学位論文要旨



No 113633
著者(漢字) 中田,勝紀
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,カツノリ
標題(和) 神経および神経堤発生におけるアフリカツメガエルZic遺伝子ファミリーの役割
標題(洋) A role for Xenopus Zic gene family both in neural and neural crest development
報告番号 113633
報告番号 甲13633
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1294号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 David Wayne Saffen
内容要旨

 私の所属する研究室では小脳顆粒細胞に強く限局して発現するzinc fingerモチーフをもった新たな転写因子Zicファミリーを見いだし、この遺伝子の構造、機能、発現に関する研究をすすめてきた。その結果、マウスZicファミリーの発現開始は非常に早く、神経上皮の形成にともなって発現が認められた。また、Zicファミリーはショウジョウバエのペアルール遺伝子odd-paired(opa)の哺乳動物におけるホモログであることも明らかとなった。

 また脊椎動物の神経発生の初期過程はいくつかの基本的な局面にわけられる。この中で、神経前駆細胞の出現、神経系のパターン形成および神経前駆細胞の増殖と分化について、種をこえた普遍的原理の存在が期待されている。アフリカツメガエルでは神経は、まずnoggin,chordinなどのオーガナイザー領域で発現する、分泌因子によるBMP4シグナルの遮断によって誘導される。そのあと、Neurogenin,NeuroD,XASH-3,XATH-3などのbHLH型転写因子のproneural geneによる、神経発生、分化の制御が知られている。しかし、これら、BMP4シグナルの遮断とproneural geneとの間をつなぐカスケードはほとんど知られていなかった。

 そこで私はZic遺伝子の脊椎動物の初期発生における役割を明らかにするために、実験発生生物学的解析が容易なアフリカツメガエルを実験系として選んで解析した。

 私はまずマウスZicファミリーにおいて保存されているzinc finger領域をdegenerated primerによってPCR増幅し、これをプローブとしてアフリカツメガエルの神経胚cDNAライブラリーより4つのアフリカツメガエルZic相同遺伝子Zic1,Zic2,Zic3,Zic5をクローニングした。それぞれのアミノ酸配列を比較したところ、zinc finger領域ではアフリカツメガエルZic1はマウスZic1と98%、アフリカツメガエルZic2はマウスZic2と97%、アフリカツメガエルZic3はマウスZic3と91%と高い相同性を示した。また、アフリカツメガエルZic5はこれまで同定されている、いずれのマウスZicと高い相同性を示さず、新規のタイプのZicファミリー遺伝子と思われた。

 次にwhole-mount in situ hybridization法によって発現パターンを解析したところ、Zic1,Zic3は、初期原腸胚において予定神経板領域に強く限局して発現しており、初期神経発生において重要な役割を果たしていることが推測された。また、この時期において、Zic2,Zic5はZic1,Zic3と違ってより広い領域に発現しており、予定神経板領域への強い限局はみられなかった。神経胚期においては、それぞれのZic遺伝子は神経堤および頭部の神経板-表皮境界領域に発現しており、また、尾芽胚においては、頭部、および神経管の背側で発現していた。これらのことから、Zic遺伝子ファミリーが神経管の背腹軸および脳のパターニングに関与していることが示唆された。さらに体節、眼においてアフリカツメガエルZic遺伝子ファミリーの中で発現パターンが違うことが分かった。体節においてはZic1は強くZic2,Zic5は弱く発現していた。眼においてはZic2,Zic5が網膜に発現していたが、Zic1,Zic3は発現が認められなかった。これらのことはアフリカツメガエルZic遺伝子が神経系のパターニングを含む多くの発生過程において重要な役割を果たしていることを示唆している。

 Zic3についてRT-PCR法によって発現開始時期を解析したところZic3が他の神経発生に関わっているとされている、XASH-3,XATH-3,XIPOU2,NeuroDなどのproneural geneより早く、またneural inducerのひとつであるchordinの発現開始直後に発現してくることが明らかになった。また、dispersed animal capおよびドミナントネガティブBMPレセプター、noggin(neural inducerのひとつ)の異所性発現の実験からZic3の発現がBMP4シグナルの遮断によって制御されていることが示唆された。またZic3をembryoにおいて過剰発現させたところ、神経組織の肥大および神経堤細胞由来の組織(色素細胞および神経堤マーカー発現組織)を異所性に発現させた。同様にZic3をアニマルキャップに過剰発現させたところ、すべてのproneural gene(Neurogenin,NeuroD,XASH-3,XIPOU2)と神経堤マーカー遺伝子(Xtwist,Xslug)が誘導された。これらのことからZic3は外胚葉を神経組織、ならびに、神経堤組織に分化させる活性を持つことが明らかになった。以上の結果は、この遺伝子が脊椎動物の神経発生、神経堤の発生における最初期の運命決定因子の一つであることを示唆していた。

 Zic3以外のZic遺伝子ファミリーの機能を解析するためにそれぞれのZic遺伝子をアフリカツメガエル初期胚において過剰発現させたところ、Zic1,Zic2,Zic5を過剰発現させたアフリカツメガエル胚においてZic3を過剰発現させた胚と同様な異所性の色素細胞の発現がみられた。Zic1の機能をより詳細に解明するために我々はZic1を過剰発現させたツメガエル胚からアニマルキャップを切り出して尾芽胚相当まで培養し、RT-PCR法によって各種の前方-後方マーカーおよび、神経堤マーカーの発現をみた。その結果、Zic3同様、前方(XAG,otx2,En2)および、神経堤マーカー(Xtwi)の誘導はみられたが、後方マーカー(Krox20,HoxB9)の誘導はみられなかった。これらのことから、アフリカツメガエルZic遺伝子ファミリーの間には、機能の重複があることが示唆された。

審査要旨

 本研究は脊椎動物の初期神経発生における分子メカニズムを解明するために、実験発生学的解析が容易なアフリカツメガエルを用いて、zinc fingerモチーフをもった転写因子Zicファミリーの遺伝子構造、発現、機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1. マウスZicファミリーにおいて保存されているzinc finger領域をdegenerated primerによってPCR増幅し、これをプローブとしてアフリカツメガエルの神経胚cDNAライブラリーより4つのアフリカツメガエルZic相同遺伝子Zic1,Zic2,Zic3,Zic5をクローニングした。それぞれのアミノ酸配列を比較したところ、zinc finger領域ではアフリカツメガエルZic1はマウスZic1と98%、アフリカツメガエルZic2はマウスZic2と97%、アフリカツメガエルZic3はマウスZic3と91%と高い相同性を示した。また、アフリカツメガエルZic5はこれまで同定されている、いずれのマウスZicと高い相同性を示さず、新規のタイプのZicファミリー遺伝子と思われた。

 2. whole-mount in situ hybridization法によって発現パターンを解析したところ、Zic1,Zic3は、初期原腸胚において予定神経板領域に強く限局して発現しており、初期神経発生において重要な役割を果たしていることが推測された。また、この時期において、Zic2,Zic5はZic1,Zic3と違ってより広い領域に発現しており、予定神経板領域への強い限局はみられなかった。神経胚期においては、それぞれのZic遺伝子は神経堤および頭部の神経板-表皮境界領域に発現しており、また、尾芽胚においては、頭部、および神経管の背側で発現していた。これらのことから、Zic遺伝子ファミリーが神経管の背腹軸および脳のパターニングに関与していることが示唆された。さらに体節、眼においてアフリカツメガエルZic遺伝子ファミリーの中で発現パターンが違うことが分かった。体節においてはZic1は強くZic2,Zic5は弱く発現していた。眼においてはZic2,Zic5が網膜に発現していたが、Zic1,Zic3は発現が認められなかった。これらのことはアフリカツメガエルZic遺伝子が神経系のパターニングを含む多くの発生過程において重要な役割を果たしていることを示唆している。

 3. RT-PCR法によって発現開始時期を解析したところZic3が他の神経発生に関わっているとされている、XASH-3,XATH-3,XIPOU2,NeuroDなどのproneural geneより早く、またneural inducerのひとつであるchordinの発現開始直後に発現してくることが明らかになった。また、dispersed animal capおよびドミナントネガティブBMPレセプター、noggin(neural inducerのひとつ)の異所性発現の実験からZic3の発現がBMP4シグナルの遮断によって制御されていることが示唆された。またZic3をembryoにおいて過剰発現させたところ、神経組織の肥大および神経堤細胞由来の組織(色素細胞および神経堤マーカー発現組織)を異所性に発現させた。同様にZic3をアニマルキャップに過剰発現させたところ、すべてのproneural gene(Neurogenin,NeuroD,XASH-3,XIPOU2)と神経堤マーカー遺伝子(Xtwist,Xslug)が誘導された。これらのことからZic3は外胚葉を神経組織、ならびに、神経堤組織に分化させる活性を持つことが明らかになった。以上の結果は、この遺伝子が脊椎動物の神経発生、神経堤の発生における最初期の運命決定因子の一つであることを示唆していた。

 4. Zic3以外のZic遺伝子ファミリーの機能を解析するためにそれぞれのZic遺伝子をアフリカツメガエル初期胚において過剰発現させたところ、Zic1,Zic2,Zic5を過剰発現させたアフリカツメガエル胚においてZic3を過剰発現させた胚と同様な異所性の色素細胞の発現がみられた。Zic1の機能をより詳細に解明するために我々はZic1を過剰発現させたツメガエル胚からアニマルキャップを切り出して尾芽胚相当まで培養し、RT-PCR法によって各種の前方-後方マーカーおよび、神経堤マーカーの発現をみた。その結果、Zic3同様、前方(XAG,otx2,En2)および、神経堤マーカー(Xtwi)の誘導はみられたが、後方マーカー(Krox20,HoxB9)の誘導はみられなかった。これらのことから、アフリカツメガエルZic遺伝子ファミリーの間には、機能の重複があることが示唆された。

 以上、本論文は、zinc finger型転写因子Zicファミリーが、脊椎動物の神経及び神経堤発生において重要な役割を果たしていることが分かった。本研究は、初期神経発生の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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