外来異物の侵入に対して、B細胞はこれを特異的に認識する細胞のみが増殖し、抗体産生細胞となる。この膨大な数の抗原に対応するために、免疫グロブリン遺伝子の再構成によりあらかじめ多様性のある免疫グロブリンを細胞表面にもつB細胞が維持されている。このようなB細胞の分化・増殖・機能は、B細胞抗原受容体からのシグナル伝達により制御されている。もし、このシグナル伝達系が正常に機能しない場合、抗原に対する抗体を適切に産生できなかったり(免疫不全症)、あるいは自己抗原を認識するような抗体を産生してしまう(自己免疫疾患)。 非受容体チロシンキナーゼであるSrcファミリーチロシンキナーゼは、チロシンキナーゼ活性を持たない様々な受容体やEGF受容体やPDGF受容体などの受容体型チロシンキナーゼと会合しこれらの受容体からの細胞内シグナル伝達に関与している。SrcファミリーキナーゼFynとLynは、B細胞抗原受容体と会合し、受容体架橋により活性化されることが知られている。それでは、B細胞抗原受容体シグナル伝達におけるこれらのキナーゼの役割とは何なのであろうか。近年、相同性組み換えを利用した遺伝子ターゲッティングによりマウス個体内での細胞内シグナル伝達に関わる分子の生理機能が調べられるようになってきた。lyn-1-マウスは、B細胞抗原受容体架橋による増殖能の低下や蛋白質チロシンリン酸化の減少、高IgM、IgA血症、自己免疫様症状を呈する。しかし、これまでのfyn-1-マウスを用いた実験では、B細胞抗原受容体シグナル伝達に関連するような異常は見つかっていない。これは、B細胞抗原受容体からのシグナル伝達においてLynが主に働いており、Fyn欠損下ではその機能を相補していることを示唆している。私はそこで、fyn-1-lyn-1-マウスを作製し、Lyn欠損下でFynのB細胞の分化・増殖・機能に対する役割を解析しようと試みた。fyn-1-マウスとlyn-1-マウスの交配によりfyn-1-lyn-1-マウスを作製した。fyn-1-lyn-1-マウスは、正常に発達し、生殖したが、脾臓の縮小が認められた。脾臓細胞数は、野生型マウスに比べて約半分になっていた。フローサイトメトリーによる解析の結果、脾臓細胞数の減少はB細胞の顕著な減少によるものであった。野生型、fyn-1-マウスと比較して、lyn-1-マウスは脾臓B細胞の絶対数が約半減するが、fyn-1-lyn-1-マウスの脾臓B細胞数はそれよりもさらに少なく約1/6になっていた。脾臓B細胞の顕著な減少とは対照的に、脾臓T細胞また腹腔のLy-1B細胞の細胞数に変化は認められなかった。 このような末梢B細胞集団の減少が骨髄でのB細胞分化異常に起因しているか調べた。骨髄において、末梢B細胞の再循環によるB細胞集団が減少している他はB細胞の分化異常は認められなかった。プレB細胞抗原受容体からのシグナル伝達にもSrcファミリーキナーゼが関与していると考えられていたが、FynとLynの欠損でもこのシグナル伝達は正常に行われることが示された。したがって、LynやFynは末梢B細胞集団の維持に関わっていることが分かった。 次に、脾臓B細胞の増殖刺激(B細胞抗原受容体架橋、LPS刺激、CD40リガンド刺激)に対する増殖能を調べた。我々は、8週齢のlyn-1-マウスより集めたLyn欠損B細胞で、これらの刺激に対する増殖能が減少していることを示してきた。また一方で、4週齢のlyn-1-マウスより集められたLyn欠損B細胞は、B細胞抗原受容体架橋に逆に過敏であるという報告もある。このことは、週齢によりB細胞抗原受容体架橋に対する反応性が異なり、シグナル伝達様式が異なる可能性を示唆している。本研究では、8週齢以上のlyn-1-マウスより精製したLyn欠損B細胞よりも、Fyn/Lyn欠損B細胞はさらに増殖能が減少していることが分かった。これは、LynだけでなくFynもこれらのシグナル伝達に関与していることを示唆している。そこで、Fyn/Lyn欠損B細胞のB細胞抗原受容体架橋後の蛋白質チロシンリン酸化を調べた。しかし、Lyn欠損B細胞とFyn/Lyn欠損B細胞のB細胞抗原受容体架橋後の蛋白質チロシンリン酸化に顕著な差は見いだせなかった。これは、全細胞抽出液のレベルではわからないような各々のキナーゼに特異的な基質があるためか、あるいは蛋白質チロシンリン酸化以外のシグナルが関与しているためにあると考えられた。各々のSrcファミリーキナーゼにおける独自の役割を見つけるために、特異的な基質を見つけることは今後に残された課題である。 次に、抗原刺激による抗体産生について調べた。fyn-1-lyn-1-マウスでは、fyn-1-やlyn-1-マウスでは正常である胸腺依存性抗原に対する抗体産生能力が減弱していた。これは、末梢B細胞集団が著しく少ないためか、あるいはT細胞とB細胞の機能的相互作用に障害があることによると考えられた。胸腺非依存性2型抗原に対する抗体産生能を調べたところ、fyn-1-マウスで若干減少し、lyn-1-とfyn-1-lyn-1-マウスでさらに低下していた。胸腺非依存性2型抗原に対する抗体産生能は、btkに点突然変異をもつxidマウスで減少することが知られている。このことは、BtkとFynやLynなどのSrcファミリーキナーゼのシグナル伝達経路の間に重複している部分があることを示唆している。 立ち戻って、Srcファミリーキナーゼが、B細胞において果たしている生理学的役割とは何なのだろうか。fyn-1-、lyn-1-、fyn-1-lyn-1-マウスを通しての一連の解析結果から末梢成熟B細胞集団の維持にとってSrcファミリーキナーゼが非常に重要な役割をしていると考えられる。Ig-欠損マウス(図)や最近のB細胞抗原受容体の誘導的欠損マウスの実験から、抗原非依存的なB細胞抗原受容体の発現が末梢B細胞集団の維持に関与していることが分かった。FynやLynなどのSrcファミリーキナーゼは、恒常的にB細胞抗原受容体に会合しており、このような末梢B細胞集団の維持のシグナルに深く関わっていると考えられる。fyn-1-lyn-1-マウスでは、このシグナルを伝えられないために末梢B細胞が著しく減少するのであろう(図)。 Peripheral B cell population 本研究では、lyn-1-マウスにfyn-1-マウスを掛け合わせることによってB細胞抗原受容体シグナル伝達におけるFynの関与をマウス個体で明らかにした。Srcファミリーチロシンキナーゼのような欠損遺伝子を他の遺伝子が機能的に相補すると考えられている場合に遺伝学的な手法が有用であると考えられる。 |