学位論文要旨



No 113629
著者(漢字) 松本,征仁
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,マサヒト
標題(和) インターフェロンの細胞内シグナル伝達機構におけるIRFファミリー転写因子IRF-1,p48(ISGF3)の役割
標題(洋)
報告番号 113629
報告番号 甲13629
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1290号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
内容要旨 要旨

 インターフェロン(IFN)は抗ウイルス作用、細胞増殖抑制作用など多彩な生理活性を有するサイトカインである。I型IFN(IFN-/)はウイルスやpolyd(I):d(C)など二重鎖RNAによってさまざまな細胞で産生される。一方、II型IFN(IFN-)は主として活性化T細胞やナチュラルキラー(NK)細胞より産生され免疫調節因子として機能する。初期感染において、宿主細胞にウイルスが感染するとIFN-/が産生され、産生されたIFN-/は周囲の細胞に特異的受容体を介してさまざまなIFN誘導遺伝子群の発現を誘導することによって抗ウイルス状態を確立する。この過程で、IFN-/はMHCクラスI分子及び抗原提示関連分子の発現を誘導する。同時に、ウイルスに感染した樹状細胞等の抗原提示細胞は近在するリンパ節に移動し、免疫応答を開始する。この免疫応答の結果、活性化されたT細胞は感染局所に移動し、抗原提示を行っているウイルス感染細胞を認識して排除に働く。これらT細胞はIFN-を産生し、このIFN-はT細胞自身に働きキラー活性を増強させると共に、感染細胞のMHCクラスI分子及び抗原提示関連分子の発現をより一層促進し、感染細胞がT細胞に認識される効率を上昇させる。この抗原提示の機構は、感染したウイルスの蛋白をプロテアーゼによってペプチドに分解し、MHCクラスI分子と結合した形で細胞表面に輸送することによることが明らかになっている。このようなIFN作用は一連のIFN誘導遺伝子によってもたらされ、これらの遺伝子発現に関わる転写活性化因子として、これまでにISGF3(IFN-stimulated gene factor3)およびGAF(gammma activated factor)/AAF(alpha activated facotr),IRF-1(IFN regulatory factor-1)などが同定されている。IFN誘導遺伝子上流のプロモーター領域にはISRE(IFN stimulated responsive element)やGAS(gamma activated sequence)と呼ばれるIFN応答配列が存在しており、それぞれISGF3、GAF/AAFが結合し、転写を活性化することが明らかとなっている。ISRE配列は転写因子IRF-1の認識配列であるIRF-Eと互いに重複しており、さらにISGF3のDNA結合サブユニットであるp48はそのDNA結合領域においてIRF-1のそれと高い相同性が認められることからIRFファミリーに属する。しかしながら、種々のIFN誘導遺伝子の発現におけるIRF-1とISGF3による両者の詳細な転写制御機構の役割についてはあまり明らかではなかった。そこで、これまでのIRF-1欠失マウスの解析に続いて、IRFファミリーであるIRF-1とp48(ISGF3)によるIFN誘導遺伝子の発現制御をより詳細に調べるため、p48欠失マウスおよびIRF-1,p48両遺伝子欠失マウス(dko)を作製した。

 p48欠失(p48-/-)マウス由来の胎児線維芽細胞(EF)を用いて、IFNによるウイルス抵抗性を調べた。これまで、ISGF3はIFN-/刺激のみで誘導されると考えられていたが、p48-/-EFではIFN-のみならずIFN-によるEMCVに対する抗ウイルス作用の誘導がほぼ完全に障害された。IFN-およびIFN-処理したp48-/-EFのVSVおよびHSVに対する抗ウイルス作用についても、野生型と比べウイルス増殖抑制作用の顕著な低下が認められた。IFNによる宿主細胞の抗ウイルス状態は、IFN誘導遺伝子の発現によってもたらされると考えられている。p48-/-および野生型EFを用いて、種々のIFN誘導遺伝子のp48に対する依存性を調べた結果、IFN-およびIFN-による2-5oligo adenylate synthetase(2-5A合成酵素)およびdouble-stranded RNA-dependent protein kinase(PKR)のIFN誘導遺伝子のmRNA発現は、完全にp48に依存性であった。次に、p48がIFN-によって誘導されるIFN誘導遺伝子の転写活性化にどのように関わっているかを調べた。p48依存性である2-5A合成酵素遺伝子のISREプローブを用いたところ、IFN-のみならずIFN-によってもISGF3そのものが直接的に誘導されることをIFN-処理した野生型およびI型IFN受容体欠失マウス由来のEF細胞抽出液及び各ISGF3構成成分の抗体を用いて明らかにした。さらに、ISGF3の構成要素であるStat2がIFN-のみならずIFN-によってもリン酸化されることを証明した。

 以上の結果から、類似したDNA配列に結合するIRF-1及びISGF3が共にIFN-およびIFN-で誘導されることが明らかとなった。そこで、この両因子がどのように相関してIFN-およびIFN-の作用を調節しているかを調べるために、IRF-1,p48両遺伝子欠失マウス(dko)を解析した。その結果、dkoマウスは野生型、IRF-1-/-とp48-/-マウスと比較してウイルスに対する感受性がより高いことが観察された。次に、IFN-ないしIFN-処理したdkoマウス由来のEFを用いてMHCクラスI依存性抗原提示経路に関わる重要な遺伝子群の発現誘導を調べたところ、IFN-によるMHCクラスI,TAP1,-2-microglobulin,LMP2遺伝子の発現は、特にIFN処理12時間までのp48-/-細胞において完全に消失し、p48依存性であった。興味深いことに、IFN-によるMHCクラスI,TAP1、LMP2遺伝子の発現は、IRF-1-/-ないしp48-/-細胞では野生型に比べ各々約1/2に減少していたが、dko細胞では殆ど完全に消失していた。さらに、dko細胞では細胞表層のIFNによるクラスI分子発現の増強が完全に喪失しており、IFN処理していない正常レベルと同等であった。即ち、MHCクラスI依存性抗原提示機構は、I型またはII型IFN作用によって増強される過程においてIRFファミリー転写因子であるIRF-1とp48(ISGF3)が重要かつ必須であるといえる。以上概して、ウイルスの初期感染ではde novoタンパク質合成を必要としないISGF3の形成がIFN-に迅速に応答してウイルス抗原をクラスIと共に細胞表層に提示させること、T細胞を介した感染細胞の排除にはIRF-1およびp48(ISGF3)両因子が相補的に作用することで、両因子の抗ウイルス作用の誘導と合わせて、効率良くウイルス感染防御が行なわれていることが推察された。

審査要旨

 インターフェロン(IFN)は抗ウイルス作用、細胞増殖抑制作用など多彩な生理活性を有するサイトカインである。本研究は、生体内におけるIRFファミリー転写因子p48(ISGF3)の詳細な機能を明らかにするために、ジーンターゲティング法を用いてp48欠損マウスを作製し、その解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. p48遺伝子の翻訳開始コドンを有するエクソンおよび第2エクソンをネオマイシン耐性遺伝子に置換したターゲティングベクターを構築し標的組換えを試みた結果、140個のG418耐性クローンより相同組換えの起こった2クローンを選抜した。これらの相同組換え体からp48遺伝子欠損マウスを作製した。p48遺伝子欠損マウスは同腹野生型マウスと比較して、大きさ、体重、行動および生殖能においてその差異は認められなかった。

 2. p48欠損マウス由来の胎児線維芽細胞(EFs)を用いて、3種類のウイルス,EMCV,VSVとHSVに対する抵抗性をプラークアッセイ法によって調べた。p48欠損EFsではIFN-のみならずIFN-によるEMCVの抗ウイルス作用の誘導がほぼ完全に障害された。また、VSVおよびHSVに対する抗ウイルス作用についても、p48欠損EFsは野生型と比べウイルス増殖抑制効果の顕著な低下が認められた。これらの結果より、p48がI型IFN応答のみならずII型IFN応答においても必須であることが強く示唆された。

 3. 抗ウイルス状態の確立に重要と考えられる種々のIFN誘導遺伝子のp48に対する依存性を調べた結果、IFN-およびIFN-による2-5oligo adenylate synthetase(2-5A合成酵素)およびdouble-stranded RNA-dependent protein kinase(PKR)のIFN誘導遺伝子群のmRNA発現は、完全にp48に依存性であった。

 4. p48がIFN-によって誘導されるIFN誘導遺伝子の転写活性化にどのように関わっているかを調べた結果、IFN-のみならずIFN-によってもISGF3そのものが直接的に誘導されることが示された。さらに、ISGF3の構成要素であるStat2がIFN-同様、IFN-によってもリン酸化されることを証明した。

 5. IRF-1とp48,両因子がどのように相関してIFN作用を調節しているかを詳細に検討するためにIRF-1,p48両遺伝子欠失マウス(dko)を作製した。その結果、IFN-によるMHCクラスI,TAP1,LMP2遺伝子の発現は、IRF-1欠損ないしp48欠損細胞では野生型に比べ減少していたが、dko細胞では殆ど完全に消失していた。さらに、dko細胞では細胞表層のIFNによるクラスI分子発現の増強が完全に喪失しており、無処理のものと同等であった。従って、MHCクラスI依存性抗原提示機構は、II型IFN作用によって増強される過程においてIRFファミリー転写因子であるIRF-1とp48(ISGF3)の相補的な作用が重要であるとが示唆された。

 以上、本論文はIRFファミリー転写因子p48がI型およびII型IFNによる抗ウイルス状態の確立に必須であること、そしてMHCクラスI遺伝子をはじめとする抗原提示機構に重要と考えられるIFN誘導遺伝子群の発現がIRF-1とp48の相補的な作用に依存していることを明らかにした。本研究は、転写活性化因子による遺伝子発現制御という見地に基づいたアプローチによりウイルス感染に対する生体防御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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