学位論文要旨



No 113606
著者(漢字) 増田,毅
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ツヨシ
標題(和) 新規血管平滑筋細胞株の樹立と応用
標題(洋) Establishment and application of novel vascular smooth muscle cell line.
報告番号 113606
報告番号 甲13606
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1267号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 河西,春郎
内容要旨

 本論文においては、最近我々が樹立した新規血管平滑筋の性質について概説したい。先ず最初に、p53ノックアウトマウスの大動脈中膜から血管平滑筋細胞株を樹立した。p53ノックアウトマウスからの初代培養細胞は高い増殖能を示したので、分化した細胞を他の未分化あるいは脱分化した細胞が優勢になる前に分離選択するための直接単離方を用いることができた。このようにして得られた細胞株は、アルファ型平滑筋アクチン、カルデスモン高分子量アイソフォーム、カルポニンといった平滑筋マーカーを発現しており、比較的よく分化形質を維持しているものであった。それに加えて、ノルエピネフリンによる細胞内カルシウム濃度の上昇が濃度依存的に観察され、また、そのようなカルシウム濃度上昇反応はオシレーションパターンをも示した。ノルエピネフリンの効果は、アルファ受容体アンタゴニストであるフェノキシベンザミンによって抑制された。これらのような、ノルエピネフリンに対する血管平滑筋としての反応は、培養細胞株においては初めて観察されたものである。この細胞株はP53LMAC01と名付けられ、さらにその増殖と分化に関わる性質が調べられた。いくつかの性質、細胞形態の変化、アクチンフィラメントの形成、ノルエピネフリンに対する反応性は、継代後日を追って現れてくる。しかし、コンフルエント後に、血管平滑筋マーカーである高分子量型カルデスモンは減少した。この細胞は、単に増殖の停止によるだけでは分化しないことが示唆された。次に、この細胞株P53LMAC01からさらにより分化した形質をもった細胞株を得るために、DNAメチル化阻害剤5アザシチジンで処理した後サブクローニングを行った。選ばれた幾つかの細胞株は、より分化した形質を示した。Y5A9と名付けた細胞株は、対数増殖期においても非常に長い血管壁の中の平滑筋細胞のような特徴的な形態を示すと同時に、ミオシン重鎖の発現が顕著に増えていた。加えて、Y1B7ではノルエピネフリン処理により、位相差顕微鏡下において、初代培養血管平滑筋細胞と同様に、細胞投影面積の減少が観察された。これらのサブクローンした細胞株は継代と凍結を繰り返してもその性質を保持していることが確かめられている。

審査要旨

 本研究は、分化形質を維持した血管平滑筋細胞株を樹立を試み、その性質を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

 1. p53ノックアウトマウス大動脈中膜から、血管平滑筋細胞株を樹立した。樹立した細胞株P53LMAC01は、アルファ型平滑筋アクチン、カルデスモン高分子量アイソフォーム、カルポニンといった平滑筋マーカーを発現しており、比較的よく分化形質を維持しているものであった。

 2. P53LMAC01細胞株においては、ノルエピネフリンによる細胞内カルシウム濃度の上昇が濃度依存的に観察され、また、そのようなカルシウム濃度上昇反応はオシレーションパターンをも示した。ノルエピネフリンの効果は、アルファ受容体アンタゴニストであるフェノキシベンザミンによって抑制され、この反応はアルファ受容体を介することが示唆された。これらのようなノルエピネフリンに対する血管平滑筋としての反応は、培養細胞株においては初めて観察されたものである。

 3. P53LMAC01細胞株において、アクチンフィラメントの形成、ノルエピネフリンに対する反応性は継代後に日を追って現れてきた。しかし、血管平滑筋マーカーの一つである高分子量型カルデスモンはコンフルエント後に減少し、この細胞株が単に増殖の停止によるだけでは分化しないことが示唆された。

 4. P53LMAC01から、さらに分化した細胞株を分離するために、DNAメチル化阻害剤5アザシチジンで処理後サブクローニングを行った。得られた細胞株のいくつかはより分化した形質を示した。サブクローンY5A9は、特に顕著な高分子量型のカルデスモンの発現を示し、ミオシン重鎖の発現も増えていた。また、サブクローンY1B7においても、高分子量カルデスモンおよびミオシン重鎖の発現が増加しており、さらにこのクローンは増殖期においても非常に長い形態を示した。

 5.これらの細胞のノルエピネフリン処理による細胞形態の変化を位相差顕微鏡下において観察した。サブクローンY1B7では、ノルエピネフリンによる細胞投影面積の減少が、血管平滑筋初代培養細胞と同様に観察された。この細胞投影面積の減少反応は、細胞内カルシウム濃度上昇反応と同様に、フェノキシベンザミンにより抑制され、アルファ受容体を介する反応であることが示唆された。

 以上、本論文は、これまでには得られなかった分化形質を維持した血管平滑筋細胞株を樹立し、その性質を明らかにしたものである。本研究により得られた細胞株は、これまでに未知であった血管平滑筋の分化機構を解明する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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