本研究は、バクテリオファージP1の組み換え酵素であるCreをcytomagalovirus immediate early enhancer-chiken -actin hybrid(CAG)プロモーターによって発現するアデノウイルスベクター(AdCAG-Cre)及びトランスジェニックマウス(CAG-cre)を作製し、培養動物細胞及び着床前のマウス初期胚における効率の良い遺伝子発現制御系の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 培養動物細胞の染色体上に組み込まれたloxP配列間での組み換えが、Cre発現アデノウイルスベクター、AdCAG-Creにより効率良く制御可能かどうかを、リポーター遺伝子CAG-CAT-Z(CAGpromoter-loxP-CAT-loxP-lacZ:Creの作用によりCATの発現からlacZの発現に切り変わる)を導入したマウスの筋芽細胞株C2C12を用いて検討した。 2. 種々のMOI(multiplicity of infection)でこの細胞株にAdCAG-Creを感染させ、loxP配列間の組み換えの結果誘導されるlacZを発現する細胞の割合をウイルス感染24時間後にX-gal染色により調べたところ、MOIに依存してlacZの発現する細胞の割合は増加し、MOI100のウイルス感染でほぼ100%の細胞においてlacZの発現が誘導される結果が得られた。それにともないCATの発現量は、ウイルス感染10日後には300分の1にまで減少した。 3. loxP配列間の組み換えをPCRとサザンブロッティング法による確認を試みたところ、MOI100のウイルス感染でlacZがほぼ全ての細胞で発現していたことと対応するように、ほとんど全ての細胞の染色体上に組み込まれたCAG-CAT-ZのloxP配列間で組み換えが起こっていることが確認された。 4. これらの結果からAdCAG-Creの培養動物細胞への感染によるCreの細胞内での一過性に発現により、染色体上に組み込まれたのloxP配列間で効率的な組み換えおよび遺伝子の発現制御が可能であることがことが示された。 5. CAGプロモーターによってcre遺伝子を発現するトランスジェニックマウス(CAG-cre)を用いたマウス初期胚における組み換えを、リポーター遺伝子CAG-CAT-Zを持ったトランスジェニックマウス(CAG-CAT-Z)との交配によって検討した。 6. CAG-cre(雄、ヘテロ)とCAG-CAT-Z(雌、ホモ)の交配によって得られたF1(成体、新生児及び13.5日胚)においてはCAG-creの遺伝子が伝わった個体においてのみ、CAG-CAT-Zの組み換え型の遺伝子型を示した。 7. CAG-CAT-Z(雄、ホモ)とCAG-cre(雌、ヘテロ)との交配によって得られたF1においてはCAG-creの遺伝子が伝わった個体のみならず、伝わらなかった個体においても組み換え型の遺伝子型を示し、非組み換え型は検出されなかった。 8. CAG-CAT-Z(雄、ホモ)とCAG-cre(雌、ヘテロ)を交配させ、2細胞期胚を採取し、X-gal染色したところ、全ての胚でlacZの活性が検出された。この結果はCAG-CAT-Zの組み換えが、卵子に存在したCreによって受精直後から起こり、2細胞期までに完全に終了していることを示していると考えられた。 9. T細胞受容体のV 4の遺伝子をloxP配列で挟まれたpgk-neoで置換したES細胞より作製したターゲッティングマウス(ヘテロ、雄)とCAG-creマウス(ヘテロ、雌)との交配でも同様に、CAG-creの遺伝子が伝わった個体のみならず、伝わらなかった個体においても組み換え型の遺伝子型を示した。これらの結果から他のloxP配列で挟まれたDNAを持つマウスにおいても一般にCAG-cre(雌、ヘテロ)による、効率的な組み換えは可能であると考えらた。 以上、本論文は組み換え酵素であるCreをCAGプロモーターによって発現するアデノウイルスベクター(AdCAG-Cre)及びトランスジェニックマウス(CAG-cre)を利用した培養動物細胞及び着床前のマウス初期胚における遺伝子発現制御系を開発し、その有効性を明らかにしたものである。本研究はバクテリオファージP1のCre/loxP系を用いた実験系の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |