本研究は、分化形質を維持した血管平滑筋細胞株を樹立を試み、その性質を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。 1. p53ノックアウトマウス大動脈中膜から、血管平滑筋細胞株を樹立した。樹立した細胞株P53LMAC01は、アルファ型平滑筋アクチン、カルデスモン高分子量アイソフォーム、カルポニンといった平滑筋マーカーを発現しており、比較的よく分化形質を維持しているものであった。 2. P53LMAC01細胞株においては、ノルエピネフリンによる細胞内カルシウム濃度の上昇が濃度依存的に観察され、また、そのようなカルシウム濃度上昇反応はオシレーションパターンをも示した。ノルエピネフリンの効果は、アルファ受容体アンタゴニストであるフェノキシベンザミンによって抑制され、この反応はアルファ受容体を介することが示唆された。これらのようなノルエピネフリンに対する血管平滑筋としての反応は、培養細胞株においては初めて観察されたものである。 3. P53LMAC01細胞株において、アクチンフィラメントの形成、ノルエピネフリンに対する反応性は継代後に日を追って現れてきた。しかし、血管平滑筋マーカーの一つである高分子量型カルデスモンはコンフルエント後に減少し、この細胞株が単に増殖の停止によるだけでは分化しないことが示唆された。 4. P53LMAC01から、さらに分化した細胞株を分離するために、DNAメチル化阻害剤5アザシチジンで処理後サブクローニングを行った。得られた細胞株のいくつかはより分化した形質を示した。サブクローンY5A9は、特に顕著な高分子量型のカルデスモンの発現を示し、ミオシン重鎖の発現も増えていた。また、サブクローンY1B7においても、高分子量カルデスモンおよびミオシン重鎖の発現が増加しており、さらにこのクローンは増殖期においても非常に長い形態を示した。 5.これらの細胞のノルエピネフリン処理による細胞形態の変化を位相差顕微鏡下において観察した。サブクローンY1B7では、ノルエピネフリンによる細胞投影面積の減少が、血管平滑筋初代培養細胞と同様に観察された。この細胞投影面積の減少反応は、細胞内カルシウム濃度上昇反応と同様に、フェノキシベンザミンにより抑制され、アルファ受容体を介する反応であることが示唆された。 以上、本論文は、これまでには得られなかった分化形質を維持した血管平滑筋細胞株を樹立し、その性質を明らかにしたものである。本研究により得られた細胞株は、これまでに未知であった血管平滑筋の分化機構を解明する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |