとの相互作用(第三部)についての解析を行った。

 本研究の第一部では、まずヒトNFATx(hNFATx)のcDNAをプローブとして、リンパ腫細胞株EL-4より作製したcDNAライブラリーをスクリーニングし、mNFATxのcDNAを単離した。mNFATxのcDNAは、3,656bpであり、そのコードするタンパク質は1075アミノ酸から成り、その配列から予想される分子量は119kDであった。mNFATxは、N末領域、Rel相同領域、C末領域において、hNFATxとアミノ酸レベルで、それぞれ95,98,76%の相同性を有していた。N末領域には、SPbox/SRR配列とNLSが含まれており、さらに、Rel相同領域のC末端側にもう一つのNLSが存在していた。また、cDNAクローニングの際に、二つのアイソフォームが同時に単離された。一つは、3’coding regionにおける104bpの挿入によりframe shiftが起こり、mNFATx1の41アミノ酸が置換され、結果として、mNFATx1と33アミノ酸異なっており、これをmNFATx2と命名した。もう一つのアイソフォームは、Rel相同領域において、in-frameに30アミノ酸欠失しており、こちらは、mNF-ATxと命名した。染色体マッピングを行った結果、mNFATx1と二つのアイソフォームをコードする遺伝子は全てマウス染色体8番のバンドD領域に存在することが示された。従って、これらのアイソフォームはおそらく単一の遺伝子からalternative splicingにより生じたと考えられる。

 次にmNFATxのmRNAの発現について、ノーザン解析により検討を行ったところ、hNFATxと同様に胸腺で強い発現がみられ、T細胞の分化にも関与していることが示唆された。また、精巣、卵巣、心臓、平滑筋においても低レベル発現していた。さらに、EL-4細胞におけるmNFATx1とmNFATxのmRNAについてRT-PCRで検討したところ、mNFATxのmRNAはmNFATx1の約1/10程度のレベルで、mNFATx1とmNFATx両方のmRNAのレベルは、PMA刺激により変化しなかった。

 本研究の第二部では、mNFATx1の機能について解析を行った。ゲルシフトアッセイにて、mNFATx1は、マウスIL-2プロモーターのNFAT結合部位とIL-4プロモーターのP配列(NFAT結合部位)に単独あるいはAP-1とともに結合することを示した。一方、mNFATxは、どちらの配列にも結合しなかった。従ってmNFATxで欠失している約30アミノ酸がDNA結合に関与している可能性が示唆されるが、NFATpのDNA結合活性に関与していることが示されているRAHYETEG配列はmNFATxにも存在している。次に、mNFATx1とmNFATxをCOS-7細胞で過剰発現し、細胞内局在について検討したところ、両分子は、主に細胞質に局在しており、カルシウムイオフォアによる刺激後もその局在にぼとんど変化はみられなかった。しかし、活性型CNの発現または、野性型CNの発現とそれに引き続くカルシウムイオフォアの刺激により、両分子の核移行は著しく促進され、それらは、CsAの添加により阻害された。従って、mNFATx1及びmNFATxの核移行は、CNの活性に依存していると考えられる。さらに、mNFATx1、活性型/野性型CN、IL-2プロモーターレポータープラスミドをCOS-7細胞に共発現させる実験から、mNFATx1の核移行がIL-2プロモーターの活性化とよく相関していることが示され、核内へ移行したmNFATx1がIL-2遺伝子の転写に寄与していることが示唆された。

 最後に第三部では、mNFATx1とCNの相互作用についての解析を行った。種々のmNFATx1の欠失変異体とCNとの相互作用について検討を行った結果、mNFATx1のN末領域がCNとの結合に関与していること、さらにその領域内に二箇所のCN結合領域(calcineurin binding region;CNBR)が存在することが判明した。そのうちの1つは、ヌクレオチド79-571の領域(N79-571)、もう一つは、ヌクレオチド966-1227の領域(N966-1227)であった。興味深いことに、この二つのCNBRはCNと単独で相互作用可能であるのに関わらず、核移行に関しては、N966-1227の欠失により著しく阻害されるのに対して、N79-571の欠失によっては、ほとんど阻害されなかった。この現象は、2つのCNBRのCNに対する結合親和性によると考えられる。それに対して、N79-571の領域は核移行にはあまり影響しないが転写活性に必要であることがレポーター遺伝子のアッセイにより示された。この結果は、hNFATxのN末の領域に転写活性化領域が存在し、その配列がmNFATx1にも保存されているという事実と合致する。一方、N966-1227はmNFATx1の核移行に必要であることが上の結果から示されている。興味深いことに、N966-1227をJurkat細胞で発現させたところ、内在性のNFATまたはmNFATx1によるNFAT配列を含むレポーター遺伝子の活性化を抑制した。従って、N966-1227は、おそらく細胞質内のCNに結合し、その活性を阻害することによりdominant negative mutantとしてはたらき、NFATを介する遺伝子発現を阻害すると考えられる。免疫抑制剤CsAおよびFK506は、それぞれT細胞以外の細胞においてもCNの活性を阻害し、神経や腎臓への毒性などの副作用を示すことが知られている。T細胞の活性化を抑制する際、CNを介さずに直接NFATの活性を抑制することによってこれらの副作用は回避できる可能性もある。従って、N966-1227はCNによるNFATの活性化機構の解析のみならず、臨床的な面においても役立つことが期待される。

審査要旨

 NFAT(nuclear factor of activated T cells)は、T細胞におけるサイトカイン遺伝子やその他の免疫応答遺伝子の転写を担う重要な核内因子として同定された。NFATファミリーの中で、ヒトNFATxは,リンパ組織のみならず、胸腺で非常に強い発現が見られ、サイトカイン遺伝子の発現制御に加えてT細胞の分化にも関与していると考えられる。本研究では、マウスにおけるNFATxのホモログ(mNFATx)のcDNAを単離するとともに、その発現分布、機能、及びcalcineurin(CN)との相互作用についての解析を行った。

 第一部.リンパ腫細胞株EL-4より作製したcDNAライブラリーよりmNFATxのcDNAを単離した。mNFATx1のcDNAは、3,656bpであり、そのコードするタンパク質は1075アミノ酸から成り、その配列から予想される分子量は119kDであった。mNFATxはSPbox/SRR配列、DNA結合やAP-1との相互作用ドメイン、転写活性化ドメイン、およびNLSを有していた。また、cDNAクローニングの際に、二つのアイソフォームが同時に単離された。これをmNFATx2やmNF-ATxと命名した。染色体マッピングを行った結果、mNFATx1と二つのアイソフォームをコードする遺伝子は全てマウス染色体8番のバンドD領域に存在することが示された。

 第二部.mNFATxのmRNAの発現について、ノーザン解析により検討を行ったところ、hNFATxと同様に胸腺で強い発現がみられ、T細胞の分化にも関与していることが示唆された。また、精巣、卵巣、心臓、平滑筋においても低レベル発現していた。さらに、EL-4細胞におけるmNFATx1とmNFATxのmRNAについてRT-PCRで検討したところ、mNFATxのmRNAはmNFATx1の約1/10程度のレベルで、mNFATx1とmNFATx両方のmRNAのレベルは、PMA刺激により変化しなかった。

 第三部.mNFATx1の機能について解析を行った。ゲルシフトアッセイにて、mNFATxlは、マウスIL-2プロモーターのNFAT結合部位とIL-4プロモーターのP配列(NFAT結合部位)に単独あるいはAP-1とともに結合することを示した。一方、mNFATxは、どちらの配列にも結合しなかった。従ってmNFATxで欠失している約30アミノ酸がDNA結合に関与している可能性が示唆されている。

 次に、mNFATx1とmNFATxをCOS-7細胞で過剰発現し、細胞内局在について検討したところ、両分子は、主に細胞質に局在しており、カルシウムイオフォアによる刺激後もその局在にほとんど変化はみられなかった。しかし、活性型CNの発現または、野性型CNの発現とそれに引き続くカルシウムイオフォアの刺激により、両分子の核移行は著しく促進され、それらは、CsAの添加により阻害された。従って、mNFATx1及びmNFATxの核移行は、CNの活性に依存していると考えられる。さらに、mNFATx1、活性型/野性型CN、IL-2プロモーターレポータープラスミドをCOS-7細胞に共発現させる実験から、mNFATx1の核移行がIL-2プロモーターの活性化とよく相関していることが示され、核内へ移行したmNFATx1がIL-2遺伝子の転写に寄与していることが示唆された。

 第四部.mNFATx1とCNの相互作用についての解析を行った。種々のmNFATx1の欠失変異体とCNとの相互作用について検討を行った結果、mNFATx1のN末領域がCNとの結合に関与していること、さらにその領域内に二箇所のCN結合領域(calcineurin binding region;CNBR)が存在することが判明した。そのうちの1つは、ヌクレオチド79-571の領域(N79-571)、もう一つは、ヌクレオチド966-1227の領域(N966-1227)であった。興味深いことに、この二つのCNBRはCNと単独で相互作用可能であるのに関わらず、核移行に関しては、N966-1227の欠失により著しく阻害されるのに対して、N79-571の欠失によっては、ほとんど阻害されなかった。それに対して、N966-1227はmNFATx1の核移行に必要であることが上の結果から示されている。興味深いことに、N966-1227をJurkat細胞で発現させたところ、内在性のNFATまたはmNFATx1によるNFAT配列を含むレポーター遺伝子の活性化を抑制した。従って、N966-1227は、おそらく細胞質内のCNに結合し、その活性を阻害することによりdominant negative mutantとして働き、NFATを介する遺伝子発現を阻害すると考えられる。免疫抑制剤CsAおよびFK506は、それぞれT細胞以外の細胞においてもCNの活性を阻害し、神経や腎臓への毒性などの副作用を示すことが知られている。T細胞の活性化を抑制する際、CNを介さずに直接NFATの活性を抑制することによってこれらの副作用は回避できる可能性がある。従って、N966-1227を用いた実験により得られた知見はCNによるNFATの活性化機構の解析のみならず、臨床的な面においても役立つことが期待される。

 以上、本論文はサイトカイン遺伝子の転写制御への関与が推測される転写因子NFATxのクローニングを行い、その活性化の調節機構及び作用機序を明らかにした。本研究はNF-ATファミリー、転写因子のネットワーク綱の解明に重要な貢献をなすと考えられ、論文提出者は、医学博士の学位の授与に十分な資格があるものと判断した。

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