本研究は常染色体優性遺伝形式をとる神経変性疾患であるハンチントン病の遺伝子産物(ハンチンチン)の機能を調べることを目的としたものである。ハンチンチンが細胞骨格の一つである微小管と結合しているという作業仮説を立て、脳微小管を温度依存性に重合・脱重合を繰り返し、この時、ハンチンチンが遠心によって微小管と共沈殿するかどうかを調べることによって、ハンチンチンと微小管との結合を確かめた。ヒト対照脳、患者脳、ラット脳について、ハンチンチンと微小管との結合を調べ、さらに、微小管の構成タンパクのうちのいくつかを固定化したカラムを用いて、ハンチンチンとそれらタンパクとの間の直接の結合について検討を加え下記の結果を得た。 1.未凍結のヒト対照脳から温度依存性に微小管を重合・脱重合させることによって微小管画分を調製し、その画分中にハンチンチンが存在することを数種の抗ハンチンチン抗体を用いたウエスタンブロット法によって確認した。2回の重合・脱重合のサイクルを通して、ヒトハンチンチンは微小管と共沈殿した。 2.ヒト凍結脳ホモジネートを遠心して得られた上清にラット精製チューブリンを加えることで温度依存的に微小管を重合させることができた。これにより、ヒト凍結脳内の微小管を構成する因子を調べることが可能になった。 3.凍結保存された対照および患者脳より微小管を上記方法により調製し、ハンチンチンの微小管との共沈殿を調べた結果、ヒト野生型および変異型ハンチンチンはどちらも微小管と結合した。また、その量比は、上清において変わらないことから、微小管との結合はどちらも同程度であると推測された。 4.ラットハンチンチンは3回の重合・脱重合サイクルで重合(ラット)微小管と共沈した。 5.ハンチンチンは、変異型・野生型にかかわらず、固定化したラット精製チューブリンに結合しなかった。 6.全長のハンチンチンは、微小管結合タンパクのひとつであり、他グループからハンチンチンに結合すると報告されているグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)に結合しなかった。 以上,本論文はin vitroにおいてハンチントン病遺伝子産物であるハンチンチンと細胞骨格微小管との結合を示した。そして、チューブリン固定化カラム、微小管結合タンパク(MAPs)カラム、GAPDHカラムにハンチンチンが吸着しないことより、ハンチンチンが微小管と結合する形式として(1)他の微小管構成タンパクのひとつと結合する、(2)チューブリンダイマーではなく重合したチューブリンの構造を認識して結合する可能性などが考えられる。 他グループの免疫組織化学的研究の結果からハンチンチンはin vivoでも微小管と結合していることが示唆され、本研究により確認されたハンチンチンと微小管との結合は、神経変性疾患であるハンチントン病の病態・病因に密接に関与していることが推測される。本研究はハンチントン病の病態・病因の解明や治療法の研究に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |