[背景と目的] 自律神経系は、生体の外部環境の変化に応じて、呼吸や循環、その他の内臓機能を反射性に調節している。自律神経反射の1つである体性-交感神経反射においては、生体外部からの様々な情報が体性感覚神経の求心性線維によって中枢神経系に伝達され、反射出力が交感神経線維を遠心路として伝達されることで、内臓機能を調節する。 体性-交感神経神経反射の研究の歴史は古いが、1960年代より電気生理学的な実験方法を駆使した体性-交感神経反射の動物モデルが報告され、近代的な研究が始まった。主に麻酔したネコを用いて体性感覚神経求心性線維(例えば下肢の脛骨神経)を電気刺激すると伝達速度の速い有髄線維(A線維)と遅い無髄線維(C線維)により、内臓を支配する交感神経(例えば心臓交感神経)に潜時の短いA反射と潜時の長いC反射の反射電位が誘発される。この体性-交感神経反射については反射経路と反射中枢についての様々な研究が行われた。1990年代になりこれらの研究にラットが用いられるようになったが、ラットにおける体性-交感神経反射の機構およびその中枢性修飾(central modulation)についてはまだ十分に知られていない。 私は,麻酔ラットを用いて内因性化学物質の遮断薬やその受容体の遮断薬の投与および内蔵求心性神経の刺激が、体性-交感神経反射に及ぼす中枢性修飾を調べた。すなわち、1)一酸化窒素(NO)の選択的遮断薬および阻害薬の投与、2)オピオイド受容体の作用薬または選択的遮断薬の投与、3)低酸素刺激による動脈化学受容器の刺激、4)動脈圧上昇による動脈圧受容器の刺激が、体性-交感神経反射をどのように変化させるかを調べた。この結果をもとに、NO、オピオイド受容体、動脈化学受容器、動脈圧受容器が体性-交感神経反射をどのように中枢性修飾をするかについて検討した。 [方法] 実験にはウレタンで麻酔した雄Wistar系成熟ラットを用いた。気管と大腿動静脈にカニューレを挿入した。呼気終末二酸化炭素濃度が3%となるように人工呼吸による呼吸管理を行った。大腿動脈に挿入したカニューレにより動脈圧を測定した。動物の体温は直腸に挿入した体温センサーと赤外線ランプ、保温マットによって37℃に維持した。 顕微鏡下で左脛骨神経を露出し、白金-イリジウム双極電極により電気刺激(20V,0.5msのパルスによる単発刺激を3秒おきに加えた)を与えた。顕微鏡下で交感神経心臓枝を露出し、白金-イリジウム双極電極により体性-交感神経反射電位を記録し、コンピューターを用いて20回加算平均をした。薬物の投与は大腿静脈に挿入したカニューレによる静脈内投与(i.v.)、腰椎より脊髄腔に挿入したカテーテルによる脊髄くも膜下腔内投与(i.t.)、大後頭孔第1頚椎間から脳幹まで挿入したカテーテルによる大槽内投与(i.c.m.)、または直接に脳内に微量注入する方法を用いた。 NOが体性-交感神経反射に及ぼす中枢性修飾効果を調べるために、NO合成の遮断薬L-NAMEとその異性体D-NAME、代謝中間物のL-arginineについてそれぞれi.t.投与とi.c.m.投与の効果を調べた。 脳内におけるオピオイド受容体が体性-交感神経反射に及ぼす中枢性修飾効果を調べるために、オピオイド受容体作動薬のモルヒネを直接脳内の局所に微量注射し、またオピオイド受容体の拮抗薬ナロキソンをi.v.投与しその効果を調べた。 動脈化学受容器反射及び動脈圧受容器反射が体性-交感神経反射に及ぼす中枢性修飾効果を調べるために、窒素と酸素の混入ガスを吸入させる一分間の低酸素刺激およびフェニレフリンのi.v.投与による血圧上昇刺激の効果を調べた。 薬物を脳内に微量注入する場合は、実験終了後脳切片を作成し、顕微鏡で薬物と同時に投与した色素液の分布により注入部位を確認した。 [結果と検討] 1.L-NAMEのi.t.とi.c.m.では、体性-交感神経反射のC反射は用量依存性に増大することが示されたが、A反射には有意な変化が見られなかった。脳幹投与によりC反射の増大を起こすL-NAMEの必要量は、脊髄投与の場合の1000分の1であることも分かった。L-NAMEの脳幹投与によるC反射の増大効果は、L-arginineの脳幹投与によって完全に消失した。L-NAMEの異性体であるD-NAMEの脳幹投与では、A反射とC反射の有意な変化は見られなかった。 2.オピオイド受容体の作用薬であるモルヒネを孤束核に微量注射すると、A反射とC反射がともに有意に増大したが、吻側延髄腹外側部への微量注射によっては、C反射のみが有意に増大した。孤束核と吻側延髄腹外側部へのモルヒネ微量注射による体性-交感神経反射の増大効果は、オピオイド受容体の拮抗薬であるナロキソンのi.v.投与によって完全に消失した。モルヒネを脳内の他の場所、例えば青斑核、大縫線核、中脳水道周囲灰白質と側坐核に微量注入しても、A反射とC反射の有意な変化は見られなかった。 3.呼気中酸素濃度10%と6%の低酸素刺激により動脈化学受容器を刺激すると、A反射とC反射がともに有意に増大したが、この効果は両側の頚動脈洞神経の切断によって完全に消失した。 4.フェニレフリンを静脈内投与すると、血圧上昇に伴う動脈圧受容器の活性化によってA反射とC反射がともに有意に減弱したが、この効果は両側の大動脈神経と頚動脈洞神経の切断によって完全に消失した。 [結論] 以上の結果をまとめると、麻酔ラットにおいて、体性-交感神経反射のAおよびC反射は、つぎのような中枢性修飾を受けることが分かった。 1.NOは脳幹レベルで体性-交感神経反射のC反射を抑制する。 2.孤束核と吻側延髄腹外側部にあるオピオイド受容体の活性化は、体性-交感神経反射のC反射を亢進させる。 3.動脈化学受容器の活性化は、体性-交感神経反射のAおよびC反射を亢進させる。 4.動脈圧受容器の活性化は、体性-交感神経反射のAおよびC反射を抑制する。 |