学位論文要旨



No 113605
著者(漢字) 鈴木,紀光
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ノリミツ
標題(和) NMDA受容体媒介性興奮性シナプス電流に対するシナプス後細胞PKC活性化の効果
標題(洋) Postsynaptic effect of PKC activation on NMDA receptor-mediated excitatory postsynaptic currents
報告番号 113605
報告番号 甲13605
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1266号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 河西,春郎
内容要旨

 プロテインキナーゼC(PKC)は様々な細胞機能を支える細胞内情報伝達系として重要な役割を担っている。中枢神経系においてPKCは、シナプス前終末、シナプス後膜肥厚部に強く発現しており、タンパク質リン酸化を介して、シナプス伝達修飾、シナプス可塑性に強く関与すると考えられている。PKCはジアシルグリセロール、ホルボールエステルにより特異的に活性化されることが知られている。

 様々な中枢シナプスにおいて、ホルボールエステルの細胞外投与によりシナプス応答が増強し、微小シナプス電位の頻度が増加することが知られている。ホルボールエステルはシナプス後細胞のグルタミン酸応答、微小シナプス電位の振幅のいずれにも変化を与えないことから、シナプス前要素に作用してシナプス応答を増強すると考えられている。

 PKCの活性化によりNMDA受容体を介する電流応答が増強されるとの結果が様々な実験系で報告されており、PKCの活性化がNMDA受容体媒介性興奮性シナプス後電流(NMDA-EPSCs)を増強する可能性が考えられる。しかしながら、これまでの報告にあるようにPKC活性化剤の細胞外灌流投与はシナプス前終末への効果を伴うため、シナプス後細胞の効果を観察することは困難であった。

 本研究では、シナプス後細胞PKC活性化の効果を選択的に観察するために、パッチ電極内灌流法を採用した。この方法をホールセル記録法と組み合わせることにより、PKCの活性化剤をシナプス後細胞に直接投与して、シナプス応答への効果を観察することが可能になった。

 ラット脳幹スライス(生後13-17日)を作製し、台形体内側核神経細胞からEPSCsを記録し電極内灌流法を適用した。この神経細胞では細胞体に巨大神経終末端が形成されており、グルタミン酸作動性興奮性伝達が行われる。この点は細胞内灌流液が十分にシナプス下膜領域に到達するため非常に有利である。

 初めに、NMDA-EPSCsに対するホルボールエステル細胞内投与効果を検討した。膜電位-70mV、[Mg2+]0を0.1mMで、AMPA受容体拮抗薬CNQXの存在下、NMDA-EPSCsを観察した。ホルボールエステルの細胞内投与によりNMDA-EPSCsは急峻に増大し、投与開始5分後に約70%増強するのが観察された。ホルボールエステルの不活性化アナログである4-ホルボールエステルの細胞内投与によるNMDA-EPSCsの変化は観察されなかった。

 同様の方法によりAMPA受容体媒介性興奮性シナプス後電流(AMPA-EPSCs)に対する検討を行った。NMDA-EPSCsに対する効果とは異なり、ホルボールエステルの細胞内投与によってAMPA-EPSCsは変化しなかった。したがって、シナプス後細胞でのPKCによる増強効果はNMDA-EPSCsに特異的であるといえる。

 次にPKCの生理的活性化剤、ジアシルグリセロールの一種1,2-オレオイル-sn-グリセロールによる効果の検討を行った。ホルボールエステル同様、1,2-オレオイル-sn-グリセロールの細胞内投与によりNMDA-EPSCsを増強した。1,2-オレオイル-sn-グリセロールは非膜透過性の活性化剤であるため、ここで観察された増強効果はシナプス後細胞のPKCによることが強く示唆される。

 次にこのNMDA-EPSCsの増強現象のメカニズムについてPKCの活性化によるNMDA受容体の機能亢進が、NMDA受容体の膜電位依存性のMg2+ブロックの減弱によるとの仮説を検討した。まず膜電位-70mVにおいて0mM[Mg2+]0の条件下で、PKCの活性化による効果の検討を行った。ホルボールエステルの細胞内投与によりNMDA-EPSCsの増大が観察され、この増強の程度は0.1mM[Mg2+]0での増強率と有意な差は認められなかった。しかしながら、組織から流出し外液中に残存する微量のMg2+がPKCの活性化による効果の発現に十分な条件である可能性がある。その点について考慮するために、NMDA受容体がMg2+ブロックを受けない膜電位+50mVの条件下で同様の検討を行った。+50mV、1mMMg2+の条件下においても1,2-オレオイル-sn-グリセロールの細胞内投与によるNMDA-EPSCsの同様の増強効果が観察された。したがって、PKC活性化によるNMDA-EPSCsの増強現象はMg2+ブロックの減弱による効果ではないと結論される。

 以上の実験結果から、シナプス後細胞でのPKCの活性化はNMDA-EPSCsの選択的な増強を引き起こすことが明らかとなった。このNMDA-EPSCsに対する効果はNMDA受容体の膜電位依存性のMg2+ブロックの減弱によるものではない。これまでの報告ではホルボールエステルの細胞外灌流投与により、シナプス前細胞PKC活性化のシナプス伝達に対する効果が観察されていた。本研究では電極内灌流法により、シナプス伝達に対するシナプス後細胞PKC活性化の効果を直接的に明らかにした。

審査要旨

 本研究はシナプス後細胞プロテインキナーゼC(PKC)活性化の効果を選択的に観察する目的でパッチ電極内灌流法を採用し、この方法とホールセル記録法とを組み合わせることにより、PKCの活性化剤をシナプス後細胞に直接投与して、シナプス応答への効果を観察することを試みたものであり、以下の実験結果を得ている。

 1) NMDA-EPSCsに対するホルボールエステル細胞内投与効果を検討した。実験はラット脳幹スライス(生後13-17日)を作製し、台形体内側核神経細胞からEPSCsを記録することにより行われた。膜電位-70mV、[Mg2+]0を0.1mMで、AMPA受容体拮抗薬CNQXの存在下、NMDA-EPSCsを観察した。ホルボールエステルの細胞内投与によりNMDA-EPSCsは急峻に増大し、投与開始5分後に約70%増強するのが観察された。ホルボールエステルの不活性化アナログである4-ホルボールエステルの細胞内投与によるNMDA-EPSCsの変化は観察されなかった。

 2) 同様の方法によりAMPA受容体媒介性興奮性シナプス後電流(AMPA-EPSCs)に対する検討を行った。NMDA-EPSCsに対する効果とは異なり、ホルボールエステルの細胞内投与によってAMPA-EPSCsは変化しなかった。したがって、シナプス後細胞でのPKCによる増強効果はNMDA-EPSCsに特異的であることが示唆された。

 3) 次にPKCの生理的活性化剤、ジアシルグリセロールの一種1,2-オレオイル-sn-グリセロールによる効果の検討を行った。ホルボールエステル同様、1,2-オレオイル-sn-グリセロールの細胞内投与によりNMDA-EPSCsを増強した。1,2-オレオイル-sn-グリセロールは非膜透過性の活性化剤であるため、ここでも観察された増強効果はシナプス後細胞のPKCによることが強く示唆された。

 4) これらのNMDA-EPSCsの増強現象のメカニズムについてPKCの活性化によるNMDA受容体の機能亢進が、NMDA受容体の膜電位依存性のMg2+ブロックの減弱によるとの仮説を検討した。まず膜電位-70mVにおいて0mM[Mg2+]0の条件下で、PKCの活性化による効果の検討を行った。ホルボールエステルの細胞内投与によりNMDA-EPSCsの増大が観察され、この増強の程度は0.1mM[Mg2+]0での増強率と有意な差は認められなかった。しかしながら、組織から流出し外液中に残存する微量のMg2+がPKCの活性化による効果の発現に十分な条件である可能性がある。その点について考慮するために、NMDA受容体がMg2+ブロックを受けない膜電位+50mVの条件下で同様の検討を行った。+50mV、1mMMg2+の条件下においても1,2-オレオイル-sn-グリセロールの細胞内投与によるNMDA-EPSCsの同様の増強効果が観察された。したがって、PKC活性化によるNMDA-EPSCsの増強現象はMg2+ブロックの減弱による効果ではないと結論された。

 以上の実験結果から、シナプス後細胞でのPKCの活性化はNMDA-EPSCsの選択的な増強を引き起こすこと、さらに、このNMDA-EPSCsに対する効果はNMDA受容体の膜電位依存性のMg2+ブロックの減弱によるものではないことが明らかとなった。これまでの報告ではホルボールエステルの細胞外灌流投与により、シナプス前細胞PKC活性化のシナプス伝達に対する効果が観察されていた。本研究は電極内灌流法により、シナプス伝達に対するシナプス後細胞PKC活性化の効果を直接的に明らかにしたもので、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク