学位論文要旨



No 113626
著者(漢字) 瀬戸口,るり
著者(英字)
著者(カナ) セトグチ,ルリ
標題(和) 高親和性lgEレセプター架橋による骨髄由来肥満細胞のフィブロネクチン接着の制御機構
標題(洋)
報告番号 113626
報告番号 甲13626
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1287号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 助教授 森田,寛
内容要旨 <序論>

 肥満細胞は主要な炎症反応細胞の一つであり、その前駆細胞と共に炎症局所に集積する。そこで抗原特異的IgE抗体とその対応抗原やC3a,C5aなどのアナフィラトキシン等により肥満細胞の活性化と脱顆粒、様々な液性因子の産生などが起こる。この肥満細胞の産生する因子により、様々な炎症反応が惹起される。肥満細胞の局所への浸潤や、さらに脱顆粒、各種因子の産生も肥満細胞のECMへの接着により亢進するという報告があり、これらの細胞の細胞外マトリックス(ECM)への接着の制御機構を知ることは肥満細胞の機能を知る上で重要である。

 現在までにわかっている肥満細胞のECM接着を誘導する因子としては、プロテインキナーゼC(PKC)の活性化因子であるPMAや、レセプター型チロシンキナーゼc-kitのリガンドであるsteel factor(SLF)がある。これらの刺激により肥満細胞上のインテグリンVLA-5を介したECMへの接着が一過性に亢進する。SLFは肥満細胞の重要な増殖因子であり、組織間質細胞において産生される。SLFによる肥満細胞のECMへの接着は、肥満細胞やその前駆細胞の局所への移行、組織分布に関与すると考えられる。

 これに対して、炎症部位への肥満細胞の分布、局在を規定する因子として、高親和性IgEレセプター(FcRI)を介する刺激の関与を考えた。FcRI架橋による肥満細胞の脱顆粒や増殖の誘導については種々の研究がされているが、FcRI架橋による肥満細胞の接着誘導に関しては詳しい検索はされていない。FcRI架橋による肥満細胞の接着誘導の機序について、さらにその下流の細胞内シグナルの関与を調べるために、骨髄由来肥満細胞(BMMC)の系を用いて以下の研究を行った。

<方法>

 実験は、Balb/cマウスの骨髄をIL-3の存在下で4週間浮遊系で培養して得たBMMCを用いて行った。ECMへの接着は、ヒトフィブロネクチン(FN)をコートした96穴プレート上で、あらかじめ蛍光色素でラベルしておいたBMMCを抗DNP-IgE抗体で感作した後にPMA,SLF,DNP-BSAで30分刺激して、吸引洗浄の前後でプレートに結合した蛍光量を測定し、接着した細胞の割合で示した。VLA-5の発現は、肥満細胞をビオチン化抗VLA-5抗体とPE標識アビジンで染色した後に、FACScanにて解析した。脱顆粒は、抗DNP-IgE抗体とDNP-BSAにて60分刺激後の、上清中と残った細胞中の顆粒内酵素である-glucosaminidaseの活性の比をp-nitrophenyl-N-acetyl -D-glucosaminideを基質として測定し、放出された酵素活性の割合で示した。細胞内カルシウムの変動は、蛍光色素Fura-2でラベルした細胞の、刺激による340nmと380nmで励起した500nmの蛍光強度比の変動で示した。蛋白の発現は、各種刺激の前後で細胞の全分画または各細胞内分画を可溶化して、ウエスタンブロット法により検出した。

<結果及び考察>1.肥満細胞のFcRI架橋によるインテグリンを介する接着誘導

 BMMC上のFcRIを抗DNP-IgE抗体とDNP-BSAにより架橋するとSLF,PMA刺激と同程度にFNに接着することが分かった。この接着は、抗インテグリンVLA-5抗体で阻害された。同じくFNのリガンドであるVLA-4は、BMMCには発現が認められない。この接着性は30分以内に最高になる一過性のものであった。FcRI架橋によりVLA-5の発現の上昇は起こらなかった。PMA,SLFとも単独ではBMMCの脱顆粒を誘導しない。FcRI架橋によりBMMCの脱顆粒も誘導されたが、この脱顆粒した上清やヒスタミンには接着を誘導する活性がないことから、分泌された液性因子による2次的効果ではなくFcRI架橋によりVLA-5の接着性が亢進したと考えられる。この接着性の上昇の機序については、浅岡らによりVLA-5分子のFN親和性の上昇が報告されている。

2.BMMCの接着を制御するシグナル伝達分子群(1)VLA-5の接着性亢進におけるプロテインキナーゼ・リピッドキナーゼの関与

 SLF刺激による接着は、チロシンキナーゼとその下流のプロテインキナーゼCとホスホリパーゼC、ホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3キナーゼ)を介することが報告されている。FcRI架橋による接着もチロシンキナーゼの阻害剤であるゲニステインにより阻害が見られた。またPMA前処理によるPKCの抑制では、接着の十分な抑制は見られなかった。PI3キナーゼの阻害剤であるウォルトマニンにより、接着の有意な抑制が見られ、PMA前処理との併用でほぼ完全に抑制された。このことより、FcRI架橋による接着にもチロシンキナーゼ、PKCやPI3キナーゼが関与していると考えられた。

(2)チロシンキナーゼの関与

 上述したように、BMMCの接着にチロシンキナーゼの関与が考えられたため、さらにFcRI架橋により活性化される非レセプター型チロシンキナーゼBtkについて、FcRI架橋による接着への影響を調べた。Btkの変異マウスであるXIDマウスやBtk欠損マウスより同様にBMMCを樹立し、FcRI架橋による接着への影響を、同じくFcRI架橋による脱顆粒と比較した。各変異マウス由来のBMMCにおいてFcRIとインテグリンVLA-5の発現はほぼ同等であり、PMA,SLF,FcRI架橋刺激によるFN接着には有意差が見られなかった。

 しかし、各BMMCの形態を透過型電子顕微鏡を用いて観察したところXIDマウスについてはDvorakらが指摘しているが、無刺激でも変異マウス由来のBMMCでは脱顆粒像の増加が見られた。また、FcRI架橋による脱顆粒反応はこれら2種の変異マウス由来のBMMCで減弱していた。肥満細胞の活性化に伴い、細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の上昇が見られること、XIDマウスやBtk欠損マウスでB細胞抗原レセプター刺激による[Ca2+]iの上昇に異常が見られることから、これら変異マウス由来BMMCにおいてFcRI架橋による[Ca2+]iの変化を測定したところ、この[Ca2+]i上昇は、これら2種のBMMCで抑制されていた。このことより、Btkの異常が[Ca2+]iの変化を介して脱顆粒の異常に関与している可能性が示された。

(3)細胞内カルシウムの変動の関与

 肥満細胞においてはFcRI架橋により細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の上昇がおこり、脱顆粒が誘導されることが知られている。ECMへの接着にも[Ca2+]iの変動が関与していないかを調べた。接着を起こす各種刺激において[Ca2+]iの変化を測定したところ、FcRI架橋刺激で[Ca2+]iの著しい上昇が見られ、SLF刺激においてもやや弱いながらも有意な上昇が見られた。また、カルシウムイオノフォアやCa2+-ATPaseの阻害剤であるタプシガルギン処理によりFNへの接着が見られた。このことよりこれらの刺激によるBMMCのFNへの接着に[Ca2+]iが関与している可能性が考えられた。

(4)プロテインホスファターゼの関与

 上述の通りBMMCのFcRI架橋によるFN接着にプロテインキナーゼの活性化の関与が示されたため、蛋白の脱リン酸化が接着に抑制的に働く可能性を考えて、セリン・スレオニンホスファターゼのprotein phosphatase type1(PP1)の阻害剤であるオカダ酸とカリクリンAによるBMMCのFN接着への影響を調べた。これらの阻害剤による前処理によりBMMCの各刺激によるFNへの接着性は、濃度依存性に著明に抑制された。ウエスタンブロット法によるPP1の各アイソタイプの発現と細胞内局在は、PMA,SLF,FcRI架橋刺激によって大きくは変化しなかった。Protein phosphatase type2B(PP2B)のカルシニューリンについても同様に阻害剤を用いて接着への影響を調べた。カルシニューリンの阻害剤であるcyclosporinAにより、BMMCの脱顆粒は抑制されたが、各種刺激によるBMMCの接着は逆に有意に亢進しその持続時間も延長した。この結果よりカルシニューリンは、BMMCに対して脱顆粒には促進的に働くが、FNへの接着に関しては、各種刺激により誘導された接着性の上昇を抑制する方向に働くことが示唆される。

<まとめ>

 肥満細胞のECMへの接着に関して、FcRI架橋によりBMMCのFNへの接着が誘導されること、FcRI架橋を含めた種々の刺激によるBMMCのFNへの接着は、細胞内カルシウムやプロテインキナーゼ、ホスファターゼなどのシグナル伝達分子群により様々に調節されていることを示した。FcRIによる一過性のFNへの接着は、肥満細胞の炎症時の局所への浸潤、局在や、周囲環境との相互作用に適した反応と考えられる。これらのシグナル伝達分子群が互いにどのように相互作用しているか等については、今後の解析が必要である。

審査要旨

 本研究は、生体内での各種炎症の制御において重要な役割を演じていると考えられる肥満細胞の細胞外マトリックスへの接着の制御機構を明らかにするため、マウス骨髄由来肥満細胞(BMMC)を用いて高親和性IgE受容体(FcRI)を抗原特異IgEとその特異抗原で架橋することにより、細胞外マトリックスであるフィブロネクチン(FN)への接着を誘導し、その接着に関わるシグナルの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. BMMC上のFcRIを抗DNP-IgE抗体とDNP-BSAにより架橋すると、現在までに報告されているホルボールエステル(PMA)やSteel factor(SLF)による刺激と同程度に細胞外マトリックスであるフィブロネクチン(FN)に一過性の接着を示した。この接着はインテグリンのVLA-5依存性であり、VLA-5の発現の上昇を伴わなかった。また、同じくFcRIの架橋によっておこるBMMCの脱顆粒の2次的効果ではなかったため、FcRIの架橋によりVLA-5の接着性自体が一過性に上昇したものと考えられた。

 2. この接着は、SLF刺激による接着とほぼ同様に、チロシンキナーゼの阻害剤であるゲニステインにより抑制された。さらにPMA前処理によるプロテインキナーゼC(PKC)の抑制またはPI3-キナーゼの阻害剤であるウォルトマニン単独では十分な接着の阻害が見られなかったが、両者の併用によりほぼ完全に接着の阻害が見られたことより、この接着へのチロシンキナーゼやPKC、PI3-キナーゼの関与が示唆された。

 ここで、FcRIの架橋によって活性化される非レセプター型チロシンキナーゼBtkについて、その変異体であるXIDマウス、Btk欠損マウスを用いてFcRIの架橋によるBMMCの接着への関与を調べた。その結果これらのマウス由来のBMMCではFcRIの架橋によるFN接着は野生型と差がなかったが、同じくFcRIの架橋による脱顆粒は変異マウス由来の肥満細胞で低下しており、FcRIの架橋による細胞内カルシウムの上昇についても変異マウス由来肥満細胞で低下が見られた。

 3. 肥満細胞では、活性化に伴い細胞内カルシウムの上昇が起こることが知られている。接着をおこす刺激について細胞内カルシウムの変化を測定したところ、既に知られているFcRIの架橋に加えてSLF刺激によっても細胞内カルシウムの上昇が得られた。次に細胞内カルシウムの上昇を起こすイオノフォアを用いて接着の誘導を試みたところ、弱いながらもBMMCのFN接着が得られた。このことから、細胞内カルシウムの変動がBMMCの接着に1部関与している可能性が示唆された。

 4. さらに、蛋白の脱リン酸化の接着への関与をprotein phosphatase1型と2A型(PP1,PP2A)の阻害剤であるオカダ酸とカリクリンAを用いて調べたところ、これらの阻害剤によりBMMCのFN接着は著明に阻害され、その濃度効果よりPP1の活性化の接着への関与が示された。PP2Bであるカルシニューリンについては、その阻害剤であるシクロスポリンAによりBMMCの脱顆粒は抑制されるにも関わらず、FN接着は有意に上昇し、その持続時間も延長した。この結果より、BMMCの各種刺激による接着性の抑制にカルシニューリンが関与している可能性が考えられた。

 以上、本論文は骨髄由来肥満細胞上のインテグリンVLA-5のフィブロネクチンへの接着を誘導する新たな機構を報告し、その接着の制御機序について検索した。肥満細胞の液性因子の産生や増殖は細胞外マトリックスへの接着で増強することが既に報告されており、接着の制御機構を知ることは、これらの肥満細胞の機能の制御機序の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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