学位論文要旨



No 113609
著者(漢字) 黒田,一
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,ハジメ
標題(和) 卵巣癌における明細胞腺癌出現の臨床病理学的意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 113609
報告番号 甲13609
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1270号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 医科学研究所 教授 森,茂郎
 医科学研究所 助教授 渡邊,俊樹
 医科学研究所 助教授 金井,芳之
 東京大学 助教授 堤,治
 東京大学 講師 本間,之夫
内容要旨

 明細胞腺癌は卵巣癌の中では他の癌と比べ、シスプラチンなどの化学療法にたいして抵抗性である。表層上皮性卵巣腫瘍の予後はシスプラチンによって飛躍的に改善されたが、近年その奏効率の伸びが止っている。本研究では、表層上皮性卵巣腫瘍を明細胞腺癌の有無や多寡をもとにして独自に3分類し臨床病理学的及び免疫組織学的検討を行った。すなわち1群:明細胞腺癌のみから成る症例、2群:さまざまな比率で明細胞腺癌成分と他の組織型成分が混在する症例、3群:明細胞腺癌成分を含まない症例に分類した。

 また明細胞腺癌成分については組織構築を乳頭管状と充実型に分類(組織亜型)し、細胞成分を淡明型と好酸性型に分類(細胞型)した。1)明細胞腺癌の卵巣癌における病理組織学的位置づけ及び2)明細胞腺癌の薬剤耐性の機構を明らかにすることを本研究の目的とした。

 本研究に用いた症例は、1984年から1992年の間に東京大学医学部付属病院にて手術された卵巣表層上皮性悪性腫瘍95症例である。これらの症例には卵巣明細胞腺癌の標準的治療法である両側付属器切除及び、子宮全摘術が行われた。全例において術後に白金剤を含んだ化学療法が施行された。3群それぞれについて組織亜型及び細胞型別に年齢、被膜破綻の有無、癒着の有無、リンパ管侵襲、血管侵襲、リンパ節転移、子宮内膜症合併の有無、子宮腺筋症合併の有無、術後再発率、再発部位、予後を病理学的に比較検討した。

 本研究の結果、3群間において術後再発率、予後に顕著な差が認められた。術後平均生存月数は純粋に明細胞腺癌成分のみからなる症例(1群)では30か月、部分的に明細胞腺癌成分を含む症例(2群)では34か月であった。それに対し、明細胞腺癌成分を含まない(3群)では47か月であった。明細胞腺癌成分が占める比率よりも、その有無が予後と極めて相関し、明細胞腺癌成分のある群はない群と比較し不良であった。また明細胞腺癌成分を含む症例では他の卵巣癌の組織型よりも再発率が高かった(1群73.3%、2群55.6%)。明細胞腺癌の予後を悪化させる因子として最も可能性の高いものは明細胞腺癌成分自体の治療抵抗性に起因する術後再発率である。術後再発率が明細胞腺癌成分を持つ1群、2群に高い事により、明細胞腺癌細胞自体にシスプラチン治療抵抗性があると推察された。

 表層上皮性卵巣腫瘍の予後はシスプラチンによって飛躍的に改善されたが、近年その奏効率の伸びが止っている。その原因の一つに薬剤耐性機構による腫瘍の抗癌剤抵抗性があげられる。この薬剤耐性機構として、metallothioneinによる重金属のキレート作用と共に多機能酵素であるGlutathione S-transferase の関与が考えられている。本研究においてmetallothionein、GST-の染色性と予後及び再発率との相関を検討すると、明細胞腺癌成分を有する1、2群で染色性が有意に高く認められた。すなわち明細胞腺癌成分を有する1、2群で高率にmetallothionein、GST-が発現し、シスプラチンに対し極めて抵抗性となり予後不良となることが考えられた。

 本研究により、明細胞腺癌成分の有無に注目することの重要性が示され、明細胞腺癌成分と他の組織型成分が混在する症例についても明細胞腺癌症例と同様に厳密に経過観察する必要性が明確になった。今後は各因子に対するさらなる基礎的研究と、臨床に直結した病理診断学的研究の両面からの検討が必要であると考えられる。

審査要旨

 本研究は明細胞腺癌が卵巣癌の中では他の癌と比べ、シスプラチンなどの化学療法にたいして抵抗性であることから、その予後を決定する因子を明らかにするために、臨床病理組織学的に検討を加えたものである。すなわち術後シスプラチン治療を受けた表層上皮性卵巣腫瘍を、明細胞腺癌の有無や多寡をもとにして独自に3分類し、下記の結果を得ている。

 1. 明細胞腺癌成分のみからなる症例(1群)、部分的に明細胞腺癌成分を含む症例(2群)、明細胞腺癌成分を含まない症例(3群)に分類した。3群それぞれについて組織亜型及び細胞型別に年齢、被膜破綻の有無、癒着の有無、リンパ管侵襲、血管侵襲、リンパ節転移、子宮内膜症合併の有無、子宮腺筋症合併の有無を病理学的に比較検討した結果、予後に影響する因子は認められなかった。

 2. 3群間において術後再発率、予後に顕著な差が認められた。術後平均生存月数(1群)では30か月、(2群)では34か月であった。それに対し、(3群)では47か月であった。また明細胞腺癌成分を含む症例では他の卵巣癌の組織型よりも術後再発率が高かった(1群73.3%、2群55.6%)。

 3.明細胞腺癌成分が占める比率よりも、その有無が予後と極めて相関し、明細胞腺癌成分のある群はない群と比較し不良であった。また明細胞腺癌の予後を悪化させる因子として最も可能性の高いものは明細胞腺癌成分自体の治療抵抗性に起因する術後再発率である。術後再発率が明細胞腺癌成分を持つ1群、2群に高い事により、明細胞腺癌細胞自体にシスプラチン治療抵抗性があると推察された。

 4. 1-3の結果からシスプラチン耐性機構と関連があるといわれ、metallothioneinによる重金属のキレート作用と共に多機能酵素であるGlutathione S-transferase の免疫組織化学染色を行った。metallothionein、GST-の染色性と予後及び再発率との相関を検討した結果、明細胞腺癌成分を有する1、2群で染色性が有意に高く認められた。すなわち明細胞腺癌成分を有する1、2群で高率にmetallothionein、GST-が発現し、シスプラチンに対し極めて抵抗性となり予後不良となることが考えられた。

 以上本論文により、明細胞腺癌成を持つ卵巣表層上皮性悪性腫瘍がシスプラチン治療に対して強く耐性を示し、再発率が高く、またその有無に注目することの重要性が示され、明細胞腺癌成分と他の組織型成分が混在する症例についても明細胞腺癌症例と同様に厳密に経過観察する必要性が明確になった。本研究はこれまで未知であった明細胞腺癌の予後不良となる因子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク