C型肝炎は慢性化率が高く、肝硬変や肝細胞癌へと進行する深刻な感染症である。1989年、C型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子がクローニングされてから、分子生物学的手法によるHCVゲノムの構造や機能の解析は急速に進んだ。しかし、HCVの生物学的特性は依然として不明な点が多い。ワクチンやインターフェロンにかわる新薬の開発のためにも培養細胞を用いたin-vitroでのHCV感染実験系の確立は急務である。清水らが初めてMolt4細胞でC型肝炎ウイルスの培養に成功して以来、世界でいくつかのHCV培養系が報告されているが、いずれも継代期間あるいは増殖するHCV量に限界が見られた。本論文では、報告された限り最も長期に渡りウイルスゲノムの検出されるヒトT細胞由来のHPBMa10-2細胞、ヒトB細胞由来のDaudi細胞の培養系で増殖するHCVの特徴について調べた結果をまとめた。 培養系で増殖するHCVゲノムの解析:上記2種類のリンパ球株細胞、HPBMa10-2細胞とDaudi細胞に同一のC型肝炎患者血漿H77を接種し継代培養した。接種材料H77中のHCVゲノム量は、RT-PCR法で107/ml、チンパンジー感染価は106.5/mlである。H77は抗ヒト免疫グロブリン抗体で免疫沈降されず、H77中のHCV粒子は抗体と結合していない状態で存在していると推測される。接種は各細胞とも独立に2系統ずつ計4系統行った。培養方法を以下に示す。接種材料と各細胞浮遊液を混合し、37℃で2時間培養した後、培養液で細胞を2回洗浄し、吸着ウイルスを回収するために細胞の一部を採取し、残りを3-4日毎に2週間、培養した。HPBMa10-2細胞の培養系ではネオマイシンまたはハイグロマイシン耐性因子を導入したHPBMa10-2細胞を加え、その薬剤で処理するという操作を繰り返し、常に新しい細胞に感染させるという方法で継代培養した。またDaudi細胞の培養系では感染後、細胞の状態が悪くなるため、新しい未感染のDaudi細胞を加えながら継代培養した。接種材料H77ならびに経時的に培養系から回収されるHCVのゲノムの塩基配列を調べた。解析部位は以下の4箇所とした。生体内で遺伝的変異が非常に大きいと報告されているE2/NS1領域5’側の超可変領域(HVR1)とこれを含むより広範囲なE2/NS1領域、比較的生体内で変異の少ないとされるNS5領域の一部及び5’NC領域の一部である。図に接種材料H77、これを接種したチンパンジーの血清、及び経時的にHPBMa10-2細胞培養系から回収されたHCVクローンのゲノムのHVR1塩基配列とそれぞれのクローン数を示した。 図接種材料、感染チンパンジーの血清、HPBMa細胞培養系から回収されたHVR1塩基配列 接種材料H77から増幅された44クローンからは、13種類の異なるHVR1塩基配列が回収された。図中には同一接種材料H77を接種した2頭のチンパンジーの接種後5〜6日の血清から回収されたHVR1塩基配列が示してあり、H77中の複数のHCVクローンにチンパンジーに対し感染性があることがわかる。またチンパンジーから回収されるHVR1塩基配列の多く(H1-1、H1-2、H2-1、H3-1、H4)は培養系でも接種後2〜3週間まで回収された。感染初期には複数のHCVクローンが培養系で増殖していたが、継代をかさねるうちに回収されるHVR1塩基配列は限定され、主としてH1-2となった。もう1系統のHPBMa10-2細胞培養系及びDaudi細胞培養系でも長期培養後回収されるHCVクローンのHVR1塩基配列は主としてH1-2であった。H1-2のHVR1塩基配列は吸着時以降回収されているが、別の研究室の結果によると接種材料からも回収されており、接種材料中の非常に稀なクローンがリンパ球株培養細胞で選択され増殖してきたと考えられる。HVR1以外の3領域(前述)でも接種材料からは複数の塩基配列が回収されたが、長期培養後の培養系からは調べた限り1種類の、しかも接種材料中では稀な塩基配列(E2/NS1領域ではE13、NS5領域ではNS5-7、5’NC領域ではNC-7)が回収された。この4ヶ所を調べた限りでは、長期培養後の培養系から検出されるHCVクローンは、各塩基配列NC-7、H1-2、E13、NS5-7をそのゲノム上に持つHCVクローンの他に多数あるわけでなく、1〜2種類のクローンに限定される可能性が高いと考えられた。興味深いことに、H77をチンパンジーに接種した場合、リンパ球から複製中間体として検出されたHCVクローンのHVR1と5’NC領域の塩基配列はそれぞれ調べた限りすべてH1-2とNC-7であったが、血清や肝臓からはH1-2やNC-7とは異なる塩基配列が回収された(清水ら、J.Virol.71:5769-5773,1997)。また、上記培養系の培養上清をチンパンジーに接種したところ感染が成立し、このチンパンジーのリンパ球からはH1-2が回収されたが、血清と肝臓からは回収されなかった(清水ら、未発表データ)。すなわち、ある塩基配列のHCVクローンがリンパ球、リンパ球株細胞で特異的に増殖しやすいことが示唆された。 培養系で増殖するHCV粒子密度と感染性:血清中に存在するHCV粒子の密度を調べると、軽いものと重いものがあることが報告されている(土方ら、J.Virol.67:1953-1958,1993)。軽いHCV粒子は感染性が高い血清にのみ存在し、重い粒子は抗ヒト免疫グロブリン抗体で免疫沈降され、感染性が低い血清に検出される。感染性の高い軽いHCV粒子密度はリポ蛋白VLDLあるいはLDLの密度と同じでアポ・リポ蛋白に対する抗体で沈降される。今回検索した培養系で増殖するHCV粒子の密度をショ糖密度勾配遠心法で調べたところ約1.115-1.120g/mlであり、接種材料H77中の感染性HCV粒子の密度(1.06g/ml以下)とは異なり、軽くはなかった。そこでこの培養系のHCVの感染性を調べた。PCR titerが104/mlであった培養上清を未感染細胞に接種し、感染価を調べたところ、PCR titerと等しく104/mlであった。すなわち、この培養系で増殖しているHCVの粒子密度は軽くはないが、高い感染性があることがわかった。また比重が軽いことは感染粒子であるための必須条件ではないことがわかった。 長期継代培養後、培養系から回収されたHCVクローンは調べた限り1〜2種類であり、おそらく接種材料中のHCVクローンの中で、最もリンパ球株細胞で増殖しやすいクローンが選択され、生き残ったのではないかと推測された。また同一接種材料あるいは培養上清を感染させたチンパンジーのリンパ球からはこのクローンが特異的に回収されたと報告されている。すなわちリンパ球株細胞やリンパ球で増殖しやすいリンパ球向性のHCVクローンの存在が示唆された。 |