加齢に伴う脳の病理学的変化として、大脳皮質の老人斑、アミロイドアンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy、CAA)があげられる。老人斑とCAAの主要構成成分は約40アミノ酸から成るアミロイド蛋白(amyloid -protein、A)であるが、これらの構造物が形成される機序は未だ不明である。Alzheimer病(AD)は、大脳皮質全体にわたる老人斑、神経原線維変化の出現と神経細胞の脱落を病理学的特徴とし、しばしばCAAを伴う。従って、ADは脳における加齢の極限状態を現しているとして理解することができる。 老人斑とCAAは構成成分は共通であるが、構造も形成過程も全く異なるという議論がある。その理由として、二つの病理変化の程度が必ずしも相関しないこと、各種の溶媒への可溶性が異なること、それぞれを構成するAの分子種が異なることがあげられる。CAAではA40(Val-40で終わる分子種)が主要な分子種であるが、老人斑ではA42(Ala-42で終わる分子種)が圧倒的な割合を占めている。in vitroでの凝集性の違いなどから、このC末端の2残基の違いは、アミロイド形成に重要な影響を及ぼすと考えられている。実際に、ADで最も早期に出現する病理変化である老人斑では、A42から沈着が開始することが示唆されている。従って、老人斑およびCAAにおいてA分子種がどのような機序で蓄積しアミロイドを形成していくのかを明らかにすることは重要であると考えられる。本研究では、A分子種を特異的に認識する抗体を用い、免疫組織化学とEIAによる生化学的定量を組み合わせて、老人斑とCAAの形成過程におけるA蓄積の動態を調べた。 1.EIA系の検討 まず始めに、本研究で用いたサンドイッチEIA系の有効性および得られた値の信頼性について基礎的な検討を行った。 Aモノクローナル抗体は、BAN50(A1-16を免疫原とする)、BA27(A40のカルボキシル末端を特異的に認識する)、BC05(A42のカルボキシル末端を特異的に認識する)、4G8(エピトープはA17-24とされている)、BNT77(エピトープはA11-16とされている)を使用した。BAN50、4G8あるいはBNT77を固相化抗体(以後、それぞれをBAN50-、4G8-、BNT77-EIAと呼ぶ)、BA27、BC05を標識抗体として使用した。エピトープの相違から、BAN50-EIAはアミノ末端側に修飾、プロセッシングを受けていないA分子種を捕捉し、4G8-、BNT77-EIAはアミノ末端側の修飾、プロセッシングに関わらず脳内に蓄積するA分子種のほとんどを捕捉すると考えられる。4G8-EIAとBNT77-EIAの二つの系で測定した髄膜、大脳皮質それぞれの可溶性画分、不溶性画分中のA定量値は強い相関を示した。また、4G8-EIAにより得られた値は、Western blot上で検出されるAの単量体、二量体のバンドから算出したAの量と強い相関関係を示した。 Western blot上で、A単量体の他にSDS存在下で安定なA二量体が認められたため、両者に対するEIAの反応性を調べた。AD脳大脳皮質のSDS不溶・ギ酸可溶性画分をゲルろ過高速液体クロマトグラフィーで分画し、A単量体と二量体とに分離した。これを用いてEIAを行ったところ、4G8-EIAはA単量体と二量体を共に認識した。しかし、BNT77-、BAN50-EIAは、A単量体を認識したが、二量体とはほとんど反応しなかった。 2.髄膜可溶性画分Aは加齢に伴い蓄積する 加齢によるA蓄積の過程を明らかにするために、種々の年齢の剖検例の髄膜可溶性画分に含まれるAの量をEIAにより定量し、免疫組織化学的染色の結果と比較検討した。 20から90歳代までの非痴呆例、および比較のためのAD例の後頭葉より剥離した髄膜をTris-saline緩衝液中でホモジナイズし、遠心して得られた上清を可溶性画分として用いた。予備的実験において、4G8-EIAとBAN50-EIAを用いて非痴呆例とAD例それぞれ数例の髄膜可溶性画分のAを定量したところ、二つの系で得られた値は非常によく相関していた。従って、この可溶性画分に回収されるAは、アミノ末端側があまり修飾を受けておらず、蓄積あるいは産生されてからの時間経過が少ない分子であると推定された。そして、この画分ではBAN50-EIAによる値はAの総量を反映していると考え、この系を用いて定量を行った。一方、同一の脳でホルマリン固定・パラフィン包埋標本の切片を作製し、BA27およびBC05を一次抗体としてavidin-biotin法により免疫染色を行った。 髄膜可溶性画分のA40とA42のレベルは、協同的関係にあった。つまり、A40のレベルが高い例ほど、A42のレベルも高かった。また、年齢が高くなるほどAのレベルが高くなり、特に50歳代から70歳代にかけて、Aの急激な増加が見られた。このことからA代謝がこの時期に破綻して、Aの蓄積が始まると考えられた。このAの起源として最も考えうるのは髄膜血管平滑筋細胞であり、一つの可能性として、A代謝の破綻に伴って血管平滑筋細胞が変性過程に入り、さらにAの蓄積を促すことが考えられた。 大部分の非痴呆例では、A42のレベルはA40に比べて数倍高かった。この差は60歳代および70歳代では有意であったが、80歳代以降は有意ではなくなった。免疫組織化学においてはAの量が高くなるほどCAAを呈する確率が高かった。いくつかの例ではA42陽性、A40陰性血管を認めたが、A42陰性、A40陽性血管は認めなかった。これらの結果は、脳実質と同様に髄膜血管においてもアミロイド形成の初期段階にA42が最初に蓄積する可能性を強く示唆する。 AD例では可溶性画分A40のレベルが、A42に比べて数倍高かった。この値は、70歳以上の非痴呆例のA40レベルと比較しても10倍以上高かった。また、AD脳ではコンゴーレッド重屈折性を呈するCAAが豊富に存在したが、非痴呆例の脳では全く存在しなかった。従って、A40の大量蓄積がCAA形成後期のコンゴーレッド陽性に関与するのかもしれない。 髄膜可溶性画分のAは、かなりの部分が血管由来であることが示された。このようなAの蓄積は髄膜血管を含む頭蓋内血管(脳底動脈、中大脳動脈)のみに認められ、頭蓋外の血管および血管に富む臓器からはAが検出されなかった。この結果はCAAの好発部位と一致しており、可溶性画分でのA蓄積はCAA形成に不可欠であると考えられる。 3.髄膜、大脳皮質に蓄積するA 次に、AD例を含む80歳以上の高齢者を対象とし、髄膜と大脳皮質をそれぞれ可溶性画分と不溶性画分に分けて蓄積しているAを定量し、病理学的変化の程度と対比して検討した。 後頭葉大脳皮質から髄膜を剥離し、上記のようにそれぞれの可溶性画分を調製した。この時、残った沈渣をギ酸中でホモジナイズして遠心し、得られた上清を中和し、これを不溶性画分として用いた。二量体を含む全てのA分子種を測定するため、ここでは4G8-EIAを使用した。免疫染色は4G8を用いて行い、CAAの程度、老人斑の数を半定量的に評価して、スコアを付けた。 調べた四つの画分、即ち、髄膜可溶性画分、髄膜不溶性画分、大脳皮質可溶性画分、大脳皮質不溶性画分の全てにおいて、AのレベルはCAAあるいは老人斑の程度とよく相関していた。また、髄膜、大脳皮質ともに不溶性画分に大量のAが検出された(A全体の90%以上)。これにより、髄膜においても大脳皮質に匹敵する程度にまでAが蓄積していることが明らかになった。 大脳皮質におけるAの沈着は、髄膜と比較して、より著しい不溶性とA42の割合が圧倒的に高いという特徴をもっていた。大脳皮質ではA42は主として不溶性画分に回収され、可溶性画分にはほとんど回収されなかった。このことは老人斑が高度の不溶性を呈するのに対し、血管アミロイドは比較的可溶性であることと一致する。大脳皮質不溶性画分におけるA42の優位性は、老人斑形成の初期だけでなくADを含む病理学的に進行した段階においても認められた。髄膜ではこの傾向は認められなかった。むしろAD例では、可溶性画分、不溶性画分の両方で非痴呆例と比較してA40の割合の増加が認められた。これらの結果から両者でのアミロイド形成機構の相違が窺われる。 本研究で得られた最も大きな成果は、老人斑およびCAAが認められない例において、相当量のAが可溶性画分、不溶性画分に存在したことであろう。これは免疫組織化学的変化を検出する以前に、Aがすでに蓄積している段階があることを示唆する。髄膜、大脳皮質不溶性画分に大量のAが存在することを考慮すると、この初期の段階において可溶性画分あるいは不溶性画分Aはどちらが先に蓄積を開始するのかを明らかにするのが今後の課題である。 結論 1. A蓄積は頭蓋内の組織に特異的な現象らしい。 2. 髄膜では、50歳代から70歳代にかけて急激にAが蓄積する。A1-40の蓄積はアミロイドアンギオパチーの形成と関係するかもしれない。 3. 大脳皮質ではAはほとんど不溶性画分に回収される。 4. 髄膜、大脳皮質に蓄積するAのレベルは、CAA、老人斑の程度とそれぞれよく相関している。EIAは、免疫組織化学的変化が出現する以前に、Aの蓄積を検出することができる。 5. 大脳皮質不溶性画分ではA42が著しく優位であるのに対して、髄膜不溶性画分ではA40とA42の間に有意差はない。 |