学位論文要旨



No 113613
著者(漢字) 片野,晴隆
著者(英字)
著者(カナ) カタノ,ハルタカ
標題(和) カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV)感染リンパ腫細胞株の樹立とその発現する抗原タンパク質に関する研究
標題(洋)
報告番号 113613
報告番号 甲13613
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1274号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 森,庸厚
内容要旨 1.KSHVとは

 Kaposi’s sarcoma-associated herpesvirus(KSHV、カポジ肉腫関連ヒトヘルペスウイルス)は1994年にAIDS(Acquired immunodeficiency syndrome)に合併したカポジ肉腫(Kaposi’s sarcoma,以下KS)から発見された新種のヒトヘルペスウイルスである。このウイルスはヒトヘルペスウイルスとしては8番目に発見されたためhuman herpesvirus type8(HHV8)とも呼ばれている。KSHVはカポジ肉腫の95%に検出されるほかに、AIDS患者等の免疫不全患者に希に合併するPrimary effusion lymphoma(PEL、原発性体腔液性リンパ腫、Body cavity-based lymphoma)にも高頻度に検出されることが報告されている。ウイルス学的にはKSHVは-ヘルペスウイルス族に属するDNAウイルスで、Herpesvirus saimiriやEBVと高いホモロジーを持ち、cyclinD,bcl-2,IL-8Rなどと相同性の高い遺伝子をコードしていることもあり、本ウイルスがカポジ肉腫やPELなどにおける腫瘍発生に関与している可能性が指摘されている。

2.PELとKSHV

 AIDS患者には高頻度に悪性リンパ腫が合併するが、このようなAIDS合併リンパ腫の発生原因としては、長くEpstein Barr virus(EBV)によるとされてきた。事実AIDS合併リンパ腫の大部分には、その腫瘍組織にEBVが証明されてきた。

 一方、PELは稀な悪性リンパ腫の亜系であり、患者の胸腔や腹腔内の貯留液の中にlymphomatous effuionとして、つまり培養細胞のように浮遊する形で増殖するリンパ腫と定義されている。PELはAIDS、同性愛者、カポジ肉腫合併が危険因子であるとされている。PELの腫瘍細胞はCD45が陽性である以外は細胞を系統を示す免疫学的表現型が決められないことが多いが、免疫グロブリン遺伝子再構成が認められることから、B細胞系のリンパ腫であると考えられている。

 1995年Cesarmanらにより、AIDS合併PELとKSHVの密接な関連が明らかにされた。AIDS合併PELにはKSHVと同時にEBVも検出されるケースが多く、この場合、そのほとんどの例でEBVはクローナルな増殖を示している。その一方で、KSHVのみ陽性でEBVの同定されない症例も少数見つかっている。PELで検出されるKSHVのウイルス量は1細胞あたり40-80コピーで、カポジ肉腫が1細胞あたり約1コピーであるのと比べると非常に多い。一方、EBV関連リンパ腫には二次的変化としてc-mycの遺伝子再構成がよく見られるが、この異常はPELには認められず、これらの事実からPELではKSHVがリンパ腫発生に直接関与しているのではないかとの推測がなされている。

3.KSHV感染リンパ腫細胞株の樹立

 KSHV感染リンパ腫細胞株は現在までに数株が樹立されたことが報告ているが、そのうちKSHVのみが感染している細胞株は3例のみである。KSHV感染リンパ腫細胞株を樹立することはKSHVとそのリンパ腫発生との関わりを研究する上で必須である。我々はPrimary effusion lymphomaと考えられる45歳のホモセクシャルの日本人男性AIDS患者(T.Y.)の貯留心嚢水からリンパ腫細胞を採取し、リンパ腫細胞の培養を試みた。培養開始当初、患者心嚢水を10%添加しないとリンパ腫細胞は増殖しなかったが、徐々に患者心嚢水を減じ、ついにはRPMI1640と10%FCSのみで培養可能となった。

 このリンパ腫株(TY-1と名付けた)につきフローサイトメトリーにて免疫学的表現型を検索したところ、CD30、45、45RO陽性、CD3、4、5、10、11b、11c、14、19、20、21、56、IgM、IgD、IgG、IgA、Lambda、Kappa陰性という、特殊な表現型を持つリンパ腫細胞であることが分かった。遺伝子学的解析では、イムノグロブリンJHプローブを用いたサザンブロッティングではgerm lineを含めて全くシグナルが認められなかった。また、JK、T細胞受容体T cell receptor、c-myc遺伝子の遺伝子再構成は認められず、この結果、本細胞はBリンパ球由来かnon-B non-Tリンパ球由来であろうと推定された。

 PCRによる検索では心嚢水リンパ腫細胞はKSHV,EBV共に陽性であったが細胞株の樹立過程で、EBVが消失し、TY-1にはKSHVのみが持続的に感染していることが分かった。TY-1におけるKSHVはPCR、サザンブロット、in situ hybridizationで検出可能で、電子顕微鏡にてそのウイルス粒子を観察できた。また、TY-1ではTPAおよびn-butyrateの刺激によりKSHVの産生が誘導されることが分かった。

4.KSHV感染細胞の発現する抗原タンパク質に関する研究

 TY-1を用いて、KSHV感染細胞に特異的に発現するタンパク質の同定を試みた。これには他のAIDS-KS患者(S.T.)の非働化血清を用い、グロブリン分画を取り出し抗体として用いた。まず、この抗体とKSHVとの反応性を見るためTY-1の蛍光免疫染色を行った。その結果、KSHV陽性株であるTY-1,およびKSHV感染対照株BCBL-1の核内に点状に小顆粒状の陽性シグナルが認められ、一方KSHV陰性の細胞株であるRaji,Ramosにはシグナルは認められなかった。この結果よりこの抗体はKSHVに関連したタンパク質と特異的に反応している可能性が示唆された。

 つぎに、この抗体が認識しているタンパク質を同定するためにウエスタンブロッティングを行った。その結果、KSHV陽性株であるTY-1、BCBL-1に150kDaおよび180kDaのバンド(p150およびp180)が認められた。これらのバンドはKSHV陰性の細胞株や正常人のPBMCには認められないことから、KSHVに関連したタンパク質である可能性が推定された。この反応の特異性を確認するために免疫沈降を行ない、ウエスタンブロッティングで得られたバンドと同様の150kDaおよび180kDaのバンドの存在を再確認した。すなわち、p150およびp180はこの抗体と確実に反応するタンパク質であると判断された。現在ここで得られたp150およびp180のバンドにつきアミノ酸配列を解析中である。

5.本細胞株を使った患者血清中の抗KSHV抗体の検出

 KSHVに感染した患者では血清中にKSHVに対する抗体が作られる。AIDS-KS患者の血清を一次抗体として用い、KSHV陽性のPEL株に蛍光免疫染色(Immunofluorescence assay、IFA)を行うとPEL細胞の核内に顆粒状のシグナルが認められる。このシグナルはlatency-associated nuclear antigen,LANAと名付けられ、この方法でLANAを検出することにより、患者血清中の抗KSHV抗体の存在を知ることが可能である。

 この細胞を用いてHIV陽性患者47人、HIV陰性患者55人を検索した結果、HIV陽性患者では9人(20%)が抗体陽性で、HIV陰性患者では抗体陽性者はいなかった。このうち、HIV陽性患者35人、HIV陰性患者15人については陽性対照であるBCBL-1を用いた蛍光免疫染色を同時に行ったところTY-1と結果が異なったのは1例のみで50例中49例に同様の結果を得た。

6.考察

 TY-1は日本人AIDS患者から初めて樹立されたPELの細胞株で、KSHV単独感染を示すPEL由来株としては世界で4番目の株である。TY-1はもともとEBVとKSHVが共存している症例から樹立され、クローニングの段階でEBVが喪失した。このことはPELが増殖していく上で重要な役割を果たしているのはEBVよりもKSHVであったことを示唆するよう考えられ、KSHVがPELのリンパ腫発生に関連している証拠の一つになるものと思われた。

 KSHVゲノムの発現は報告されたPEL細胞株と同様、TPAあるいはn-butyrateで刺激によって亢進することが確認された。これはKSHVが本細胞内において、latentとlyticという二つの感染様式を持っていることを示唆している。

 KSHVに感染した患者では血清中にKSHVに対する抗体が作られる。この抗体が認識する抗原タンパク質のひとつはlatent nuclear antigen(LNA)と呼ばれるもので、KSHVおよびEBV陽性の細胞株のlysateのウエスタンブロッティングでAIDS-KSの患者血清を抗体として染色すると234、225kDaのbandとして検出される。我々がKSHV感染細胞に特異的に検出したタンパク質p150およびp180は(1)分子サイズが異なること(2)TPAの刺激により増強される点でLNAとは明らかに異なるタンパク質と考えられる。

7.結論

 Primary effusion lymphomaと考えられる47歳男性AIDS患者の貯留心嚢水からリンパ腫細胞の増殖、継代に成功した。このリンパ腫株の解析を行った結果、心嚢水リンパ腫細胞はKSHV,EBV共に陽性であったが細胞株の樹立過程で、EBVが消失し、本細胞株にはKSHVのみが持続的に感染していることが分かった。また、本細胞株から、KSHV感染細胞に特異的に発現するタンパク質p150およびp180を同定し、また本細胞は患者血清中の抗KSHV抗体のスクリーニングに有効であることを示した。

審査要旨

 本研究はカポジ肉腫の原因ウイルスであると考えられているKSHV(Kaposi’s sarcoma-associated herpesvirus、カポジ肉腫関連ヒトヘルペスウイルスまたは、human herpesvirus type8、HHV8)が感染したリンパ腫の細胞株を樹立し、細胞性格の解析を行うと共に、その細胞の発現するKSHVに特異的なタンパク質を同定しようと試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. Primary effusion lymphomaと考えられる45歳の同性愛日本人男性AIDS患者(T.Y.)の貯留心嚢水からリンパ腫細胞を採取し、リンパ腫細胞の培養を試みた。培養開始当初、患者心嚢水を10%添加しないとリンパ腫細胞は増殖しなかったが、徐々に患者心嚢水を減じ、ついにはRPMI1640と10%FCSのみで培養可能となった。

 このリンパ腫株(TY-1と名付けた)につきフローサイトメトリーにて免疫学的表現型を検索したところ、CD30、45、45RO陽性、CD3、4、5、10、11b、11c、14、19、20、21、56、IgM、IgD、IgG、IgA、Lambda、Kappa陰性という、特殊な表現型を持つリンパ腫細胞であることが分かった。遺伝子学的解析では、イムノグロブリンJHプローブを用いたサザンブロッティングではgerm lineを含めて全くシグナルが認められなかった。また、、T細胞受容体T cell receptor、c-myc遺伝子の遺伝子再構成は認められず、この結果、本細胞はBリンパ球由来かnon-B non-Tリンパ球由来であろうと推定された。

 PCRによる検索では心嚢水リンパ腫細胞はKSHV,EBV共に陽性であったが細胞株の樹立過程で、EBVが消失し、TY-1にはKSHVのみが持続的に感染していることが分かった。TY-1におけるKSHVはPCR、サザンブロット、in situ hybridizationで検出可能で、電子顕微鏡にてそのウイルス粒子を観察できた。また、TY-1ではTPAおよびn-butyrateの刺激によりKSHVの産生が誘導されることが分かった。

 2. TY-1を用いて、KSHV感染細胞に特異的に発現するタンパク質の同定を試みた。まず、他のAIDS-カポジ肉腫患者(S.T.)の非働化血清を一次抗体としてTY-1に蛍光免疫染色を行った。その結果、KSHV陽性株であるTY-1,およびKSHV感染対照株BCBL-1の核内に点状に小顆粒状の陽性シグナルが認められ、一方KSHV陰性の細胞株であるRaji,Ramosにはシグナルは認められなかった。この結果よりこの抗体はKSHVに関連したタンパク質と特異的に反応している可能性が示唆された。

 つぎに、この抗体が認識しているタンパク質を同定するためにウエスタンブロッティングを行った。その結果、KSHV陽性株であるTY-1,BCBL-1に150kDaおよび180kDaのバンド(p150およびp180)が認められた。これらのバンドはKSHV陰性の細胞株や正常人のPBMCには認められないことから、KSHVに関連したタンパク質である可能性が推定された。この反応の特異性を確認するために免疫沈降を行ない、ウエスタンブロッティングで得られたバンドと同様の150kDaおよび180kDaのバンドの存在を再確認した。すなわち、p150およびp180はこの抗体と確実に反応するタンパク質であると判断された。

 以上、本論文は日本人患者では初めてKSHV感染のリンパ腫細胞株の樹立に成功したことを報告するものであり、また、その細胞株にKSHV特異的に発現するタンパク質の存在を明らかにした。本研究で報告された細胞株はKSHVとリンパ腫発生との関わりを研究する上で大きな貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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