本研究は細胞内イノシトールリン脂質代謝で主役を演じるイノシトールリン脂質特異的ホスホリパーゼC(PLC)のアイソザイムの1つPLC 1の機能を明らかにすることを目的として行われたものである。著者は第783位のチロシンでリン酸化されたPLC 1を認識する抗体(抗PLC 1PY抗体)を作成し、それを用いて、細胞増殖時の形態変化やDNA合成に、PLC 1の783位のチロシンリン酸化がどの様に関与するかを解析し、以下の結果を得ている。 1、細胞を抗PLC 1PY抗体とrhodamine phalloidinで二重染色したところ、PDGF刺激時には、PLC 1の783位がチロシンリン酸化を受けると共に、リン酸化したPLC 1は細胞骨格画分と細胞膜のラッフリング部位に局在する様になるのが観察された。細胞を抗PLC 1抗体と抗PLC 1PY抗体で二重染色した結果からは、PDGFの刺激によって第783位がチロシンリン酸化されたPLC 1は細胞骨格に多く局在していることが明らかになった。このことから、PLC 1の783位のチロシンリン酸化とPLC 1の細胞骨格へのトランスロケーションが相関することが判明した。イムノブロットの結果からは、PDGF刺激前には、PLC 1は細胞骨格と可溶化画分の両方に存在するが、PDGF刺激した後30分には可溶化画分に存在する多くのPLC 1が細胞骨格画分へトランスロケーションし、90分後には、PLC 1は刺激する前の状態に戻ること、又、PDGF刺激30分での細胞骨格画分に局在するPLC 1の783位のチロシンの著しいリン酸化がみられ、90分経つと、リン酸化されたPLC 1がかなり減っていることが観察された。これらの結果より、PLC 1の783位のチロシンリン酸化がPLC 1の細胞骨格へのトランスロケーションと相関していることが強く示唆された。 2、PDGF刺激した後、正常細胞では、アクチン線維の切断と細胞膜ラッフリングが見られるが、抗PLC 1PY抗体を微量注入した場合は、PDGF刺激によるアクチン線維と細胞膜の変化は完全に阻害された。PLC 1のSH2領域はPLC 1へのシグナルに対しdominant negativeに働き、PLC 1のSH2領域を細胞内に注入すると、抗PLC 1PY抗体の微量注入と同じように、PDGFによるアクチン線維の切断と細胞膜ラッフリングを阻害した。これらの結果から、PLC 1の783位のチロシンリン酸化は細胞骨格の再構築を調節していることが明らかになった。 3、細胞内にチロシン783リン酸化ペプチドを細胞内に微量注入し、細胞形態、細胞骨格系への影響を調べたところ、予想に反して、PDGF刺激と同じように、細胞内アクチン線維の切断と細胞膜ラッフリングが誘導された。更に、リン酸化ペプチドは細胞骨格と細胞膜ラッフリング部位に局在していることも判明した。これらの結果から、PLC 1の783位のチロシンリン酸化が細胞骨格の再構築に重要な役割を担っていることが示された。 4、抗PLC 1PY抗体を細胞内に微量注入したところ、PDGFによるDNAの合成がほぼ完全に抑制された、すなわち、PLC 1は増殖因子PDGFの下流に存在し、PLC 1の783位のチロシンリン酸化はDNAの合成にも重要であることが判明した。 以上、本論文は、PDGF刺激後、PLC 1の783位のチロシンリン酸化され、リン酸化されたPLC 1は細胞骨格と細胞膜ラフリング部位に局在すること、PDGFによるアクチン繊維の切断と細胞膜ラフリングは抗PLC 1リン酸化抗体の微量注入よりブロックされ、DNA合成も抑制されること、783位のチロシンリン酸化含むPLC 1ペプチドの微量注入はPDGF刺激と同じようにアクチン繊維の切断と細胞膜ラッフリングを引き起こすことを明らかにしている。本研究は、PDGFによるPLC 1の783位のチロシンリン酸化は細胞増殖のみならず細胞骨格の再構築に関与していることを解明していく上で、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |